転生だ!追放だ!売国だァ~!   作:丸米

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⑩※注意 この物語の主人公は正体を隠し、内心冷や汗を搔きながらかつての敵と恐る恐るコミュニケーションを取る羽目になっています。心を広く持ち、適切な距離感でのご拝読をお願い申し上げます。

「.....」

 予言は、唐突に振り落ちていく。

 見える光景は、燃え盛る炎を背景に――多くの人間が殺し合う光景であった。

 それは先の内乱のように、体制側と反体制側が争い合うような代物ではない。

 空腹の獣を幾百も用意し、同一の空間に放ったような。理性が蒸発し、攻撃性に本能が支配された蛮性が極まった争いの光景。

 

 ――目を背けるな。

 レイラはぎゅっと目を瞑り、吐き出す事すら難しい息を整え、そして――この光景を皆に伝えていた。

 

 レイラ・サンダルウッドは知りようもない事であろうが。

 この未来を――ヒューイ・ベネディクトは知らない。

 彼が持つ原作の知識には、このような展開など用意されていないのだから。

 

 

 これで、”売国”の第一歩を踏み出せた。

 国境線の要所であるマモルモン領にラミアス軍の駐留を許可させたのだ。隣国への支援という名目であるが、ここに他国の軍を合法的に配置する事が可能となった。

 

 ――そもそもの話。他国との境界線に接する領地で内乱が起こるなど、本来起こってはいけないのだ。ベルガン本国の腐敗と辺境地への監視の緩さの代償だ。しっかり払ってもらおう。

 

 ラミアス側もこの利点については重々に承知しているがゆえに、支援は非常に手厚い。

 さて。焼けた手の治療も終わった。火傷の痕も消え、皮膚はちゃんと再生を果たしている。

 

「さて」

 

 マモルモン領の関所の前、ヒューイは隊商の人員を率いて――眼前の兵士に人好きそうな笑みを浮かべた。

 

「――いつもお世話になっております。私、ラミアス本国の要請により支援物資の送達をしているベネットと申します」

 

 現在ヒューイはベネットと名を変え。ついでに髪色も変え。眼鏡までかけ。変装をして――マモルモンへの入国を果たした。

 

 

 ――現状、マモルモンとラミアスを行き来しやすい身分は支援物資の送達を行う隊商である。

 故に、現在ヒューイはその権利を持つ商会から委託された隊商の一員と身分を偽装してここにいる。

 

 簡単な物資のチェックと身分の照合を終え、マモルモンへ入る。

 さて。久々に、何というか、仕事らしい仕事だ。

 これまで――身分を隠しながら人を使い、時には交渉し動き回っていたわけだが。

 支援物資を運び、それを配る。久々に表向きの、まっとうな仕事を行っている。

 所詮は身分を偽装するための行為であるが。こういうのも全然悪くない。元々はしがない社畜でしかなかったしね。決められたことを決められたようにやる事もかなり好きだ。

 

 物資は基本的に四つ。食料、衣類、寝具、薬。メインは当然食料だ。

 現地で調達した煉瓦を積み重ね、薪を入れる。大釜をその上に乗せて運んできた食料をぶち込んで水を入れて煮る。

 

 煮炊きの時間だ。

 料理も、結構好きだ。

 どうせ市民の胃に入るだけのものに、別段工夫を加える必要はない。合理的に考えればそうなのだろうが、ヒューイの考えは逆である。

 自分が食うものなんて適当でいいが、他人の口に入れるものなら可能な限り旨くしたい。

 これもまたヒューイにとっての合理性である。

 自分の舌が満足する範囲は自分で把握しているから手を抜くのは別段構わないだろうが。他人の舌がどれくらいで満足するかは解らない。だったら可能な限り手を加えた方がいい。料理なんざつまるところ本来火を通して塩をまけば栄養にはなるのだ。栄養以外の満足が欲しいから人は料理を進化させてきたのだから。

 

 と、いう訳で。本来よりも早い時間から大釜を用意し。道中で狩った鹿や猪の骨、廃棄されていた野菜の皮やクズを布に包んで煮込んでいく。

 

 煮出しを終え、灰汁の除去とうま味の抽出をしたら、自費で購入したスパイスを振り入れて、そこから食料を切り分けて投げ込んでいく。

 

 いや。やっぱり時々はこういうのんびりした時間もいいものだ。

 定刻を迎える前に、もう匂いにつられて人がやってきていた。

 

 こういうのも、いいなぁ。

 オープンワールドのゲームというのは、広範なマップのどこかしらにイベントが存在している。

 広い世界を冒険するたびに新たなイベントに出会う事。それはゲームをする者にとっての喜びであるが、同時に寂しさも感じる。

 全てのイベントを終えた後は、後はもう何も起こらない場所になるだけなのだから。

 これがゲームというものが抱える限界なのだろう。用意されたものが解決した後は、後は何も変化がない世界が広がるだけだ。ラスボスを倒して全てのイベントを消化し終えた、何も新しい事が起きない世界を見るたび、寂しい気分を味わわされてきた。

 

 原作におけるマモルモンという都市のイベントは、内乱関係のイベントが終われば後は特に何も変化がない。だが、今は――確かに、内乱が終わった後に起こりうる、連続性を持つ人の営みが眼前にある。内乱の傷跡を埋める為に配給があり、その中で煮炊きというイベントがある。世界がゲームシステムという範疇の外を超えて、日々と連続する暮らしがそこにある。

 

 ここがまた一つの世界である。その実感を得られるこの時間も――ヒューイはとてつもなく好きだった。

 

 そして。それは同時に――このマモルモンという都市は、ヒューイが原作から得ている全てのイベントを終えた後の光景である。

 本来ならばもう何も起こらない場所。それでも確かな変化が生まれる余地がある。

 己の知らない、未知の未来が待ち受けているかもしれない――そんな予感すらも感じていた。

 

 

 ――ラミアスの兵の駐留が可能となり、”奇跡の勇者”であるメルハイムも現在マモルモンの街区の巡回を行っている。

 

 彼女の名声は、広く知られている。その聖印の効果も同様に、周知されている。

 彼女の聖印は、善人か悪人かを判別する。

 その彼女が巡回するという事は――後ろ暗い者は近づきづらい。

 

 配給の現場など、最も危険な場所である。配給の為に人が集まっているのだ。配給物を盗み出そうとしている者も多くいるだろう。

 

 という訳で――メルハイム・アトランティアは、広場に訪れていた。

 その鼻腔に、嗅ぎ慣れない香りが伝わってきた。

 

「.....?」

 

 煮炊きの配給現場。

 長蛇の列の先端。大釜からスープを掬い一人ずつに配給している男がいる。

 底が焦げぬように巨大な木べらを定期的に回し、並行してスープを一人分ずつ注ぎ、手渡している。休む間もない。普段から鍛えている兵士にあの労働をさせても、相当体力的にきついだろう。

 

 配給のスープを手にし口に運んでいる者の多くが、はじめは困惑の表情を浮かべるが、次第に表情が緩んでいく。普段配給で受けているものよりも上等な味をしているのだろう。

 

 男の表情には重労働に全く堪える様子はなく。絶えない笑みを浮かべていた。

 聖印から、何一つも反応が見えない。あの笑みは本物だろう。配給という行為にさえも、可能な限りの工夫を加えている様が見える。

 

 長時間の配給作業を終えた男は、片づけに入る。

 自然と、その男に近付いていた。

 

「――お疲れ様。よかったら私も手伝っていいかしら?」

 

 

 息が止まるかと思った。

 飯作って配給していい気分でさあ片すか――と完全に油断していた瞬間であった。

 背後から声を掛けられ振り向いた先には――先日、森の中で命がけの戦いをした女がいた。

 

 メルハイム・アトランティア。

 長い琥珀色の髪をたなびかせた女が、穏やかな表情でこちらを見据えていた。

 以前、剣を合わせた瞬間に見せた敵意に満ちた表情とは違う。こちらに確かな敬意と好感を向けた、笑顔であった。

 彼女の細く、横に長い目は敵対した際には鋭く研ぎ澄まされた剣のようであったが。笑みと共に更に細められたその表情には、少し悪戯っぽい色が見えてかなり意外だった。

 

「メルハイム様....⁉いえ、いえいえ!こんな雑事、騎士様の手を煩わせるわけには....!」

「いいのよ。私も巡回の時間も終わったし、そもそも私、今は騎士団の所属じゃないしね――よいしょ、と」

 

 まだ熱を持った大釜を平気で片手で掴み煉瓦から降ろすと、手早く積み上げた煉瓦も解体し、中の炭も手早く袋に回収していた。

 

「知っているみたいだけど、一応礼儀として自己紹介するわね。私はメルハイム・アトランティア。元々はラミアスの神聖騎士団にいたわ。貴方は?」

「あ、はい。私はベネット・アイスナーです。ラミアスの行政局から依頼されて支援物資の送達と配給をしていました」

「それでさっきまで煮炊きしていたのね。ねぇ、聞いていい?さっきのスープって、貴方が作っていたの?」

「あ、はい。――えーと、何か問題ありました?」

「ううん。むしろとってもスパイシーで美味しそうだったわ。――配給で支給されるものなんて塩とちょっとハーブで香りづけする程度でしょ?わざわざ時間をかけて煮出しまでやっていたみたいだし。随分手間かけるなぁ、って。単純な興味でなんでそんな風にしているのか聞いてみたかったの」

「.....まあ、何というか。請け負った仕事なら、ちゃんと可能な限り全力でやりたいんです」

「可能な限り、かぁ。でもそのスパイス、支援物資の中には入っていないでしょ?自腹切って買ったの?」

「.....はい」

「あはは。”可能な限り”の範疇、超えているじゃない」

 

 少しからかうような声音に変わると、メルハイムの表情は余計ににこやかに色づく。

 .....正直、びっくりした。このメルハイムという女性は、こんな表情をするのかと。

 

「でも。そういう優しさ私は大好きよ。貴方、いい人ね」

 

 一つ、息をつく。そうだった。このメルハイムという女は、色んな人間に慕われていたのだった。今のやり取りだけでも解る。他人の善意をちゃんと汲み取って素直に言葉にしてくれる存在は、人間誰しも好きになる。聖印による善悪の判定機である前に、彼女は他人の善意や優しさをその眼で把握できる人物なのだ。

 

 ――よかった。今のところ、正体がバレている心配はなさそうだ。

 冷静になり、思考が回る。今はチャンスなのでは?

 こうしてちゃんと好感を持たれているのなら――何故、今彼女は聖女と共に旅をしているのか。その辺りを探りを入れられる好機かもしれない。

 

「あの、メルハイム様は騎士を辞められたのですか?」

「あ、うん。そうね」

「その....もしよろしければ、何故騎士団から離れられたのでしょうか?」

「あー....」

 

 恐らく、メルハイムは答えるつもりなのだろう。だが、今必死に言葉を選んでいる。

 話してはならない内容を排除し、残された材料から言葉を紡ごうとしている。

 

 その微かな沈黙の中。

 配給の広場から――叫び声が聞こえる。

 

「あ!待て!――あの野郎、俺の薬を....!」

 

 薬の配給を受けたであろう中年の男と。その手から薬の入った紙袋をひったくった少年の姿が見える。

 少年は――ボロを着込んだ姿をしていて。擦り切れた素足で必死に逃げていた。

 

「――追いましょう」

「ええ」

 

 二人は顔を合わせると――逃げる少年の背中に向け走り出した。

 

 

 

 

 

 

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