夜顔~Yorugao~   作:夕顔

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 ネクタイを締める事。人にもよるが、始めて行うのは高校生という場合も多いだろう。

 

「どう、だろうか?」

 

 グレーのストライプ柄ネクタイを締めて、崩月夜顔は振り返った。

 

「良く似合っているぞ!」

「色合いが上手く纏められているね。モノトーンが良く似合うよ」

「まあ、悪くないんじゃない?」

「夜顔くん、かっこいいね!」

 

 彼を評するのは、ワンダーランズ×ショウタイムのメンバーたち。

 司は、青のスーツ。類はグレーのスーツをそれぞれに着ており、ワンポイントでそれぞれの締めたネクタイの色がパーソナルカラーとなっていた。

 寧々とえむはそれぞれに、淡いグリーンとピンクのドレスを着ていた。

 そして最後の一人であった夜顔は、黒のスーツ。黒髪を後ろに撫でつけて額を出した格好だ。

 

「崩月様、宜しいでしょうか。旦那様がお呼びです」

「俺か?」

 

 呼びに来たのは、執事の一人。黒縁眼鏡に髪を撫でつけた、THE執事である。

 

羊田(ようだ)さん!あたしも一緒に行った方が良い?」

「いえ、お嬢様はお客様のお相手をお願い致します」

「そうなの?」

「大方、鳳の攫われた件だろう。直ぐに戻って来れるさ」

 

 首を傾げるえむをその場に留める為に、夜顔はそんな事を言う。

 ひらりと手を振って、彼は執事の後をついて部屋を後にした。

 

「…………状況は?」

「まだ、何とも。少なくとも、パーティーが開催され参加者が集まるまでは事は起こらないかと」

「…………」

「着きました。こちらです」

 

 羊田の後をついてきた夜顔が案内されたのは豪奢な扉の部屋。

 開かれたその先に居たのは厳めしい顔つきの男性だった。

 

「こうして顔を合わせるのは、初めましてとなるな。私は、鳳幸之介。フェニックスグループの社長を務めている」

「…………崩月夜顔です。用件を窺っても?」

「話が早いな。先ずは、今回の襲撃に関してだ」

 

 有無を言わせぬ厳格な声に、しかし夜顔の蟀谷がピクリと震える。

 

「“九鳳院”からの情報は回ってきた。裏も取れている。“崩月”の戦鬼が護衛として着く、とも」

「言っておきますが、前もっての予防ではなく事が起こってからの対処が本筋である事をご理解ください。相手の狙いが分からない以上、こちらは動きようがありません」

「道理だな。そちらに関しては把握している。必要な関係者には既に通達を送っている」

「パーティーの客には、どうですか」

「知っている者と知らない者が居るな。ただ、前者は噂として情報を収集している者に限られる」

「成程」

「九鳳院から送り込まれた近衞の人間とは顔合わせを済ませたか?」

「いいえ、まだです。既にこちらに?」

「ああ。後で顔を合わせておいてくれ」

 

 淡々としたやり取りだ。一切の私情を挟む事のないビジネスの会話。必要な事を必要な分だけやり取りする。

 もっとも、夜顔としては言いたい事がない訳ではなかったが。

 

「何か、他にあるだろうか?」

「…………なら、一つだけ」

 

 そのチャンスがやって来る。

 

「どうして、一般人である三人を招待したんですか?自分一人ならば、警備の補充要因などで接触し引き込む事が出来たのでは?」

「その件か」

「何より、鳳は……アイツは、襲撃の件を知らない。そうですよね?」

「ああ。えむには、話していないな」

 

 夜顔の言葉に、幸之介は頷いた。

 補足をすると彼には四人の子供たちが居り、えむは末っ子。上三人にも今回の件の詳細は教えていなかったりする。

 だが、夜顔の蟀谷がピクついた。

 

「明らかに、意図的だ。アイツも、傷つく事になる」

「遅いか早いかの違いだ。我々のような立場の人間は、常に狙われる可能性がある。裏の世界を知る君ならば、分かる事だろう?」

「だとしても……せめて、話をするべきではないでしょうか?」

「ソレでは、意味がない」

 

 剣呑な雰囲気を発し始める夜顔に対して、幸之介は緊張した様子もなく両手を組んで机に肘をついて口元を隠してジロリと睨む。

 

「天真爛漫さは、間違いではない。だが、それだけではこの世界を生きていくことは出来ん」

「だとしても、こんな不意打ち紛いの手を取る必要はないでしょう!?鳳は、まず間違いなく心に傷を負う!自分が誘わなければ、誰も傷つかなかったと!恐ろしい目に遭わなかったと!本当に、今するべき事なのか!?」

 

 取り繕った敬語など放り捨てて、夜顔は机へと詰め寄るとその天板へと右手を振り下ろす。

 激しい音と共に、机に走った亀裂。崩れなかったのは、値段相応の良質な木材を利用した強度の賜物だ。

 

 崩月夜顔が鳳えむに対して知っている事は多くない。

 誘拐事件から助けたとはいえ、人懐っこい仔犬のように駆けよって来るその姿は実に無防備。オマケに、向けてくる感情も全てが好感情ばかりで、しかし決して悪い気分はしない。

 何より、天真爛漫な笑顔は見る者を一緒に笑顔にするような温かさがあった。そして、その温かさが陰るのを夜顔は良しとはしない。

 

 一方で、鳳幸之介もまた“崩月”という存在に対して改めて知見を得ていた。

 裏十三家の一角の一つであり、既に裏稼業からは足を洗ったがそれでもその勇名は未だに陰る事を知らない裏屈指の武闘派。

 特に有名なのが、その二面性とも言うべき性質だ。

 身内に甘く優しく、それらに手を出した物は苛烈な暴力をもって叩き潰される。

 最盛期には、いかにして鬼の庇護下に入れるかどうかが生死を分けると言われていたほど。

 

 自身の娘が鬼の庇護下に入っている事を確認し、幸之介は真っすぐに詰め寄る少年の瞳を見返した。

 

「それが、名家と言うものだ。我々は常に選択し、責任を負う立場にある」

「…………チッ、話に成らねぇ」

 

 言葉が荒れて、天板より右手が退けられた。

 

「責任のある立場なのも、アイツがそこに立たなくちゃならないのも分かる。でも!それを許容するのは、別の話だ……!」

「…………」

「護衛に関しては、真面目にやらせてもらいます。いまいち乗り切れていませんでしたが、やる気が入ったので」

 

 失礼します、とそのまま夜顔は部屋を出て行ってしまう。

 褒められた態度ではない。だが、鳳幸之介は引き留める事もなく、寧ろその内心は清々しさすら覚えていた。

 

「良い友人を持ったな、えむ」

 

 解かれた手の下にあった口元には薄い笑みが浮かぶ。

 ノブレス・オブリージュを語りながらも、彼もまた人の親だ。公私を分けながらも、その内心には子供たちへの愛が確かに存在している。

 だが、どれ程愛しているといっても、前述のとおり鳳家の責任と言うものは常に付きまとってくる。

 だからこそ、恨まれても憎まれても、彼は敵役を担う。

 

 何より、今回の件はえむに対してだけでなく、彼女の周りに対する篩でもあった。

 

 再三再四とはなるが、財と権力を持つ家であるからこそ様々なトラブルに見舞われる。場合によっては彼ら彼女らも巻き込まれるかもしれない。

 そうなれば、恐怖の矛先がえむに向くかもしれない。そうなれば、彼女は大きく傷つく事だろう。

 家の問題と親心。その緩衝材として抜擢された、戦鬼(崩月夜顔)

 

 そんな事は知る由もない夜顔は、部屋を出て気配を尖らせながら元の部屋へと足を向けていた。

 

「荒れているな」

「……リン」

 

 部屋に向かう廊下の途中、一人の女剣士が壁に背を預けて待っていた。

 長い三つ編みに、黒装束。そして腰の後ろに提げられた二振りの日本刀。

 

 リン・チェンシン。九鳳院有する近衞隊の序列第八位。

 

「護衛を任されたのならば、自らが火種となるような真似をするんじゃない」

「ッ……ふぅーーー……わかってる」

 

 気配が緩んだ。少なくとも、寄らば殴るといわんばかりの荒れは表面上無くなった。

 

「…………悪い」

「私に謝る必要はない。貴様がそこまで荒れる方が珍しいだろうからな」

「好きで荒れてた訳じゃない……状況はどうなってる」

「まだ何も起きていない。周辺にも人を配しているが、尻尾は掴めんだろうな」

「既に入り込んでる可能性は?」

「少なくとも、この屋敷に居る人間の顔は照合が終わっている。万が一はあるが……少なくとも、気をもんでいてもどうにもならんだろう」

「それは……まあ、そうか」

 

 夜顔の懸念はもっともであると同意しながらも、リンは首を振った。

 最悪を想定し続ける事は彼女らにとって必要な事だが、だからといって次の一歩が鈍ってしまえばそれは護衛対象の傷へと繋がってしまうだろう。

 

「案ずるな。私と貴様が居るのなら、大抵の相手は何とかなる」

「…………そうだな」

 

 九鳳院の近衞隊と崩月の戦鬼を同時に相手取るなど、大抵の人間が御免被る状況となるだろう。

 

 そして、時計の針は進む。

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