2部-1章 火山大陸アルシラ
司書室は、異世界にやってきたはじめての場所。数時間前のことなのに、この司書室が懐かしい。
僕は、司書室への扉に触れる。
青地に、赤い渦巻きの描かれたは、まるで粘土のように、柔らかな動きで、中央から穴が広がっていく。
「相変わらず、不思議な動きをする扉だなぁ」
そういえば、ここ以外の扉のほとんどは、左右に開く普通の扉だったこと思い出す。もしかしたら、いわゆる、こだわりの物件というやつなのかもしれない。
僕が司書室に入ると、ケマポン、歌って踊っていた。
「ららら~~~っ! ただいま、修理した機械の試験中! ……えっ みてたの!? 」
なんていうか、危機感が無い!
僕は、脱力しながらも、ケマポンに尋ねる。
「そういえば、ケマポン。飛行機械って、操縦簡単なの?」
飛行機械に乗る前に、それだけは聞いておこう思ったのだ。
「……えっ。なんかするんだっけ? 」
「おい!」
「あははは。冗談だよ。アルシラまでだったら、ボタンひとつで、自動操縦でいけるよ」
「そうなのか」
自分で自由に操縦してみたかった気もするけれど、どこまで続くかわからない深い青に、墜落なんてしたら洒落にならないしね。
僕は、リフトのようなエレベーターで、飛行機械がある部屋へ降りる。
壺を逆さにしたような操縦席へ乗り込み、飛行器械の鍵を差し込むと、目の前にある器械に光が現れる。無事に、電源が入ったようだ。
そういえば、深く考えていなかったけれど、焼き物が宙を飛ぶのも不思議な感じだ。空気抵抗や耐久性は大丈夫なのか。揚力は? 推力は? エネルギーは、どうやって得ているのかとか、疑問は尽きない。
まぁ、僕らの世界では、金属の塊が空を飛ぶことを考えれば、焼き物でも可能なのかもしれない。そう思うことにした。
「発進!」
僕は、ケマポンに教えてもらった自動操縦のボタンを押した。
飛行機械は、静かな機械音をたて、外へと続く滑走路を走り出す。外に出た瞬間、世界は青に包まれて、不思議な浮遊感が襲う。
青い空に、赤い島が浮いているのが見える。その島の半分は火山が鎮座していて、原始的な香りがする台地であった。セレブロが水と石の島ならば、このアルシラは火と土の島。雰囲気が全く異なっていた。
僕の乗った飛行器械は、その火山のふもとにある村のはずれに、そっと着陸した。飛行機械の扉が開き、僕は、赤茶けた大地に足をつける。
僕は、空を見上げた。天にそびえる火山は白い煙を吐いていた。
僕は、着陸した飛行器械から、赤土の大地へ降りたった。
この広場は飛行器械の駐車場なのだろうか、何台か飛行器械が停めてあった。もしかすると、この世界では、飛行器械が普通の交通手段なのかもしれない。
集落といった感じの村は、青い空の下で素朴な景色を作り出していた。道の左右に、赤茶けた半円型の家が並んでいる。窓や入り口は、ただ穴が開いているだけの質素なつくりで、ほとんどの家は、開いた雰囲気のする明るい村であった。村の往来を、こんがり焼けた肌を持つ人々が歩いていた。彼らの肌も固そうな素焼きでできている。
何人かの土器人が、家々の間を走り回っていた。村の子供たちらしい。それがさらに、この村にのどかさを与えている。
ほのぼのした空気に、すっかり気の緩んだ僕に魔の手が忍び寄る……。
数人の子供たちが、僕の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
「おわ」
急に脇腹をつつかれ、僕は妙な声を挙げてしまった。
子供たちは、僕の体を、不思議そうに眺めたり、つついたり、さわりまくっている。
「きゃきゃ~」
「柔らか、へん……」
「ウニバルの人……ぶよぶよ……?」
「ぶ、ぶよぶよ?」
子供たちはみな僕を見上げ、好奇心で目が輝いている。彼らはぶよぶよした僕の体を触りたがるのだ。
(ぶよぶよって……確かに、君たちの焼き物のように硬い皮膚に比べたら、ぶよぶよだけど!)
ちなみに僕はどちらかと言うと、痩せているほうである。だから体がぶよぶよと、そう言われたのは初めての経験だった。
僕は彼らのような素焼きのような固い肌は持ち合わせていない。この世界においては不可解な者だろう。この世界の「ヒト」は外見は似ていても、皮膚が焼き物のように固い。進化の過程が違うのだ。分かってはいるけれど、僕はなんだか少し落ち込みそうだった。
「どこから……来た?」
子供たちは見みな、珍しそうに、僕を見上げ、好奇心で目が、輝いている。
「ウニバル、だよ」
「どこ……行く?」
子供たちの質問は続く。
「アルマ寺院だよ」
「キュラ……会いに行く?」
「そうだよ。よくわかったね」
「キュラ……ビブリオと……ウニバルの人……来た時の……話し……してた」
「キュラとビブリオ……仲いい……」
「キュラ……時々、飛行器械で……セレブロ、行ってた」
子供たちは、それぞれに、キュラとビブリオについての情報を語りだす。もしかすると、彼らは、公認の仲なのかもしれない。
……これが、お子様ネットワークか。おばちゃんネットワークほどではないが、それに匹敵するくらい、発達している情報網。
子供たちの話題は、キュラとビブリオの話から、飛行器械の話へと移る。
「キュラ……専用の飛行器械を持ってる。うらやましい」
「飛行器械……かっこういい」
「大きくなったら……乗る」
子供たちにとって、飛行器械は憧れの的らしい。確かに、僕も子供のころは、自動車とか、飛行機とか、列車とか、乗り物に興味を持っていたっけ……子供たちの嬉々とした様子に、昔の自分を思い出していた。
色々質問や噂が飛び、僕は、それに一通り答えていく。
子供たちは納得すると、「……またね」と言って、去っていった。
なにはともあれ、子供たちが元気なのはいいことだ。
道を歩いていると、話しかけてきた土器人がいた。
「彼は、村長のランバじい……この村で、一番のお年寄りだよ」
ケマポンが、彼についての情報を教えてくれた。
「こんにちは。村長さん」
「こんにちは、ウニバルより来たお方。……村の子たちが、ウニバル人がこの村に来たと、言っておったのでな」
村長は球体に近い体をしていて、腕が全部で7本もある。土器人は基本的には地球人と同じ作りなのだが、時々このような腕が複数本ある者もいるのだ。他にも足がなく常に浮かんでいる者(足を体内に収納しているらしい)や、四足の者などもおり、変化に富んだ造形をもっている。なんとも不思議で素敵な民であろうか。
さらにこの村長は他の土器人と、目のつくりも異なっていた。土器人の大半は、赤い輝きを持っているが、村長のたった一つの眼は白地に黒目なのだ。そして、眼の上に弓形の模様が描いてある。そして、その模様は、なんと、村長がしゃべるたびに、上下に動くのだ!
ま、まゆげがうごいている! 僕は、笑いをこらえるのに必死だった。
「アルマ寺院まで、ご案内しますのじゃ」
村長は、眉毛を動かしながら、そう申し出てくれた。
「あ、ありがとうございます」
動く眉毛がおかしくて噴出しそうになるが、何とか押さえ込み、僕はお礼を言った。
僕は村長の眉毛に気をとられないように、村の景色を見ていた。子供たちは、まだ村を走り回っている。
「子供たち、元気ですね」
「そうじゃな。子は、元気が一番じゃ。あの子達も、いずれ大人になり、この村で土器を焼く、立派な土器職人になるんじゃ」
この村は、土器を焼く土器職人の村らしい。すべての土器人たちは、この村の土器職人によって形作られ、アルシラ大陸の半分を占める火山の熱を利用した炉で焼かれる。そして、今から行くアルマ寺院で
「ちなみにね……土器人に、性別の概念がなんだよ」
ケマポンは、衝撃の事実を言う。
「アルマから……紅い卵を受け取るか、白い卵を受け取るか、だけなんだよ。……紅を受け取れば、司書とか司祭とか責任者になるための
土から作られ、
「そうなのか……」
生まれながらにして、すべてが決まっている……それは、果たして幸せなことなのか?
少なくとも、今まで見てきた土器人たちは、自由ではないからといって、不幸には見えなかった。むしろ、自由がある僕らの世界のほうが、窮屈で自由ではないような気がしてきた。しかし、それは、隣の芝だから青く美しく見えるだけなのかもしれない……僕は、そう思うことにした。
そう思ってしまったのは、生き方の自由が認められているのが当たり前、という価値観の国に生まれて、その中で暮らして来たから思う単なる
「それから、個体差はあるけれど、ドキヅクリは、ドキツカサに比べて、話があんまり得意じゃないんだ」
ケマポンは、説明を続けている。
「そうか、だから、話が拙い土器人と巧い土器人がいたのか。ケマポンは、ドキツカサ?」
「ボクは
「……にしては、ケマポンは、よくしゃべるよね」
「ボク? ボクは特別さ!」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ケマポンは相変わらず、ようしゃべるわい。……おぉ、こうして、話している間に……ほれ、あそこ、寺院が見えて来たのじゃ」
村長は、指差した。
アルシラ大陸は、赤茶色の大地で、村の家々も茶色系のものが多い。その同系色の世界の中にひときわ目立つ白い巨大な建築物がある。それがアルマ寺院である。
「あれが、アルマ寺院……」
「そうじゃ、土器人が生まれ、還っていく場所じゃ」
「案内、ありがとうございます」僕は頭を下げた。
「いやいや……こちらこそ、お役に立てて何よりじゃ」
まゆげは、相変わらず滑らかに動いていた。
僕は村長にお礼と別れを告げ、寺院の入り口まで続く階段を登りはじめた。