夜顔~Yorugao~ 作:夕顔
始まった立食パーティ。といっても、今回の子供たちには特別何かしらの仕事がある訳ではない。
表向きではあるが、今回は金持ちのパーティに関する雰囲気に慣れる為のもの。だからこそ、テーブルマナーなどを気にしなくて良い立食形式を採用しているのだから。
「旨いな。金がかかってるだけはある」
「感想、それで良い訳?」
皿を手に、ローストビーフを食べた夜顔に寧々はジト目を向けた。
今、この場に居るのは二人のみ。
えむは挨拶周りに。司は演劇関係者に、類は技術者関連に話を聞きに行ってしまった。
一方で、元々人見知りの嫌いがある寧々はというと、そもそも見ず知らずの相手に踏み込んでいけるような度胸も何もない。今回のパーティーにしてもえむのお願い攻撃に屈した結果連れ出されたのだから。
夜顔を盾にするようにして、好物のグレープフルーツを使ったゼリーを大人しく食べていた。
そして、夜顔は夜顔で料理を食べつつパーティー会場に視線をうろつかせる。
「…………崩月くん」
「ん?なんだ」
「……えむを助けた時、偶然って言ってたじゃん?」
「ああ、そうだな」
「怖く、なかったの?」
「怖い?」
会場を眺めていた夜顔は、そこで漸く寧々へと向き直った。
そこにあったのは、気の弱さで揺れるアメジスト色の瞳。縮こまったその様子は、小動物を連想させる。
「だって、その人たちは凶器を持ってたんでしょ?……ナイフとか、拳銃とか。怖くなかった?」
「…………いや?」
フォークを空いた皿の上に乗せて、夜顔は右手で顎を撫でる。
崩月、もとい裏関連の人間にとってナイフや拳銃程度ならば、大した脅威とはならない。コレは単純にその程度の凶器で怯む様な者ならばそもそも裏社会で生きていけないからだ。
夜顔も例に漏れず。幼少期の、それこそ修行始めたて等であったならば上記の凶器に恐れを抱いたかもしれないが既に年齢不相応の鉄火場を潜り抜けた今の彼にとっては、ナイフも拳銃も対処は容易かった。
「ナイフは切ったり刺したりするだけだ。極論、刃さえどうにかすれば大した脅威じゃない。拳銃に関しても、そもそも銃口の前に立たなければ良い」
「……まさかリアルで、ゲームの中の人みたいな話を聞くとは思わなかった」
「フッ……草薙。世の中意外にとんでもな事が溢れてるモノだぞ?」
「それは…………うん、そうだね」
夜顔の言葉を受けて、寧々の脳裏を過ったのはスマホとそれから
彼女の狭い交友関係の中で、崩月夜顔という少年は親しい間柄である。それこそ、学校で会えば挨拶もするし、こうして二人きりになってもそこまでの気まずさを覚える事もない。
だが、彼女だけでなく司も類もえむも彼に対して共通の隠し事があった。それも、オカルトもビックリのとんでも現象という隠し事だ。
ぽつぽつと言葉を交わして三十分ほど経った頃。
何やら余興としてのイベントでも始まるのか、入ってきたのは白い仮面を付けたバーテン服の誰か。同時に、集まっていた子供たちの方へと羊田と呼ばれた執事がやって来た。
「お嬢様、少し宜しいでしょうか?」
「羊田さん?どうしたの?」
「こちらへ――――」
伸ばされる白手袋に包まれた手。その手が、キョトンと彼を見つめる少女へと伸ばされ、
「…………」
横合いから伸びた手が、その手首を掴んで止める。
突然の事に、その場に妙な緊張感が走った。
「よ、夜顔くん?」
「おかしいと思ったんだ」
恐る恐る問いかけるえむを庇うようにして体を伸ばされた手と少女の間に割り込ませるように動きながら、夜顔は羊田と呼ばれた執事を見据える。
「九鳳院関係を狙ったとして、態々客が全員集まった所を狙うと何故断言できるのか。そして断定と同時に一瞬漏れ出た殺気。やる気があるんだと思って放っておいたが…………
「……っふふ、流石は
「ッ」
朗々と喋りながら、羊田?はえむへと伸ばしていた左手を引き戻し、同時に右拳を前へと突き出した。。
当然、夜顔はこれを受け止める。
「目的は、何だ……!」
「っふふ……そうですね。一つは、九鳳院への嫌がらせでしょうか。尤も、こちらは二つ目の目的に対する手段としての目的に過ぎませんがね」
「……もう一つは何だ」
「貴方ですよ、崩月の戦鬼……!」
「ッ……!」
男の圧が増す。今の夜顔は、男の拳を両手で受け止めている体勢だが僅かに押されるほど。
「
「ッ!リン!皆を守れ!!」
夜顔が叫ぶと同時に黒が走り、同時に何かの作動音が男の前腕から響く。
直後、凄まじい速度で砲弾のように夜顔の体が後方へと吹っ飛び、料理の乗ったテーブルを巻き込むようにしてガラスを突き破って外へと消えた。
その光景に目を見開くのは、つい先ほどまで庇われていたえむ。そして、騒然となる会場。
「よ、夜顔、く…………!」
「案ずるな。あの程度でくたばるような軟な男ではない」
顔を真っ青にするえむに対して、どこからともなく現れたリン・チェンシンは腰の刀を抜刀。その切っ先を夜顔を殴り飛ばした男へと向けた。
「貴様、
「宣戦布告?っふふ、コレはビジネスにケチをつけられた報復さ。知っているだろう?九鳳院の犬。去年起きた、うちの人間と崩月の小鬼との一件を。その件で、うちのブランドには瑕疵が付いた」
男は、床を苛立たし気に踏み締める。
「そこで思いついた。崩月の人間を潰してイメージアップを図ろう、とね。九鳳院の周囲を狙ったのは本家を直接狙ったとしてもこちらの求める相手の前に
「貴様……」
「さて、後は首を――――」
刹那、大穴の開いたガラスの窓を突き破って石が男へと飛んできた。
難なくコレを砕いて防いだ男の鋭い目が、窓へ向く。
砕けたガラスを踏みしめて、ネクタイを緩めながら崩月夜顔がその場に立っていた。
「勝手に殺すな」
「頑丈だなァ、やっぱり崩月は……壊し甲斐がある」
砕けたガラスを更に細かくするように踏み砕きながら、夜顔は守るべき者たちの元へ。
同時に、何かが空を切る音が二つ走り、間髪入れずに二つの火花が空中に散った。
叩き落されたのは、二本の投げナイフ。叩き落したのは、刀を振り抜いたリンだった。
「貴様の仲間か、星噛」
「助手さ。私の目的への横槍を防ぐための、ね」
「…………」
ナイフを投げたのは、仮面を付けたバーテン服の誰か。
「リン、そっちを任せる」
「ああ」
リンへとそう言いながら、夜顔は緩めたネクタイを外して放り上着を脱ぐ。下に着せられていたベストを脱ぎ捨て、シャツの袖を肘の辺りまで捲り上げる。
そして、声を掛けるのは背後だ。
「天馬先輩たちは、一ヵ所に纏まってくれ。巻き込まない様にするが、一応な」
「ッ、あ、ああ!」
呆けていた司も我に返り、類と寧々を連れてえむと一塊になる。
逃げ出そうにも、既に出入り口近くで投げナイフ使いと二刀流の剣戟戦が始まってしまっていた。となれば、その場から動く訳にはいかない。
そこに小さな嗚咽が零れた。
「ごめ……ごめんね、皆……!あたしのせいで……!」
目を真っ赤にして、体を震わせて一人少女は泣いていた。
自分が誘わなければ、皆が危険な目に遭う事は無かった。況してや、夜顔も吹き飛ばされて怪我をする事も無かった。
そう考えてしまえば、最早どうにもならない。
只管に、謝罪の言葉と涙と嗚咽だけが零れて落ちる
司たちも慰めようとするが、上手く言葉が出ない。
寄り添う事も、抱きしめる事も出来る。当然、誰もえむのせいだ等と一欠けらも思ってはいない。
だが、解決のしようがない以上、かけるべき言葉が見つからなかった。
「
「ッ!」
だからこそ、この場を治められるであろう男が口火を切った。
思わず、少女は涙で真っ赤になった顔を上げて少年の背を見る。
「泣かなくて良い、謝らなくて良い。お前が悪い事なんて、何一つ無いんだから」
「でも……!あたしが……!」
「そう思うなら、よく見ていろ」
そう言って、夜顔は相対する男へと一歩足を踏み出した。
「茶番は終わったか?死ぬ前に冥途の土産位は持たせてやろうじゃないか」
「言ってろ……その顔、本物じゃないな?お前こそ、他人のままでやられたい趣味でもあったか?」
「クソガキが……!良いだろう、私の面をよく拝むと良い……!」
言うなり、男は徐に自身の顎の下に手を添えると文字通り面の皮を上へと剝いでいく。
その下から露になったのは、短髪の赤毛に不健康そうな印象を与えるこけた頬を持った土気色の顔色をした男の顔だった。
男の顔を見つめ、夜顔は目を細めた。
「…………成程な。お前は、
「ッ!!黙れェ!!!!!!」
その言葉は、地雷。男は一瞬のうちに噴火した。
最早殺意の奔流とも言わんばかりの殺気と怒気を振り撒く男に対して、夜顔は冷静だった。
冷静に半身に成る様に左足を引いてスタンスを取って腰を落とす。
拳を握り、肘を曲げて腕の位置は振るうにロスの少ない位置へ。
そして、
「――――行くぞ」
バギンッ!と骨の折れるような音共にその姿は変化する。
変化は、両肘。前腕とは真逆の方向へと伸びる一本の角がそれぞれ左右の肘より出現しているのだから。
同時に、気配が変わる。
「――――崩月流甲一種第一級戦鬼 崩月夜顔」
「――――星噛製陸戦壱式九拾八号 星噛
戦い前の名乗り上げ。それは、互いの命を懸けた戦いにおける、一種の儀式。
怪物たちが、ぶつかり合う。