片田舎の剣聖、TUBAMEを斬る。 作:you are not
ベリルは、夕暮れの高台のベンチに腰かけていた。
薄紅色に染まる空の下、レベリス王国の街並みを遠くに見下ろしながら、彼は一人、静かに思索を巡らせていた。
「…………」
ここ最近、ある一つのことで頭を悩ませ続けていた。普段のベリルなら、悩む前に何らかの行動を起こすところだが、今回はそうもいかなかった。
その悩みと言うのは……
いわば、恋愛に関すること。つまりは、ルーシーと言う女性に対しての悩みである。ベリルに恋愛の経験などない。
生まれてこの方、剣を振り続け、一つの剣技に魅入られ、狂い掛け、死にたいとまで思っていたのだから。
そんな一つの道しか生きてこなかった男にとって、それはどんな強敵より恐ろしい相手だった。
結論から述べるのであれば、
―――ルーシーを愛している、男として何もかも
剣鬼になりかけた自分を救ってくれた。今の自分があるのは、ルーシーのおかげだ。
「だけどなぁ―――」
ベリルは、手に持っていた手紙を広げる。差出人は、自分の父であるモルガナ・ガーデナント。
都に来てから、年に一度くらいの頻度で文通はしていたが、今回送られてきたのは、少々勝手が違った。
手紙には、『父が腰を悪くし、師範代としての後継者を探している』旨が書いてあった。親父は間違いなく、俺に後継者になって欲しいと思っているのだろう。手紙にははっきりとは書いてはいないが、文面からヒシヒシとそのことが伝わって来ていた。
別に、道場を継ぐことが嫌なわけではない。人の少ない涼しい片田舎で、子供たちの剣を教えて、のんびり過ごす生活も悪くない。残りの人生の生き方として、これ以上ないほど充実していると思える。元々、自分の剣に一区切りつけようと思っていたのだから、渡りに船だろう。
問題なのは、ルーシーとの関係をどうするかである。
彼女は、王国魔法師団の団長。名門の家系に生まれ、王国を背負ってきた天才。一方の自分は、田舎の剣術道場の次期師範代でしかない。多少、功績を上げたが、彼女の功績に比べれば、天と地ほどの差だ。
(……俺が道場に帰るなら、それはきっと、静かで穏やかな人生だ。だが、ルーシーをその田舎に連れて帰ることは……できるのか?あいつは、王国の未来を背負っている。名誉も、責務も、仲間も。そんな人間を、俺みたいな田舎者が縛っていいのか……?)
悩むベリルの頬を風が撫でる。独り、悩みの底で沈んでいる時というものは―――
「こんなところで黄昏て、どうしたのじゃベリル?」
―――大抵、寄り添ってくれる誰かが必要なのだ。
「ルーシー……」
聞き慣れた声に振り返ると、ルーシーがそこに立っていた。金色の髪が夕日に照らされ、、赤く縁取られている。その顔は、彼の沈んだ横顔を案じるように見つめていた。
「隣、座ってもよいか?」
「あ、あぁ」
ベリルは目を逸らし、言葉を絞り出す。だが、彼女が近くに腰を下ろしたことで、心臓の鼓動がやけに大きく響く。
「なぁ、ルーシー」
しばし沈黙が流れた後、口元に手を当てながらベリルは恐る恐る言葉を舌にのせる。
「なんじゃ?」
「……もし、もし俺が、故郷に帰りたいと言ったら」
声が震えそうになるのを必死で抑える。
「お前は……付いてきてくれるか?」
その問いに、ルーシーは一瞬だけ目を丸くした。だが、次の瞬間にはくすりと笑い、まるで当たり前のことを告げるかのように答えた。
「その時は、持っておる立場を後任に引き継がせて……嫁入りついでに、引っ越すしかないの」
あまりに軽やかな調子に、ベリルは言葉を失った。
「いいのか?ビデン村には、何もないぞ?魔術の研究が出来る場所も、王都の賑わいも……」
「構わんよ。わしは団長である前に、ひとりの女なんじゃよ。お主と共に在りたい。ただ、それだけじゃ。魔術の研究も、向こうに部屋を借りれば続けられる。ビデン村の方が星が綺麗で、集中できるかもしれんしな」
あっけらかんと笑って言ってのける彼女に、ベリルは驚愕と、どうしようもない安堵が胸にあふれて、目の奥が熱くなるのを感じる。
自分は勝手に悩み、勝手に恐れているだけにすぎなかったのだ。彼女の想いは、最初から揺るがず、ただ真っ直ぐに自分へ向けられていたのだ。
「迷いは消えたようじゃな」
「あぁ、おかげでな。助けられてばかりだ」
「構わんよ。いくらでも助けてやろう」
そう言ってルーシーの立ち去ろうとする背中に
「待ってくれ、ルーシー」
声をかけて呼び止める。
「まだ、言いたいことがあるんだ」
「……わかった。」
ルーシーは何かを察したのか、黙ってこちらを見つめてくる。夕日は地平線の彼方に沈みかけていて、空が青紫色に染まっている。時間はない。伝えるならば、急がなくてはいけないだろう。
「ふぅー」
ベリルは深く、息を吐いた。心の奥に張り付いていた、ひとつの不安が、そっと溶けていく。ここまで、はっきりと思いを伝えられたのだ。答えなくてはいけない。そうでなければ、自分は二度と彼女に顔向けできなくなる。
「ルーシー。――――君を、愛している」
ルーシーの瞳が揺れる。頬が朱に染まり、そしてゆっくりと笑みが広がった。
「まったく、こんなに待たせおって……わしもじゃ」
ルーシーは涙を流しながら、ベリルに抱き着き、ベリルもルーシーを自分の体で受け止める。
そこには魔法師団長も、剣鬼もいない。
―――幸せそうな男女がいた。
とりあえず、やっとくっついた二人。二人の子供登場させたいとは考えている。