『辺境の癒やし亭 ~追放された薬師はモフモフたちと静かに暮らしたい~』 作:はくこ
だがある日、“禁忌の錬金術”を行ったという濡れ衣を着せられ、王都から辺境の森へと追放されてしまう。
たどり着いたのは、「迷いの森」と呼ばれる未踏の地。
魔物が棲むと恐れられるその森で、リオネルは――なんと耳と尻尾をもつ獣人の少女・フェルと出会う。
「君の耳と尻尾……なんて、尊いんだ……っ!」
人間不信な獣人たちと、モフモフ大好き薬師。
薬草採集と治療、そしてトラブルまみれのスローライフ(予定)が、今、始まる!
――これは、すべてを失った男が辺境で出会った“癒し”と“居場所”の物語。
時々バトル、でも基本モフモフ。
のんびり過ごしたいだけなのに、なぜか今日も大騒動!?
「リオネル=グリム、貴様を以て、王国薬師の任を解く。即刻、王都より追放とする!」
国王の冷え切った声が、謁見の間に響き渡った。まるで真冬の嵐のようなその言葉に、リオネルは全身の血が凍りつくのを感じた。
「お待ちください、陛下! 私は、私はそのような禁忌の術など……っ!」
懸命に否定の声を上げたが、老練な宮廷薬師長エルドレッドが杖で床を叩き、制止する。彼の顔には、リオネルへの明確な嫌悪と、揺るぎない確信が浮かんでいた。
「黙れリオネル。お主の実験室からは『禁忌の錬金術』の痕跡が見つかっておる。王都に不安を撒き散らした責は重いぞ」
「……私は、ただ人々を救いたかっただけなのに」
心の奥からこみ上げる悔しさが、胸の奥を熱くする。どうして、こんなことになってしまったのだろう?
数週間前、王都を原因不明の奇病が襲った。高熱、倦怠感、そして皮膚に浮かぶ奇妙な痣。人々は次々と倒れ、王都は絶望に包まれた。王国一と謳われた若き薬師であるリオネルは、その才能と探求心で、古代文献を読み漁り、ついに一つの光明を見出す。未発見の薬草と鉱物を用いた、ある調合法だ。
その治療法は、確かに効果を見せた。苦しむ人々の痛みを和らげ、病の進行を遅らせる。それはまさに、奇跡のような効き目だった。だが、生成過程で生じる奇妙な光と、薬液の不穏な輝きが、“禁忌の錬金術”と疑われるきっかけになったのだ。人々は奇跡ではなく、未知への恐怖を選んだ。努力は誤解され、善意は裏切られ、彼は“異端者”として断罪された。
――そして今、追放。
痩せた馬に引かれた粗末な馬車に揺られながら、リオネルは乾いた笑みを漏らした。まるで夢でも見ているかのようだ。つい数日前まで、王都の最前線で民の命を救っていた自分が、こうして粗末な馬車に乗せられ、見知らぬ森へ放り出されようとしている。
数日後、馬車は地図にすら明記されていない未踏の地、\*\*“迷いの森”\*\*へと彼を放り込んだ。鬱蒼とした木々に囲まれ、昼間だというのに薄暗い。これが、凶暴な魔物が巣食うと言われる森の入り口らしい。
「ふぅ……」
リオネルは深呼吸をした。覚悟はしていたものの、やはり足がすくむ。しかし、ここで立ち止まっていても仕方がない。薬師としての本能が、彼を森の奥へと誘った。
森の中は、意外なほどに静かだった。不気味な気配はまるでなく、むしろ空気が澄んでいて、どこか清々しい。鳥のさえずりが心地よく響き、足元には、見たことのない薬草が群生している。中には、王都の薬草園でも滅多にお目にかかれないような、貴重な希少種まで混じっていた。
「これは……『銀露草』か!? まさか、こんなところに自生しているなんて!」
リオネルは目を輝かせた。追放された身だというのに、いつの間にか薬草の観察に夢中になっている。彼の探求心は、絶望さえも忘れさせる。
夢中で歩き続けるうちに、日が傾き始めた。空の色が、茜色から紫へと移り変わる。そろそろ野営の準備をしないと、危険だ。
その時、ガサリと背後の茂みが大きく揺れた。リオネルは反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、小柄な人影……いや、**人ではない何か**だった。
それは、まるで幼い少女のような姿をしていた。だが、頭にはピンと立った灰色の**狼の耳**があり、腰からは同じ色の**ふさふさとした尻尾**が揺れている。大きな琥珀色の瞳は、警戒するようにリオネルをじっと見つめていた。
「……獣人?」
リオネルは息を呑んだ。伝承でしか知らなかった存在が目の前に現れ、彼の薬師としての好奇心が高鳴る。怪我をしているわけではなさそうだ。警戒心を露わにしながらも、少女はリオネルの持つ薬草の籠をじっと見つめている。もしかして、お腹でも空いているのだろうか?
「君、怪我をしてるわけじゃなさそうだな……。もしよかったら、この薬草を見てみないかい? ええと、食……べられるものはないかな」
そっと声をかけると、少女はビクッと一瞬たじろぎ、次の瞬間には風のように駆け去っていた。その速さに、リオネルは感嘆の声を上げる。
「……速っ! まるで風のようだったな」
警戒心が強いのだろうか。しかし、この森に獣人がいるということは、人の暮らす場所があるのかもしれない。わずかな希望の光が見えた気がした。リオネルは、少女が消えた方向へ、わずかな希望を胸に足を進める。
──この森の奥には、まだ知らぬ世界が待っている。
薄暗くなった森の中を、リオネルは慎重に歩き続けていた。風の音、枝の軋み、虫の羽音、そのすべてが彼の耳に染み入るようだった。
しばらく進んだ先、かすかに焚き火の匂いが漂ってきた。
「人の気配……?」
森の奥に、微かな光が揺れている。その方向へ歩を進めると、開けた場所に出た。
そこには、小さな焚き火を囲むようにして、木造の簡素な住居が点在していた。まるで、森の中にぽっかりと現れた別世界。
「まさか……これが、獣人たちの隠れ里?」
驚きに目を見張るリオネル。そこに、さきほどの狼耳の少女――フェルが現れた。
彼女は木の槍を構え、リオネルに警戒心をむき出しにする。
「おまえ、どうしてここに来た!? この里は人間立ち入り禁止だぞっ!」
「ま、待ってくれ! 僕は薬師で……怪我人がいたら治療も――」
「言い訳するな、この変態っ!」
またしても飛んでくる「変態」認定。リオネルは必死に弁明しようとするが、フェルの声に集まってきた獣人たちに囲まれてしまう。
だが、リオネルの薬草の知識や、無害な性格を徐々に理解した一部の獣人たちは、態度を軟化させ始める。
その中心にいたのが、黒猫の獣人、ルナという名の情報屋だった。彼女はリオネルに興味を持ち、面白そうに尻尾を揺らして近づいてきた。
「ふふっ、人間の薬師? あたしの“嗅覚”は外れないのよねぇ。……あんた、ちょっと面白いかも」
こうして、追放された若き薬師リオネルは、獣人たちの隠れ里ラトゥーラで、奇妙な共同生活を送ることになる――。
「ふぅ……」
湯気の立つカップを手に、リオネルはようやく一息ついた。里の一角、小高い丘の斜面を削って作られた小屋――そこが、彼の新たな拠点となった。
屋根は苔むした石材と獣人たちの手作りの木材で組まれ、周囲には薬草棚と畑が広がる。風通しが良く、南向きの窓からはやわらかな陽光が差し込んでいた。
「まったく……昨日まで追放者だったなんて、自分でも信じられないな」
フェルの紹介と、ルナの取り成しもあり、グラハムたちはしぶしぶながらリオネルの滞在を許可してくれた。条件はただ一つ。
――『この里に、役立つこと』
つまり、何らかの価値を示す必要があった。力ではなく、知恵と技術で。
「というわけで、本日から開業します。癒やし亭、リオネル薬草研究所兼茶室!」
張り切って宣言したものの、最初に訪ねてきたのはまたしてもフェルだった。今度は、明らかに目的があって来たらしい。片手には、大きな布包み。
「これ、見てよ。おばあちゃんがずっと使ってたお茶セット、壊れちゃってさ。修理できる?」
「……これは陶器か。継ぎ接ぎして補修剤を使えば、なんとかなるかもしれないけど……」
リオネルは道具箱を広げ、静かに破片を並べる。その手際に、フェルがぽかんと口を開けた。
「すごいな……ほんとに薬師?」
「薬師は、壊れた身体や心を直す職だよ。物だって似たようなものさ」
彼は微笑みながら、器の断片を慎重に接着していく。
修理の傍らでは、薬草を煮出した香りが漂う。温かな空気と共に、里の空気もどこか柔らかくなっていた。
やがて、修理が終わる頃――今度は黒猫のルナが姿を現す。
「おや、開店祝いに来てやったわよ。ほら、これ。焼きたてのハーブパン」
「うわ、いい匂い! ……って、どうして情報屋がパンまで焼けるの?」
「ふふ、趣味よ。秘密にしてたけどね」
ルナはいたずらっぽく笑いながら、リオネルのカップに紅茶を注いだ。
フェルとルナ、そして気まぐれに現れる獣人たち。癒やし亭は、まだ看板もない無名の薬草亭だったが、どこか心地よい温もりがあった。
王都で傷つき、追放された青年が、今こうして誰かと笑い合っている。
「これから、ゆっくりでいい。ここで、ちゃんと生きていこう」
そして彼は、もう一度カップを口に運んだ。
森の風と、モフモフと、やわらかな陽光と共に。
お読みいただき、ありがとうございました!
追放された薬師リオネルと、モフモフな獣人たちの物語、これから始まります。
第2話もゆるっと進んでいきますので、よければ引き続きお付き合いください!