「.....」
やはりギルドを設置する判断は正しかった。そうヒューイは思った。
「――報告は以上ですわ、ヒューイ様」
「ありがとうアメルダ殿。いやぁ、どんどん状況が複雑になってきていますねぇ。そして問題が山積みだ」
ギルドがマモルモンへの交易品の管理を行うようになってから、色々と見えてきた。
まず一つ。思った以上に禁制品の密輸が多いという事だ。
貧民街を中心に、密輸品の禁止薬物が出回っている。現在は支援物資の流入が激しく、その中に仕込まれた禁制品の見分けが難しく、これは致し方ない。致し方ないのだが、予想以上に多い。
二つ。ベルガン王都からの秘密警察の流入である。
これに関しては予想通り。一応は爵位持ちの貴族であるブーデガルトが挿げ替え先の首になったために表向きは現状の統治を認めてはいるものの。ラミアス軍の駐留許可及び通商協定の改定など様々な面でベルガン王都にとって都合が悪い動きをこちらが見せている上に、何より新設ギルドの役職に追放三人組が雁首揃えて存在しているのも大問題だろう。王都から情報収集の為にスパイが送られてきているのは予想の範疇内であり、こうして情報が筒抜けである内は別段問題ないように思える。
三つ。ここからが一番の問題である。
「――スパイは、ラミアス本国からも送られてきているんですねぇ」
ベルガンの王都からとは別に、ラミアス側からもスパイが送られてきている。
「恐らくはあの時我々を襲撃したザッハルト・カレスティンの要請によるものでしょうね。ギルドの設立と共にアメルダ殿とグリンド殿が役職に記載されてしまった。背景を知るために送り込まれているのでしょうね」
さてさて。状況が複雑になってきましたね。
貧民街に流入している禁制品の山。ベルガンとラミアスから送り込まれているスパイ。それぞれ別の意思が混在してマモルモン内部の中で息を潜めている。
「――スパイがいると解っているのなら。考える事は排除ではない。どうせ排除しようと代わりが来るだけですからね。重要なのは、何処の誰が送り込んでいるかの正確な把握と、こちらにとって都合のいい情報を掴ませる事です」
さてさて。我々の大目標としては売国になる訳ですが、小目的は日々移り変わっていきます。
以前まではこの小目的は”マモルモン領を手中に収める”事でしたが。今は幾つかに分散されている。こちらが能動的に動けた以前とは違い、明確な立場を得てしまったが故に別勢力への対処という受動的な作業が必要になっている。
でも嫌いじゃない。タスク処理にお使い、サブクエストの消化に追われるのだってゲームの一部だ。
とはいえ――ラミアスのスパイについては、処理を間違えればゲームオーバーに直結する危機なので、力を入れて対応しなければならない訳だが。
この三つ目に関しては、あの襲撃事件で己が払った代償そのものだ。
レイラ・サンダルウッドの存在を知っている、と。そう明かした己の存在を暴くこともきっと相手方のタスクの一つだろうから。
●
ザッハルト・カレスティンの来歴は数多い。
最後のキャリアである皇帝の護衛に至るまでに、あらゆる軍務機関の一員として動いてきた。
皇国軍の一兵卒から叩き上げで衛兵長までのし上がり。それから当時の皇帝から見込まれ近接戦闘術のカリキュラムを編纂し、王国護衛隊の教導官に就任。老齢になり役職を退いたのちも皇帝の信任篤く、いち護衛として崩御までその傍に立ち続けた。
他の勇者パーティのメンバーと違い、特別な血筋も聖印もなく、魔法の才もない。ただ彼には平凡な立ち位置から一つずつ積み重ねてきた歴史がある。
前皇帝の崩御と共に皇宮から去り、既に隠居していた身であったが。彼の要請一つで動いてくれる人員は数多い。現在、ザッハルトはラミアスより己が信を置いている諜報員をマモルモンに忍ばせ、情報を収集している。
「――しかし、やはり手強い。情報が集まらぬのぉ」
最優先で収集している情報は、あの襲撃時にいた包帯男についてだ。
タスカリカの危惧は正しい。
レイラの存在を把握したうえで、現在彼はレイラの現在に至る過程を正しく把握していない。そして、それに付き従うパーティが何故結成されたかも正しく把握していないのだろう。そこを正しく把握されたうえでラミアス側にそれが伝えられたら、こちらは一気に窮地になる。まずは、あの包帯の下にある顔を暴かねばならないだろう。
と、方針を定めはしたものの。中々どうも難しい。
情報があまりにも少ない。あれだけ派手な動きをしているというのに、情報が一切出てこない。
実際に対峙した時でさえも、特別な力を有しているようにも見えなかった。使っている魔法は炎の見習い魔法のみで、それ以外は豊富なアイテムでカバーしながらの戦い。何か一つでも特別性のある力を見せてくれていれば取っ掛かりになるというのに。それすらないのだから中々厳しいものがある。
知っている事は、元々はレイラと同じ村で暮らしていたという情報のみ。しかし、もうそこからの足跡は完全に途絶えている。彼は神樹と共に火事で死んだ事になっている。
あの時相対して、理解した。
彼の力はレイラのものとは異なる。
未来を知る、という現象そのものが仮に同じとしても。その強度はかなり異なるような気がする。
なぜなら。明らかに彼はあの襲撃を予見していなかった。襲撃に対して必死に対応し、駆けずり回り、自身の命すらも道具として平気で賭けの土台に乗せていた。あの襲撃に関して、彼は決して事前に知り得ていたとは思えない。
同時に、こうも思った。土壇場で自身の少ない手札を恐れず切ってくるあの判断力と修羅場を切り抜ける能力は、未来を知り得る能力だけに依存しない強さがある。
あの瞬間。あの緊張感。己の手で彼の両腕を極めたあの時。レイラの名前を出して、己の両腕ごと炎で燃やし逃げ切ったあの判断。思い起こせばあれは、未来を知った故の確信が籠ったものではなかった。通るか、通らないかの二択を全力で通そうとする意志があった。
レイラは未来を知り。己が知り得なかった、もしくは取りこぼした未来に心を痛める。それは彼女の強さであり弱さだ。未来を見れるという能力を通して、己が不足に正面から向き合っている。だが裏を返せば、彼女が目指す理想は全知全能なのだろう。全てを見通し、全てを救う事。どうしてもそこに傲慢さがほんの僅かだけあるのだ。未来を知り得たのだから、己は全てを救わなければならない。全ての結果を受け入れなければならない。それは間違いなく善だが、同時に未来という決して人が知り得ないものを知り得たが故の傲慢さでもある。
対して、あの男にとって未来を知り得る事はただの手段であり、問題解決のための添え物でしかないのだという確信を得た。己が知覚しない逆境の中であっても、不確定な状況を全力で切り抜けようとする意志と力がある。未来を知る事への依存も、未来を知り得る己への傲慢さもない。未来を知る力がありながらも、未来など知り得ないただの人間としての力も宿っている。
危険だ。
その危険さは、恐らくタスカリカも感じているのだろう。
この状況下で捨て置くわけにはいかない。たとえ身柄を抑えられなくとも、あの男がどういう軸をもって動いているのかを知らなければならない。
幸運なのは、やはりあの襲撃の時にレイラの情報を漏らした事であろう。アレがなければ彼が逃げる事は叶わなかっただろうが、アレがあったおかげでこちらとしても彼の危険性を早めに気付けた。この幸運は今、活かさねばならない。
「老骨となるのは悪い事ばかりではない。古今東西、化かし合いは老いらくの領分よ」
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まずは情報を纏める。
あの男は包帯で自分の顔を隠していた。体格も中肉中背といったところで至って特徴がない。外見の情報はこちらは掴めていない。
だが確定している事は、あの襲撃事件の際に手の負傷をしているという事。そして、あの密輸入ルートを通ってマモルモンへの入国をしていないという事。
彼はこちらの襲撃から逃げ切った後に、正規の方法でマモルモンに入国したのだろう。
まずは、あの襲撃事件の後から手の負傷をした者がマハムドン内で宿を取っていないかを徹底的に調べた。結果、郊外の安宿に両腕を負傷した人物が一週間ほど滞在していたことが解った。そこを中心に調査していくと、両腕を負傷した男が多くの薬草を買い漁り、また火傷痕を隠すための色素材を買い漁っていたことも解った。間違いない。この男が、あの時の包帯男だ。
それから――正規のルートで入国するという仮定を立てたが。同時に、入国の記録を正確に取れない手法でマモルモンに入国する方法があった。
通常、マハムドンからマモルモンへ入国する方法は国境線の関所に身分証明書を提示し、入国許可証の発行と共に行われるが。この身分証明書の提示をパスして入国する方法がある。
それは――支援物資の送達を行う場合である。
支援物資の隊商が国境線を超える場合には、事前の連絡さえあれば入国審査なしでパス出来る。身分の照会も簡単なものしかされない。物資送達の円滑化の為の措置だが、例えばそれが――マモルモン側にツテがある人間ならば、仮の身分のまま入国できる。
「――まずは。この男が宿から出た日より入国した隊商の人員に絞って調査を進めようではないか」
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「――支援物資送達用の隊商が監視されていますね」
いやはや成程。これは少々自分の身分を煙に巻いたことが裏目に出た形かもしれません。
身分偽装が容易な隊商の一員としてマモルモンに潜り込んだことが、かえって相手の監視対象を狭める結果となってしまった。恐らくは、自分が泊まっていた宿はもう押さえられている。
まあ仕方ない。密入国のルートはあの襲撃時点で完全に潰されてしまったわけであるから、あの時点ではこの入国方法が最善だったのは間違いないだろう。
とはいえ。これで相手が監視せねばならない範囲が大きく絞られたことは間違いない。支援物資用の隊商の人員はこちらのギルドで取り扱っている分でせいぜい四十名程度。
ここから馬脚を現さぬように動いていけば正体が暴かれることはないだろうが。その間こちらが動けないのがかなり痛い。対処しなければならない問題はラミアスの諜報員だけではなく、禁制品の出所と王都の秘密警察の件もある。動き辛くなるのは嫌だ。
しょうがない、そうヒューイはぼそり呟きながら足元の荷物を笑顔で持ち上げ、その中身を市民に配っていく。
現在の自分は、ベネット・アイスナー。支援物資送達の隊商の一員だ。決して正体を暴かれることなく、この状態を乗り切って見せる。大丈夫。その為の策もちゃんと考えている。
そうしてベネットとしての仕事を終え、帰路につく頃。
ヒューイの背後からヌッと両手が現れ。片腕がヒューイの身柄を抑え路地裏に引きずり込み、もう片手がヒューイの口元に布地を押し込んでいた。
「ぐ....離せ....!」
くぐもった声を出し、じたばたと暴れるものの――その力は次第に抜けていき。ヒューイはその身体を弛緩させ、ぐったりと路地裏で倒れ込んでいた。