蒸し暑いある日、足を踏み入れた甘味処にての一幕

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第1話

 甘味処ユメノクニ、蒸し暑さに辟易していたある日、歴史を感じさせる建屋に引き寄せられ、小腹がすいた昼過ぎと夕方の狭間の頃合いに店へと足を踏み入れた。

 

 店内は店の外装とは打って変わって大正ロマン風の内装だった。

 

 和風な店の外観と洋風な内装とは、これこそハイカラとでもいうべきものなのだろうか。風情を忘れがちな昨今、一足踏み入れるだけで別世界へ連れてこられたかのような感覚を視覚的に味わうというのもなかなか趣深いものがある。

 

 聞こえてくるのは音質の悪いチェロの音楽だ。

 

 レコードプレイヤーから聞こえてくるその音楽はチェロの独奏、音質を突き詰めればいくらでも方法はあるだろうに、あえてレコードとは雰囲気重視なのだろう。

 

 暑さから逃れ、涼しい店内へと足を踏み入れた身としてはその温度差でホッとすると共に浮ついた心があった。しかも、中々お目に掛れない大正ロマン風の甘味処だ。テンションが上がらない方が可笑しいだろう。しかし、重厚感のある音楽が心に落ち着きを取り戻してくれる。

 

 客足がまばらな店内を歩き、窓際のテーブル席に案内され、お品書きを手に取る。

 

 甘味処というだけあって、メニューは和菓子が中心だった。変わった物では小豆餡をカステラで挟んだシベリアというお菓子まである。中々バリエーション豊かなメニューらしい。

 

 どれにしようかと迷っているとユメノクニ大福セットという物に目が留まった。

 

 水出し茶と特製大福ブラック餡ホワイト餡のセットらしい。なぜ黒餡や白餡をブラック餡やホワイト餡などと表記しているのかは謎だが、別々の味を楽しめて、なおかつ冷たい飲み物とは嬉しい内容だった。

 

「すみません、ユメノクニ大福セットをお願いします」

 

 店員に注文を済ませ、お品書きを戻そうとしたとき、注釈のように小さく書かれていた文字列に目が留まった。

 

『ガイドライン変更に伴い、イチゴ餡の提供は終了しました』

 

 ガイドラインの変更とは何のことなのだろうか、ユメノクニ大福セットのガイドラインとはいったい何なのだろうか。こう、表現上なにかいけないことでもあったのだろうか。

 

 大福で?

 

 実に不思議なこともあった物だ。

 

 首を傾げつつもお品書きをもとの位置に戻し、ふと窓の外を見る。

 

 どおりで蒸し暑いはずだ。

 

 外は生憎の雨模様、涼しい季節の雨は嫌いじゃないが、蒸し暑い時期の雨は鬱陶しさが勝ってしまうのが辛いところだ。

 

 とはいえ、とはいえ、だ。

 

 涼しい店内から風景として楽しむ分には風情がある光景だ。

 

 まるでタイムスリップしたかのようではないか。

 

 降りしきる雨を大正ロマン感じる店内から眺め、耳では少し籠った音のチェロの独奏を聞く。目で楽しみ、耳で楽しむ。

 

 どこか物寂しさを感じるこの感覚を詫び寂びというのだろうか、日本特有の美学は奥が深い。何せ、暇さえあればスマホを弄っている現代人からは随分とかけ離れた美的感覚だ。

 

 時間を忘れ、落ち着いた心持ちでゆっくりと待つ。

 

 しばらくすると注文した品が運ばれてきた。

 

 氷の入ったコップに注がれた緑茶は見るからにキンキンに冷えており、皿の上に載っている大福は見るからにもちもちしている。

 

 これは誰かの顔を模しているのだろうか、チョコペンでうさ耳のある女の子が描かれている。

 

 なるほど、これにイチゴ餡というのは少しグロテスクかもしれない。

 

「いただきます」

 

 まずは緑茶を一口飲み、喉の渇きを潤す。

 

 お次に大福を一口。

 

 白餡といえば、いんげん豆を使用することが多いのだが、意外なことにこのホワイト餡とやらは芋餡だった。白いさつまいもを使ったのだろうか、さつまいもの甘味が前面に押し出され、もちもちとした大福の餅部分と絡み合う。

 

 芋の餡といえば黄色や紅芋の紫色をイメージしがちだが、ただの白餡かと思わせてからの意外性を含めてとてもおいしい。砂糖で付けた甘味ではなく、さつまいも由来の自然な甘さの主張はもったりとしているが、優しい甘さだ。

 

 思わずホワイト餡の大福を平らげてしまった。

 

 一度緑茶を飲み、口の中をリセットする。

 

 ホワイト餡がもったりしていたせいか、後を引きずる可能性がある、ここは丁寧に味わなければならない。

 

 残る大福は一つ、ブラック餡だ。

 

 普通に考えれば、普通の餡子だろう。

 

 一口、なるほど、ブラック餡か、そう頷いてしまう。

 

 ただの餡子ではない。黒ごま餡だ。

 

 濃厚、いや、重厚とも言えるほどのごまの風味に上品な甘味、ただ甘いだけではない。ごまと甘味が織りなす調和がしっかりと成立している。

 

 ブラック餡とは考えたものだ。想像していた味とのギャップが面白く、王道でありつつも意外な変化球に楽しくなってくる自分がいた。

 

 食べ終えてみれば満足感に満ち溢れていた。

 

 緑茶を飲みながら窓の外を見て物思いに耽る。

 

 そんな夕暮れに差し掛かった時刻の一幕だった。


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