夜顔~Yorugao~ 作:夕顔
胸が高鳴る。
ベッドの上で正座して、桃井愛莉は目の前に置かれたスマホの画面を見下ろしていた。
事の発端は、今日の夕方。東雲絵名から送られてきたメッセージにある。
曰く、探し人を見つけた。
この言葉と共に、出されたのはとある少年の名前と歳、後は絵名の弟である彰人の友人であるという情報。
急の事で目を剥いたが、同時に探し求めていた情報でもあった。
既に結構前の事ではあるが、愛莉にとっては昨日の事のように思い出せる。
それ程大きくはない背中は、しかし確かな安心感があり。まるで大きな壁が自分に降りかかる悪意の全てを阻んでくれているような、そんな気がしたのだ。
そして今、こうして繋がりが出来た。
問題は、どう声を掛けるべきなのかが分からない点。
「お礼をすれば良いの?こんなに間を開けて?いや、でも……挨拶しないのは良くないわよね?」
常の彼女ならば、もっと強気で向かった事だろう。
それが出来ないのは、彼女の立場もある。
桃井愛莉は、元アイドル。事務所の方針を受け入れられず引退し、そして最近になってまた活動し始めた経歴を持っている。
万人の知るアイドル、とまでは言わないがそれでもテレビ出演もしていたのだ。相応以上に顔は売れている事だろう。
端的に言えば、愛莉は恐れていた。自分の事を知っていても態度を変えないと言っていた少年が、もしも
たった一度の出会いであったが、それでも愛莉にとっては大きな出会いだったのだ。
悶々と悩み、しかし直後に勢いよくスマホを手に取った。
「悩み続けるなんて、わたしらしくないじゃない!当たって砕けろよ!」
猛然と画面を操作して文字を打ち込み、誤字脱字が無い事を確認して送信。
メッセージが送れたことを確認して、愛莉はそのままベッドに仰向けに転がった。
「つ、疲れた…………」
肩の力が抜けて、気疲れしてしまった。
もうこのまま眠ってしまおうか。そんな風に考え始めた彼女は、しかし直後に響いた受信音に肩を跳ねさせて飛び起きる事になる。
急いで画面を見れば、送ったメッセージへの返信が映っていた。
硬い文章だが、話した時の事を思い出せばそれがデフォルトなのだろう。
そして、一度送ればハードルは下がる。
その日は、遅くまで部屋の電気は消える事が無かった。
@
(結構、面白かったな)
僅かに鈍った肩を回して、夜顔はそんな事を思う。
昨晩は、思わぬ再会と共にまあまあ話し込んでしまった。その話題の中で、話し相手である愛莉が所属するアイドルグループの話となったのだ。
“MOREMOREJUMP!”というアイドルユニットは、かなり異色なグループでもあった。もっとも、夜顔がソレを知ったのはグループメンバーを愛莉以外に検索した時に知った事だったが。
補足をすると、夜顔は別段アイドルに対して先入観などはない。単に、触れる機会に恵まれず結果的に興味を抱く事が無かっただけだ。それが、今回のメッセージ越しの再会を経て初めて触れた。
そして、面白かった、と感想を覚えた。彼は知らないが、所謂“推し”の誕生である。
他の配信も見て見るか、とそんな事を考えて学校の近く。
「ん?……おはよう、草薙」
「ッ!?…………あ、崩月くん……お、おはよう」
ボリューミーな淡いグリーンの髪の持ち主である草薙寧々は、肩を跳ねさせて振り返った。声を掛けてきた相手が顔馴染みであったことを確認して、強張った体からも力が抜ける。
「早いな」
「あ、うん。今日は、日直だから……崩月くんも?」
「いや、俺は基本的にこの時間だ。家に居ても暇だからな」
無趣味とまではいわないが、それでも夜顔は娯楽関連にあまりに手を伸ばしていない。
実家に居る時も、基本は鍛錬ばかりであったし、そうでなければ家事の手伝いや読書をよくしていた。
こちらに来てから、音楽と出会い既に四つのユニットを追いかけているがそれにしたって、時折ライブなどに顔を出し、出された楽曲を聞き、配信を視聴するぐらい。グッズを買ったりなどは無縁だった。
「…………崩月くんは、ゲームとかはしないの?」
「ゲーム?…………殆ど、やった事が無いな。ゲームセンターに無理やり連れていかれた位か」
「え、スマホ持ってるよね?そっちでやったりしないの?」
「縁が無かった。草薙はゲームが好きなのか?」
「うん…………」
頷いて、寧々はとある事を考える。
昨今のスマホ普及率などを考えると、ゲームをした事が無いという者は実に稀だろう。そして、その稀な人間が目の前に居るのだ。
彼女は引っ込み思案だが、その気質はオタクと呼ばれるタイプのもの。
「そ、それじゃあ、さ。コレ、とかやってみない?」
寧々がそう言って示したスマホの画面。そこに映っていたのは、昔の英雄たちと世界を救うRPG。
「操作も簡単だし、キャラゲーの側面も強いから低レアや初期キャラでもちゃんと育成すれば十分戦えるから」
「へぇ……」
「あ、でもソシャゲだから課金は自重した方が良いと思う」
「課金?」
「そう。レアキャラを手に入れようと思ったらガチャを回すんだけど、このガチャを回す為に必要な物があって、ゲームをプレイするだけでもある程度は手に入るんだけど、課金すると一気にその物が手に入るの。専用のガチャを回したりもできるし」
「成程な……ただ、金がかかるって事か」
「そう。ニュースとかにもなってたけど、親のクレジットカードを使って勝手に課金して請求が百万超えるとか」
「アレは、この手のゲームの話だったのか……」
成程、と頷いて夜顔は寧々の開いたゲーム画面を見やる。
興味に関しては微妙だが、折角薦めてもらったのだ。インストール位はしても良いだろう。
「………コレで良いのか?」
「うん。あ、容量はまあまあ大きいけど大丈夫?」
「容量…………コレで足りるか?」
「……うん、大丈夫。というか、本当にスマホの中スカスカだね」
示された画面を見やり、寧々は呟く。
年々、スマホ本体の要領も指数関数的に増えている。外付けのマイクロSDカードを使わないという者も居るだろう。
夜顔のスマホも、最新とまではいかずともここ数年で発売された性能の高いものであり、ゲームをするにも申し分ないスペックを有している。
だが、彼のスマホに入っているのは連絡を取る為に必要なアプリ一式とそれからネット環境系のアプリ位。後は、電子書籍用の読書アプリか。
200ギガ程容量が余っていた。
「使わないの?」
「スマホに関しては、俺が選んだんじゃないからな」
寧々の問いに答えて、夜顔が思い出すのは眼鏡をかけた先輩の事。
気難しい所はあるが優しい少女だ。その上、屈指の情報屋の一人でもある。もっとも、夜顔は利用した事はほぼ無いが。
如何に顔見知りでも、相手はプロ。払うべき礼も洒落に成らないのだから、易々とは頼る訳にはいかないのだ。
そんな彼女の助言の元選んだのが、現在の機種だ。因みにプランなどにも口出ししてもらっている。
「む、終わったか」
「それじゃあ………って、学校着いちゃったね」
いざ教示を、という所で時間切れ。学校は、もう目と鼻の先だ。
「なら、昼休みにでもそっちに行くか?」
「え゛っ」
野太い声が出た。
慣れた相手ならば未だしも、再三再四となるが草薙寧々は人見知りする。そして、崩月夜顔は整った顔立ちの少年だ。背は平均的だが、鍛えられた体のせいか身長以上に圧がある。
要するに、目立つのだ。そして、そんな人間がボッチでいる自分の席へとやって来て剰え共に食事をとってゲームをする事になればどうなるか。
「せ、せめて放課後でお願い……そ、それに、ゲームその物もそんなに難しくないから」
「そうか?まあ、そういう事なら」
何とか精神的なダメージを受ける可能性を避けて、寧々はホッと息を吐き出した。
しかし、彼女は気付いていない。
その目立つ男子と朝から一緒に登校してきた彼女は、朝早いとはいえ全く居ない訳ではない一年生やクラスメイトにその姿を目撃されていたのだという事を。