私は艦娘または深海棲艦である。正体は未だ不明。 作:キノコ飼育委員
人生とは驚愕の展開ばかりだ。目を覚ませば見知らぬ場所で、私にはサイボーグシャーク尻尾が生えており、おまけに記憶がさっぱりない。
しかも目の前には殺されたばかりの死体が複数転がっている。なんという惨劇。
一人は首をスプラッタされてくずおれており、二人目は下半身しか残っていない。
三人目は胸を横一文字に抉られて壁に叩き付けられており、周囲にはブスブスと煙を上げる奇妙な魚の残骸が業火に沈んでいる。
惨い、惨すぎる。一体誰がこんなことを……。
まぁ、殺ったのは我々なのだが。
「ビャア゛ア゛ウマヒイ゛イ゛イ゛!!」
ヤツはヤツで嬉々としてその死体どもを喰らっているし…………どうしてこうなったのだろう。
いや、もしかすると私の対応にどこか反省する点があったのかもしれない。
とりあえず、己の行動を振り返ってみるとする。
確か三十分前、ホール中にヤツのファックコールが響いた辺りから――――
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ホールいっぱいに罵声が響き渡った後、尻尾は聞くに堪えない罵詈雑言で私を罵り始めた。
それを聞き流しつつ、私はさらに状況把握に努めることとした。
まず全身の痛みだ。痛いということは負傷しているということに他ならない。傷の具合を確かめるべく、自分の白いコートをまくってみる。
……これは酷い。拳よりも大きいくっきりとした痣がいくつもある。中には皮膚が切れて血が出ているものも。一体どれだけの衝撃でこうなったのだろうか。
それに頭だ。被ったフードの中に手を入れて確かめてみればぬちゃりとした感触。指先を見れば赤黒い血。ピリピリとした痛みを堪えながら確かめていくと、ちょっと怖くなるレベルで頭がパックリいってる。
コートの前を閉じながら、ついでに未だ罵声に夢中な尻尾を見れば、先ほどはわからなかった罅がいくつも見受けられ、甲板のいくつかから煙が噴き出ていた。
「ヘイ、サノバビッチ!!聞いてんのか?!」
「聞いとらん」
「キシャー!うっぜぇ!!」
「チッ、鬱陶しい尻尾だな。そういう貴様は何なのだ?私の一部なんだ、当然私を知っているんだろうな?」
「は?知らねえけど。俺記憶ねぇし」
……この後起こった、約三十分に渡る醜い争いの記憶を、私は生涯封印しようと思う。
確かに最初に手を出したのは私だ。認めよう。だがあれだけ滑舌の限界に挑戦するかのように私の記憶喪失を罵倒していたやつが、まさか自分も知らないなどと抜かすとは思ってもみなかった。これはもう明らかな戦線布告だろう。そうに決まっている。
あとはもう、右半身と左半身どちらが強いかを比べるような間抜けな時間が過ぎるのみ。感覚を共有しているというのに殴る体当たりする踏みつける噛みつくの応酬を続け、お互いさらにボロボロになった。
いや、もちろんこの愚かしさはやってる時ですら感じられたのだが、メンツの問題から絶対に負けられず、譲ることすらできなかったのだ。休戦の提案も然りだ。
というかそもそも私の身体に他生物の意思がくっついているなど、鳥肌が立つほど気色が悪いのだ。おそらく向こうもそう感じていたはず。
ならば確固とした『一個の生物』として完成するために、必殺の一撃で仕留めるほかない。そんな私の意思まで共有しているのか、相手もこちらの隙を伺うように鎌首をもたげた。
その時だ。
私は、いや『我々』はこちらに近づく複数の存在に気が付いた。察知した。頭の中にバチッと来たのだ、獲物の存在、それを知らせるノイズが。
その瞬間、我々は『一個の生物』となった。
床を蹴り飛ばし、悲鳴を上げる身体に鞭打ち疾駆する。入口の扉を蹴り開け、その場所目掛けて暗い荒れ果てた廊下を駆け抜ける。
「シャハハハハ!!データ出たぞ、駆逐3空母2戦艦1だ!」
「後背より奇襲する、駆逐を片付けろ。戦艦は私がやる。空母はラストだ、全て一撃で仕留めろ」
「上等ォ!」
言葉少なに意思を通し、我々は獲物たちの背後、その『上の階』に辿り着く。下でも何かざわめいているようだが遅い遅い遅すぎる!!
副砲で床に攻撃、拳で粉砕、獲物の皆様コンニチワ。
では死ね!!
――――自分の弁護するためにも一応言っておくが私はこの時どうかしていた。
目の前の連中が誰か?何か?知らなくていいのか?
そういった思考の一切が抜け落ち、ただただ目の前の連中を獲物として屠ることばかり考えていたのだ。
いや、『考える』云々以前に、脳髄の奥から全身へスパークした衝動―――『本能』に従っていたのだ。
連中は敵で、エサで、全ては後回しでいいのだと―――――。
尻尾の砲塔が主砲副砲全て連中に向き砲撃する。頼もしい重低音が腹に響き、目の前で魚のようなSF生物どもが砕け散った。
私が上にかざした手がナニカを引っ掴み、まだこちらを呆けたように見ている青白い女に叩き込んだのもごく自然な本能によるものだった。
一撃で脳天をぶち抜き喉の辺りからピックが飛び出す。その上から下へ向かおうとする勢いを力任せに振り切り、右方向に旋回させる。
逆方向にも存在するピックが正確に空母の胸を右わきから入って左わきに抜け腕も千切っていく。
背後でブヅリと肉と骨を噛み砕く音がし、ちらと見れば下半身が廊下にぺたりと座り込むところだった。
・・・・・・・・・・・・・・
……なるほど、避けられぬ事故だったのか。まぁいい、起きてしまったことは仕方がない。
尻尾を見ればびちびちしながら下半身の残りを食い散らかしている。実に汚ならしい喰い方だ。思わず眉をしかめるほどに。
『カ……ッ……』
「ん?」
僅かに聞こえた音に目を向けると、心臓ごと胴を横一文字に抉られ、壁に叩きつけられて半身潰れた空母がいた。まだ息があったか。まぁ残りHP1といった感じだが……『空母』?
『空母』とは?もちろん艦載機を大量に乗っけ、海を越えて戦地にて空を制する『船』の名前だ。
では目の前の『コレ』は?
光沢のある鈍い銀色の服と、魔法使いのような杖を持つ、白髪の少女だ。黒く立派なマントも羽織っている。血塗れで虚ろな目だが美人と言えよう。
頭にUFO乗っけてなかったら、だが。しかもコイツも私の尻尾と同じく真っ白な歯。ハンサムの必須条件だが触手がネックになりそうだ。
総評すればUFOに頭を乗っ取られた哀れな少女Aの末路……とかはどうだろう?
ふむ?何故私はコレを『空母』だと思ったのだろう。
と、そのUFOが口を開けた。同時にそこから小さな飛行物体が群体で飛び出してくる。
小パンで撃墜。次々出てくるので小パン連打で打ち落としていく。
最後の飛行物体をキャッチし、しげしげと観察してみる。
湾曲した翼に機銃らしきモノがついた嘴、背部にエンジン腹部に爆弾らしき物。
恐らくUFOの一種だな。間違いない。
そしてこんなものを幾つも発進させるコイツは正しく『空母』だ。
では何故記憶喪失の私がそれを知っているのだ?
……待てよ?確かさっき尻尾も同じことを言ったな?
「おい、おい尻尾!」
「やっぱ機械で殺したエサはかくべ……あ?呼んだか?」
呼びかければ、口の端に足っぽいものをはみ出させたままぐるっと尻尾がこちらを向く。
「お前、こいつらの正体わかるか?」
そう私が聞くと、ソイツはしばらく固まった後に答えた。
「……は?こいつらは『深海棲艦』だろ?」
「しんかいせいかん?何だそれは?」
「おいおいおいおい、そんなことも忘れたのか?『深海棲艦』ってのは俺らの喰い物だろ」
そう言って尻尾は呆れたように首を振る。実にイラつかせてくれる。
「待て、では何故お前だけそれを覚えている。お前も記憶がないのだろう?」
そう言えば、またも尻尾は何かを考えるようにのたうった後に答える。
「……そりゃお前、記憶には二種類あって、思い出と知識は別モンだからだろ?」
「……つまり?」
「お前なぁ、一応俺の一部なんだから今のでわかれよ……例えば右手出してみ?」
「右手?」
「尖らしてみ?」
「こうか?」
金属をこすり合わせるような音とともに指先が針のように尖る。これがどうしたんだ?
「砂糖は何色?」
「白か茶色か黒だ」
「妖怪1足りないって?」
「肝心な時に1足りないことさ」
「ぬるぽ」
「ガッ」
「な?」
「なるほど、理解した」
つまり、記憶がなくとも身体は動く。記憶がなくとも砂糖が甘いことは知っている。
だがこの身体で何をしてきたかは覚えていないし、砂糖の甘さを好んでいたかも覚えていないのだ。
「ンなことより俺は腹が減ってんだ!邪魔すんなよ!!」
そう言って尻尾は私の手にしていたUFOを一口にすると、また食事に戻った。
しかし……よくこんなグロテスクな物体を喰う気になるな。
とてもじゃないが喰う気には……。
―――その時だ、私の五感に強烈に訴えかけてきたモノがあったのは。
『ヒュー……ヒュー……』
息も絶え絶えな瀕死の空母が、かすれた目のまま私を見ている。
その重傷を負った少女の体は、何故か私の目には『別のモノ』として映っていた。
芳しい石油と弾薬の薫り、蠱惑的な鉄とボーキの煌めき。またも私の中に荒れ狂う得も言われぬ感覚!
……あぁ、そうかわかったぞ。これは確かに―――『食糧』だ。
「あーー〜ンッ!!」
『ギッ!』
屈んで空母の首に喰らいつけば、短い断末魔と痙攣を経てソイツが息絶える。いや、息絶えていようがいまいが関係ない、そのまま噛み千切った。
咀嚼すれば喉を潤す石油と舌を楽しませる鉄の味が広がる。たまらない。たまらんよこれは!!
あぁ、私は随分と、随分と腹を空かせていたようだ。少々はしたないが我慢が利かない。
ならば今だけは、今だけは獣となろう。
イタダキマス!
・・・・・・・・・・・・・・
しばし我々は時間を忘れて食事を堪能した。装甲の欠片も残さず口にし、ゴチソウサマを言う頃にはすっかり腹が膨れていた。
しかしよくあの量が我々の腹に収まったな。間違いなく許容量を越えていたはずなのに。
なら自重しろ?嫌だね。
我々は口は二つあるが胃袋はひとつしかないんだ。となると相手より多く食事を楽しむには競う他ない。
……そう考えて夢中で喰っていた結果、いつの間にか全部胃に収まっていたのだ。
「それにしても、なんだか妙に暑いな……」
さっきの食事の途中から体が火照り始めた。
それほど激しくがっついた覚えはないんだが。
「喰ったモンを資材に全身修復が始まってんだろ?」
「全身修復?」
「俺ら重傷だろ?だからさっき喰ったモン使って傷を癒してんだよ」
そうこうするうちに身体がどんどん熱くなる。汗をかくどころか湯気まで立ち上るほどだ。
コートのジッパーを下ろし前を開け、空気を入れて涼むが、少しマシになった程度。
と、見れば私の体についた傷が真っ赤に、いや白く光るほどに発熱していた。コートが燃えないのがいっそ不思議なくらいだ。
よく観察すると、ゆっくりとだが傷が治っていくのがわかった。
ふと思い立ち、慎重に指先を頭に持っていけば、そこのパックリ割れた傷口も発熱していた。
なるほど。私は食事をすることで自らを修復することが可能なのか……便利だ。
自分で自分に感心するというナルシズムに若干浸れたが、しかしここでまた疑問か生まれた。
まず、自分は何なのか?
どうも私は、自らが有している能力に関する知識も忘却しているようだ。
しかしその扱いは、必要な時に本能が勝手に使用するような、曖昧な忘却のようだ。
次に尻尾。コイツは私と記憶を共有していない。だが腹立たしいことに知識は私よりも有しているようだ。
最後にコレ。私が先程振り下ろした物体X。
白い、金属の柱から削り出したような一個の塊で、Tの横棒を鋭くして下に曲げたような形。
柄の部分には達筆で『艦隊決戦』の字。
そう、いわゆる土木用道具―――「ツルハシ」だ。
「ふむ……」
二、三度振り回してみれば、とてもしっくりくる。握る手には吸い付くような感触、重さはちょうどいい、重くもなく軽くもなく、ズシッとしている。
軽く床に振り下ろせば、簡単に突き立った。
先ほど私はこれを使って戦艦と空母を破壊したのだった。
……それで?
「私はこのツルハシを、どこから出したんだ……?」