さて。こちらの目的は”マモルモン領を手に入れる”というものであるが。どういう状態であればこの目的を達成する事が出来るであろうか。
一番わかりやすい方法が、こちら側の四人のうち誰か一人を領主にするというものであろうが。それは不可能だろう。あの三人にも自分も他にもやってもらう事が山ほどあるし、そもそも王宮から追放されたあの連中とそもそもラミアス出身のヒューイも領主になろうものなら即刻王宮から軍を差し向けられるだろう。
この即刻王宮から軍を差し向けられる、という状況はまだまだ想定できる。
マモルモン領は国境の要所だ。内乱が長引けば当然首都から鎮圧の為に軍が送られる。反乱軍が勝利した場合も、代わりの領主が爵位を持っていない者ならば王宮側が認めるわけがない。これまた認めるわけがない。
「――では。よろしく頼みます」
「心得た。このライアス・イグゼーター、必ずやこの戦に勝利致す!」
目の前には、輝く目をした贅肉たっぷりのちょび髭男がいる。
彼はライアス・イグゼーター。領主のブーデガルト・マモルモン伯爵の叔父であり、かつてのマモルモン領での領主権争いに敗れた男である。
反乱により現領主がいなくなった後、王宮側が納得する首を代わりに挿げねばならない。
挿げ替える首はこのちょび髭だ。挿げかえるには本当にこちらには都合のいい人物だ。爵位を持っており、丁度いいラインの野心があり、そして何より別段領主としての適性がない。
人脈も人望も実績もない。こちらもグリンド同様ナイナイ塗れであるがキラリ光る所も特段ない。そこがいいのだ。人として光る所というのは――コントロールしようとする側からすれば厄介な部分なのだから。
挿げ替えた首には、こちらの制御下にあってもらわなければならないのだ。
爵位があり王宮側が納得し、こちらがコントロールしようともそれにさえ気付けない凡愚。これほど都合のいい接ぎ木はない。
――国境線上の山岳地帯。ここからマモルモン領へ食料を運び込む。
食糧事情の危機にあるのはマモルモンの領民ばかりではない。領邦軍の末端に至るまでも十分な食料が行き渡っていない。
現在の領邦軍は、領主にとっての生命線だ。ここが飢えて反乱に加わってしまえばもうブーデガルトには成す術がない。ここを繋ぎとめるもの――食料が欲しい。
故に。ブーデガルト側と密約を結び。国境線上の山岳から密かに食料を領主に運び込む手筈を整えた。
領邦軍に食料を流し、こちらは大量の金貨を手に入れる。
そして――運び込んだ食料の保管場所をライアスを通じて反乱軍側に流し、襲撃してもらう。
この手順で、食料を反乱軍側に流す。イエス、マッチポンプ食料供給!
「――食料の運び込みは終わりましたか?」
「モチのロンですわ!」
「ではこのまま五つの隊商に分けて山岳から食料を運びます。指揮は任せました」
いやはや。順調だ。
「へへへ....!こ、こんなにお金がたくさん.....!」
ニコニコしながらキャラルシンはただ森の中で座っている。未来に得られる富を想像し涎を垂らしているわけだが、途中で眼前に蜂が通りかかった瞬間にくっそ情けない悲鳴を上げながら背後にひっくり返っていた。
さて。後は食料をマモルモン領に運び込み、反乱軍に奪ってもらえば終わりだが。
日が沈み、夜が訪れる。月明かりが仄かに木々の間へ透けていく中。
それが、やってきた。
「へ?」
月明かりに溶け込むような灰色が、空を舞っていた。
ふわふわと綿毛が縫われたような羽が長く横に伸び、その中心には小さな体躯がある。
風の精霊だ。
精霊を扱える種族は、数少ない。竜、天使、ウンディーネ、そして――エルフ。
世界に形なきまま偏在する精霊を、見える形に拵えて、制御下に置く。
この力の使い手を知っている者。
この場にて、一人。
その一人はその姿を見て。一瞬顔を引きつり、現実を捉えて、ポツリと呟いた。
「.....え?何で?」
――原作というゲーム体験に没頭し続けた男は、この瞬間に想定外を叩きつけられる。
何故?
何故このタイミングなのだ....!
「――結界の展開急げ!このままだと食料全部吹き飛ばされちまう!」
絶叫の如く腹の底から声を出して叫ぶ。
考えていた想定外の――更なる斜め上から鉄槌が下された。そんな一手。
精霊の羽ばたきは円周上に吹き荒れる竜巻となり――木々を千切るような突風を森の中、轟かせていた。
●
エルフ族。
それは世界に遍在する精霊を操り魔法を扱う種族。
人間は、術式を介してマナを操る。術式という機材を用意して、マナをエネルギー源として機材通りの機能を発揮する。つまり、機材を揃えれば揃えるだけ、人間は魔法を多く扱えることになる。
エルフは、マナが一つに集合し、命を持ち、独自の生態系を築くようになった――”精霊”の力を利用する。
エルフが扱う精霊は、風の精霊。
命はあるが、形はない。そんな不思議な生命体を、エルフは形にして用いる。
人間が扱う魔法のように、広範な機能も汎用性の高さもない。
だが――こと一度に用いれるマナの総量において。精霊術は魔法よりも、遥かに強力だ。
それを行使するエルフ――タスカリカは、森を一望できる高台の上。その影響を見る。
「――輸送隊の足は止めたわぁ。後はよろしくね」
風に乗って、『心得た』という返事が聞こえてくる。
これだけの突風を引き起こせば輸送隊の足は止まる。
「――さあて。ここまで巧妙にマモルモン領を追い詰めた連中がどんな顔をしているのか。楽しみだわねぇ....」
そう呟くと共に。彼女の優秀な視力が、高台から飛んでいく二人の姿を見送った。
メルハイム・アトランティア。ザッハルト・カレスティン。奇跡を聖印を授かりし勇者と、帝国きっての武闘家の両者が、陰謀を斬り裂かんと駆け出していた。
●
「――調べてきたわぁ。新しくマハムドンで設立された食料品の商会の事」
マモルモン領での民衆の反乱。その背後にあるのは、食料事情の悪化である。
それは――マモルモンに入ってくる食料の高騰が問題にあった。
そうして――勇者パーティの一人であるエルフのタスカリカは、淡々と調査報告を他のメンバーに行っていた。
「飢饉が起きているアルムンからの食糧供給が途絶えるのは解る。でも、おかしいのは交易相手のマハムドンも一瞬でマモルモンの状況を把握して一気に相場を吊り上げたことよぉ。こんなの、事前に準備していなければ出来るわけがないわぁ。そして――調べれば調べるほど、この買収された商会にあり得ないほど準備してきた跡が見えてくるわぁ」
マハムドンで新たに設立された商会は、この一年で激動の変遷が行われている。
多額の資金を投じての商会の買収。買収せども商会の頭目はそのままであるが、そこからラミアス国内から多くの食料品の買い集めが開始された。
「食料品は金銀と違って買い集めてもあんまり旨味がないのよぉ。保管するにはプラスアルファで加工用のコストがかかるもの。塩漬けか燻製にするか。でなきゃ腐るからぁ。だったら、加工するための工場、それを保管するための倉庫。その稼働や維持にも余計なお金がかかる。――アルムンの飢饉がまるで起こることが解っているかのようにこの商会は一年前からハイリスクな投資をしているわけ。あり得るかしら、こんな事?」
「ふうむ。では、その工場と倉庫は見つかったのか?」
ここまで黙って報告を聞いていた老爺の武闘家、ザッハルトはここで口を開いた。
「商会が元から持ってたしょっぼい倉庫はあったわねぇ。工場はなかったわ。倉庫も、これまで買い漁ってきた食料を溜め込めるキャパなんて絶対ない」
「.....なら。商会が隠している工場と倉庫が、何処かにあるわけですね」
「そういう事になるわねぇ、聖女様。――別にまっとうな商売していれば工場も倉庫も堂々と作ればいいのにひた隠しにしているのは心底怪しいわぁ。さて、ここからなのだけど――メルハイム様にやって頂きたいことがあるの」
「ええ。私にできる事ならば」
「貴女は将軍の嫡子で、爵位もある。貴女の父親のツテを通じて皇宮に掛け合って――この数年で、マハムドンの国境周辺で購入された土地の履歴を追ってもらいたいの。そこに、隠された工場と倉庫があるはずよぉ」
●
「――ヒューイさんよぉ!北西の高台から二人!別嬪さんと老ゴリラが二手に分かれてこっちに来ている!どうする⁉」
「老人を頼みます!」
異変が起きた瞬間。グリンドは千里眼を行使し敵勢を視認した。確か女湯を合法的に覗くために死ぬほど努力して手に入れた魔法らしい。本当に底が浅くて泣きたくなるが、今は泣くほど感謝できる。お前の努力に感謝する。
――エルフのタスカリカがいるとなれば、間違いなくその二人はメルハイムとザッハルトであろう。原作ゲームにおける勇者パーティの二人だ。
大体状況は把握した。どうやらこの秘密の工場と倉庫の位置が勇者パーティにバレた。原作が開始されないと結成されないはずの勇者パーティが何故か結成されている不思議現象がまさに今起こっているがその理由は今考えられない。今、この状況を切り抜けねば。
「いいですか!殺しは厳禁です!万が一にも殺さんといて下さい!いいですかグリンドさん!」
「ああ⁉何でだよ!」
「襲撃している連中の一人はラミアスの要職の娘です!死なせれば山ほど厄介な事が起こる!――大丈夫。老人の方は武闘家です。武闘家相手ならば貴方が敗ける心配はしていない」
「ほおん、そうか!なら女の方はどうする!」
「私が対処します!――最終的な目的は、あの高台の上にいる誰かをとっちめてこの突風を鎮めてさっさと隊商を国境線の外に運び出す事です!」
「おいおい大丈夫かよ!密売の現場を抑えられることになるぜ!」
「そっちはちゃんとどうにでもなる考えはあります!とにかく、殺さず無力化です!お願いします!」
――万が一にも殺すわけにはいかない。
原作において重要NPCである彼等は、殺してどんな影響が出るか解ったもんじゃない。
それに――個人的な矜持としても、彼等は殺すわけにはいかない。
「――畜生、ここで想定外が来るか.....!いいよいいよ、こういうのが楽しいんだからよぉ!」
順調に進んでいたはずの計画は、突如として綱渡りの危険に化けた。
これからやるべき事とやってはいけない事を列挙し――ヒューイの口元は苦しみに歪み、その眼だけは爛々と輝いていた。
想定外の挙動や展開が眼前に訪れた時。それを忌み嫌うか、楽しいと思うかは人の個性だ。
ヒューイ・ベネディクトは――後者であった。
事前に攻略の為に考えを巡らすのも好みだが――その計画が想定外の方向から叩き壊された後に必死に這いずり回るのは、より好みであった。