「眠れないなあ」
そう呟いた少女はベッドに置かれた時計を見る。その時計はもうすでに明け方の時間を示していた。
「まあ寝なくても何とかなるでしょ」
この日アイドルとしてのデビューライブを控える少女は眠ることをあきらめ部屋の電気を付ける。
部屋を見返すと壁にかけられた青いアイドル衣装が目に入る。
自分のために作られたその衣装を見て気持ちが昂った少女はパジャを脱ぎ始め、衣装に着替えだす。
着替えが終わると部屋にある鏡の前に立つ。少しはねた茶色いロングヘアーに茶色い瞳、ミニスカートに紺のニーソックスのアイドル衣装をきた自分を見て小さく踊りだす。
「楽しみだなあ」
今日のライブに期待を膨らませた少女はふと誰かの視線を感じる。
「誰?」
少女は視線の主を見つけようと辺りを見渡すが人の気配は感じない。疑問には思うが不思議と恐怖は感じない。監視されているというよりは見守られているように感じていた。
しばらくすると視線は外から感じることに気づいた少女は窓を開けると視線の主がいるであろう夜空を見あげる。
しばらく眺めていると夜明けが星座を追い越そうとする空に流れる星を見つける。流れる星を見送った少女は手を組み合わせ、願い事をする。
「一つだけ願うのなら」
―夢がかなう瞬間そばにいてくれますか?―
*
夏休みのある日、一人暮らしをする大学生の山本さつきは家でひとりゲームを始めた。
何度も見たタイトル画面からデータを選択し、キャラクターを動かし始める。が、すぐに飽きてコントローラーを投げ出す。
「暇だなあ」
そう言って今度はスマホを手にする。するとスマホの画面の中に見慣れないアプリを見つける。
「なんだろう」
疑問に思いつつ動画の再生ボタンに似た青い三角形のアイコンをタップする。
「うわ」
スマホは画面を輝やかせ、さつきをスマホの中に吸い込んだ。
*
「大丈夫ですか?聞こえてますか?私の声は届いてますか?」
女性の声で目を覚ましたさつきはゆっくり声の主を見あげる。そこには青いアイドル衣装のような様な服に茶色い瞳、星の髪飾りをつけた女性が心配そうな顔で立っていた。
よく見ると星の髪飾りには"青い"リボンがつけられている。
「えっと、あなたは?」
女性はさつきの問いに微笑みながら答える。
「私は時之そらです」
そらの瞳は真っ直ぐさつきの目を見つめる。さつきはその瞳に吸い込まれるようにそらの瞳を見つめ返す。
「大丈夫ですか?どこか痛いですか?」
そらに見惚れるさつきの様子を見て再び不安そうな顔をしたそらが尋ね、ハッとしたようにさつきが答える。
「だ、大丈夫です。あと、私は山本さつきです。」
慌てて答えたさつきに、さらにそらは問いかける。
「ここがどこだか分かりますか?」
「ここがどこか?そういえばさっきまでは自分の部屋にいたはずなんですけど、なんで外にいるんだろう?」
「すごく言いにくいんですけど、こことは違う世界から来たんだと思います。」
「…………は?」
そらの予想外の言葉にさつきは思考が停止する。
「さつきさんが住んでいる場所の名前は何でしたか?」
「日本の、東京……」
「日本という名前も、東京という名前も、この世界には無いんです。」
「嘘でしょ!?だって……」
混乱した頭で答えながらスマホを取り出し、マップアプリを開くさつき。アプリの画面を見てまた驚きで顔が固まる。
「見たことない地図だ。」
スマホに表示された地図を見て、ここに来る前の最後の記憶を思い出す。
「まさか、本当に?」
ここまで気づいたさつきはすぐに新たな疑問が生まれ鋭い目つきでそらを睨みつける。
「だとして、何で時之さんはそんなことがわかるんですか?」
「……………」
さつきの問いにしばらく沈黙したそらは、申し訳なさそうに口を開く。
「一度私の家に来てもらっても良いですか?」
そらの提案にさつきはそらを睨みつけたまま考え込む。
まだ信じられないが自分が異世界に来てしまったことは事実なのだろう。それはスマホが証明しているのだから。
問題はそらだ、いきなり現れ自分が異世界から来たことをピタリと当てたのだ。それだけではない、今いる場所は、道こそ整備されているものの木々に囲まれているうえもう日が落ちかけており、薄暗くなっているのだ。状況的にここに倒れていた自分をピンポイントで見つけて声をかけたのだろう。どう考えても偶然という言葉では片付けることはできない。最悪自分を利用するためにこの世界に呼び出し、善人を装って接触したことも考えられるのだ。
だが、たとえそうだったとしても今の状況ではこの時之そらという女性を頼るしかない事も事実だ。
「家に着いたら全部教えてくれるんですね?」
「………はい。」
冷たいさつきの問いにそらは自信がなさそうに答える。
「わかりました。あなたに着いていきます。」
「ありがとうございます。それでは私についてきて下さい。」
そう言うとそらは踵を返した。
「行こう、ぬんぬん。」
そらは足元を見て声をかける。よく見ると足元には白いスライムのような生き物が(๑╹ᆺ╹)という表情でそらを見あげている。おそらくこれがぬんぬんなのだろう。
そらが歩き始めるとぬんぬんはぴょんぴょんと跳ねながらそらを先導するように前に出ると、道を照らすように光り始める。
「何なの、いったい?」
さつきはもやもやした気持ちのままそらの後をついて行く。
無言のまま歩き続ける2人。
足音と風に木々が擦れる音に囲まれる中、突然人の声が2人の足を止める。
「そら!」
声がしたほうを振り返ると青いサイドテールの髪に深い青の瞳をした女性が立っていた。
「すいちゃん…」
そう呟いたそらに向かってすいちゃんと呼ばれた女性は駆け足で近寄る。
「よかった!心配したんだよそら!みんなで探しても見つからないからなかったから…」
「ごめんね、すいちゃん。」
「いつから復帰できるんだ?歌はちゃんと歌えるか?」
「ごめんね、私まだみんなのもとには帰れないんだ。私にはやらなきゃいけないことがあるんだ。」
「やらなきゃいけないこと?本当にそらがやらないとだめなのか?」
「うん。私じゃないとできないんだ。」
すいちゃんと呼ばれる女性が早口で問うのに対し、そらはゆっくりとした口調で答える。
「家のことなのか?」
「うん。」
そこまで聞いたところですいちゃんと呼ばれる女性は何かを察したような顔でそらをみつめる。が、すぐにまたそらに向かって問いかける。
「あずきは、あずきは一緒じゃないのか?」
「あずきは、まだ…」
「……そうか。」
すいちゃんと呼ばれる女性は暗い顔で下を向いた。
「でも、必ず連れ帰るから。」
「!?あずきを助けに行くのか?だったら私も…」
「すいちゃんは星詠みさんのところにいてあげて。」
「でも、そら…」
心配そうな顔をする女性をそらは覚悟を決めた瞳で見つめる。
「……わかった。そらを信じるよ。」
「ありがとうすいちゃん。」
「絶対あずきと一緒に帰ってこいよ。」
「うん。ところで、すいちゃんはどうしてここがわかったの?」
「ああ、それならあん肝がここまで連れてきてくれたんだ。」
そう言うと自分で歩くくまのぬいぐるみがすいちゃんと呼ばれる女性の後ろからでてくる。
そらはそのぬいぐるみに対し目線を合わせて声をかける。
「あん肝、このまますいちゃんと一緒にいてくれる?」
あん肝はそらのことばに手をあげて答える。
「ありがと、あん肝。」
そらは立ち上がり、すいちゃんと呼ばれる女性を振り返る。
「じゃあまたね、すいちゃん。」
「そら、止まるなよ。」
「うん」
そこまで話すとすいちゃんと呼ばれる女性はあん肝とともに自分たちとは反対方向に歩き出す。
「行こっか。」
そう言うとそらは元の方向を向いて歩き出す。
そらの後を慌てて追いかけながらさつきはそらに話しかける。
「さっきの人は?」
「さっきのは星街すいせいって言って、私の従姉妹の時之あずきと一緒にイノナカミュージックって言うアイドルグループをやってるんだ。」
それを聞いていつきはさっきの二人の会話を思い出す。
「そのあずきっていう人はどうしてるの?」
「その事も私の家で説明するね。私の家系に関係する話だから。」
さつきはまた、求めた答えが返ってこなかったことに心がもやもやする。
だがすいせいと話すそらの姿を見たからか、まだ信用こそできないがそらが自分を騙そうとしているようには感じられなくなっていた。
また無言のまましばらく歩くと森が終わり開けた土地に大きな門が見えてきた。
さつきが門に目を奪われながら歩き続けるとそらから声を掛けられる。
「こっちだよ。」
声の方を見るとそらは門の"となり"に立っている。よく見ると本来なら門と繋がっているはずの塀が全く見当たらない。
「なんで…門しかないの?」
「さあ、昔からこうなってたんだって。」
「ええ…」
おそらくこれ以上求める答えが無いであろう疑問を抱きつつさつきはそらのあとに続く。
門の横を通ると車が通れるような空間の先に歴史を感じる古い家が建っており、その両脇に新しい雰囲気の家が一軒づつ建っている。
そらは真ん中の家に向かうとインターホンを鳴らす。
しばらくすると家のドアが開き老婆が現れる。
「帰ってきたか、そら。さあ中へ入りなさい。」
そらとさつきは促されるまま家のに入り、居間へと通される。