ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第九話 3

 

 4

 

 新曲が完成したのは三日後のことだった。

 

 結局、リメイク、という方向性では無理だった。あの曲は、あの時の吠巻黒歌の欠片であって、それを今の自分が土足で踏み荒らしていいものではないのだと痛感したからだ。

 

 だから代わりに――継承することにした。

 

 曲の根幹となるフレーズや、メロディを引用し、作り直す、という形ではなく、継承する、という形で、かこの自分と今の自分の、本当に変わらない部分を、表現しようと試みた。

 

 タイトルは、『黒姫の背骨』。

 かつての自分に捧ぐ、そして今の自分が叫ぶ、世界を変えるための歌だった。

 

「……どう?」

 

 始めに聞かせた相手は、獅子堂熟々丸だった。

 

 放課後。学校の美術室。今は部活の時間も終わって、残っているのは熟々丸こと師鬣未熟と、来客であるクロカだけだった。

 

 絵を描いてもらわなければならない都合、というのもあったが、それ以上にまず、かつて『褪色硝子』を好きだと言ってくれた彼女にこそ、聞いてもらいたかったのだ。

 

 ……本当は、もう一人。聞いて欲しい相手がいたのだが――そっちは、捕まらず。

 

 まだ、バイトが忙しいらしい。

 

 どこをほっつき歩いているんだか――なんて言えば、まるで自分が彼女の保護者にでもなったつもりのようで、気色の悪いことこの上なかったけれど。

 

 ともかくとして。

 

 ヘッドフォンをして、デモテープを聞いていた熟々丸は――

 

「……素晴らしいです」

 

 と、ため息を吐くように言った。

 

「なんていうかこれは、すごく、()()()()()()()の歌だな、って感じがしました」

 

 過去の自分への郷愁と、変化する未来の自分への恐怖。自分の醜さ、醜悪さを許すことができて、しかしだからこそ、それは単なる腐敗と何が違うのか、と過去の自分が問いかける。揺れ動く感情と、代謝していく心。万物流転の理が生む苦しみ。その中でも唯一、ただ一つだけ変わらない、魂の柱。輝くもの、美しいもの、それを追い求めることだけは、決してやめないという、祈りにも似た決意。それを胸に、過去の自分に、『大丈夫だよ』と伝える。

 

 黒姫の背骨は、そんな曲だった。

 

「今の私には、今の私の曲しか作れない、ってことよ」

 

 どれだけ過去を振り返ろうとしても、それは今の位置から過ぎ去った時の向こう側を眺めているにすぎない。時を戻せるはずもなく、手を伸ばすことさえ、できないのだ。

 

 だが、それでも。

 それでも、変わらないものはある。

 

 過去の自分から、受け取れるものがある。

 過去の自分に、渡せるものがある。

 

 これは、そんな曲なのだ。

 

「これを元に、また、描いてもらえるかしら」

 

 病み上がりのところ、悪いけれど。

 クロカが言えば、熟々丸はこくりと頷く。

 

「任せてください。最高の絵を用意します」

 

 笑みを浮かべる熟々丸に、クロカは方針を伝えた。

 

「今回は、前回みたいに大量のイラストを使う形式はやめようと思うわ」

「どうしてですか? 私の体調を気遣ってなら――」

「それもありはするけど」

 

 熟々丸の言葉を肯定しつつも、しかしそれだけが全てではない。

 

「今回の曲は、なんていうか、あんまり動きを多くしたくないのよね」

 

 曲調自体が、バラード調であるという点もあり、リズムに合わせた激しいカットインなどで聞き手を乗らせるよりも、絵の迫力で聞き手を世界観に呑み込みたい。そういう意図があった。

 

「だから、どっちかっていうと。一枚一枚を深く、精密に描いていって欲しいわ」

 

 視線を合わせる。熟々丸は重々しく頷いた。

 

「わかりました。そういうことなら、今回は、アナログで描いていこうと思います」

 

 前回、MVを作った時には、動画制作のしやすさを考えてデジタルソフトで作画をした熟々丸だったけれど、今回はそれをやめ、アナログでの制作をすることにしたらしい。

 

「一枚一枚の重みを重視するなら、多分、そっちの方がいいと思います」

 

 その感覚は、昔絵を描いていたクロカだからこそ、なんとなくわかる。デジタルソフトで描くことも、物理的なキャンバスに描くことも、絵を描く、という点では全く変わりない。しかし、己の魂を、一枚の絵にどれだけ深く刻みつけられるか、という点では、デジタルソフトに物理的なキャンバスが唯一、勝てる点なような気がする。それはやはり、刻まれた絵の具が、簡単には消えない、という点が影響しているだろう。つまり、取り返しのつかなさが、書き手の思い入れを強くさせるのではないか、と思う。

 

「それで、相談なんですけれど」

 

 彼女は少し言いづらそうに言った。

 

「しばらく、ライカーズのガレージを借りれませんか?」

 

 というのも、デジタル環境ならばともかく、自宅だと、あまり大きなキャンパスを置けるスペースがないのだ、と言う。

 

「学校に遅くまで残るわけにも行きませんしね……。サイズを小さくすれば、家でもなんとかなるんですけれど、今回は、大きめのサイズで描きたくて――」

 

 それで、ガレージを使わせてくれ、という話らしい。

 

「使うとすると絵の具の匂いとかの問題で、しばらく、溜まり場にはできなくなっちゃうと思うんですけど……」

 

 いいですか? と彼女は問う。

 

「私は別にいいけど、完全子がなんて言うか次第よ。多分、オッケーだろうとは思うけど」

 

 完全子に許可取りなさい、とクロカが手を振れば、彼女は「わかりました」と頷く。

 

「ちょっと、電話かけてきますね!」

 

 言って、彼女は部屋を出る。

 

 しばし一人で美術室に取り残されたクロカは、置かれた作品を見て回る。どれもこれも、上手いものだ。自分が世界一の画家になる、と思い込んでいた頃の絵と見比べれば、雲泥の差だ。そんな中でも、やはり一等輝いているのは、熟々丸の絵だ。

 

 ふと思う。

 

 彼女は果たして、なんのために絵を描いているのだろう、と。

 

 それを聞いてみようかな、なんて思ったところで――ガラリ、と扉が開く。

 

「オッケーもらいました!」

 

 彼女は言って、室内においてあった荷物をまとめる。

 

「よかったじゃない」

「はい、ありがとうございます! 早速ですけど、今日からそっちで描かせてもらおうと思います」

 

 熟々丸は言って、絵を描くための一式の道具を背負い、部屋を出ていった。

 

「それじゃあクロカさん、また!」

「完成したら、見せてね」

「はい、一番に!」

 

 それを最後の会話に、クロカと熟々丸は別れた。質問をしそびれたな、と思ったけれど、またあった時に聞けばいいか、と思った。

 

 それから、数日後。

 

 クロカは絵の完成の報せを受け、完全子のガレージへと向かった。

 

「さてと」

 

 彼女がガレージにつくと、入り口の鍵が閉まっていた。

 

「あら?」

 

 いつもなら、開けっぱなしのはずだ。セキュリティなど何も考えていない、完全子のテキトーさが現れた管理というよりも、大抵、ライカーズのメンバーの誰かしらがいるものなので、鍵をかける必要がないという事情から来ている。

 

 中には最低でも熟々丸がいるはずなので、鍵をかける必要はないはずなのだが――あるいは、用心してということか。

 

「仕方ないわね」

 

 彼女はつぶやいて、鍵を取り出す。ライカーズの面々は、誰もが完全子から合鍵を渡されているのだ。

 

 鍵を差し込み、一捻り。がちゃりと解錠の音色が聞こえて、彼女はドアノブを握った。

 

「開けるわよー」

 

 言いながら、ドアを開く。

 中は暗く、電気がついていなかった。

 

「……熟々丸?」

 

 呼びかけながら、手探りで明かりのスイッチを探す。

 

 どうして電気が消えているのだろう。熟々丸はどこにいるのだろう。完成した絵はどうなったのだろう?

 

 暗闇の中、幾つもの疑問が同時に浮かび、そして――

 

 明かりが付けば。

 

 5

 

 ガレージの中央、完成した絵の前で――ぶらりと、紐で吊るされた何かが、揺れている。

 

「――え」

 

 クロカには、その光景がまるで理解できなかった。

 

「嘘……でしょ……」

 

 きぃきぃと、吊るされた紐が、軋む音色が聞こえる。

 

 キャンバスに浮かぶのは、薄く、唇に紅を引いた、大人になりかけの幼い少女。遠く川の向こうからこちらを見つめる、過去の肖像。その瞳が、見つめる先で。

 

 

 

 獅子堂熟々丸が死んでいた。

 





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