完璧な王子の物語 作:浅野明
ラディは幼い頃から厳しい訓練を重ね、10歳の頃から要人の暗殺を繰り返してきた。ラディは孤児で、両親は分からない。同じ境遇のジルは、ラディより3つ下の少年で、血は繋がっていないが兄弟のように育ってきた。死にたくなるくらい厳しい訓練も、二人で慰め合いながらなんとか乗り切ってきたのだ。
そんなジルが、病気になった。教会の司祭は、高い金を取るくせに病気は治せない。病気を治せるような高度な回復魔法は、高位司祭や聖女、教皇くらいしか使えず、目が飛び出るような高額な金を請求される。とはいっても、たとえ金を払ってもラディたちのような孤児は回復魔法を使ってもらえない。
ジルの病は、はじめは風邪のような症状がでて、徐々に手足が先から腐っていくカルフと呼ばれる不治の病。咳もどんどんひどくなり、肋骨やあばら骨もヒビが入るだけならマシで、しょっちゅう折れてしまう。
薬はあるが、高額な万能薬か幻といわれる霊薬が必要で、入手はほぼ不可能だ。また、回復魔法はたとえ高位司祭だとしても寿命を削って大魔術を行使して、かろうじて病の進行を遅らせることができる程度。
本当はわかっている。ジルは、もう助からない。せいぜいもって1年だと。
ラディが今回の仕事を受けたのは、自分のため。ジルが苦しむ姿を見たくなかった。この仕事がおそらくラディの最後の仕事になる。
今回の仕事は、リディス王国という小国の王子の命を奪うこと。かの国の第一王子は、神童と名高い。白金の髪と真紅の瞳の美しい王子。8歳にしてその美貌は大陸中で噂になるほど。直視すれば、あまりの美しさに失神する者が後をたたないといわれている。
しかも剣術は王国一の剣士であり、剣聖と呼ばれる騎士団長が、わずか一月で「すでに私を超えている。もう教えることはない」と膝をおったらしい。さらに勉学にいたっては、国の最高峰の教師陣がのきなみ2週間程度で「あまりに優れすぎている。むしろ自分こそ王子に師事したい」と語ったとか。絵を描けば当代随一と名高い画家が「王子こそが天才。自分の才能のなさに絶望した」と筆をおったという話まである。
どこまでが本当かはわからないが、とにかくすべてにおいて完璧な王子らしいのだ。
しかし、そんな完璧な王子を疎ましく思う者もいるのだろう。だからラディに暗殺の話がきたのだ。もとより、組織に飼われているラディは断ることなどできない。
だが、王族の暗殺は重罪。失敗すれば確実に死ぬ。おそらく成功したとしても死がまっているだろう。
それでもかまわなかった。ラディが死ねば、組織は役に立たないジルも殺す。だが、ジルはもって1年。多少早まったところで何のことがあるというのか。ラディは、ジルのいない世界で人を殺し続けてまで生き続ける気はない。だから、ジルには正直に話した。これが最後だと。ジルは笑ってうなずいた。
新月の暗闇の中、ラディは暗殺を決行した。
王子の部屋は特別に警備が厳しいわけでもなく、子供ながら一流の暗殺者であるラディならたやすく侵入できた。
真夜中だというのに、王子はベッドのフチにすわっていて、じっとラディを見つめている。
「迷子?」
僅かな星明かりの中でも輝く美貌の少年は、うっとりするような美しい声呟いて、小さく笑う。暗殺対象だというのに、思わず見惚れてしまった。僅か8歳でこれなら、成長したらどれほど美しくなるのだろうか。
「こんな夜中に迷子なんて王子の部屋に来るはずない」
おもわず返事をすれば、王子はクスクス笑ってうなずいた。
「そうだねぇ。じゃあ、なんの用かな」
呑気に問いかけられたラディは、無言で短剣を引き抜く。本来なら、寝ているところを一息に殺すはずだった。王子が起きていたのは誤算。だが、いくらさまざまな噂があれど、相手は子供。専門の訓練を受けた自分にかなうはずがないと思っていた。それが慢心だと知ったときには、ラディは喉元に短剣を突きつけられていた。しかも、その短剣はラディが持っていたもの。
「…殺せばいい」
「?殺さないよ」
にっこり笑って、短剣をもて遊ぶ王子にとっては、ラディとの命のやり取りはちょっとした遊びだったのだろう。実際、彼は全く本気ではなかったし、誰かを呼ぶ素振りもなかった。
「ねぇ、君今の仕事に満足?」
「は?」
なにか考えていたかと思うと、唐突に尋ねられてラディは面食らう。
「今の仕事が好きかってこと」
「…そんなわけないだろう」
暗殺者の仕事に満足している者など、いるはずもない。他にできることがないから、逃げられないからしているだけ。失敗しても逃げても死ぬだけだ。常に死と隣り合わせで、いつだって怯えて生きている。実際、ジルが生かされているのもラディの腕が良いからだ。ジルがいれば、ラディは組織から逃げないし、どんな仕事も断らない。…今回のような確実に生きて帰れないような仕事のときにも都合がいい。だから、今日まで組織はラディとジルを飼っていたのだ。
「だったら僕の従者にならない?」
「……何をいっている?」
この王子、実は頭が弱いのだろうか。普通、自分を暗殺にきた人間を従者にしようとするか?まったく信用できないし、気が休まらないだろう。それとも、ラディごときたやすくいなせるという自信のあらわれだろうか。
「僕の顔を見ても失神せずに話ができる人って貴重なんだよね。ダメかな?」
潤んだ瞳で上目遣いに見られると、どんな願いも叶えたくなってしまう。
「いや…」
はっきり断れないのは、王子が美しすぎるせいだろうか。
「条件は今よりいいと思うよ」
王子の言葉に無意識にうなずく。暗殺者より、一国の王子の従者のほうがいいのは当然だ。ラディを軽くいなした王子。騙す意味も必要もない。だが、ラディは孤児だ。王子の従者にはなれない。王子の従者とは、将来の側近候補である貴族の子弟がなるものだからだ。
「大丈夫」
王子は問題ないと笑った。それでもラディは頷けない。ジルがいるから。ジルのいない世界は、彼にとって意味がない。彼は唯一の家族なのだ。
「大丈夫って言ったよ。病気なら僕が治す」
ラディがジルのことを説明すれば、回復魔法が使えるから治せると、王子は簡単にいう。そんな夢みたいなことが、本当にあるのだろうか?この世界が優しくないことなんて、よくわかっているのに、そんな簡単な話ではないのに、嘘でもいいからすがりたくなってしまう。
王子は万能薬をラディに渡し、弟に飲ませるようにと言った。万能薬なんて、ラディが一生かかっても払えない大金を積まなくては手に入らない代物だ。王子の身分があったとして、手に入れるのは決して簡単ではない。しかし、王子はためらうことなく貴重な薬をラディに手渡した。ジルはこのままでは確実に死ぬ。ならば、たとえ騙されていてこれが毒薬だとして、試す価値はあるだろう。
「万能薬では完治しない。でもここに来れるくらいには回復できる。明日、同じ時刻に弟を連れてもう一度来ると良い」
王子の言葉に、ラディは何も答えないまま踵を返し、夜の闇の中に身をおどらせた。
結果から言うと、万能薬は本物だった。薬を服用してすぐに、ジルの咳は止まり、折れていた肋骨やあばら骨もくっついた。
「すごく身体が軽いよ」
手足の先の壊死は完全には治らなかったが、それでもかなり良くなった。
「ねえラディ。オレのためにムチャをしたんじゃないだろうね」
万能薬の効能を確認したジルが、不安そうに聞いてきたが、ラディは首を振った。
「大丈夫、ムリもムチャもしていない。明日…いや、もう今日か。この万能薬をくれた人のところに一緒に行こう」
「それは、大丈夫なの?」
「殺されるか投獄されるかもしれないな」
あの王子ならそんなことはしないだろうと思えるが、実際のところはわからない。それでも構わなかった。どうせ失うはずの命だったのだから。ラディはただ、もう一度あの美しいを見たかったし、ジルにも見せたかった。
「そんなにキレイな子なの?ふふ、楽しみだね」
楽しそうにジルが笑う。彼の屈託のない笑顔は久しぶりで、ラディはこれだけで一生分の幸せがやってきたと思える。
「夜が待ち遠しいね」
「ああ」