片田舎の剣聖、TUBAMEを斬る。 作:you are not
「はぁ……」
ベリルは酒場の隅の席で、ため息をついていた。目の前には、空になったジョッキがいくつも並んでいる。
「おいおい、どうした? いつになく元気がねぇじゃねぇか、ベリル」
そう言って隣に腰を下ろしたのは、冒険者仲間のニダスだった。
ベリルの方がランクでは上――ブラックに到達している実力者だが、冒険者歴においてはニダスの方が長い。互いに肩書きや立場を気にしない性格ゆえ、自然と対等な友人関係になっていた。
「ニダスか……」
ベリルは頭をテーブルに預けたまま、ぼそりと返す。
「ったく、あのベリル様がこんなに悩んでるとはな。まさか――これか?」
ニダスはニヤつきながら、小指を立ててみせる。
「……まあ、大体あってるよ」
「――はぁ!? マジかよ!?」
ニダスは思わず声を張り上げ、持っていたジョッキをガシャンと落としてしまう。
ベリル・ガーデナントといえば、誰もが『剣の化け物』と称する男。寝ても覚めても剣ばかり振るっていたその彼が、まさか恋の悩みとは……。
ニダスは本気で驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと詳しく聞かせろって!誰だ?まさか相手って、あの団長の――」
ニダスは思い当たる節があるかのように目を細めた。
ベリルが、王国魔法師団の団長――ルーシー・ダイアモンドと親しいという噂は、冒険者の間でもそれとなく囁かれていたのだ。
「実はな……」
ベリルはジョッキの底を見つめながら、ぽつりと語り始めた。
あれは、聖杯事件が終わった直後。朝日が昇りきる前、洞窟の入り口で二人並んで夜明けを見ていたあの時。
―――
風が、山肌を撫でるように吹いていた。
夜の出来事が嘘のような、穏やかな静けさが漂っていた。
ルーシーはベリルの隣に立ち、じっと朝焼けを見つめていた。しばらくの沈黙の後、小さく息を吐き、口を開く。
「ベリル」
「……ん?」
「なぁ、わしはお主に……ちゃんと伝えておきたいことがあるんじゃ」
その言葉に、ベリルはそっと彼女の方を見た。ルーシーは、いつものように凛としていたが、その表情には微かに緊張が滲んでいた。
「わしは……お主のことが、好きじゃ」
その声は、魔導師団の団長としてではなく、ひとりの人間としての、少女のような告白だった。
「‥‥‥」
ベリルは、言葉を返せなかった。
彼女は自分を救ってくれた。剣鬼の渇望に呑まれかけた自分を、言葉で、涙で、叱咤と優しさで引き戻してくれた。
だからこそ――その想いに、簡単には応えられなかった。
「……すまん、ルーシー。今すぐ返事を出すことは……できない」
「……うむ」
ルーシーは、微笑んだ。強がっているのがわかる微笑だった。
「そりゃそうじゃな。お主、ようやく少し前を向き始めたばかりじゃし……焦ることはない」
「……ありがとう」
「わしは待つぞ。いつまででも、とは言わんが……お主が答えを出せるその日まで」
―――
「――で、まだ返事してねぇのかよ」
ジョッキを傾けながら、ニダスが呆れたように言う。
「残念ながらな」
ベリルは申し訳なさそうに答える。
「なら、さっさと娶っちまえ」
「‥‥娶るって段階飛ばし過ぎじゃないか?」
「あのなぁ、男ならそれくらいの甲斐性が必要なもんだ」
ニダスはそう力説し、ベリルの更に酒を進める。
「少なくとも、待たせっぱなしはよくねぇぞ」
「だよなぁ‥‥そろそろ、向き合う時かもな」
ベリルの小さな呟きが、酒場に溶けていった。
勢いで登場したニダスさん。原作だと、冒険者ギルド・レベリス支部のギルドマスターです。時系列的に出してもおかしくない人。