「そうですか.....そんな事が....」
――マモルモンとの国境線上の森の中での出来事を、聖女は全て聞いていた。
国境線付近の森の中で食糧の密輸を行おうとしていた集団を見つけたため襲撃を仕掛けるも、失敗。無事密輸は果たされ、その首謀者と思われる男も取り逃がしてしまった。
「その首謀者の男とは、どんな人物でしたか?」
「解らないわぁ。顔面を包帯で隠していて、体格が解りにくくなるような厚手のローブを着込んでいたのよぉ。身長も別に高くも低くもなくて、特徴がなかったわねぇ」
「私はその男と戦ったけど.....特別な力だったり、魔法を扱ったりはしていなかった」
「そうですか.....」
聖女――レイラ・サンダルウッドは、そこまで話を聞き、少し頭を巡らせる。
その男の存在に、次第に近づいていく感覚がある。
「その男は――聖女様の名前と、その正体も知っていたわぁ。レイラ・サンダルウッド。予言の子。そして――予言の子の運命。ここまでワードが散りばめられたら、あの男は間違いなく聖女様を知っているわ」
「恐らくは、我々全員の動きと思考を止めるためであろうが――その意図が見えている分、出鱈目ではなかろうな。――奴は確かに言っていた。予言の子の運命から救い出す方法を知っていると。この言葉は明らかに我々から逃れる為の方便であろうがな」
「.....」
現在、予言の子としてのレイラの存在は隠されている。
洗礼は通常の教会ではなく、メルハイムに頼み込んで万一でも公開されない場で行った。
もしも己が予言の子であると知られれば、この身を自由に動かすことが出来なくなる。
そして、洗礼の際に受けた聖印を――特に、この世界に災厄を予言する聖女の聖印を隠すのは大罪だ。教会の権威が強い神聖帝国ラミアスにおいて、神からの贈り物である聖印を独占する事はあり得ない。力あるものは、その責を背負わねばならない。その責を負うに相応しいが故に神はその力を授けられたのだ。――という名目の下。単純に聖印などという下手すれば国を揺るがしかねない力を持つ人間が他国に流出する事を恐れたラミアスが定めたルールである。権威的にも能力的にも首輪をつけたいので、ちゃんと聖印を得たのなら宣告してくださいね、というルールである。
そのルールを、レイラは破っている。
彼女が定めたことの一つは、首輪をつけず、可能な限り己が自由意志の下にこの力を行使する。そう決めたのだ。
「――その首謀者の方は、”聖女の力があれば権力によるもみ消しも可能だろう”と。そう仰っていたのですね」
「ええ。確かにそう聞いたわ」
「ならその方は――私が秘密裏に、国に知られない形で洗礼を受けているとは知らないのですね」
――矛盾だ。
レイラの現状は”密かに洗礼を受け、聖印を隠している”状況だ。
その男は”正式に洗礼を受け、聖印を得ている”とレイラの状況を勘違いしている。これはあり得ない。予言の子としてのレイラの存在は知っているのに、聖印を隠しているという情報は知らない。こんな事があり得るはずがない。矛盾している。
もう確定だ。自分が洗礼を受ける前に”予言の子”としての正体を看破したうえで。”ならば洗礼を受け聖女としての立場を得ているのだろう”と勘違いするという矛盾に満ちた予測を立てる者など、一人しかいない。
「――私は、その方を知っています」
「――本当ですか?」
「はい。私が、今の生き方を選択する理由となった――はじまりの人です」
●
レイラは、その”彼”から提示された二つの選択の中――二つ目を選んだ。
”己が未来は覆せる、という確信をもって自由に生きてください。二度と自分の力を言い訳にうじうじしないで下さい”
一つ目の提案は、洗礼を受けるのを待ち、生きて帰ってくれた父とささやかな幸福を享受する生き方。二つ目は、自由を得ると同時に、その自由の責任を取る生き方。
自由には責任が問われる。
未来が覆せるという前提を得てしまえば。未来がいざ覆せなかった時――それは何処まで行っても、自分の不足によるものであるという現実が襲い来る。
行動力の不足か。能力の不足か。覆せなかったその時、その傷を自分で受けなければいけない。
”どうせ未来は変えられない。定められた運命なのだから”という逃げ道の諦めが許されない。
未来は変えられたはずで、変えられなかったのは何処まで行っても己が不足故なのだという。その現実を正面から受け入れなければならない。
変えられたものなんて、ほんの一部だ。自分が知覚できている未来など、湖水から水を掬った程度のものでしかなく。その水も指先から容赦なく溢れ出る。
この世界で生きている人間は。きっとこの湖水全体を見渡して、少しでも変えようと足掻いている人間の集合体なのだ。それでも、足掻いても足掻いても、どうしようもない現実に打ちのめされて。打ちのめされて諦めたり、それでもと立ち上がったり。
変わらない。人は己が無力に嘆き苦しみ逃げ出したり立ち上がったり。それが世界で、世界の中に息づく人の営みで、生きる事。
己の能力なども、そんな程度でしかない――という現実。それを受け入れねばならない。
所詮は己も、足掻くだけの人間なのだ。
足掻いて、足掻いて、それでもどうしようもなくて。どうしようもないままではいられなくて。立ち上がってそれでも、それでも、と。また歩き出していくしかない。
――洗礼を受けた瞬間、見えた。
――己は、災厄に立ち向かい。そして死ぬのだという。
ああ。よく理解できた。十年後まで洗礼を受けるのを待て、と言ったあの人の忠告の意図が理解できた。早逝の因果は、予言の子であることではなく――洗礼を受ける事にあるのだと。だから待てと言ったのだ。
でも決めたのだ。そして知ったのだ。
この運命が覆せなかったのならば。それはどうしようもなく自分の不足なのだと。
「――なんと....」
「未来を知覚できる者が、二人....⁉馬鹿な。そんな事が.....!」
――レイラは、過去のはじまりを皆に伝えた。
かつて。己に同じ未来を知覚できる力があると伝え、そして父親が死ぬというレイラの予知を覆した者がいるのだと。
「その人物で間違いないかと思います。――私と同じか、同系統の力を持つ方です」
「.....物凄く荒唐無稽だけどぉ、聖女様の言う事を前提とすれば、このマモルモン関連の謎も大方判明出来たわねぇ」
「.....何故、マモルモンの食糧事情が悪化する事を前提とした動きを一年前から行えたのか。それは――単純にその未来を知っていたからでしょうね....」
――この部分だけを切り取れば、間違いなくその男は悪人だろう。
――食糧事情の危機を知り、取った行動が食糧の買い占めと商会を乗っ取っての相場の吊り上げ。危機的状況を利用し、己が私腹を肥やす最低下劣の行為だ。
だが、――本当にそれが目的か?
それが目的ならば、もっと単純な方法を取らないだろうか?
そして。過去にレイラに己が力の性質を教えた男が、そんなちゃちな目的を設定して動くだろうか?
そもそもそんな小悪党ならば、間違いなくメルハイムの聖印が発動しているはずだ。
あくまで、ここまでの一連の行動は目的ではなく、手段として見るべきなのだろう。
「何であれ、一度とっ捕まえて話を聞かなきゃいけないわぁ」
「レイラ様を助けられる....という言葉が方便でなければ、その方法も知りたいですしね」
「――いえ。そちらは優先しなくて大丈夫です」
レイラは、はっきりとした口調で言った。
「恐らく、私を救う方法というものはかつてあの方が提示した道と同じなのかと思われます。災厄から私を遠ざける。それならば、私には必要ありません」
「....レイラ様」
「私は――私の運命は、私自身の手で。私自身が紡いできたもので、対決する。私は災厄からは逃げない」
だから、と。レイラは――笑みを浮かべる。
「メルハイム様、ザッハルト様、タスカリカ様。お三方は、そうして私が紡いできた象徴なのです」
「うんと頼らせてもらいます。でも――私はこの運命から逃げる事はしない。だって、皆様が逃げないと決めた私に付いてきてくれているのですから」
「私はあの人の想定を超えて見せる。あの人の想定を超える形で、運命に打ち克って見せる」
「だから――どうか、よろしくお願いしますね」
●
「呼び出してごめんねぇ、メルハイムちゃん」
「タスカリカ。――こんな夜中に呼び出してどうしたの?」
「ごめんねぇ。万が一にも、聖女様に聞かせるわけにはいかなかったからぁ」
現在、パーティ四人はマハムドンの宿で泊っている。
明日の朝より馬車でマモルモンへ向かう手筈だ。
日が変わる頃――メルハイムは、タスカリカに宿の外に呼び出されていた。
タスカリカはレイラの睡眠を確認したのち、メルハイムを呼び出していた。
「明日も早いから結論を言うわねぇ。――聖女様の方針に逆らう事になるけど、私はあの男の確保を優先して動くわぁ。ちょくちょく貴女の手を借りたいから、予め伝えておくわねぇ」
「.....優先するのね」
「うん。――聖女様はああ言っているけどぉ。メルハイムちゃんは、聖女様が”自分が生き残る為”の方策に、ほんのちょっとでも自分の時間を割くと思う?」
「.....」
「定命の人間の時間なんて儚いものよぉ。時間は有限で、だから人は優先順位を付けなくちゃいけなくて、その順位付けは人の価値基準によって定められるわぁ。聖女様の”運命を乗り越える”の判定は、災厄を乗り越える事であって。自分が死なない事は多分二の次よぉ」
だから、と。タスカリカは続ける。
「私にとって聖女様は大事な仲間で大好きな友達だけどぉ――私には私の優先順位ってものもあるわぁ。私は苦しんでいる無辜の人たちよりも、大好きな友達が長生きしてくれることの方がずっと大切なのぉ。だからごめんねぇ?正直、世界が滅びようが。私の友達が生き残ってくれるならまあいいや、って感覚なのよねぇ。エルフにとって人間なんてマナを狂わせて居場所を奪ってきた連中だもの。友達ならともかく、有象無象の生き死にに興味なんてないわぁ」
「でも自分よりも他人を優先するおバカな友達の事は大好きだから――そっちがそっちでそうするなら。こっちもこっちで勝手にやらせてもらうわぁ」
「私も貴女も聖女様に大事なものを助けてもらった者同士だものぉ。――傍にいる仲間くらい、あの子の事を優先順位を上にしてもいいものじゃない?」
という訳で、と。タスカリカは――笑みを浮かべる。
「取り敢えず――全力であの男を捕まえようねぇ」
★キャラクターミニ情報
タスカリカ:実は原作ではカルマ値関係なくメインストーリー終盤であれば仲間にできる枠。開発曰く「プレイヤー救済枠」。原作は悪人プレイだと仲間にできる有能なNPCが少ない中、特定のイベントをこなせば善人だろうが悪人だろうが仲間になる上、ステータスも無茶苦茶優秀。善人じゃないと仲間にならないメルハイムとは色々と対照的。