夜顔~Yorugao~   作:夕顔

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 勉強会が決まって数日後の放課後。

 

「ここだ」

 

 中々に大きな二階建ての一軒家の前で、東雲彰人は連れてきた二人へと振り返った。

 

「…………油彩のニオイか?」

 

 鼻を鳴らして、辛うじて微かに香ったニオイに夜顔は首を傾げる。

 この呟きに目を見開くのは、彰人だ。

 

「分かるのか?」

「前に少し縁があってな。ある画家に会った事がある。その人は、油彩画家で作業場だった別荘は油絵の具のニオイでいっぱいだったんだ」

 

 だから覚えていた。夜顔はそう説明する。

 触りを語るのなら、祖父の知り合いに居た画家の護衛兼世話係として送り出されたのが夜顔。選ばれた理由は、画家がモデルとして求めていた年代の少年として合致したからだった。

 

 家の前で話している訳にもいかず、三人は東雲家の敷居をまたぐ。

 

「ただいまー」

「「お邪魔します」」

 

 三人が玄関に入れば、同時に玄関に接続する廊下にある扉の一つが開いた。

 そこから現れるのは、ブラウンの髪をショートカットにして左の一部を三つ編みにした少女だ。

 

「あ、彰人じゃない。お帰り」

「おう」

「それに冬弥く……ん、と……って、あーーーーー!!!」

「「!?」」

 

 突然の爆音に、彰人と冬弥が目を剥いた。

 だが、二人の反応など気にした様子もなく、東雲絵名は残る一人に詰め寄っていた。

 

「見つけた!ついに見つけたわよ!」

「ん?……………………ああ、あの時の」

 

 指を突きつけてくる絵名に対して、夜顔は間を挟んで思い至る。

 

「東雲のお姉さんだったのか………ああ、いや、でしたか」

「下手な敬語は要らないわよ。それより、アンタ名前は?」

「え?………崩月夜顔」

「字は!?」

「崩れる月で、崩月。夜顔はそのまま、花の夜顔だ」

「崩れる月…………良しッ!それじゃあ、歳は!?」

「15だけど……」

「あ、一個下なのね。まあ、彰人の知り合いならそうよね」

 

 スマホを操作して何やら打ち込む絵名。

 そして、ここまでやり取りがあれば面食らった二人も再起動する訳で。

 

「待て待て待て待て!絵名、お前急になんだよ。というか、崩月とは知り合いだったのか?」

「知り合い、って程じゃないわよ。少し前に、愛莉が質の悪いナンパに引っかかったの。それで、そこを助けたのが彼って訳」

「桃井さんにナンパ?」

「崩月は、大丈夫だったのか?」

「荒事には、慣れてる」

 

 冬弥の問いに、肩をすくめて答える夜顔。

 余談だが、男子三人の中で一番小さいのは夜顔だ。彼の身長は、170センチ。彰人は174、冬弥は178となっている。

 

 首をかしげて問う彰人に対して、しかし絵名は取り合わない。

 

「とにかく!私は、今から愛莉に連絡とるから!」

 

 それじゃ!と足音激しく階段を駆け上って行ってしまった。

 嵐のような有様。

 

「……とりあえず、部屋に来いよ」

 

 彰人はため息を吐いて、部屋へと案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教師役二人に、生徒役一人。

 

「あ~……キッツイ……」

「基礎を疎かにしていた弊害だな。特に数学は公式もそうだが、解き方を導き出す能力が要る」

 

 テーブルに突っ伏した彰人に、夜顔の淡々とした指摘が飛ぶ。

 数学を解く上で、意外と必要になるのが読解力だ。それも、国語の文章問題を解くようなものではなく、数学的な視野を含んだ読解力。

 短い問題文から数字を引き上げて、その引き上げた数字を如何に公式に当てはめるか、という話。

 

「だが、思ったよりも順調だ。復習は欠かせないが、それでもこのペースならば問題ないだろう」

「てか、感覚だけなら受験の時以上に勉強してる気がする……」

「それはそれでどうなんだ?」

 

 勉強しろよ、とジト目が夜顔から飛んだ。

 彰人がぐったりしているのは、二人より学力が引くから、というだけではない。

 要は、積み重ねの違い。冬弥や夜顔は、それこそコツコツと基礎を作り今に至っている。勉強をするという習慣づけも出来ている。

 一方で、今の彰人は二人から足りなかった基礎を超突貫工事で作っているような状態だ。詰め込まれている状態なのだから、疲れは一入というもの。

 

「休憩しようぜ。何か、甘いもん食いてぇ」

「そうだな。とはいえ、夕飯も近い時間じゃないか?」

 

 テーブルに上体を投げ出す彰人に、冬弥は時計を確認しながら告げる。

 まだテスト期間ではないのだ。学校も通常通りの時間割。どうしても集まる時間も遅くなるというもの。

 そろそろお暇しようか。二人がテーブルの上を片付け始めると、ノックの音が部屋に転がった。

 

「あ、居た居た。彰人ー、伝言忘れてた」

「は?急になんだよ。つーか、返事の前に入って来るな」

 

 入ってきたのは、絵名である。

 彰人が眉を顰めるが、彼女は気にした様子無し。

 

「今日の夕飯はバラバラで済ませといてだって。忘れてたわ」

「おい。もう色々と、オイ」

 

 眉間を揉む彰人。

 ちょいちょいルーズさのある姉は、こうして情報伝達が遅れる事があった。

 今更怒鳴り散らすような事はしないが、それでもため息の一つも吐きたくなる。

 

「ハァ…………絵名はどうすんだ?」

「私は、瑞希とかと食べてくるわよ。連絡ついたし」

「ハァーーー…………」

 

 ちゃっかり自分の夕飯は確保している姉。

 二人のやり取りを見やり、夜顔が口を開く。

 

「なら、どこかに食べに行くか?」

「あん?お前……そういや、一人暮らしとか言ってたな」

 

 ついでに、事故物件に住んでいる。

 申し出自体は悪くない。彰人は、相棒にも目を向けた。

 

「冬弥はどうだ?」

「すまない。恐らく家で準備されていると思う」

「…………それもそうだな」

 

 家にもよるだろうが、今はまあまあいい時間。

 

「んじゃ、行くか。冬弥送るついでにラーメンでも行こうぜ」

「次があれば、俺も一緒に行くとしよう」

 

 男子組の予定が決まり、動き出す。

 そこに、絵名が待ったをかけた。

 

「あ、待って待って。夜顔!」

「俺か?」

「愛莉に連絡先を教えたいんだけど、良い?」

「…………そこまでするか?」

 

 ナンパから助けた事は事実だが、余りにも過分ではなかろうか。夜顔は首を傾げた。

 そこに焦るのは、絵名。

 

「ほら!助けられた時にも、直ぐにアンタ行っちゃったじゃない?愛莉もモヤモヤしてたみたいだし……お願い!」

 

 両手を打ち合わせる絵名。妙に必死な態度は、怪訝さを呼ぶ。

 しかし、夜顔としても渋る理由はそれほど多くない。スマホを取り出してロックを解き、トークアプリを開くと絵名へと差し出した。

 

「好きにしてくれ」

「……」

「どうした?」

「いや、そうポンとスマホを人によく預けられるわね」

 

 スマホを受け取った絵名は、呆れたように眉を寄せた。

 ただ、否がある訳ではない。画面を操作しながら慣れた様子で互いの情報を入力していく。

 

「おい、絵名」

「何よ」

 

 そこで彰人が絵名へと声を掛けた。因みに、夜顔は冬弥が相手をしている。

 

「随分強引じゃね?桃井さんがそこまで頼むとは思えねぇんだけど」

「…………お礼の話は本当よ。その他は、私のお節介ね」

 

 彰人の指摘を、絵名は素直に認めた。

 彼女がやろうとしているのは、余計なおせっかいかもしれない。

 だが、絵名は見たのだ。親友と胸を張って言える少女が、頬を染めてしどろもどろになったその瞬間を。

 

「それに、面白そうな事にもなりそうだもの」

「趣味悪ぃな」

「うっさい」

 

 ジト目を向けてくる弟を切って捨て、絵名は操作を終えたスマホを夜顔へと返した。

 表示される画面に追加された二人分の名前。

 

(東雲絵名、桃井愛莉……?)

 

 何処かで見た名前。しかし、どこで見たのかを思い出せない。

 

 その疑問は解消される事無く。美味しいラーメンと炒飯。そして替え玉によって虚空の彼方へと消えるのだった。

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