ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第八話 2

 3

 

「はあ? 何? どういう意味よ」

「文字通りだ。お前の歌には恥じらいが――照れがある」

 

 それが、MVに澱みを生んでいるんだ。

 

「何よそれ、私の歌で感動した、って言ってた人のセリフ?」

「お前の歌で、私は確かに感動したよ。()()()()()な」

 

 ステージに立って歌う彼女の歌は、どこまでも全力で、恥じらいも照れもひとつもなかった。だからこそ――際立つのは、()()()()()()だった。

 

「お前、自分の歌が収録されることに照れているだろう」

 

 それが歌に、悪い意味での素人臭さを与えてしまっていた。

 

「――っ、ありえないわ」

 

 彼女はその指摘を、意固地になって否定する。

 

「それだったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の言葉に――しかし他のメンバーは、()()()()()()()()()()()

 

「え――」

「悪い」

 

 驚くクロカに、焱火伽羅子は告白する。

 

「クロカの歌が――()()()()()()ってことには、気付いてた」

 

 でも――それは。

 

「音源を収録するために、歌い方を変えているのかと思っていた」

 

 ライブと収録では、環境が全く違う。だからこそ、歌い方を変えているのだと。彼女なりのテクニックなのだと、そんなふうに――目を逸らしていた。

 

 彼女たちは。

 違和感を違和感のまま、飲み下していた。

 

「なんで――そんなの、一言言ってくれりゃ――!」

「言えなかったんだろう」

 

 らいかは彼女の怒りを諌める。

 

「彼女らは――ライカーズは、()()()()()()()()()()()

「ファンだからって、何よ」

「ファンだから、()()()()()()()()()()()()()()()とは考えられなかったんだ」

 

 たとえばの話。

 己の信じる神が、間違った行動を取っているかもしれない時、それを指摘できるだろうか?

 

「神だとか、意味わかんないし――」

()()()()()()()だ」

 

 それが、彼女らに指摘を躊躇わせたんだ。

 六町らいかは、まるで無遠慮に、彼女の懐へと踏み込んでいく。ライカーズが、それまで一度も踏み込めなかった領域に、六町らいかは――踏み込んでいく。

 

「お前は、自己評価が異様に低い」

 

 自分なんて――と。

 彼女はいつだって、()()()()()()()()()()()

 自分についてきてくれる、ライカーズのメンツにしたって――()()()()()()()自分と一緒にいるものなんだ――と。そんなふうにさえ思っていた。

 

「それを、彼女らはきっと、とても歯痒く思っていたことだろう」

 

 己の信奉する神が、その神たる所以を信じてくれない。自分なんてゴミ同然だと、己自身を卑下さえして――そんな中で。

 

「それでもお前は、()()()()()()()()()()()()()

 

 だから()()()()()()()()()()()()()

 

「お前に、音楽のことで間違っているなんて伝えてしまえば――それが『トドメ』になりかねない」

 

 吠巻黒歌に――立ち上がれないほどの傷を、与えてしまえかねない。

 彼女らがそんな風に思ったとしても、それはおかしくないことだっただろう――とらいかは言った。

 

「そんなわけ――」

「ない、と言えるか?」

 

 六町らいかは、疑問を呈する。

 

 なんといったって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それほどまでに――吠巻黒歌は、()()()()()()()

 

 だからこそ――周りは、それを気遣ってしまったのだ。

 

「――っ!」

 

 助けを求めるように、彼女は周りを見渡すけれど―—

 

「ごめん」

 

 括野完全子が、それを拒絶するように謝罪を述べた。

 

「そこまではっきりとは考えてなかったけど――なんとなく、音楽のことでクロカっちに何かを言うのは……『怖いな』って思ってた」

 

 もしかしたら、それが。

 クロカっちを追い詰めちゃうかも、って。

 

「……私も、言われてみれば心当たりはある」

 

 不汲身虎兎もまた、追従するように言う。

 

「リーダーを無意識に、崇拝対象みたいに扱って、『あんたが間違うわけがない』って、無意識にその可能性を除外してた」

「~~っ!」

 

 最後の望みを託すように、彼女は獅子堂熟々丸を見つめて――

 

「クロカさん」

 

 彼女は。

 吠巻黒歌のその視線に、真正面から向き合った。

 

「みんな、あなたのことを責めてるわけじゃないですよ」

 

 誰もが、そうだ。

 たとえMVが伸びなかった本当の理由が、彼女の歌い方だったのだとしても――それを責めようなんて思いの人間は、ここにはいない。

 

「その上で、言います」

 

 確かに――私は。

 

「絵を描く時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、絵を描いていました」

 

 MVのために歌う彼女ではなく。

 ステージの上で、必死に、決死に、今そこにいる『あなた』のために歌う吠巻黒歌をイメージしていたのだ、と。

 獅子堂熟々丸は、そう告白する。

 それを受けて――クロカは。

 

「……そっ、か」

 

 と。

 観念したように、頷いた。

 

「正直に言うとね、伽羅子の指摘が、一番当たってる」

 

 私は確かに――ライブの時と収録で、歌い方を変えていた。

 

「でも、それはね」

 

 それは、照れてるとか、恥じらってるとか、そういうことじゃなくて――

 

「良くしよう、と思って歌ったの」

「それは、歌を、か?」

 

 らいかの疑問に――クロカは。

 

「あんたはいっつも、鋭いわね」

 

 そういうとこ、嫌いだけど好きよ、なんて自嘲するように言う。

 

「私は、()()()()()()()()()と思って歌ってたのよ」

 

 それが――吠巻黒歌の、真実の告白だった。

 

「みんな、聞いてくれる?」

 

 私ね。

 

「本当はすっごく――性格が悪いの」

 

 それは。

 それは彼女に取って、耐え難い痛みを伴う告白だった。

 

「自分に能力はないくせに、プライドだけは一丁前。人に見下されることは殺されるより許せないくせに、この世の誰をも見下している」

 

 それはね。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、なの」

 

 彼女は自分のファンを――見下している、と。

 そうはっきりと、告げた。

 

「いっつもね、舞台に上がる度、感じるの」

 

 とてつもない優越感と、哀れみを。

 

「周りのね。()()()()()やってるような連中と、私は違う。()()()()()()()。ここで、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その優越感が――見下しに変わる。

 

「バカで無能なヤンキー崩れども。将来は底辺労働者か犯罪者か二分の一みたいな、低劣極まる下賎な連中。そんな人間以下の畜生に、()()()()()()()()()()()()()()()。そんな優越感が――私を()()()()()()()()()のよ」

 

 ここでは。

 

 ()()()()()()()()()()()()、と。

 

 そんな風に思えるから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、彼女は歌を歌っていたのだ、と言う。

 

「それはね、それは、それは……客だけじゃ、なくてね」

 

 周りのバンドだけでも、なくて。

 

「あ……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 馬鹿な連中だ、と。

 

 私なんかの。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その手足として従属するような、哀れな連中。

 

 なんでこいつらが、私なんかのところにいるのか。

 

 それは――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って」

 

 そんな風に、見下していた。

 負け犬どもめ、と。

 無様な奴らめ、と。

 ()()()()()()()()()()()()、と。

 そんな風に思い上がって――

 

「私が一番なんだ、って、そう思いたくて」

 

 そう思うために、歌っていた。

 彼女は――その瞳から、涙を溢しながら、告白した。

 

「だから――収録する時は」

 

 それをネットの海に放出する時は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って、そう思って」

 

 そう思って歌っていた――と、彼女は言った。

 

「いいえ、それだって嘘かもしれないわね」

 

 本当は、ただ。

 

「ネットの上じゃ、()()()()()()()()()()()――ただ無意識に、怯えていただけなのかもしれない」

 

 それを、お行儀よくしようとしていた、なんて言い換えて。

 自分を守ろうとしていただけかもしれない、と。

 

 彼女はそこまで、正直に言った。

 

「ごめんなさい」

 

 ごめんなさい、と、彼女は謝る。

 

「あんたたちを悪く思って、ごめんなさい」

 

 あんたたちを。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、見下したりなんかして、ごめんなさい。

 

「あんたたちに、迷惑かけて――ごめんなさい」

 

 頑張ってくれてるのに。

 頑張ってくれてたのに。

 私の歌のせいで――迷惑かけて、ごめんなさい。

 

 彼女は涙ながらにそう言って、頭を下げる。

 

「――クロカさん」

 

 真っ先に。

 その彼女の元へ駆け寄ったのは、獅子堂熟々丸だった。

 

「頭なんて、下げなくていいです」

 

 彼女はクロカに、顔を上げさせる。

 だから――

 

「歯ぁ食いしばってください」

「え?」

 

 バチコン!

 と、擬音を付けるなら、きっとそんな感じだろうか。

 

 彼女は。

 獅子堂熟々丸は、吠巻黒歌を()()()()()

 

「ぶぇっ――!」

 

 ぶっ叩かれたクロカは、汚い声を出してのけぞり、目を白黒させる。

 

「は? え?」

 

 そんな彼女に、熟々丸は笑顔で言った。

 

「クロカさん。私は――これで許してあげますよ」

 

 見下してたことも――何もかも。

 

「クロカさんの全部を、許してあげます」

 

 だから、泣かないでください、と彼女は言った。

 

「ふ、え――」

「あー、なるほどな」

 

 理解が追いつかないというように喘ぐクロカの前に、次の一人――不汲身虎兎が立ち塞がる。

 

「んじゃ、俺は――」

 

 す、と。

 クロカの額に、彼女の手が近付き――バチン、と。

 その眉間に向けて、デコピンが炸裂した。

 

「このくらいで、許してやるぜ」

 

 俺は心が広いからな、なんて、大人の余裕を見せつけるように。

 

「へへ、実を言うとさ――クロカちゃんがあたしらのこと見下してんのは、なーんとなく気付いてたんだ」

 

 なんて、焱火伽羅子はそんなことを言う。

 

「でもさ、正直、それを怒る気にはなれなかったね。だって、クロカちゃん本物の天才なんだもん」

 

 だから私も、控えめで許したげる。

 

「手出して」

「え? 手?」

 

 彼女が言われるがままに右手を差し出すと――伽羅子はその前腕に、立てた二本指を思い切り叩きつけた。いわゆる、しっぺである。

 

「これでチャラ~」

「ちょ、ちょっとみんな軽くないです? なんか一人だけほっぺたぶっ叩いちゃった私がものすごいやりすぎみたいな感じになってませんこれ!?」

 

 なんて熟々丸の叫びも無視して、彼女はクロカの前から離れ、次に現れたのは――当然最後のメンバー、括野完全子だ。

 

「えへへ、あたしっちも正直、見下されることには異論ないなー」

 

 あたしっち、酒クズだし、なんて彼女は卑屈に笑う。

 

「だから――許せないのはさ」

 

 クロカっちが――()()()()()()()()()()()()、と彼女は言った。

 

「自分、を?」

「そうそう。ネットだと一番になれないから怯えてた――ってさ、ショージキ、ふざけんじゃねーぞ、って感じだよ」

 

 だってさ。

 

「どう考えたって、クロカっちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ネットじゃ一番になれない、なんてさ、勝手に自分を見限らないでよ。

 

「それじゃあ――クロカっちが一番だって信じて付いて行ってるあたしらが、馬鹿みたいじゃん」

 

 だから、それは許せない。

 彼女はキッパリとそう言った。

 

「ご――ごめんなさい」

「ん、それじゃ――これ一気飲みしたら許したげる」

 

 彼女は言って、ビール瓶を取り出した。

 

「待ってください待ってくださいそれはダメです流石に!」

 

 熟々丸が割って入るが、完全子は不満げである。

 

「えー、なんで? クロカっち普段全然飲んでくんないじゃん。こんな時くらい飲んでよ~」

「リーダー酒弱いんだろ。こないだもちょっと飲んだだけで寝込んでたし。勘弁してやれ」

 

 虎兎がそういうと、完全子はあー、と納得したように間抜けな声をあげる。

 

「じゃあ、そうだなー……」

 

 彼女は考え込んで、ぽん、と手を叩く。

 

「よし、あたしっちのほっぺにチューしてくれたら許してあげる!」

「え、ずるい! 私もそれが良かった!」

「はいはい熟々丸は大人しくしてようなー」

 

 しゃしゃり出ようとする熟々丸を虎兎が抑え込み、その隙に――

 

「……そんなんでいいの?」

「そんなんがいいんだよ」

 

 ほら、早くして? なんて言われて――クロカは、彼女の頬に小さく唇を触れさせた。

 

「えっへへー、チューしてもらっちゃった」

「ずるい、ずるい! 私も、私も!」

「はいはい、俺がチューしてやっから」

「いらない! いらない!」

 

 首をぶんぶんと振り回す熟々丸の頬に、虎兎が無理やり吸い付くという珍事もありつつ――最後に。

 

「クロカ」

「何よ」

「見下しているというのは――私もか?」

 

 らいかが問えば、彼女はぐ、と喉を詰まらせた。

 

「――そうよ、悪い?」

「ふ、悪いね。だから、お仕置きだ」

 

 ちゅ――と、らいかはクロカの額にキスをした。

 

「これでチャラだな」

「……言っとくけど、あんたは性犯罪分マイナスよ」

「なに」

 

 あれはイラストレーターを見つけてきたことでチャラになったのではないか――とも思ったけれど、冷静に考えたららいかはほとんどと言っていいほど何もしていなかった。

 

 話がうまくまとまったのは、全てクロカと熟々丸の勇気がゆえのこと。あとはせいぜい功績を主張できるにしても、五穀寺玄黒くらいのものである。らいかがしたことといえばせいぜいが人材派遣程度のこと。その程度で償えると思っているなら大間違いだ。

 

「被害届を出す時は今のも計上しておくわね」

「ま、待ってくれ!」

「ふん、冗談よ」

 

 彼女は鼻を鳴らして、べえと舌を出す。

 

「みんな――ありがとうね」

 

 クロカはどこか晴れやかな気分だった。涙はもう、いつのまにか止まっている。

 

 自分の醜さは、変えられない。誰がなんと言おうと、吠巻黒歌は醜い。それは自分自身が心の底から痛感していることで、いつだってそれが負い目だった。

 だった、けれど。

 

「それがどうした、という話だ」

 

 思いの先を引き継ぐように、六町らいかが言う。

 

「醜いことの、何が悪い。人間なんて誰もが醜く、誰もが穢れているものだろう」

 

 確かに、吠巻黒歌は醜いのかもしれない。

 だが、それでも。

 

「お前はその醜さを、美しさに変える力を持っている」

 

 曝け出せよ、吠巻黒歌。

 反感が、反骨が、叛逆が、このクソったれた世界に花を描くのだろう?

 

「自分を偽る必要なんて、どこにもない」

 

 ライカーズは。

 吠巻黒歌の、その輝かしき醜悪に惹かれた、好き者ども(ライカーズ)だ。

 

「一番の新入りが仕切ってんのは気の食わないが、ま、そういうことさ」

 

 虎兎は笑い、またそれに誰もが追従する。

 

「見下し、上等。この世の全てを見下して、てっぺんとってこーや」

 

 天を指差し、伽羅子は挑発的に顎をしゃくった。

 

「私は、クロカさんのそういう、己の内側の醜悪に対する誠実さが、美しいと思いますよ」

 

 頬に吸い痕を残された熟々丸が言う。

 

「ある意味じゃ、潔癖すぎるんだよねぇ、クロカっちはさ。完璧主義者ってーか」

 

 綺麗は汚い、汚いは綺麗、ってね。

 完全子は微笑む。

 

「醜い君が、あたしっちたちは大好きだよん」

 

 締め括る言葉に、誰もが頷き。

 吠巻黒歌は――へん、と鼻を鳴らした。

 

「どいつもこいつも、変態ばっかだわ」

 

 でも――嫌いじゃない。

 

「だからもう一度――やり直すわよ」

 

 今度こそ、全てを尽くして、挑んでやる。

 世界全てに。

 世界そのものに、挑んでやる。

 吠巻黒歌は、吠えて見せる。その名の通り、堂々と。

 

「ついてきなさい、野郎ども」

 

 突き上げた拳は、だからきっと叛逆の狼煙だった。

 

 これより始まるのは、逆襲だ。

 世界の全てに負け続けた少女と、そして彼女を信じる好き者どもの。

 取るに足らない、ちっぽけな。

 世界を揺るがす、逆襲だ。

 





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