夜顔~Yorugao~ 作:夕顔
日付は進み、テスト期間。
部活動は軒並み休みとなり、学生たちは放課後の余暇を持て余すようになっていた。
テスト前なのだから勉強をするべきなのだろうが、生憎と神山高校は普通科ではあっても進学校ではない。残念ながら、勉強に対するモチベーションは高くはない。
それでも、来る夏休みを潰したくなければテストは最低限点を取らねばならない訳で。
「あ、君が崩月くん?私、白石杏!これからよろしく!」
「ああ……?」
夜顔は首を傾げながら頷いた。
彰人と冬弥の二人との勉強会の為、待ち合わせの昇降口に向かった彼を出迎えたのは毛先に至るにつれて青のグラデーションが入った黒髪の少女。
「白石も、勉強会に参加するのか?」
「うん、そう。本当は、こはね……あ、チームメイトの子ね?その子とやる事になるかもなぁ、とか思ってたんだけど学校が違うし、テスト範囲も向こうの方が広いから」
「成程」
杏の言葉に、夜顔は頷く。
神山高校と違い、宮益坂女子学園は偏差値が高いお嬢様学校。バラつきはあるかもしれないが、それでもその学力は高く、授業進度も速い。
「私としては、噂の崩月くんと知り合えるチャンスっていうのもあるんだけどね」
「噂?」
「そ。彰人や冬弥からの話もあったしさ」
杏が思い浮かべるのは、意外と腹の内を見せる相手の少ない彰人の事だった。
円滑な人間関係を送る為に、彰人は自然と猫を被る事がある。ある程度親しくなるとそれも外れるのだが、如何せん猫かぶりのまま固定されている場合が珍しくない。
その点、夜顔の場合は最初の出会いが出会いであったからか彰人は特に猫を被る事無く素で接していた。
冬弥にしても、世間知らずな面と何処か浮世離れした雰囲気も相まって親しい間柄というのはそれほど多くない。そんな彼が友人として挙げた名前が夜顔だ。
気にならない方がおかしい。
「そう言えば、崩月くんは私たちのライブも見に来てくれたんだっけ?」
「ああ。と言っても、顔合わせはしてないな。白石たちの事も、一方的に知ってただけだ」
「ライブはどうだった?」
「うーん……陳腐な物言いになるが、良いだろうか?」
「ちん……?ま、まあいいや。感想どうぞ!」
「…………まあ、兎に角圧倒されたな。元々、そこまで音楽に触れて来なかったんだが、白石たちの歌は揺さぶられるものがあったと思う」
「そっか……それじゃあ、崩月くんはファンになってくれた感じ?」
「ファン……そうだな。見に行こうと思う程度には、そうかもしれない」
「そっか、そっか!それじゃあ、もっともっと上げていくから、崩月くんの事もガンガン揺らしたげる!」
そう言って笑った少女に、夜顔は眉を上げた。
白石杏は、派手な見た目をしている。バチバチのメイクに、黒髪ながらも毛先に行くにつれ青が混じったグラデーションの髪に星型のチャームシーズ。ギャルと言われれば、成程その通り。
だが、こうして面と向かって話してみればサバサバとしているが、ギャルというよりは陽キャ。それも分け隔てなく接する事が出来るタイプ。
もっとも、夜顔が気になったのは別の事だが。
「白石は、勉強が苦手なのか?」
「うっ……ま、まあ……ちょっとだけ?で、でも、彰人よりは良いから!」
「いや、アイツと比べられてもな……」
焦る杏の言葉を受けて、夜顔が思い浮かべたのは彰人の中間テストの答案用紙。
くしゃっとなったソレはかなり悲惨な点数ばかり。ギリギリ赤点などではなく、ガッツリ赤点。よくもまあ、受験を乗り越えられたものだと感心するような結果。
そんな彰人よりも良い点を取っているといわれても、白い目を向けざるを得ないだろう。
思ったよりも大変かもしれない。こちらへと向かってくる二人を見つけた夜顔は、そんな感想を抱くのだった。
***
若者の街であるシブヤ。高校が二つもある点からも、学生が多い印象を受ける事だろう。
その中でも、少し治安に難のある通りがあった。
「ここが、ビビッドストリートね」
「……派手だな」
「でしょ?派手なグラフィティが、この通りの呼び方の始まりみたいなもんだから」
「……」
音楽共々縁のない世界の一つが今、夜顔の視界に広がっていた。
勉強会の場所を提供するという事で、杏に連れられてやって来たのがこのビビッドストリートと呼ばれる場所だった。
“ディープ”というよりは、“ヤンチャ”だろうか。弾けるような沸々とした活力がそこにはあった。
だが、この通りによく来ている二人が首を傾げる。
「……なぁんか、雰囲気がおかしくねぇか?」
「ああ。何処かピリついている様だ」
「そうなのか?」
「何つーか、感覚なんだけどよ。杏、何かあったのか?」
「あー……やっぱり、分かっちゃう?」
水を向けられ、杏は少し困った様に頬を掻いた。
何か言葉を探す様にその視線は彷徨ったが、やがて観念したのか重い口を開く。
「実は、最近変な奴らが入ってきたみたいなんだよね」
「変な奴ら?」
「そ。半グレ集団みたいなの。ビビッドストリートは自由な場所だけど、だからってルールがない訳じゃない。えーっとほら………フブンリツ?って奴」
「暗黙の了解とも言えるな」
「そうそう。まあ、兎に角皆が過ごしやすい様にお互い引いた線引きみたいなのがあるじゃん?でも、そいつらお構いなしな訳。正直、今のストリートにこはねを連れて来たくはないかな、って」
「半グレ……どういった連中なんだろうか」
「そりゃあ………………ヤンキーみたいな奴ら、か?」
「ヤクザ擬きみたいな奴らだ。もっとも、ヤクザよりよっぽど危険な場合もあるけどな」
冬弥の疑問に、首を傾げながら答えていた彰人へと補足をするように夜顔が口を開く。
三人の視線が集まる。
「崩月くん、そう言う話に詳しい感じ?」
「詳しいって程じゃない。ただ、半グレは暴対法に引っかからない場合がある。関わらないのが賢い選択だろう」
肩を竦めた夜顔は、続く言葉を飲み込んだ。
半グレと呼ばれる集団は、場合によってはヤクザよりも悪辣で狂暴な場合があるからだ。
夜顔個人としては、そんな連中に絡まれた所で大した危機感は覚えない。だが、他の人間は違う。彰人たち三人は一般人。荒事とも無縁とは言わないまでも、それでも何十人も薙ぎ倒す様な剛腕の持ち主ではない。
夜顔の言葉をどう受け取ったのか、杏はいたずらっ子な笑みを浮かべて彰人を見た。
「ま、危ない人には近付かない様にって事でしょ?冬弥は兎も角として、彰人は気を付けた方が良いんじゃない?」
「おい、何でオレなんだよ」
「だって彰人、前にも不良みたいな相手に絡まれてたじゃん」
「アレは、因縁つけてきたあっちが悪いだろ。オレの方から喧嘩を売るような真似はしねぇよ」
ガルルルル、と二人揃って顔つき合わせる彰人と杏。
本気で喧嘩する訳ではないが、同じチームでありライバルでもあるからこそしょっちゅう小さなぶつかり合いは起きていた。
そんな二人に肩をすくめて、冬弥は夜顔へと顔を向ける。
「崩月、勉強会について何だが」
「あの二人は良いのか?」
「問題ない。彰人も本気で白石に手を上げるような真似をする事も無いだろうし、白石も彰人に手を上げるような事は無い。それよりも勉強会の予定を決めるとしよう」
「とりあえず、明日のテスト範囲をやるべきじゃないか?とりあえず、暗記は必須だろう」
「そうだな。明日は……理系科目か。となれば、公式とその公式を使うタイミング、後は化学式の一部か」
「他には、文章から情報を読み取る能力もだな……あ、二人の筆箱に分度器とかは入っていない……よな?あるなら、取り出しておかなくちゃならない」
「流石に持って……いないと思うが……」
どうだろうか、と冬弥がメンち切っていた二人へと目を向ければ、キョトンとした表情のバカ二人。
「彰人たちは、分度器を持っているか?」
「あー、何でそんなこと気にするんだ?」
「数学の問題を解く時に邪魔になるからな」
「邪魔になるの!?」
「青柳の言うとおりだ。数学の図形問題を解く場合に添えてある図形は、あくまでも問題分の図形を大まかに描いただけだからな。その角度を測っても答えは出ない」
「「そうなの/そうなのか!?」」
「測ってたのか……」
冬弥が眉間を揉む。
数学が苦手な者が陥りやすい罠。
一応、正確な図形である場合もあるがテストや受験を見据える場合は早くから計算で角度や辺の長さを割り出せるようになっておかないと後々苦労する事になる。
「良い機会だ。今回のテストを利用して、二人には数学の基礎を築こう」
「同感だな。他教科以上に数学は積み立てがものを言う。それに、問題を解いた分だけ力にもなる」
目を怪しく光らせる二人に、教わる側の彰人と杏は頬を引きつらせて顔色を悪くする。
しかし、逃げ道は無い。逃げた所で、結局捕まる上にそもそも勉強会に参加しなければ補習地獄に叩き落される事が確定してしまうのだから。