夜顔~Yorugao~ 作:夕顔
放課後。つつがなく一日が終わり、学生にとっては憩いの時間。
「夜顔くん!わんだほーい!」
「うっ……鳳…………」
受け止めたピンクの弾丸を見下ろして、夜顔は時が来たことを察する。
だが、その内心を表に出すような事はしない。
もし仮に、えむの用件が夜顔の想定通りであり、同時に彼の内心を知って誘わないという選択肢を採られてしまった場合もっと面倒な手段でその場に乗り込まなければならなくなるのだから。
彼の内心など知る由もなく、えむは笑顔で用件を切り出した。
「あのね!夜顔くんに、お誘いに来たんだよ!」
「お誘い?」
「うん!あのね?おうちで、パーティがあるの!夜顔くんにも来てほしくて探しに来たんだよ!」
「成程……でも、関係ない人間が行っても良いのか?」
「えっとね――――」
もっともらしい事を聞いて、裏付けを取ろうとする夜顔。
対してえむは、目じりに人差し指を添えると少し後頭部の方へと引っ張る様にして厳めしい顔を作ってみせた。
「『えむ、お前を助けてくれた男の子を連れてくると良い。仕事仲間も連れて来なさい』だって!」
「…………そうか」
前者は兎も角、後者はどうなのか。
九鳳院から、鳳へとどんな連絡が行っているのか夜顔は知らないがそれでも一般人が増えるのは宜しくないだろう。
しかし、今彼がその点を指摘する訳にはいかない。
「他に、親御さんは何か言っていただろうか?」
「えーっと…………何だっけ?おうちの事を知ってもらう……って言ってたと思う!」
「そう、か……」
ろくなことに成らない。少なくとも、夜顔は彼女の言葉を聞いてそう思った。
道を諦めさせたいのか、それともワンダーランズ×ショウタイムというユニットを潰したいのか。今回の件に巻き込まれれば彼ら彼女らに大きな傷が残るかもしれない。
何より、何も知らずに彼らをパーティーに呼ぶのであろう、えむの精神的な傷についても夜顔は懸念する。
同時に、どこでも変わらない
「夜顔くん?」
「…………ん?どうした?」
「…………ううん、何でもないよ」
「?それはそうと、ドレスコードは必要だろうか?制服じゃ、不味いだろう?」
「あ、それは大丈夫!おうちの衣装を貸し出すから!寧々ちゃんや類くんも借りるって!」
「天馬先輩は持ってるのか……少し意外だな」
夜顔は、顎を撫でる。
だが、言葉の端々や所作の欠片に育ちの良さを感じられる瞬間があった事は確かなのだ。普段の奇行が酷すぎるだけで、天馬司という少年はどちらかといえば裕福な家庭の出身である。
それから、ニ三言パーティーの日程などを話してえむはユニットメンバーの元へと走って行った。
その背を見送って、夜顔は左手でうなじを撫でる。
解決策は浮かばない。
ベストは、パーティーの襲撃前に襲撃犯を潰す事。だが、残念ながら手掛かりの一つもない上に、そもそもどんな相手が攻めてくるのかすら夜顔は知らない。
情報やに頼ろうにも、そこまでの金はない。一人当てはあるが、仕事面に関して彼女はシビア。
オマケに、夜顔は彼女に苦手意識を持たれている。主に、家と姉のせいで。
という訳で情報屋には頼れない。となれば、出たとこ勝負。柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する他ない。
「…………とりあえず、守るべきは鳳たちだな」
優先順位を間違わない事。今決められるのは、それだけだった。
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夜。月あかりの下で、夜顔の姿は街の中にあった。
「今日はありがとう、崩月くん」
「自分から言い出した事への責任は取るさ」
隣を歩くのは、宵崎奏。
いつかの夜にした、夜の散歩に付き合うという約束を果たす為にこうして外に出てきたのだ。
「俺としては、連絡が本当に来るとは思わなかったがな」
「え、そうなの?」
「あの日から全くの音沙汰無しならそう考えてもおかしくは無いだろう?とはいえ、迷惑している訳じゃないがな」
申し訳なさそうにする奏に、先手を打つ。
迷惑していないのは本当だから。そして、自分の言葉に責任を持つ事もまた当然の事だから。
問題視するのは、その頻度。
「俺が言いたいのは、毎日出歩けという訳じゃないが…………もう少し、運動の頻度を増やすべきという事だ」
「うっ…………作業に没頭してたら、時間を忘れちゃって…………」
耳の痛い苦言に、奏は顔を俯かせた。
彼女とて分かっている。分かっているが、ではそれを実際に行動に移せるかどうかはまた別の話だ。コレは何も彼女だけに該当する事ではない。
夜の街は、静かだ。既に深夜と呼べる時間であるのだから、繁華街にでも寄らなければ喧騒は遠い話である。
「前にも言ってたな。何か仕事でもしているのか?」
「仕事……ではないけど…………ちょっとね……崩月くんは、音楽を聴いたりする?」
「音楽?そこまで、熱心に聞いた事は無いな」
記憶を振り返りながら、夜顔はそう答えた。
暇な時は、体を鍛えたり本を読んだり何かを食べたりと特別音楽に触れるような人生を送って来なかった。CDを買ったり、ストリーミング配信に手を出す事もない。
夜顔の返事を受けて、奏は少しの間逡巡。そして徐に、口を開いた。
「実は、その……わたし、音楽サークルに入ってるんだ」
「音楽サークル?演奏するのか?」
「どちらかというと、曲を作って発表してる側かな。歌ったりも……偶にはするけど」
「それは……凄いな」
「そう、かな?」
「ああ。俺は、何かしらを作れる人間は凄いと思っている。何かを生み出すには、相応の感性が必要だと思うからだ」
壊すだけの自分とは違う。夜顔は、内心でそう自嘲する。
どうにも、思考が荒い方へと引っ張られている。近々の鉄火場を前にして気が立っているのかもしれない。夜顔は己の荒れた内面をそう評する。
隣の少年を見上げて、奏は思考する。
彼女は、自身の事にはほぼ無頓着だ。現に、異性である夜顔とこうして一緒に出歩いているにも拘らずその格好実にルーズ。ヨレたTシャツは胸元が緩く、肉付きの悪い細い足を惜しげもなく晒したショートパンツも裾が擦れていた。
だが、その一方で他人の機微には聡い一面があった。
徐にスマホと、それからワイヤレスイヤホンを取り出して接続を確認し、イヤホンの片割れを夜顔へと差し出した。
「コレは……?」
「聞いてみてほしい。わたしの、わたしたちの作った曲を」
見上げてくるのは、強い意志を感じさせる瞳だった。
差し出されたイヤホンとその瞳を交互に見やり、夜顔は手を伸ばす。
耳へと差し込めば、奏はスマホを操作して画面をタップ。
直後に、イヤホンを通して夜顔の鼓膜が震えた。
「ッ」
世界が、バッと広がる。
極論、音楽というのは言葉と音の組み合わせだ。これらを一つの曲として成せるかどうかは、携わる人間の腕次第。
夜顔の鼓膜を叩いたその曲は、重い苦しみを感じさせながら、その一方で寄り添おうとする雰囲気があった。
本格的に音楽と言うものに触れて来なかった夜顔だが、本能的に聞き入ってしまう。
「…………良いな」
ポツリと呟く。触れて来なかった分野だからこそ、その新鮮味も相まって不意に口から言葉が零れる。
再生時間は、三分と少し。曲が止まった後も、しばしの余韻に夜顔は浸っていた。
「他の曲も聞いてみる?」
「…………いや、宵崎先輩のサークルだけ教えてくれ」
「ん、分かった。わたしたちのサークルは、“25時、ナイトコードで。”」
「…………お洒落だな」
「元々は、集まってた時間から取ったんだよ」
「……つまり、宵崎先輩並みの不摂生をしてるのが他に何人もいる、と」
「うっ…………み、皆が皆そう言う訳じゃないと思うけど……」
スッと目を逸らす奏をジト目で流し見つつ、夜顔は動画投稿サイトを開くと先のサークル名を検索。
出てきたアカウントを確認して、お気に入り登録をしておく。
「これでよし。後で聞いておく」
「MVも見てくれると嬉しいな」
「しっかり、見させてもらう。宵崎先輩オススメの曲はあるのか?」
「うーん……どう、だろう。わたしの、というよりも崩月くんのお気に入りが見つかれば良いな、とは思うけど」
「……そういうものか」
改めて、夜顔は画面へと目を落とす。
音楽との向き合い方は人それぞれ。
彼の一歩は、まだ踏み出したばかりだった。