夜顔~Yorugao~   作:夕顔

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 新たな出会いのあった翌日。二日ある休日の片割れである日曜日、崩月夜顔はとある場所を訪れていた。

 

「人が多いな……日曜だからか」

 

 前後左右のどこを見ても、人、人、人。人という文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうな程に、人ばかり。

 小さい子を連れた家族連れや、友人と来たのであろうはしゃいでいる同年代の集団等々。昨日行ったショッピングモールとはまた違う賑わいがここにはある。

 

 フェニックスワンダーランド。ジェットコースターやメリーゴーランド、観覧車などのアトラクションや多くのステージが存在するテーマパークだ。

 

 夜顔単身で来る場所ではない。そもそも、もしもどこかに出かけるとしてもテーマパークなどは候補にも挙がる事は無いだろう。

 そして、今回夜顔は一人で来た訳ではなかった。

 

「ほら!いっちゃんも早く行こう!よるくんも!」

「待って、咲希!急に走ると危ないから……!」

「ああ、直ぐに行く。転ぶなよ」

 

 毛先に掛けてピンクのグラデーションが入った金髪をツインテールで纏めた少女、天馬咲希。そしてそんな彼女を追いかける黒髪ストレートの少女、星乃一歌。

 元々繋がりの無かった二人と夜顔が出掛ける事になったのは、高校入学より結ばれた縁によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――どうかオレの頼みを聞いては貰えないだろうか!」

 

 週末に入る前の事だ。夜顔は、昼休みにある人物に呼び出されていた。

 

「…………とりあえず、食べながらにしよう。天馬先輩も午後に空腹で泣きたくないだろう?」

「……うむ!そうだな。では、隣を失礼するぞ」

 

 場所は、中庭。置かれたベンチの一つに並んで腰かけて弁当を広げる。

 

「それで?態々呼び出していったいどんな要件で?」

「そうだな…………実は、お前にコレを渡しておきたい」

「?……チケット?」

「ああ。フェニックスワンダーランドの入場券だ。そのまま、アトラクションに乗る為のパスにもなる」

 

 差し出されたチケットは、夜顔にとって馴染みのないものだった。

 しげしげと受け取った紙切れを眺め、夜顔は首を傾げる。

 

「アレだろ?鳳が言ってた、テーマパークの案内の件」

「そうなんだが、そこからが頼みの内容になる」

 

 そう言って、司はミニトマトを口に含み、咀嚼して飲み込む。

 

「オレには、妹がいてな。それはもう、とても愛らしく。目に入れても痛くはない、可愛らしい妹でな」

「はぁ……」

「それで…………いや、違う!違わないが!今はそれは重要じゃない!いや、重要だろう!?」

 

 騒がしい司は、二重人格かといわんばかりのオーバーリアクションだ。

 しかも、その騒がしさで分かった情報が、テーマパークのチケットをくれる事と彼がとてつもなく妹を大事にしている事だけ。肝心の本題にはいまいち辿り着けていない。

 とはいえ、夜顔が先を急かす事は無かった。今は昼休みであるし、食事の時間。雑談もまた、食卓の花であると思うからだ。

 頭の中が迷走していた司は、ペットボトルのお茶を飲んで一呼吸を置く。

 

「ふぅ…………それで、頼みなんだが」

「ああ」

「オレの妹を連れて、フェニックスワンダーランドに来てくれないだろうか?」

「…………は?」

 

 口に運ぼうとしたミートボールが弁当箱の中へと落ちる。

 

「…………何でそうなる?」

「オレの妹……咲希は体が弱くてな。小さい頃から入退院を繰り返していたんだ」

「…………」

「高校入学を機に、漸く退院を果たしたのだが……何やら最近は悩みがあるようでな。そこで、元気づけようと思った時に思いついたのが、ショーだ!」

「つまり、俺はその天馬先輩たちのステージに妹さんを連れて行けばいい、という事か?」

「ああ、そうなる。もっとも、ランド内で遊ぶことは大前提だ!咲希と、それからその幼馴染に声を掛けたが、崩月には付き添いの一人として同行してもらいたい!」

「成程……」

 

 頼む!と頭を下げてくる司に対して、夜顔はとある少女の姿が脳裏を過っていた。

 

 出会ったのは偶然で、深いやり取りがあった訳ではない。

 生き残ったからこそ、死にたくて。しかし周りは生きていてほしいと願われながらも、死んだ少女。

 

「分かった。受けよう」

「!本当か!?」

「こんな事で嘘を吐くよう真似はしない。ただ、その妹さんには許可を取るべきだろう?そもそも、俺は顔を合わせた事も無いんだが?」

「そちらは、大丈夫だ。先ずはトークアプリでグループを作り、お前たちをオレが招待しよう!」

「…………先輩の発案、じゃないな?」

「うっ…………実の所、類や寧々に相談した結果だ。当日案内できれば良かったのだが、オレ達のショーを待っている観客が居る以上、どうしても、な。えむにも世話になってしまった」

「……人に頼る事は悪い事じゃないだろ。全部できないからこそ、チームを組んでるんだろ?」

「そうだな…………その通りだ!オレは人の縁に恵まれているな!」

 

 高笑いする司。芝居がかっているが、視野の広がった今の彼にとっては様々な出会いが感謝の対象だ。

 ともにステージに立つ仲間たちも。学校で縁あった後輩たちも。何れもが、司にとっての得難い出会いであり、繋がりだった。

 

 その後、放課後に急遽作られたトークアプリのグループにて三人の少年少女が言葉を交わす。

 ビデオ通話を経て、そして件の週末へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はしゃぐ咲希を視界に収めながら、夜顔はうなじを撫でた。

 入退院を繰り返し、更に中学時代は大きな病院に入院してろくに学校に通えなかったと聞いた時、夜顔は彼女を深窓の令嬢のようなものだと思っていた。

 だが、蓋を開けてみれば元気印。天真爛漫で派手な容姿だが、その様子は人懐っこい仔犬のようだ。

 

「素か……それとも、空元気か…………」

 

 呟き、同時に前者だろうと当たりを付ける。

 そして、そんな呟きに応える声。

 

「咲希は昔からあんな風なんです。天真爛漫で、それで私たちに元気をくれる」

「星乃は、幼馴染だったか。あと、敬語じゃなくて良いぞ。同い年だからな」

「そうで……んんっ、それじゃあ、そうしよっかな」

 

 手を振ってくる咲希を眩しそうに見つめる一歌。その眼差しは優しく、しかしどこか寂しさと言うものも感じさせる。

 そのまま二人並んで後を追いかけるが、お姫様はお気に召さなかったらしい。

 

「もう!いっちゃんもよるくんものんびり屋さん!」

「ごめん。でも、咲希。アトラクションは逃げないよ。フリーパスも司さんから貰ってるし」

「でもでも、折角一杯乗れるんだよ!?お兄ちゃんたちのステージはまだ先だけど、色んなのにアタシ乗ってみたいの!」

「なら、近場から行くか?」

「近場って言うと…………」

 

 夜顔の言葉を受けて、一歌は周囲を見渡した。

 目についたのは、悲鳴の上がる絶叫マシン。

 

「ジェットコースター、かな?」

「アタシ、一番前に乗りたーい!」

「タイミングも、ちょうど良さそうだ」

 

 丁度、列が並び直している状態。今駆け込めば、戻ってきたコースターの一番前は堅いだろう。

 狙い通り、三人が並んだところで、後ろに列が出来上がっていく。

 

「…………そう言えば、初のジェットコースターか」

「えっ!?よるくん、ジェットコースター乗った事無いの!?」

「そういえば、崩月くんって遊園地初めてなんだっけ?」

「そうだな…………少し、楽しみだ」

 

 絶叫が聞こえる金属ラインを見上げて、僅かに夜顔は頬を緩めた。

 整った顔立ちではあるが、どちらかというと無表情の多いのが崩月夜顔という少年だ。

 故に、その僅かな笑みは結構な破壊力。

 

「よるくんって結構可愛い顔してるよね」

「男子に可愛いって表現は良いのかな?…………まあ、確かに幼く感じるかもしれないけど」

「だよねだよね!よーっし!アタシも楽しむぞー!」

 

 そうして始まる、遊園地行脚。

 ジェットコースターに乗り、

 

「結構速いな」

「キャーーーー!」

「ちょ、咲希!安全バーは掴んで!」

 

 コーヒーカップを回し、

 

「ほ、崩月くん……!も、もっとゆっくり!」

「よるくん、スッゴイ力!」

(加減が難しいな……)

 

 メリーゴーランドに乗り、

 

「いっちゃーん!よるくーん!」

「乗らなくてよかったのか?」

「流石にちょっと……と、とりあえず、咲希の写真が大事だから!」

 

 兎にも角にも、様々なアトラクションに乗った。

 体の弱い咲希を気に掛けて合間は開けていたが、中々どうして満足の行く行程ではなかろうか。

 

 そして、

 

『まもなく、ワンダーステージにて“ワンダーランズ×ショウタイム”によるショーステージを開催いたします』

 

 放送が流れる。

 

「あ!いっちゃん、よるくん行こう!」

 

 嬉々として二人の手を引いて歩き出す咲希。

 先を行くピンクグラデーションの金のツインテールを眺めながら、夜顔は目を細めた。

 平和だ。騒乱に事欠かなった去年とは全く違う。

 

 だからこそ、鈍った。

 

「――――楽しんでますね」

「ッ」

 

 スルリと鼓膜を叩くのは涼やかな静かな声。同時に、この時期では外れているマフラーが視界の端に揺れた。

 腕を引かれ乍ら、反射的に夜顔は声の方を見た。

 

(斬島……ここまで近づかれて気付かないとは……鈍ってるな)

 

 金髪を左側頭部でサイドテールに纏めた小柄な少女。特徴的なのは、長いマフラーと黒いリボンだ。

 スカジャンを着込みながらデニムのショートパンツにブーツを履いた彼女、斬島切彦(きりしまきりひこ)は一瞬振り返ってその口元に笑みを浮かべると人ごみに消えていく。

 

 崩月夜顔と斬島切彦。この二人は、()()()。違う点は、その立ち位置か。

 

 少なくとも、この場でおっぱじめる気は無いらしい彼女の背を見送って、夜顔は前を見た。

 表情はそこまで変化していない。変わったのは、その心持ち。

 

 日常を感じ過ぎて鈍った、戦闘本能をほんの少しだけ叩き起こす。

 

 直感が囁いたのだ。騒動が迫っている、と。

 

 そんな内心をおくびにも出さず、夜顔は咲希に引っ張られるままショーステージへと辿り着いた。

 満員御礼、とまでは言わないがそれでも少なくない人数が観客席には既に揃っている。

 三人は観客席中央の真ん中の席を取る事が出来た。

 

 そして、舞台の幕が上がる。

 

 物語は、とある王国の御話。

 真面目な騎士、お転婆な姫、愉快犯な魔王、高らかに舞う歌い鳥。

 場面は、魔王が王国のお宝を頂戴した所から始まった。

 

(成程、屋外だからこそ大きく声を張って、セットの少なさを逆に身振り手振りの大きさで補ってるのか)

 

 専門は違えども、身体を動かす事には一日の長がある夜顔は笑顔で体を動かすショーユニットを内心で分析する。

 内容は、フェニックスワンダーランドの客層に合わせた比較的低年齢層に受けがいいものだろう。だが、一定以上の年齢であっても楽しんで観る事が出来た。

 この手のショーやミュージカルといったものに縁遠かった夜顔であっても中身をちゃんと理解しつつ楽しむ事が出来た。

 短くも濃密な時間はカーテンコール。惜しみない拍手が送られる。

 

「…………分かりやすくて、良いものだな」

「でしょ!?お兄ちゃん、カッコよかった~!」

「歌も良かったね。あの、ナレーションと要所要所で歌ってたのって誰なんだろ?」

 

 三人それぞれに、概ね好評。

 咲希は兄の勇姿に大興奮であり、一歌は曲や歌に注目していた。

 

 そして、楽しい時間もまた、終わりを告げる。

 

「今日はありがとう!いっちゃん!よるくん!とっても楽しかった!」

「うん。私も楽しかったよ、咲希」

 

 まず、体の弱い咲希を家まで送る。コレは確定事項で、その間も興奮する少女は実に上機嫌だった。

 そんな彼女が玄関の向こうに消えたのを確認して、一歌と夜顔は顔を見合わせる。

 

「送るぞ」

「え……でも、私は大丈夫だよ?家も近いし……」

「安全のためだ。天馬も、明日また万全の星乃と会いたいだろうからな」

「ッ…………じゃ、じゃあ、お願いしよう……かな?」

「ああ」

 

 夜顔が頷き、一歌は歩き出す。

 その頬には僅かな赤みが見て取れた。

 

 星乃一歌の交友関係に、異性は少ない。

 幼馴染は全員同性であるし、家族以外の身近な異性となると咲希の兄である司が該当するだろう。中学に上がるにあたって宮益坂女子学園に入学した事も相まって異性との関りは更に少ない。

 

 正直に言ってしまえば、今回のお出かけに関して心配しなかったといえば嘘になってしまう。

 司の紹介とはいえ、初対面の相手。それも異性ともなれば、警戒心を持つなという方が無理な話だ。

 

 だが、蓋を開けてみればやって来た少年は思った様なタイプではなかった。

 静かで淡々とした口調ではあるが、その一方で各所で体の弱い咲希や自分(一歌)を気に掛けた様な行動をとっている。

 さりげなく人混みの壁に成ったり、切込み役に成ったり。各所で休憩を取る様に促したり、等だ。

 

 クールな見た目の一歌だが、その実割と天然気味で内気な所のある彼女。

 

「崩月くん」

「ん?」

 

 だからだろうか、一度気を許してしまうとついつい悩みが口を突いて出てくる。

 

「その…………もしも、昔仲が良かった人ともう一度仲良くなろうとしたら、崩月くんなら……どうする?」

「俺か?ふむ…………」

 

 少女の問いに、夜顔は顎を撫でる。

 

「…………やっぱり、話すしかないと思うが?」

「…………」

「星乃。結局、気持ちってのは言葉にしなくちゃ分からない。俺もお前も、エスパーでもなければ心が読める訳でもないんだから」

「そう、だよね…………でも…………」

「怖い、か?」

「…………うん」

 

 怖い。その悩みは、対人関係には常に付きまとう問題だ。

 

「厳しいが、それでも口に出せ。そして、星乃の本気の気持ちをぶつけてやればいい。相手が心無い怪物とかじゃない限り、強い感情には大なり小なり感情が返って来るものだからな」

「本当の、気持ち…………」

「とはいえ、あくまでも外野の話だ。悪いな。俺もその手の経験は薄い」

「う、ううん!そんな事ないよ…………ありがとう。私、頑張ってみる……!」

「そうか」

 

 こんなアドバイスで役に立てたのか。そんな疑問を夜顔は覚えるが、しかしこれ以上の事など彼の中に語れる言葉が無い。

 程なくして、一歌の家の近くに到着。

 別れの挨拶を済ませて、夜顔は帰路に就いた。

 

「…………ん?」

 

 不意に、スマホに響く着信音。

 画面を確認すれば、そこに映るのは見慣れた名前。

 

「真九郎……?」

 

 一つ年上の幼馴染の名前がそこにはあった。

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