さて。これは”合意”です。
合意を得ました。
後からうんたらかんたら言ったって。弁護士を挟むなどごちゃごちゃ言わせない。これは間違いなく合意です。互いが互いの損益を提示したうえで、ウィンウィンの関係を築き、合意の上でやったのです。
突風は、収まった。
「――ありがとう。これで隊商が動ける」
「あら?このまま逃がすとでも?」
「逃がすというか.....もう逃げているというか」
「は?」
――何を言っているのだこの男は、と。メルハイムは思った。
今ようやく突風が止んだとはいえ、隊商はこれまでずっと足を止めていたはず。
ここから隊を編成し、国境線を超えるなど出来るはずがない。
「ところがどっこい。――こちらとしてもただ足を止めていたわけではない」
瞬間。メルハイムの耳朶に、音が乗った風が届く。
――やられたわ。突風で足を止められていたかと思っていたけど。隊商を密集させて結界の密度を高くして、少しずつ移動していたみたい。もうどんどん隊商がマモルモン側に移動していっている。
「――こちら側も無策ではない。隊商を密集させて風の抵抗力をつけたうえで、結界で行路を作って牛歩で行進させていた。いやはや、こちらの商人はこういう時の判断力とバイタリティだけは死ぬほど信用できる」
「.....我々の目の前で国境線の不法侵入をしておいて、タダで済むとでも?」
「お前たちのミスがそれだ。その現場を見る前にこちらに襲撃を仕掛けたこと」
「.....なに?」
「マモルモンとマハムドンは双方とも交易をしている間柄の国だ。そして我々はマモルモンとの交易を行っている商会である。当然国境線を無断で横断するのは不法行為だが、そこも両者間で合意を取れていればどうとでもなる。――例えば。国境線付近での天災被害などがあった場合、緊急避難として隊商が国境線を超えて救助を願い出る事は十分に可能だ。嵐に巻き込まれかけたため、不正規のルートで乗り越えました~と説明すればいい」
「.....」
「初手で突風を仕掛けて足を止めたのは、実のところ諸刃だった訳だな。それを仕掛けた時点で、我々がマモルモン領に不正規ルートで入国できる口実を与えてしまったわけだ」
メルハイムは、悔し気に表情を歪めている。
そう。実際のところ、他国間を頻繁に移動する隊商には思った以上に保護規約が多い。そのあたりの知識はアメルダがとにかく豊富であった。
ちなみに。勇者パーティが襲撃という手を取らず。見に徹し、こちらが不正規のルートで不法入国する様を見届け普通にこちらを糾弾する手を取れば。”食糧事情がひっ迫しているマモルモン領の要請に応じ、一刻も早い食糧支援の為に最短のルートで入国した”という理屈を突きつけるつもりであった。
隊商を送り込む事さえできればこっちの勝利だ。
「では。そういう訳で――お互いこれ以上無駄な時間を過ごすのはよしましょう。私はここから去ります」
理屈で丸め込み、眼前の勇者から離脱しようとする。
これ以上戦うことに意味はない。そう理屈付けてやれば、このメルハイムという勇者はそれ以上戦えない。戦う事に理由が存在しなければ、無為に他者を傷つける事は出来ない性質なのだ。
――そう、信じていたのだが。
「いやはや。それは少々、都合が良すぎはしませぬか?」
声が聞こえてきた。
張りがあるが、老人特有のしゃがれた低い声。
「隊商の入国は諦めるわぁ。――でも。災害の中こそこそ立ち回っていた貴方があの隊商のルートで入国できる理屈はないわよねぇ」
勇者の眼前から立ち去ろうとする、その横手側。
二人が現れていた。
ザッハルト、そしてタスカリカ。両者が、こちらを見ている。
「.....」
え?
ちょっと待て。
おいコラ。まさかだけどよぉ。グリンド・バーンハルトさぁん?
お前、負けたの?
「頼みの綱の最強騎士様は森のとぉ~くに飛ばしたわぁ。多分たいていの人間なら死ぬ魔法使ったけど、間違いなく死んじゃいないわねぇ」
「うむ。恐らく儂に奴を仕向けたのはお主じゃな?いやはやその慧眼に称賛を与えよう。儂相手であれば間違いなく、奴に負けはなかったじゃろうな」
瞬間。グリンドから魔法による念通信がやかましくヒューイの頭に駆け巡った。
――ヒューイさんよぉ!頼む!そこの金髪のナイスバディな姉ちゃんの身体を傷物にしないでくれぇ!あのゴリラみてぇな爺は好きにやってもいいからよぉ!頼む!後生だ!何とかやって――
ブチ。
ヒューイは、念話を切る。
はい。全部、理解出来ました。ふざけんじゃねぇ何やらかしてんだあのクソバカ。勝てねぇデブはただの豚だ。丸焼きにすっぞ。戦い以外で役に立たねぇ分際で何をやらかしてやがる。
いや、そうか。そうかぁ.....。原作だとそういやぁグリンド、大概タスカリカがストーリーで出る前に死んでるもんなぁ。確かにアイツの好みに合致しているけどさぁ.....。ふざけんじゃねぇよマジで....。
「――これから、私をどうするつもりで?」
「貴方が提示したストーリーに乗ってあげたうえで、”保護”か”確保”させてもらうわぁ。貴方は突如発生した嵐に巻き込まれた哀れな被害者でもいいし、こそこそ災害の中動いていた不審者でもいい。ここで素直に武器を捨ててその包帯解いて我々に付いてきてくれるのならば、前者の扱いをしてあげるけどぉ?」
「災害引き起こした分際でよく言ってくれるなぁ....」
「言っておくけど、私は使えるものは使う主義なのぉ。そこの爺さんは元々衛兵長からの叩き上げよぉ。貴方の手足を砕いて牢獄に叩きこんでも別にいいのよぉ?」
よし。まずこの状態では間違いなく勝機はない。
取り敢えず――時間稼ぎをせねば。打ち切った念話を再開する。
「そう上手くいくと思うか?私とてバックアップしてくれる権力はある」
「将軍の血筋の勇者と前王の繋がりがあるこの爺さん以上の権力?そんなものあるなら、ここでこんなこそこそと動く必要もないじゃない?あ、それと。おいたはダメよぉ」
瞬間。
ザッハルトは瞬時にヒューイの背後へ向かい――両手首を掴み、捻り上げた。
その時。ヒューイの手元から、小袋が一つ地面に落ちた。
メルハイムがそれを拾い上げると――そこには白い粉末が入っていた。
「煙幕用のムーエの粉と....多分麻痺効果のある薬剤の混合物ね。全く、油断も隙もありゃしない」
「.....」
「それじゃあ。そのご尊顔を拝ませてもらおうかしらぁ」
ヒューイの顔面を覆う包帯に手をかけんとするタスカリカを見た瞬間――ヒューイの中で思考が廻る。
どうすればここから脱出できる?
手は捻りあげられている。完全に極められている。抵抗すればするほどより締まる極まり方をしている。振りほどくのではなく、自発的に手を離させるしかない。
何か。何か、この瞬間、一瞬でもいい。この連中に意識の空白を作り出せる言葉を、絞り出せ。
そもそも。何故このタイミングで、こんな連中が徒党を組んでやがる。
奇跡の勇者。前皇帝の護衛。風の精霊使いのエルフ。原作の時系列前に、何故こんなパーティが結成されている。どういう変化があり、こんな状態になっている?
――恐らくは、アレだろうか。そう思考が廻る。
その答えを前提としてもう、やるしかない。
「――レイラ・サンダルウッド」
その名を唱えた。
ただ、それだけだ。
「私は――彼女を”予言の子”の宿命から救う方法を知っているぞ」
その言葉を聞いた瞬間。
皆が皆、その動きを止めた。まるで世界そのものが止まったかのように、意識の空白が生まれていた。
やはりか。
レイラ・サンダルウッドは――原作開始前に既に洗礼を受け、聖女となり。
その影響によって、彼等は皆が皆ここに存在している。
今の反応で、理解できたことは二つ。
一つ。彼等三人がパーティを組んでいるのは聖女・レイラによるもの。
二つ。――彼らの望みは、レイラの救済であること。
意識の空白が生まれた瞬間。ヒューイは――先程と同じように、『フィオラ』を唱える。
射出先は、縛り上げられている己が右手。
締め上げられている手首ごと、燃やす。
恐らく。平時であれば、武術の達人であるザッハルトは手が燃える程度で拘束を離すことはしなかったであろう。あり得ない予想外の情報を得て、思わず動揺したがゆえに――彼は手を離した。
「あーはっはっはっは‼」
燃えている両腕。多少皮膚が削げるのも気にせず、短刀で袖口を切り落とし消火する。背後から全員が追いかけてくるが、今度こそ煙幕と麻痺毒の粉瘤が入った小袋を投げ、撒きに入る。
とはいえ、無傷でない。今ここで己は喋ってしまった。レイラ・サンダルウッドの秘中の秘を。そして、彼らが望むものを自分が持っているのだと喧伝してしまった。彼等は何が何でも、捕まえに来るのだろう。もう己は彼等から隠れながら行動するという手札を失ってしまった。
「やっぱり――この世界は最高だァ!」
予想外に次ぐ予想外。
やっぱりこれこそが、生きている実感というものだ。どれだけ準備をしたところで。原作という未来の大まかな予定を見たところで。何もかも事前の思惑通りに行くことなどあり得ない。
最善の準備をした上で。予想という予想を事前に捻りだして。己の全てをかけて準備して。その上で――己の想定を超える展開が頭上に降り注いでいく。
この瞬間こそが、生きているという実感だ。
ああ。レイラ・サンダルウッド。君も、想定内に収まる人生よりも。過酷なれど、己が切り開ける未来の方を選んだのだな。
十年後まで洗礼を待てと言ったのに。その為に彼女の父親を助けたというのに。強く強く、念を押して待つように伝えたというのに。父親の助命があれば、彼女は身近な幸福を噛みしめるように生きてくれると、そう想定したのに。
ああでも。そうしなくてもいいよ、という選択を与えたのもまた自分だ。
未来は己の手で変えられる。その実感を持って自由に生きよと。あの選択を無意識に与えていた自分は――やはり、心の奥底では己が想定外がやってくることを期待していたのではないか?
それとも。未来を知る運命を持つ彼女に、己が想定内の未来を想定外に変える道へ手を引こうとしたのか。
解らない。自分の内心など、正確に測れるものではない。両方正しい、だって全然あり得る。
燃え爛れた腕に、更に短刀で斬れた両腕が激痛を運び込む。泣きたくなるほど痛い。
でもこの痛みすらも幸せだ。
キーボードマウスで操る依り代が痛々しい叫び声という反応を聞くだけよりも――痛みですらも、己が行動のリターンとして返ってくるこの世界の方が、余程己は”生きている”。
叫べ。
今、俺は生きている。
この世界で生きている。誰かの影響を受けながら。誰かに影響を与えながら。確かな目的を持ちながら。誰かの目的とぶつかり合いながら。
レイラ・サンダルウッド。君を助けるという目的の達成は君の選択により更に困難になった。
でもいいさ。その困難ならば大歓迎だ。君もまた想定外を望むというならば。己もまた、この想定外に必死にのたうち回りながら――精々、楽しんで生きていく。
いつかまた君と未来で交差する時を――楽しみに待っている。