転生だ!追放だ!売国だァ~!   作:丸米

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⑱※注意 この物語の主人公はやっぱり自分の事を棚上げして人にもの言う都合のいい所が存在しています。心を広く持ち、適切な距離感でのご拝読をお願い申し上げます。

「成程、成程」

 キャラルシンは――普段からは考えられないほどに真剣な目つきで、研究を行っていた。

 貧民街から連れてきた禁制品中毒者。その人間を治療目的と称して、術式を刻み込み時間経過による変化を見続けていた。

 

 通常の麻薬中毒者は、時間経過により薬効が切れた後に離脱症状が生じる。この離脱症状のメカニズムについては何故かヒューイが詳しかった。

 彼曰く、人は報酬で動く。最も原始的な欲求こそが「報酬を得る」事であり、それは人間の根底においても同じことであると。欲求を満たす為に行動する、とはつまり。欲求を満たすという報酬を得る為に、人は行動をすると言い換えられる。欲求を満たし報酬を得ると人は快楽を感じる。社会の基本構造である報酬という概念は、そのまま生物の脳味噌にも適用される。あらゆる行動のリターンとして脳味噌は報酬系という神経伝達物質を生成する事で快を与え、より報酬を得る為の行動を促していく。食事をすれば腹が満たせるから飯を食え。睡眠をとれば体調が回復するから寝ろ。こうして人はあらゆる快楽を得る為に行動する。生きるという根底にあるものは、報酬なのだ。

 

 麻薬は、この報酬系に働く神経伝達物質に直接介入する代物である。

 それを吸うだけで。それを静脈に打つだけで。面倒な行動の積み重ねをせずとも、脳に報酬を与えられる便利なお薬。その薬剤から得られる快楽は、本来的な行動で積み重ね脳味噌が作ってくれる神経伝達物質とは比にならない。故に、依存する。人の機能では決して得られぬ快を得てしまったがゆえに、そこに依存するほかないのだ。どんな馳走を食らおうと、どんなに長時間寝ようとも、どんなに美しい異性を抱こうとも、得られぬ快楽がそこに存在してしまうがゆえに。

 

 自家生成できない強力な神経物質が与えられると、脳は報酬系の動きを鈍化させる。肉体も麻薬が与える快楽を基軸として行動を開始する。麻薬が与える報酬なくば、苦しむこととなる。こうして人は麻薬に依存していく。

 

「――このお薬は、”脳の報酬系の機能を鈍らせる”効能を強く感じるね」

 

 離脱症状による苦痛により更に薬を求める。が、ここで与えない。本来はここで金を対価として麻薬を与える事で利益を得るのが裏社会でのやり方だが。今回は、ここから離脱症状を与えるだけ与えて、そこから”与えない”選択を取る事で――この離脱症状を長引かせる事を敵がやってきたから。

 

 薬効を鎮めるための投薬をする。それでも離脱症状が治まらず、苦しみ、暴れだす。暴れだしたものは拘束し個室に閉じ込める。

 ヒューイから、報酬系の神経伝達物質は脳を通じて伝達されるという知識を得た。それ故に、キャラルシンは脳の動きに着眼しつつ――中毒者の傾向を見続ける。

 

 そこで解ったことであるが。この禁制品は、離脱症状が長引くと共に――脳の報酬系の動きが凄まじい勢いで鈍くなっていくという事である。そして、鈍くなったまま戻らない。

 

 通常の麻薬であっても離脱症状の中に報酬系の鈍化はあるのだが。離脱症状のフェーズを乗り越えればある程度回復していく。もう外部からの神経伝達物質が与えられない、と脳が学習すると正常に戻っていくのだ。それでも麻薬で得られた快楽の記憶は消えないので、結局手を出すことも多いわけであるが。

 

 しかし。この麻薬は――鈍化したまま、戻らない。

 苦しみ、暴れる。暴れて、暴れて、そして時間が経過すると共に――突如、スンと。これまでの状態が嘘のように正常なふるまいをし始めた。

 

 私はこれまで何をしていたのですか? なんだここはさっさと家に帰らせてくれよ。腹減ったから飯をくれ。何処だここは?

 

 今までの記憶なんて無くなったかのように振る舞う。

 

「――でも.....脳の機能は、鈍くなったままだ」

 

 麻薬による快楽と離脱症状中の苦痛の記憶が明確に消えている。だというのに――報酬系の動きは鈍化したままだ。本来ならば廃人同然の状態だというのに。

 異様なのは、これが全ての被験者に適用されない点だ。そのまま暴れ続けるものもいるし、廃人になる者もいる。ごくごく一部が、このおかしな状態になる。

 

 脳の報酬系がロクに働いていないのに。正常な人間のようにふるまう矛盾。

 これはどういう事かしらん? と更に思索に耽ろうとすると――。

 

「――え?」

 

 正常な振る舞いをしだした被験者にまたもや急激な変化が起こる。

 

「おわちゃ! ぎゃあああああああああああああああああ‼」

 その眼がカっと見開かれると共に――経過観察の為に入ったキャラルシンに襲い掛かってきたのであった。

 

 

「なんだぁこの地獄絵図は.....‼」

 斧の背で迫りくる襲撃者の首筋を叩きこみ昏倒させながら、地下からの脱出を図る。

 どくどくと血が頭から流れてくる。あーもう、最悪だ。

 このままにしておくわけにもいかないので。裁縫用の針に糸を通し、乱雑に縫い合わせ。その上から包帯をぐるぐると頭部から顔面に巻いていく。包帯は血に滲み、本格的にバケモノみたいな見た目になってしまった。

 

「な、何が起こって.....」

「何が起こったんだろうなぁ! いつの間にかミイラ取りのミイラ共で溢れ返ってるぜ!」

 

 斧で叩き伏せ、蹴り飛ばし、必死に前に進む。

 しかし――あまりにも数が多い。入り口付近では何人か餌食になったようで、秘密警察の人員の死体があちこち積み上がっている。

 

「こっちも.....もう気遣う余裕は無さそうだ!」

 頸椎をぶっ叩いて迷走神経反射を引き起こす技術で何とか殺さず済むように配慮していたが。入り口付近になると秘密警察の人員だけでなく、貧民街の住人まで入り込んでいる。もう殺さず突破するのは無理だろう。

 

「『アルビオ』!」

「『フィオラ』!」

 

 オルツは雷の魔法を、ヒューイは炎の魔法を。それぞれ駆使しまとめて襲撃者の動きを止め、ヒューイが得物を用いてずんずん前に突き進む。

 ヒューイがフィオラを放った瞬間――炎の点滅により、空気中に浮かぶ何かが見えた。

 それはほんの僅かな粒子。点滅の瞬間に見えた流れは――

 

「――くそったれ! どうやら通気口からお薬が流されていたみてぇだな.....!」

 入り口から這い出た瞬間、忌々し気にヒューイはそう呟いた。

 

「なに? それはどういう――」

「貧民街に出回っているヤクブーツが、通気口を通じて地下に垂れ流されていたんだよ!」

「そんなバカな.....! この地下の通気口に通じる場所は下水道以外は、秘密警察の者以外に把握はしていないはずだ! ここは元より我々が秘密裏に作った場所だぞ.....!」

「なら簡単な話だ。ミイラ取りのミイラが更なるミイラ作りの為に仕掛けたんだろうよ。本当にふざけやがって.....!」

 

 這い上がった先。そこにも――襲撃せんとこちらに視線を向けている連中がいる。二桁はいるだろうか。これは中々骨が折れそうだと覚悟した瞬間――。

 

「――らあ!」

 

 まるで虫のように蹴散らしながら――男が一人、こちらにやってくる。

 

「――無事だったか、ヒューイさんよぉ!」

「グリンド殿!」

 

 グリンド・バーンハルトであった。

 なんと珍しい。この男がわざわざ貧民街くんだりまでやって来るとは。

 

「――この手紙を渡せってアメルダの姐さんから伝えられた。その上でお前さんの指示に従えってな!」

「ありがとうございます。では指示を――この暴れまわっている連中の人波を追って、敵の本陣を暴いてください」

「あ? どういうこった?」

「ここは戦場で。この狂った連中は敵で。この敵を操っている連中の本陣があります。私は貴方の軍指揮者としての力を頼りにしています。この襲撃者には何かしらの法則がある。推察する材料として、気化した禁制品の麻薬が恐らく地下の密閉空間を通じて蔓延している事実があります。頼みました」

「.....」

 

 グリンド・バーンハルトは馬鹿である。まるで頭が回らず、女関係で失敗しまくっても何一つも学習しない。

 しかし――彼は戦場において回さねばならない脳味噌に関しては、決して悪くない。むしろそこに関しては非常に優れているといってもいい。

 戦場の論理、理屈をもとに動けるのであれば。そして相応のモチベーションさえあれば――彼は誰よりも頼りになる。

 

「解った」

 

 ただ一言そう呟くと――彼はハルバートを手に貧民街を駆け出して行った。

 

「.....さて」

 さて。己にわざわざ届けられた手紙を見よう。封は、切られていない。アメルダ経由で届けられたというのに、彼女は目を通していない。目を通してはならない理由があったのか。

 

 封を切る。

 

「.....」

 その内容を一瞥し、記憶の中に叩きこむと――即座に手紙を燃やす。

 成程。これは他の者には見せられない。

 

「随分と.....強かになったじゃないか、聖女様よぉ」

 そう呟くと共に、さてどうしたものかと思案を重ねる。

 

「オルツ」

「は、はい」

 ヒューイは懐より紙を取り出し、即座に文字を書く。それを書状にまとめ、オルツに持たせる。

 

「これを持ってギルドの本拠に行き、代表のアメルダの下へ。その書状を見せれば中に入れるはず」

 

 そうしてオルツを一足早く脱出させ――ヒューイも貧民街の中へ走っていく。

 今己がやるべき事は、無事なものを一人でも多く助ける事だ。もう貧民街でも、薬物中毒者の群れが形成されてしまっている。

 道端を見ると、子どもが中年の男に襲い掛かられている。

「あ.....」

 その男の服を引っ張り込み、子どもから引き剝がし――ヒューイはその心臓に短剣を突きこむ。

 もう迷う余裕はない。可哀想だが殺していくしかない。

 そう覚悟し走った先に――

 

「.....クソ。世話が掛かる」

 そこには苦し気な表情を浮かべる――奇跡の勇者、メルハイムの姿があった。

 

 

 禁制品の蔓延元がラミアスであった。

 そう突き付けられてから、メルハイムは必死に貧民街での支援物資の回収の為に走り回っていた。彼女だけではなく、その真相を知らされていなかったラミアスの騎士たちと共に。

 

 すると――突如として、暴走した貧民街の市民の一人が暴れだした。

 無差別に人を襲い掛かるそれを前に、当然その暴挙を止めるべく剣を引き抜くが――ここで気付く。

 

 聖印が、発動しない。

 無辜の市民を襲おうとしているこの者を前に、聖印が発動してくれない。

 

「ぐ....!」

 ひとまず、その市民は剣の柄で昏倒させ事なきを得た。

 だが――次々と、暴れだす者が増えていく。

 もう、一人一人を丁寧に気絶させていくのでは間に合わない。聖印が発動しないのなら、強力な魔法もそうそうは使えない。要は――殺すしかない。

 

 やるのか?

 聖印が発動しないという事は、この者たちは悪人ではないという事だ。

 あの時の少年のように。利他の意思の下にこうなったのか。それとも本人に非のない環境的要因でこうなったのか。解らないが――それでも、やるのか。

 

 迷う。その迷いの中――己の横手側から、短剣が飛んでくる。

 その短剣は、己が背後から飛び掛かっていた男の首筋を貫いていた。

 

 その軌道の先には――

 

「.....包帯男!」

 あの時。あの森で対峙した――包帯の男がいた。

 包帯は真っ赤に染まり、その動作には疲労の色が見える。

 

「何をしている、メルハイム・アトランティア」

 あの時と変わらない声で、包帯男がこちらに語り掛ける。

 

「――普段なら私に庇われるような醜態は晒していないだろう?」

「.....」

「まさか――聖印が発動しないから、殺せないとでも言うんじゃないだろうな」

 

 その言葉に、息を呑む。全てが見抜かれている。

 

「そうだ.....私の剣は、聖印は.....無辜の民を守る為に。悪を斬るためにこそ、あるのに....!」

「.....」

「何故.....何故、発動してくれないのだ! 私は、そうでなくば.....!」

 

 情けない。本当に情けない。そう理解できる。でも、それでも身体が動かない。

 己は――無辜の人間を殺さねばならないのか? 己が、己だけが彼らが悪ではないのだと、そう理解してやれるというのに.....!

 

「メルハイムっ! お前はなんだ!」

 その様子に――包帯男は声を荒げて、こちらに言葉を投げた。

 包帯越しで表情は見えない。声も籠っている。なのにその感情だけは、痛いほど伝わるような、激しい声だった。

 

「お前は騎士であって、聖印の奴隷ではないだろう! 聖印に従うままに剣を振るうのがお前なのか!」

「.....ッ!」

「人を殺す罪悪感から逃れるためだけに、その聖印はあるのかっ! そうじゃねぇだろ! お前が騎士となったのは、何故だ! その本懐はなんだ!」

 

 怒っている。こちらの心の臓腑に刃を突き込むためだけに、その激しさがあった。

 

「お前の迷いは、無辜の人間を斬りたくねぇっていう逃げからでしかない! その罪を背負う覚悟が無いからだろう! お前はそれでいいのか!」

 

「あの時の問いをもう一度繰り返させてもらうぞ。お前はお前の正しさに胸を張れるのか! 聖印に唯々従うだけの自分に! その在り方に!」

 

「その聖印は、罪から逃げるための道具じゃないだろう! お前だけは、お前だけは――この連中が悪人じゃないと理解できるんだ! お前だけが真正面からこの罪を背負えるんだよ! 背負う事から、逃げるんじゃねぇ!」

 

 ――お前だけが、背負える。

 その言葉が、痛い。本当に、痛い。心底からの痛みに、身体が震えていた。

 この聖印を、もしやすれば己は――疎ましく思っていたのか。

 知らなければ、迷いなんて生まれなかったのに、と。この人間が悪人ではないのだと。そう思えたのに、と。

 

「――レイラ・サンダルウッドは、逃げなかったぞ.....!」

 

 その言葉が、とどめだった。

 そうだ。レイラ。あの子は、逃げなかった。自分の力と。その力がもたらす罪から。

 未来が見えるがゆえに、取りこぼしたものすべてが――己が不足であると。取りこぼしたものの重さを背負う事を。彼女は、逃げない覚悟を決めているというのに――。

 

 その彼女を守る為にここにいる自分が――逃げるのか?

 

「.....」

 

 無言のまま――彼女は剣を構え、包帯男の隣に向かう。

 

「――目が覚めたようだな」

「.....ええ」

「ならもう言葉は要らないな――片づけるぞ!」

 

 

 

 

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