夜顔~Yorugao~   作:夕顔

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 その日、崩月夜顔(ほうづきよるがお)がその場に居合わせたのは偶然だった。

 

 中学最後の春休み。家を出て、一人暮らしをする事にした彼はシブヤの街並みを土地勘を養うために歩き回っていた。

 アスファルトを踏みしめて、春先の空気は澄んでいながらも同時に都会の喧騒を内包している。

 地形情報、もとい周辺の店舗事情などを把握するために彼方此方に向けられる視線。その様子は有り体に言えば、お上りさんのソレだ。ベビーフェイスともいえる童顔でなければ周囲から不審な目で見られていたかもしれない。

 

 その彼方此方を見回す目が捉えたのは、道端に急に止まった一台の黒いバン。

 バンの後部座席の扉が開いたかと思えば無数の手が伸びて、近くに居たピンク色の髪をした少女を掴んで中に引きずり込むではないか。

 直ぐに扉は閉められ、バンは急発進。

 

 同時に、夜顔の足は駆け出していた。

 何かを考えての事ではなかった。ただ、その光景を見た瞬間彼の体は動いていただけの事。

 ニ十分ほどだろうか。走るバンを追跡した夜顔が辿り着いたのは都内に幾つかある廃墟ビルの一つ。

 解体にも金がかかるせいでどうしても放置される事の多いビルの一つであり、その駐車場へとバンは慣れたように入っていった。

 明らかな犯罪の現場。普通ならば、警察へと通報するのが先なのだが、

 

 ――――少年は普通ではなかった

 

 拳を二回、握って開いてビルへと足を踏み入れる。

 

(電気は、通っていないな。となると、移動手段は階段だけか)

 

 足を踏み入れたビルは、シンと静まり返っている。ともすれば、足音の一つが嫌に響きそうな程だ。

 爪先立ちになり、限りなく足音を消しつつ気配を殺して夜顔は階段へ。

 そこで耳を澄ませば少し離れているが人の話し声が聞こえた。

 声の方へと進み、夜顔が辿り着いたのは三階。

 壁へと身体を寄せて、室内へと意識を向ける。

 

「上手く行ったな。後は、クライアントに引き渡せば任務完了だ」

「にしても、どこのガキだったか」

「鳳だ。鳳家」

「おおとり……ってどう書くんだ?」

「馬鹿、鳳は鳳凰の鳳。あの九鳳院の分家の一つだ」

「九鳳院だと?……何だって、そんな家にクライアントは喧嘩売ってんだよ」

「詳しくは知らん。大方、九鳳院とのトラブルだろう。だが、相手は“表御三家”。そこらの企業が手を出せる相手じゃない」

「まあ、俺達は仕事するだけか」

「なあなあ!ちょっとぐらい、()()()()しちゃダメか!?」

「おい、壊すなよ。そもそも、受け渡しも直ぐなんだからよ。あんまり汚すな」

「~~~~ッ!!」

 

 酷い会話だった。同時に、夜顔が聞いたのもそこまで。

 部屋の中へと駆け込み、少年の侵入に気付いた一人の顔面へと飛び蹴りを見舞う。

 

「ぶごっ!?」

「な、何だァッ!?」

 

 後方一回転してうつ伏せに倒れた男に、突然の事態に慌てる三人。

 

(プロ、か)

 

 夜顔もまた、確認を終えていた。

 部屋に居たのは、四人。

 揃いの目元だけを露出したフェイスマスクに、ボディアーマー。長袖の黒いシャツに、防刃グローブ。足元はアーミーブーツで銃の携帯は確認できない。

 とにかく、夜顔は一番近くに居た男へとその拳を振るっていた。

 銃弾を阻む防弾仕様。だが、

 

「ゴッ!?………ォォ………」

 

 拳が、ボヂィーアーマーを歪ませて内臓を直接叩かれたような衝撃に男は白目を剥いて悶絶した。

 だが、夜顔が判断したように相手もプロ。

 

「このガキ……!」

 

 抜かれるのは、サイレンサーがセットされた拳銃。

 これに対して、夜顔は焦る事無く一歩を踏み出しつつその体を斜め下へと低く沈み込ませていた。

 

 銃というのは、危険であるが同時に扱いに難のある代物だ。

 

「こいつ……!」

 

 銃口が追いつかない。

 結局のところ、銃弾は銃口が向いた方向に飛ぶ。風の影響なども受けるには受けるが、それでも基本直進。重力や空気抵抗を受けて徐々に飛距離が落ちていく。

 男はプロだ。その手の訓練も行っている。

 だが、彼の経験値の中にここまでの近接戦闘巧者の情報は蓄積していなかった。

 

「ガッ…………!?」

 

 卍蹴りが無防備だった男の顎を横合いから捉えて、意識を刈り取った。

 そして、ここまでくれば残った最後の一人も動く。

 

「クソがッ!!それ以上近付くんじゃ――――」

 

 誘拐した少女を盾に使おうとして意識を一瞬だけ仲間を瞬殺した少年から外した瞬間、男の意識は空の彼方へ。

 シャイニングウィザード(閃光魔術)。隙を逃す事無く、男の顔面へと跳躍した夜顔の横一閃の足が叩き込まれていた。

 寂びれたコンクリートの床に着地して、夜顔は周りを見渡した。

 

(動ける奴はいない……が、素人じゃないな)

 

 試しに一人の顔の覆面を剥いでみれば、その下にあったのは日本人の顔()()()()

 欧州系。その割には、流暢な日本語を話していた。

 

 そして何より、明らかに誘拐慣れした手腕。

 

 気になる事はあるが、しかし生憎と分かる事は無い。

 

「ん?」

 

 不意に、夜顔の耳が外の音を捉えた。それも複数。

 瞬間、少年の動きは早かった。

 

「迎えが来たなら大丈夫だろう。じゃあな。次は攫われるような事が無い様に気を付けろ」

 

 言うだけ言って、少年の体は部屋を飛び出していく。

 その背を、潤んだ瞳が見つめていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 鳳えむにとって、その日は運命の日だったのだろう。

 元々活発な彼女は、ある目的をもってシブヤの街を駆け回っていた。

 何かをしなければいけない。しかし、その何かをどうすれば良いのかが分からない。

 時間は無情にも過ぎていくばかりで、どうしたって時計の針は戻らないし、止まってもくれない。

 

 どうしたら良いのかも分からず、我武者羅に進み続けて――――

 

 誘拐される事となった。

 

 恐ろしかった。物凄い力で車の中に引きずり込まれたかと思えば、口はテープで塞がれて後ろ手に結束バンドで両腕の自由を奪われ、足はダクトテープで縛られた。

 車に揺られ、どこかの廃ビルへと連れ込まれそこで聞かされたのは、このまま自分は自身を誘拐した犯人たちの雇い主に引き渡される事になるという事。

 

 漠然と、助けを求めた。

 それは兄や姉、父や母。お世話係であったり、兎に角様々な自身の身近な人々に対して。

 

 果たして、少女の願いは叶えられた。

 

 現れたのは、自身と年の頃が近いであろう一人の少年。

 彼は瞬く間に誘拐犯たちを沈めると、名乗る事もなく去ってしまった。

 暴力を是とする訳ではない。訳ではないが、少女にとって少年はヒーローに見えた。

 

 去った少年と入れ替わる様にして、着ぐるみを着たお世話係が乗り込んできた事で鳳えむは救出される事になる。

 

 当然、えむを攫った者達は色々と情報を吐かされた。同時に、彼女を救った少年に関する捜索も鳳家独自に行われる事になった。

 だが、前者は兎も角後者はどうにも行方が知れない。

 そもそも、このシブヤだけでもどれだけの人数の中高生が居るのか。況してや、場合によっては県外から高校進学を機にやって来る子供もいる。

 そこから、たった一人を探すなど砂漠に落ちた一本の針を探す様なもの。

 

 だが、運命という言葉は確かに存在していた。

 

 それは一人ぼっちだった少女が、一番星に、錬金術師に、歌姫に出会い夢に向かって確りと歩き出してからの事。

 

 

「あーーーーっ!見つけたーーー!!」

「えむっ!?」

 

 焦った声でもその足は止まらず、一直線に向かうのはいつぞやの黒髪の少年。

 振り返った彼は驚いたように目を見開くが、えむが飛び込んでくると理解した瞬間避けるのではなく受け止める体勢を取る。

 衝撃。そして、微動だにしない体。

 

「な、何なんだ?」

「えへへ……あの時は、ありがとう!」

 

 満面の笑みを浮かべて見上げてくる少女に、少年は少しの間硬直。

 そして、思い至ったのか目を見開いた。

 

「あ…………あの時の……」

「うんっ!あたし、鳳えむ!よろしくね!」

「あ、ああ……崩月夜顔だ」

「崩月、夜顔……うんっ!夜顔くん!」

 

 満面の笑みで抱き着いてくるえむに対して、夜顔は困った様に頭を掻きつつしかし振り払うような事はしなかった。

 補足をするなら、彼としてはこうして再会する事になるとは思っていなかったのだ。

 

 その出会いは、運命だった。

 裏と表の新たな交わりの一つが、始まった日なのだから。

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