夜顔~Yorugao~ 作:夕顔
週末。崩月夜顔は、ショッピングモールへと繰り出していた。
目的は特に無い。強いて挙げれば、地理把握と出店情報の確認か。
(広いな)
吹き抜けになったスペースに置かれたベンチに腰掛け、夜顔は周囲を見渡した。
店の系統的に、衣料品店が多い。特に若者向けのファッション関連が多く、更に布地を販売している手芸店なども入っていた。
同時に、神山高校が比較的に近い事も相まって学生であろう年齢層の客が多い。
一通り見て回って夜顔が抱いた感想は、あまりお世話にはなりそうにないというものだった。
というのも、そもそも夜顔はファッション関連には興味が無いのだ。
基本的に無地のシャツとシンプルなパンツ。夏場ならば半袖になり、冬場ならばこの上にコートやパーカーを羽織る。
基本この繰り返し。ファッションもクソも無い。
一部美味しそうな店は見つけた為、ここに来る理由が完全にゼロ遠い訳ではないが。
とりあえず、帰ろう。そう決めて、ベンチから立ち上がる夜顔。
直後、彼の耳がとあるやり取りを拾い上げた。
「ねぇねぇ、少しくらい良いじゃん?何なら、その待ってる友達も一緒にさ」
「そーそー、退屈させないってマジで」
軽薄そうな声。そちらを向けば、金髪のシルバーアクセサリーの多いチャラ男と茶髪を七三のオールバックのように纏めたガムをかむ男の二人組が居た。
そして、この二人に絡まれるのは彼らより頭一つは小さい帽子を被った誰か。
質の悪いナンパだ。同時に周囲も遠巻きにしており、助けようと動く者は居ない。
「………ふぅー……」(なんか、こういうのが多いな。ここ最近)
左手でうなじを撫でて、夜顔はナンパへと足を向けた。
彼が動く必要性は無い。無いが、だからといって
いよいよ力任せに連れて行こうと金髪のチャラ男が手を伸ばし、その伸ばされた手が横合いから伸びた別の手によって抑えられる。
「その辺にしておけよ。目立ってるぞ」
「あ?んだ、テメェ」
唐突な横槍に凄むチャラ男。彼の斜め後ろに居たオールバックも苛立った目を、割り込んできたものへと向けてくる。
だが、所詮はチンピラ。喧嘩慣れしているかどうかといった相手の威圧など、夜顔にとって有って無い様なものだ。
「ナンパなら、他所に行くと良い。そもそも、断られたのなら大人しく引き下がるべきだ」
「おいおいおいおい、ヒーロー気取りかよ。カッコつけるとこ間違ってんじゃねぇか?………ッ?」
自分よりも背の低い夜顔を見下していたチャラ男は、しかし不意に顔を顰めた。
鈍い痛みが自身の掴まれた腕から伝わってきたからだ。
掴んできている手の圧力が増してきている。既に羽織っているジャケットには手形が刻まれ、その下の腕を皮、肉、骨を圧縮しようとする勢いだ。
「言っておくが、俺はお前の骨程度マッチ棒みたいに折れるぞ。このまま上に90度向けてやろうか?」
「ぐっ、おおおお………!は、放せって!おい、聞いてんのか!?イデデデデ!?」
「あんま、チョーシのってんじゃねぇぞ!」
本格的に痛がり始めたチャラ男に、オールバックが夜顔を突き飛ばそうと詰め寄る。
だが、押し退けようとした手が触れたのは、人の感触ではなかった。
(………壁?)
ピクリとも動かない夜顔の体に対して、押した腕の反動で寧ろ踏鞴を踏んだのはオールバックの方だった。
踏ん張っているようにも見えない、ただその場に立っているだけの少年が途端に得体の知れない何かに見えてくる。
同時に、彼らの表情変化を確認し夜顔は目を細めた。
「このまま消えるのなら、これ以上の恥の上塗りをせずに済むぞ。消えるか?」
「わ、分かった!!分かったから、放せ!!」
手が放されて、男たちは一目散に逃げだした。
その背を見送り、ため息を吐くと夜顔は何事もなかったようにその場を立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
当然、上手くはいかないが。
去ろうとした服の背を掴まれた。
そのまま振り払う事は難しくないが、しかしそれをやってしまうのは彼自身の精神衛生上宜しくない。
元より、首を突っ込んだのは夜顔。その上で、自分の都合で逃げ出すなど虫のいい話はなかった。
振り返ると、鮮やかなピンクサファイアの瞳が見上げてくる。
「助けて、くれたのよね?ありがとう。断ってもしつこくて困ってたの」
「あー、いや……俺も、見てられなかっただけで。気付いて無視するのも、気分が悪かったからな」
「それでも、助かったのは確かよ。改めて、お礼を言わせて」
ニッコリと擬音が付きそうな綺麗な笑顔を向けられ、寧ろ夜顔の方が座りが悪くなる。
ベージュのキャスケットに、赤い縁取りの眼鏡をかけた少女。そのキャスケットからは桃色の髪が覗いていた。
気まずさに視線を彷徨わせた夜顔は、ふと目の前の少女に見覚えを感じる。
だが、肝心のその答えが思い浮かばない。
顎を撫でて、疑問が口を突いて出た。
「………どこかで、会った事があるだろうか?」
「わたしと?そうね……
「ふむ?」
含みのある返答だった。
再度、自身の記憶を遡る夜顔。だが、残念ながら該当する顔はない。
派手な髪色であるから、そこから辿れそうなものだが彼の交友関係でド派手な髪色をしている者は高校入学と同時に新たに結ばれたものばかり。
似た髪の色合いならば、鳳えむが挙げられるが生憎と彼女の家族関係までは知らない。顔立ちも、似ている要素はあまり見受けられない。
顎を撫でる夜顔に、少女は笑みを浮かべた。
「分からない方が良いわよ。そしたら、貴方もこうして助けたか分からないじゃない」
「ん?いや、それはないだろう」
「え?」
「見つけて、無視をする選択肢は俺には無い。少なくとも、荒事なら俺にとっては得意分野だ」
だから介入した。夜顔は、事も無げにそう語る。
傲慢だと言われても、少なくとも腕っぷしの強さで負ける事は無い、というのが彼の言い分だったりする。だからこそ、荒事関連に首を突っ込む事に躊躇はない。
一方で、少女は眼鏡の下でその目を見開いていた。そして、笑みを浮かべる。
「ふふっ、それじゃあその時にはお願いしようかしら」
「………極力、そういう目には遭わないに越した事はないんだがな?」
荒事が得意でも、だからといって万能であるという意識は夜顔には無い。瞬間移動など出来ないし、テレパシーなど使えない。
思ったよりも打ち解けた二人。そこに一つの足音が近づいてくる。
「愛莉!」
「わ、絵名!?」
二人の間に割り込む黒い影。
左の一房を三つ編みで纏めたショートカットの気の強そうな少女だ。
「ナンパなら他所に行きなさいよ。あんまりしつこいと、コレだから」
言って、彼女は右手にスマホをもって見せびらかすように示した。
確かに傍から見て且つ今までの状況を知らなければ夜顔が、帽子の彼女に詰め寄っているように見えなくもない。
夜顔としても、特に何かを反論する気は無かった。何より、連れが来たのならお暇しても問題ないとさえ考える。
だが、ここで待ったをかける者が居た。
「ま、待って!絵名!誤解よ!」
後ろから肩を掴むようにして帽子の彼女が引き留めにかかったのだ。
「彼は、しつこいナンパを寧ろ追い払ってくれたの。引き留めちゃったのも、わたしだから………」
「…………そうなの?」
スマホが下ろされ、警戒心は消えていなくとも伺い気味に三つ編みの彼女は目の前の少年へと問いかける。
「まあ、成り行きで」
「そ、そうだったの……ごめん、早とちりして」
「いや、別に……心配するのは当然だろう?連れも来たようだし、俺もそろそろ失礼する」
「ちょ、待ちなさいよ!」
踵を返そうとするが、再び引き留められる夜顔。
引き留めたのは、三つ編みの彼女だ。
「愛莉を、友達を助けてくれてありがとう」
「ああ……まあ、偶然が重なっただけなんだが」
「それでもよ。あ、それから」
「なんだ?」
「あんた、この辺の学校に通ってるの?」
「?ああ。神山高校だ」
「そう……」
チラリと、三つ編みの彼女は自身の後ろの友人へと視線を送った。
相対する夜顔もそれには気付いたが、しかしその意図までは分からない。
首をかしげて、再度挨拶をして踵を返す。
離れていく背中を、今度こそ見送ってから三つ編みの彼女、東雲絵名は己の友人へと向き合った。
「改めて、ごめん愛莉。寝坊しちゃって……彰人には起こしてって言っておいたんだけど」
「昨日も遅くまで絵を描いてたんでしょ?それにしても、何で最後に学校の事を聞いたの?」
「えっ…………だって愛莉、さっきの人に自己紹介できてないんじゃないの?」
「…………」
驚いた様子で、桃井愛莉は目を見開く。
彼女は、元アイドル。バラエティー番組などのテレビ出演もしていた結構な売れっ子であったのだが、今はとある事情で引退してしまった経歴を持っている。
だからこそ、迂闊に自己紹介する訳にはいかなかった。コレは自衛もそうだが、相手への迷惑などを考慮しての事。引退しても変装しているのはその為だ。
それはそれとして、言葉を交わして
だからこそ、絵名の言葉には驚いた。
「どうして……」
「あっちもソワソワしてる感じなかったし、それに愛莉ってこう言う所で目立たない様に気を使ってるから」
「…………そうね。彼にも迷惑になったかもしれないもの」
「でも、神高って分かったのなら少なくとも探せる手掛かりにはなるし、何なら彰人に探させても良いもの」
「流石に迷惑じゃない?彰人君だって、頑張ってるでしょ?」
「愛莉のお願いなら聞くでしょ、アイツは。…………さて、と。それじゃあ、愛莉カフェに行きましょ。そこでさっきの話も聞かせてほしいし」
「そ、そんな話題になるような事はないんだけど…………」
何処か面白がっている雰囲気の友人に、愛莉は苦笑いを浮かべる。
別に甘酸っぱい感情などここには無い。
不作法に伸ばされた手に強張った体が、横合いから伸びた手に救われた時に胸が高鳴った気がしないでもない、が気のせいである。
気のせいったら、気のせいなのだ。