夜顔~Yorugao~   作:夕顔

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 思わぬ内容だった。

 司は目を剥き、類は腕を組みながら目を大きく開き、寧々は血相変えてえむへと迫る。

 

「ッ、えむ大丈夫なの!?」

「わぁああああ!?だ、大丈夫だよ、寧々ちゃん!だから落ち着いて~~~!」

 

 ガクガクと肩を掴んで揺らしてくる寧々に、えむは揺すられながら自分の無事をアピールする。

 その反応を見たお陰か、どうにかこうにか寧々も落ち着いて話の続き。

 

「その時に、誘拐されたあたしを助けてくれたのが、夜顔くんなの!」

「崩月くんが……?」

「偶然な」

 

 寧々に目を向けられ、夜顔は肩を竦めた。

 お世辞にも、彼は背丈がある方ではない。高校一年である事を加味しても170前後の身長という特別低い訳ではないが、同時に高い訳でもない身長だ。

 比較的生地の厚い制服を着こんでいる事を加味しても、その体は特別鍛えられた筋骨隆々には見えなかった。

 

「…………通報したって事?」

「ううん!こう、ばばばーん!って倒しちゃったの!」

 

 両手を振り上げる様にして凄さを表現するえむだが、その中身の信憑性はお世辞にも高くない。寧ろ、低い。

 当然だろう。先の通り、夜顔の体格は決して優れたものではないのだから。

 

「さっきの通り、偶然だ。鳳が誘拐される場面に偶然出くわして、偶々そいつらをどうにかできる方法が俺にあった。それだけだ」

「ふむ、崩月くんは何か格闘技を?」

「実家に道場があるな」

「ふむ、成程。それで、えむを救出できたという事か……」

「いや、納得するの早すぎでしょ。えむが嘘ついてるとは思わないけど……どうなの?」

「そう言われてもな…………」

 

 夜顔は顎を撫でる。

 彼としては、信憑性など正直どうでも良い。信じられようが疑われようが、そもそも証明する気が無いのだから。

 一通りの話を聞いていて類が、ここで口を開く。

 

「証明はどうあれ、こうしてえむくんが無事に過ごせているのなら信じても良いんじゃないかな」

「それは……まあ、そうだけど」

「ただ、崩月くん。偶然で、そしてえむくんを実際に救えたとしても、本来なら警察に任せる案件である事は分かっているね?」

「それは……まあ」

「その点は、気を付けてね」

 

 類の言葉に頷きながら、夜顔は件の出会いを思い出す。

 彼にしてみれば、誘拐犯はプロではあったが同時にあの三倍居たとしても障害に成らなかっただろう、とも思えるのだ。

 思っても、口にはしない。ただでさえ面倒なこの状況を、更にこんがらがって複雑怪奇な状況に放り込みたくないからだ。

 代わりに、気になった事を聞く事にする。

 

「天馬先輩たちは、何かグループでも作ってるのか?」

「うむ!その通りだぞ!ワンダーランズ×ショウタイムというショーユニットだ!フェニックスワンダーランドにあるワンダーステージでショーを行っている!」

「フェニックスワンダーランド?」

「む?行った事が無かったか?」

「…………まあ、そういう場所とは無縁でな」

 

 首を傾げる司に、若干目線を逸らしながら夜顔はそんな事を言う。

 主に、家系的な理由だ。それを差し引いても、そもそも夜顔はその手のテーマパークには興味が薄い。

 加えて、去年は怒涛の一年であった。嫌な因縁が出来てしまう程度には争乱続きであり、よく言えばイベントに事欠かない。悪く言えば、人の多い施設には行く気が失せていた。

 しかし、この場にはそんなテーマパークの経営陣の娘が居る。

 

「それじゃあ、夜顔くん!一緒に行こうよ!あたしが案内してあげるから!」

「……なに?」

「それは良い考えだな!キャストとしても、宣伝は大切だ!そして、オレ達のショーも見ていくと良い!」

「良いね。その時は、崩月くん仕様の特別な演出を披露しようか。テーマパークの良い思い出になると思うよ」

「…………まあ、私は別に。でも、楽しんでもらえるように全力を尽くす」

 

 本人の与り知らぬ所で、話は進む。

 完全に置いて行かれる夜顔は蚊帳の外であり、ショーユニットの話し合いは加速する。

 何かを言おうとして、しかし夜顔の口から言葉が出る事は無く閉じられた。

 

 完全な巻き込まれだが、悪くはない。そう感じたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。騒がしい学校から、夕飯その他の必要なものを買い揃えた夜顔は一人帰路についていた。

 高校入学に合わせての一人暮らし。何でも一人でやらなければならないが、彼はこの不自由さを楽しんでいる節があった。

 

 空には月が輝き、しかし周囲は住宅街もある事から静かな時間。

 ふと、公園の近くを通りかかった夜顔は、ある事に気が付いた。

 

「ん?……人、か?」

 

 公園のベンチに腰掛ける小柄な影。月を見上げた格好で、特徴的なのは月光にも負けない艶やかな白銀。

 足を止めたのは、興味本位だ。だが、流し見るのではなくジッと注視した事で異変にも気が付いた。

 ソレに気付き、夜顔は公園内へと足を踏み入れる。

 

「こんばんは。大丈夫ですか?」

「あ……え………?」

 

 夜顔が声を掛けたのは、月明かりの下でも分かる顔色の悪い息の荒れた少女だった。

 深い青のジャージにベージュのショートパンツ。ジャージのチャックは半ばまで下がっており、その下にはよれよれのTシャツが確認できる。

 顔立ちの良さに反して、服装が致命的にダサい。ともすれば、だらしがない。

 だが、夜顔はそんな見た目に対して特に反応を示さなかった。

 

「コレ、さっき買ったばかりで開けてない物です。良ければ、どうぞ」

 

 そう言って差し出したのは、一本のミネラルウォーター。

 見ず知らずの他人に買ったばかりとはいえ出された飲食物に口を付けるのは、中々に警戒心が働くものだろう。

 だが、

 

「えっと……あ、ありがとう、ございます?」

 

 少女は素直に受け取った。

 そのままキャップを捻り開け――――

 

「……開けましょうか?」

「~~~~ッ……!お、お願いします……」

 

 少女は非力だった。ペットボトルのキャップを開けるに両手の筋肉をプルプルと震えさせて、顔を真っ赤にする程度には。

 流石に見ていられなくて、夜顔はペットボトルを受け取ると軽く捻って開けて再び差し出した。

 小さく礼を言ってペットボトルへと口を付ける少女。

 飲み終えた事を確認してから、夜顔は本題を切り出した。

 

「それで?こんな時間に、一人で何を?」

「あ、えっと……散歩しよう、と思って………」

「散歩……」

 

 チラリと夜顔は、少女の肉付きを見た。

 ハッキリ言って、貧相。ショートパンツから出ている足は、ほぼほぼ骨と皮ばかり。筋肉は最低限にギリギリ届いている程度で、走る事は愚か長時間歩くのも難しそうなレベル。

 

「…………とりあえず、こんな時間に女性が一人で出歩くのはお勧めしません。犯罪に巻き込まれても逃げられないでしょう?」

「で、でも……そういう目には遭った事ないし………」

「その時が大丈夫でも、今日が大丈夫とは限らないのでは?少なくとも、俺が悪意を持って近付いてきたとしたどうするつもりですか」

「え……」

 

 夜顔の指摘に、少女は本気で虚を突かれたような顔をする。

 あまりにも無防備な反応に、ため息が零れてしまうというもの。

 

「はぁ……とりあえず、家まで送ります。それが無理なら、近くの交番まで送りますから」

「え…………そ、そこまでしてもらわなくても、大丈夫だよ……もうちょっと休んだら、帰れるぐらいには回復すると思うし」

「いや、一人で夜に出歩くのが良くないって言ってるんですけどね?というか、さっきも言いましたけどもし不審者に追いかけられても逃げられないのでは?防犯ブザーとか持ってます?」

「…………スマホなら」

「…………俺の精神的な健康のために、大人しく送られてください」

 

 お節介である事は重々承知だが、ここまで踏み込めば途中で放り出せるような性格を彼はしていない。

 とりあえずの保険として、夜顔は己の情報を開示する事にした。

 

「神山高校一年の崩月夜顔です。特に何かするつもりはありませんけど、まあ保険として知っといてください」

「あ、うん……それじゃあ、わたしも。宵崎奏。通信制の二年だよ」

「………どうも、宵崎先輩」

「えっと、別に敬語じゃなくても良いよ?」

「…………良いのか?」

「うん」

 

 頷く奏に、夕方にも同じようなやり取りがあったな、と夜顔はそんな事を思った。

 そんな少年の内心を知る訳もなく、奏はベンチの座っている場所を少しズレると横のスペースを広めに開けた。

 

「崩月くんも、良かったら」

「……それじゃあ」

 

 一言断りを入れて、夜顔は隣に腰を下ろした

 白銀と黒。対照的な色合いの二人が月の下、何をするでもなく並んでいる。

 

「……宵崎さんは、何でこんな時間に外に?」

「んー……さっきも言った通り、散歩だよ。インプットが欲しくて」

「成程?……ただ、やっぱり気を付けた方が良い。宵崎さんも女性なんだ。オマケに運動能力が頗る低い」

「分かるの?」

「手足が細い上に、ジャージで分かりにくいが筋肉は愚か脂肪も最低限以下過ぎる。もう少し、食べるべきだ」

「うっ…………つい、食べるのを忘れちゃって…………カップ麺で良いかなって…………」

「痩せていても、糖尿病になるぞ。そのままだと」

 

 夜顔の指摘に、奏は小さくなる。元々、もっともな指摘を受けていたのもあるが、事実として彼女は運動不足の上に栄養不足が否めない。オマケに深夜まで起きて昼夜逆転の生活は当たり前であり、更に更に眠る時は割合的に寝落ちの方が多く寝具で寝ない事も多かった。

 儚さ以上に、脆い印象。このままでは生活習慣病まっしぐらである。

 

「…………俺が言う事じゃないがな」

「ううん。崩月くんが心配して言ってくれてるのは、分かるから」

 

 月を見上げ、理解しながらも宵崎奏は止まらない。

 最早呪いのようになった言葉に突き動かされて、彼女はただ只管に己の身を削る事も一切躊躇せずに突き進み続けるのだから。

 地獄のマラソンだ。ゴールが設定されていないのだから。

 見た目に反して頑なな頑固者である部分を感じ取ったのか、夜顔はうなじを撫でると徐にスマホを取り出した。

 少し操作をして、そして画面を奏へと向ける。

 

「?それは?」

「俺の連絡先。こうやって夜出歩くのなら、一報入れてくれ」

 

 ナンパじゃないぞ、と一言断りを入れる少年の差し出す画面を見る奏。

 

「どうして、そこまで良くしてくれるの?」

 

 その疑問は、尤もだろう。少なくとも、出会って直ぐにここまで世話を焼こうとする者は、まず居ない。

 そして、指摘されるまでもなく夜顔自身もその点は自覚している。している上での行動だった。

 

「あくまで、俺の自己満足の為だ。こうして話をして、互いに名乗って。そんな知り合いが後日何か事件に巻き込まれたら、それこそ気分が悪い。だろう?」

「それは…………うん、確かに」

「だから、自己満足だ。別に連絡を絶対に寄こせって事でも、日常的に連絡を取り合おうって訳でもない。自衛が出来るのなら、それで良い」

 

 どうだ?と夜顔は問いかける。

 ジッと、蒼玉の瞳が差し出された画面を見やる。

 そして、彼女はジャージのポケットに放り込まれていたスマホを取り出した。

 

「えっと、どうしたら良い?」

「とりあえず、このQRコードを読み込んで――――」

 

 ちょっとしたやり取りを挟んで、二人の端末に連絡先が一つずつ増える。

 

「コレで良い。夜に出歩くのなら、一報くれ」

「うん………でも、本当に良いの?」

「ああ。俺の精神的な安寧の為に、な」

 

 思わぬ月下の出会い。

 後に、時折こうして夜中に街を歩く男女の二人組が見られるようになったとか。

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