生かさず殺さずが、マモルモン辺境領の統治の肝である。
他国との国境線上に存在する辺境領の役割というのは、防衛と折衝。
隣接する相手国が敵対的であれ友好的であれ、あらゆる場面においても国境に近い所領とは極めて重要なものとなる。
故に――辺境領は、王都からしても重要なポイントである。外交においても、防衛においても、如何なる場面においてもこの所領は隣国にとっての第一関門となるのだから。
では、何故生かさず殺さずなのか。
「――貴様らは、貴様らの”生”を全うしていると思っておるのか?」
手枷足枷を嵌め込まれた男共が、その額を地面に押し付けられている。
その足元には熱した鉄板がある。肉が焦げる音と共にその両足と額が焼け爛れていく。男共は発狂しそうな激痛の中、それでも叫び一つ上げない。
背後には、処刑用の大剣をもった兵員が並んでいる。
この激痛に声一つ上げようものならば、痛みを味わわされることすらもう生涯無くなる。
「貴様等は生きてなどいない。死なずにすんでいるだけだ。それを生きているなどと勘違いするから、このような要らぬ苦しみを味わわされる」
「生かさず殺さず。我等は貴様らを生かしはしない。己が意思により歩くことを許さない。ただこの領地に税をもたらす麦穂としての存在として在ることを許す」
「生きたくば今生を諦めよ。死ぬがよい。死を厭うのならば生きるのを止めよ」
その様を冷たく見物する男が、一人。
――領地の穀物庫を襲撃した領民に対する、公開刑罰。
苦痛に耐えたものは、焼け爛れた足と額の火傷を抱えながら生きる。耐えきれぬものはその首を落とされる。
男は、思う。
殺されなくて済んでいるだけで生きている風情を纏っている愚者共が、その現実を直視しただただ苦しむ様を見るたび――己が生きているという事を実感する。己はアレとは違う。己は確かに生きている。己が選択の下、己が足跡を残しながら生きているのだと。
男の名は、ブーデガルト・マモルモン伯爵。
マモルモン辺境領、四代目領主であった。
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「それで、ヒューイさんよぉ。売国するって言っても、具体的にはどうするんだぁ?」
「国を売っ払う訳ですから。まずは売買ルートを構築する事が必要になりますね。それをまず作ります」
――売国という蜜を垂らして吸い寄せた三人は、その未知の法悦に笑みを浮かべている。
己が役割は、ずっとこいつらに蜜を見せ続ける事だ。これから、こいつ等好みの計画を立て続けて実行し続けるのみ。
「売却先は隣国のラミアスになるので、そこと国境を隣接している辺境領を手中にします。――ベルガン最東の地、マモルモン伯爵領が狙い目です。ここに我等の足場を作りましょう」
マモルモン辺境領。ベルガン王国極東一帯を占める領地である。
いやはや懐かしい。ここは原作ゲームにおいて、所謂”チュートリアル”として用意されていた場所です。
原作ゲーム”フォウル・ステーラー”はオープンワールドゲームです。通常のロールプレイングゲームとは異なり、一本道のストーリーは存在せず、プレイヤーの選択の自由が非常に広い。
プレイヤーはマモルモン辺境領で起きた内乱事件に巻き込まれ、冤罪によりマモルモン領邦軍に囚われる。その後反乱軍の襲撃が起こりその隙に逃亡を成功させるが、その過程で反乱軍の暴漢にも領邦軍の兵士からも襲われることとなる。
政治腐敗と厳罰主義が蔓延るマモルモン領内にて、領邦軍と反乱軍双方から殴られまくり、双方の嫌なところをたっぷり見せつけられた後に、プレイヤーは自由に選択できる。
どちらかの勢力に付くか。そもそも関わらずに逃げ出すか。それとも双方ともに叩きつぶしてマモルモン辺境領を火の海に沈めるか。どんな選択も取っていいのだ。ちなみにプレイヤーの選択率で一番多かったのは双方とも叩き潰して辺境領を火の海に沈める選択だったそうな。
「――具体的にはどうなさるおつもり?現状、マモルモン領は王都からの多大な支援を受けたうえで東部最大の軍事力を保有する所領ですわ。どうやって手中に収めるつもりですの?」
「そ、そうだよ....。辺境とはいえ、領主に逆らうなんて.....」
アメルダとキャラルシンの言葉に、首肯する。普通に考えれば、たかだか四人で辺境領を手中にするなど無謀に等しい。
とはいえ。何かを手にする条件というのはそれをねじ伏せられる強大な力がある事だけが条件ではない。
「――マモルモン領の統治は、生かさず殺さずが基本となっているようですね」
――何とも不合理な事を実行するものだと思う。
――生きるか死ぬかの瀬戸際こそ、人間が真に生を感じる瞬間だというのに。
――その際に立たせて、殺さずにいるとは。不合理にも程がある。
「生かさず殺さずで成り立っているというなら、殺しましょうよ。中途半端に生かしているからいけないのです」
こういう露悪的な言葉を放つ瞬間――三人は、無意識に笑みを浮かべ、こちらの言葉に傾聴の姿勢を取る。
人として終わり散らかしているがもうそういうものだ。しょうがない。そういうのを選んでしまった自分にすべて責任がある。
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「.....」
マモルモン辺境領は、閉ざされた領土である。
領地の東は神聖皇国ラミアスの都市、マハムドンに接しており、北と西の大部分は山稜に囲まれている。唯一街道が整備されている西側には関門を設置し、多額の通行税を取っている。
領地はマハムドンとの交易に特化した仕組みであり、マモルモン家は自前の商家と多くの職人を抱える珍しい貴族でもある。
友好国と隣接している利点を活かし、商人ギルドを通さず商いを行う。
西に隣接するアルムン領は肥沃な大地を活かし、大農園が作られている。ここの領地もマモルモンの近縁の貴族が治めており、結びつきが強い。交易特化の領地であるマモルモンがラミアスから稼いだ外貨で、アルムンの食料を買う。
――で、あるが。異変が起こり始めている。
近年、連続して続いた冷夏によりアルムン領における農園の収穫量が激減していた。その上、今年度は農作物への新種の病が蔓延したため、アルムンからの食糧の供給が完全に途絶える事となった。病であるがゆえに、アルムンの作物を領地の外に出すこと自体が禁じられたのだ。
これまで頼りにしていたアルムンからの食糧供給が無くなると、別の方策を取らなければならないが。これもまた厳しい。
これまでマモルモン領がギルドを通じての商いをしていなかったが故。マモルモンの窮状に対しギルドは容赦のない取引条件を持ち込んだ。どうせアルムンの問題が解決されればまたギルドは締め出される。ならば、取引があるうちに根こそぎ儲けさせてもらおうという魂胆なのだろう。食料品全般の取引に、相場の数倍の条件を吹っかけてきた。
ギルドが頼りにならないのならば、隣国のラミアスが頼りだ。マハムドンからの食料品の供給量を増やして、糊口を凌いでいくほかない。
そう思っていたが。
隣り合うラミアスの領地、マハムドンでは――一年前から食料品を取り扱う商会が買収され、同じように食料品の値を吊り上げにかかっていたのだ。
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食えねば、人は死ぬ。逆に言えば、食えれば人は生きられる。
圧政の下で尊厳が踏みにじられようが。食う事寝る事が出来れば、人は生きられる。
生きる事の構成要素の最低限だけを舐めるような地べたに這いつくばる生活を与えれば、それは生かさず殺さずとなる。
地べたに這いつくばりながらも生きられるならば。殺されることもなければ。人は現状維持を選ぶ。死という終わりさえ与えられなければ、生にしがみつけるのならば。
だが。生かさず殺さずの、生かさずすらも取っ払われたのならば。
人は、地べたから立ち上がり、生きるための咆哮を上げる。
――という訳で。
このヒューイ・ベネディクト。しがない村人Aでございますが、元をたどればこのゲームをやり込んでいたプレイヤーでもあります。
プレイヤーであるという事は、おおまかにこの世界で起こる重大イベントというのも把握しているわけです。
当然――原作における始まりの地であるマモルモン領で起こる事も事前に把握しておりますとも。
冷夏と作物の病による隣領の大不作による飢饉。それにより元々劣悪だった市民の生活がより悪化の道をたどる事となり。不満が限界を超えて反乱軍が形成される。
今回の計画というのは、この反乱が起こるペースを早めてやろうという代物であります。
飢饉から物価が上がり徐々にマモルモンの領民の生活が追い込まれ、反乱が起こるというのが原作の流れであるのならば。
飢饉による物価上昇が起こる前に。隣国の都市、マハムドンの食料品の事前の買い占めを行い一気に物価を引き上げる。
殺さず、を。一気に殺すに傾ける方法であった。
「おーほっほっほ!いいザマですわァ!恵まれた環境に胡坐をかいて殿様商売しているからこんな目に遭うのです!反省し、然る後にお死になさい!」
食料品の買い占めの為に、マハムドンで一年をかけて方々を駆け回った女商人アメルダは積み上がっていく富を前にそう絶叫し、
「そうだそうだ!ボクの叡智を馬鹿にしやがった奴らめ!くたばれ!地獄に堕ちろ!」
買い占めた食料品を加工し、保存するための魔法及び技術を開発したキャラルシンは満面の笑顔でそう絶叫し、
「よく解らんが金になっているならヨシ!」
特に何をするでもなく飲む打つ買うに勤しみ続けたハゲ頭、はニコニコとそう叫んでいた。
ヒューイの知識により飢饉が起こるという事が判明している。それ故に、その前に食料品の買い占めを行う必要がある。
食料品の買い占めをするならば、長期の保管が可能なように加工する必要がある。
この二つの工程は、アメルダとキャラルシンが十全にやってくれた。
――隣国、神聖皇国ラミアス都市マハムドン。
国境警備隊の買収を行い密入国を果たしたヒューイ、アメルダ、キャラルシン、グリンドの四人は。マハムドン国内にて活動を開始した。
食料品を扱う商会の買収を行った後、一年をかけて長期保存を見込める食料品を買い漁っていた。
商会の代表権をアメルダに与えると、彼女はそれはそれは鬼神の如き働きぶりであった。
出自を偽装し代表権を与えているため、表舞台では動けないが。それでも彼女は商機を嗅ぎ取るや否や積極的に動き続けた。
アメルダが買い漁った食料品の加工は、キャラルシンが行った。
防腐用の魔法の開発、及び真空密閉を可能とする缶詰の作成等の食料品の長期保存に必要な技術の開発を行い。加工の為の工場と倉庫を国境線付近の森に作った。
こうして大量の食糧を確保する事に成功し――飢饉により苦しむマモルモン領に対し、高値での取引を行う事に成功している。
「計画は順調です。――マモルモン領の攻略はもうじきです」
そう。ここまで本当に順調に進んでいる。
でも忘れちゃいけない。この連中は、本来計画という首輪に繋がれている事など決して良しとしない連中であるという事を。
順調なうちに、これから訪れるやもしれない計画外に対する心構えをしていなければ。
原作の時系列に達するまでにまだ時間はある。
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計画外は、思惑の外より生まれる。
「――まさか、国境線の所領がこんなに酷い有様になってしまっているなんて」
一人の女性が、そう呟いていた。
風に容易くなびく、長い琥珀色の髪の女であった。装いは、神聖皇国の紋章が刻まれた鎖帷子を着込み。その腰先には皇国親衛隊が好んで用いる、刀身が先端にかけて婉曲し、また太くなる独特の刀剣を佩いている。
その立ち姿は背筋に棒が張り付いているように真っすぐで、所作の一つ一つがパキッとした鋭さと硬さが感じられる。
彼女の名は、メルハイム・アトランティア。神聖皇国将軍、アーランド・アトランティア嫡子であり――”奇跡”の紋章を神より授かりし勇者である。
「――元より領主の酷薄さは話に聞いていたが。その上で食糧事情すらも悪化したというなら、この惨状もむべなるかな。いやはやいやはや」
その隣に立つは、長身で筋肉質な老爺であった。
全身に刻み込まれた皺は彫刻でもされているかの如く深く。それに交差するように傷跡が走っている。ゆったりとした武道着の上からも解る分厚い肉体は、年輪を重ねた樹木の如き巌の気配が漂っている。古強者の空気を漂わせながらも、その表情は実に飄々としていた。
老爺の名は、ザッハルト・カレスティン。前皇帝の護衛を数十年に渡り務めてきた男であり、皇国親衛隊にて現在まで使われている近接戦闘術の始祖である。
「それにしたって.....食料品の値の上がり方が異常だねぇ。そりゃあ自領で食料作ってないんだから、他が不作になればこうなるのも当たり前だけど。それにしたってあまりにも相場が動く速度が早すぎるわぁ....」
そうぶつぶつと呟く女は、横に伸びた独特な耳をしていた。
長い金の髪を全て後ろ手に流したその者は、とろんと眠たげな眼をしている。全身を覆うローブから見える凄まじいプロポーションと人形のように整った美貌とが合わさり、”蠱惑”という言葉が形となっているような力が、その存在に籠められている。
女の名は、タスカリカ。人の身では到達できぬと言われる神秘の森より人の地へ踏み込んだ、変わり者のエルフの魔法使いである。
「――祈ります。そして、何としても祓って見せます。この地を覆う悪徳と不幸を。必ずや、この手で」
青の修道服を着込んだ女は、そう呟き両手を合わせる。
柔らかくも、毅然とした女性であった。眼前の光景を前に恐れを抱きながらも、それでも目を逸らさぬようにと強い覚悟を刻んだ眼をしている。
彼女の名は、レイラ・サンダルウッド。皇国辺境の地にて生まれし、”予言の子”であり、神より聖印を授かりし聖女である。
――本来。まだ旅に出てすらいないはずの勇者パーティ、四人。
何故そうなったのか。この世界における異分子は把握できぬまま、彼女らはマモルモン領内の有様を見ている。
燃え盛る商人の屋敷。聞こえ来る怒号の声。鳴り響く破砕音。
本来よりも早く訪れたその地獄の光景がそこにあった――。