ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第十話 1

 1

 

 吠巻黒歌が制服を着ていたのは、何も学校に行くためではなかった。

 

 学生の彼女にとって、礼服とはそれが当たるというだけの話で、本当なら、それを着るつもりはなかった。見送るのに相応しい衣装であるとは、言えなかったからだ。

 

 燻るように、煙が立ち上っていた。

 

 それは、師鬣未熟の躯を、荼毘に付す煙だった。

 

 火葬場。外の広場。晴れ渡る空の青が嫌になる程の、晴天。一条の煙が、どこまでも高く登ってゆく。

 

 あるいはそれは、彼女の魂を天へと運んでくれているのか――なんて、馬鹿馬鹿しい。

 

 空の向こうに、天国はない。あるのは無限の宇宙だけだ。黒々とした闇が広がるばかりの、寒々しい宇宙が。

 

 そんな場所に、彼女を送ってなるものか。

 

 吠巻黒歌は、唇を噛む。

 

 師鬣未熟は死んだ。

 暗闇に閉じたガレージの中。首を吊って、一人、死んだ。

 

「……なんで死んじゃったのよ、あんた」

 

 自殺――と。

 彼女の死は、そのように判断された。

 

 しかし――しかし、だ。

 彼女に、死ぬ理由など、なかったはず。

 

 何より――彼女は。

 

「縄に、手をかけていた」

 

 首に食い込む、縄に。手をかけて――抵抗しようとしていた。

 

 無意識的な抵抗だろう、と。自殺を試みたが、苦しさのあまり縄を外そうとして、失敗したのだろう、と。警察はそのように判断した。

 

 しかし、そうは思えない。

 

 黒歌には、そうは思えないのだ。

 

 彼女は、自ら死を選ぶような人間ではない。

 そう思う。

 あるいはそれは、そうであってほしいと思う願望なのかもしれないけれど。

 

 深々と、ため息を吐く。

 そんな彼女の元へ――

 

「クロカ……」

「……久しぶりね」

 

 現れたのは、六町らいかだった。

 彼女もまた、制服を着ている。学友として、葬儀に訪れたのだから、当然だ。

 

 あいも変わらずの、澄ました面だ。それは、別に、彼女が師鬣未熟の――獅子堂熟々丸の死に、何も感じていないというわけではない。単に、表情に出ずらいタイプというだけなのだろう。そんなことはわかっている。わかっているのだが。

 

「……大丈夫か」

「何が?」

「隈が酷い。眠れているか」

「あんたには関係ないでしょ」

 

 ああ、よくないな、と自覚する。自覚しているのに、やめられない。こんなのは、ただの八つ当たりだ。黒歌は後ろ頭をかく。

 

「私ね」

「ああ」

「最後、熟々丸に呼ばれてたのよ」

 

 絵が完成したから、って。

 

「……もうちょっと早く着いてたら、間に合ったのかしらね」

 

 吊るされた熟々丸の体は、まだ薄く熱が残っていた。

 

 あるいはもう少し早く、何かの気まぐれを起こして、予定よりも早く辿り着いていれば、蘇生だって間に合ったかもしれない。

 

「……お前のせいじゃない」

 

 らいかは言うが、しかし。

 しかしならば、誰のせいなのだろう。

 

「もうすぐ、火葬が終わるらしい」

「そう」

 

 らいかはどうやら、それを伝えに来てくれたようだった。

 

「……骨上げには、お前も参加して欲しいそうだ」

「……いいの、それ?」

「少なくともご両親はそうおっしゃっていたよ」

「そう」

 

 それなら、行かないわけには行かない。

 

「あんたも来てくれる?」

「流石に私までというわけには行かないだろう。外で待ってるよ」

 

 らいかに見送られながら、クロカは火葬場の建物の内部へと入っていく。

 

 ロビーに入ると、未熟の両親が立っていた。

 

「よく来てくれたね。一緒に、娘を見送ってくれるかな」

「……はい」

 

 父親の言葉に、クロカは頷く。

 最初に、未熟の遺体を発見した時の諸々の騒動の中で、すでに挨拶は済ませていたけれど、しかしそれでも、まだ慣れない。

 

「娘はいつも、君の話ばかりしていてね。世界最高のアーティストだ、と。同じバンドで活動できていることが、奇跡のようだ、と」

「……娘さんの活動、知ってらしたんですか」

「うん。そりゃあまあ、親だから」

 

 娘が遅くに出掛けているとなれば、ね。

 

「なんと言うか、倫理観を疑わないで欲しいんだが、心配だからと、後をつけてね」

 

 それで、娘が何をやっているか知った、と彼は言った。

 

「……よく、止めませんでしたね」

「最初はそりゃあ、心配したよ。でも子供の頃から、娘は内気な子でね。なかなか友達もできなかった。その彼女が、あんなにも積極的に人と関わろうとしていたんだ。そりゃあ親としては、応援するしかないさ」

 

 ああ、彼女は愛されていたんだな、とクロカは痛感する。

 こんなにも、愛されていたんだ。

 

「……最後、娘を見つけてくれたのが、君でよかった」

 

 きっと、彼女も喜んでいるだろう、と。

 未熟の父は、寂しげに微笑んだ。

 

「責めないんですか」

「え?」

「私たちの活動が、引き金を引いたかもしれないのに」

 

 彼女の、死の。

 引き金になったかもしれないのに。

 

「……責められませんよ」

 

 それまで黙っていた、母親が、口を開く。

 

「未熟ちゃんは、あなたたちと触れ合うようになってから、本当に楽しそうだった。最後の日だって、もうすぐいい絵が描けそうなんだって、嬉しそうに言って、出て行ったわ」

 

 だから――だから。

 

「あなたたちのせいじゃない」

 

 彼女は涙をこぼしながら言った。

 私たちのせいじゃない、のか。

 しかし、だとしたら。

 だとしたら何が原因なのか。

 

「……火葬が終わったみたいだ」

 

 ば、と、ロビーの扉が開かれ、係員がやってくる。

 いよいよ、骨上げが始まるらしい。

 

「一緒に行こうか」

「はい」

 

 遺骨台の上の骨は、ひどく小さく見えた。

 

「よう綺麗に残られましたわ」

 

 係員が、そんなことを言う。

 

「体格の小さい方ですとね、お骨が焼け過ぎてしもて、崩れたり燃え切ったりしてしまうこともあるんですけれどね、こちらの方はかなり綺麗にお骨が残りました」

 

 案内に従って、彼女の両親が頭から順番に骨を拾っていく。彼女の親戚と思しき人間たちがそれに続いて、足元のあたりで、クロカの番が来た。

 

「私と一緒にやろうか」

 

 未熟の父と共に、長さの違う箸を一本ずつ持って、骨を拾い上げる。

 

「……軽くなったわね、あんた」

 

 もう。

 

 師鬣未熟の体に触れることは、できない。

 

 その声を聞くことは、できない。

 

 その笑顔を見ることは、できない。

 

 彼女に。

 

 なんのために絵を描いているかを聞くことも、できないのだ。

 

「――――」

 

 気が付けば。

 まなじりから、涙がこぼれ落ちる。

 

「ありがとう」

 

 骨を拾い終えると、未熟の父が、彼女にそう声をかけた。

 

「辛い思いをさせてごめんなさいね」

 

 未熟の母が、頬の涙をハンカチで拭ってくれる。

 

 本当は、何かを言いたかった。親族でもない自分が、骨上げにまで参加させてもらえたことへの感謝とか。あるいは未熟への別れの言葉とか。あるいはもっと単純に、ハンカチを差し出してもらったことへの感謝とか。

 

 何か、言葉を出さなければと思って、口を開こうとするのだけれど。

 

「――っ」

 

 涙が邪魔をして、何も言えなくて。

 

「う、う、うううう――……!」

 

 吠巻黒歌は、ただ泣いた。

 

 それを咎められるものは、その場には誰も、いなかった。

 

 2

 

 火葬場の外へ出ると、遠くで騒ぎが起こっていた。

 

「――お前のせいだ!」

 

 騒ぎの中心にいるのは、括野完全子だった。

 

「お前が、お前が、お前がっ!」

「やめろ完全子!」

 

 泣きじゃくりながら、喚き、暴れる完全子の小さな体を、不汲身虎兎が羽交締めにして押さえつけている。

 

「お前なんかが来たせいで、熟々丸は死んだんだっ!」

 

 彼女が、そんな叫びをぶつける先は――六町らいかだった。

 

「お前が、ライカーズを引っ掻き回して、何もかもを()()()から!」

 

 そのせいで、熟々丸は死んだんだ!

 

 目を真っ赤にして、完全子は叫ぶ。敵のように、憎々しげに、在らん限りの憎悪と共に、六町らいかを睨みつけている。

 

 視線の先の、らいかは。

 黙り込んだまま、じっと耐えていた。

 

「じゅ、熟々丸じゃっ、なくてっ!」

 

 しゃくりあげながら、完全子は地獄の底から響き渡るような声で言う。

 

「お前が死ねば良かったんだ――!」

「いい加減にしなさい」

 

 バシン、と。

 クロカは、完全子の頬を叩いた。

 

「こいつのせいなんかじゃないってことは、あんただってわかるでしょう」

 

 羽交締めにされた姿勢のまま。頬をぶたれた完全子は、項垂れる。

 

「……それじゃあ、誰のせいなんだよ」

 

 熟々丸が死んだのは、誰のせいなんだ。

 恨み言のように、呟いて。

 彼女は静かに、涙を流した。

 

「……こいつ、車に入れてくるわ」

 

 近くにいた焱火伽羅子が、虎兎から完全子を譲り受け、彼女の車へと運んでいく。

 残った虎兎が、小さくため息を吐いた。

 

「騒ぎにしちまって、悪かった」

「あんたのせいじゃないわ」

 

 クロカは短く言って、らいかに向き直る。

 

「悪かったわね、うちのが迷惑かけて」

「いいや、仕方がないさ」

 

 らいかは寂しそうに微笑んだ。

 

「……仕方なくなんてないわよ。完全な言いがかりでしょ、あんなの」

「だが、私がライカーズに土足で踏み入り、その内側を引っ掻き回してしまったのは、確かに事実だ」

 

 私は。

 招かれざる客だったのだろう、と彼女は言った。

 

「そんなこと――」

「私は、お暇しようと思う」

 

 元々、この中では私だけ、付き合いが短いしな。

 

「……精進落とし、みんなでって話だったけど」

「その『みんな』に、私は含まれてないよ」

 

 じゃあな、と。彼女は踵を返す。

 

「……ご両親には、よろしく伝えておくわ」

「助かる」

 

 その会話を最後に、六町らいかは、その場から消え去った。

 

「……悪いことしちまったな」

 

 虎兎は深々とため息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。

 

「ああ、もう、最悪だ」

「……珍しいわね、あんたがそんな落ち込むなんて」

「俺をなんだと思ってんだよ」

 

 人間なんだぜ、これでもさ、と彼女は言う。

 

「……ちょっと話聞いてくれるか?」

「いいわ」

「さんきゅ」

 

 彼女は言って、しゃがみ込んだままぽつりぽつりと話し出す。

 

「俺さ、実を言うと、元々引きこもりだったんだよね」

 

 その告白は、こんな状況じゃなければ思わず大声を上げていただろうくらいに、衝撃的なものだった。

 

「……あんたが?」

「意外に思われてるなら、嬉しいね」

 

 彼女は小さく肩をすくめる。

 

「中学ん時に、まあ、いじめのターゲットにされてさ。学校、行けなくなっちまったんだよ」

 

 ああいうのって、一回休むともうダメな。なんて彼女は気弱に笑った。

 

「ドアノブを握るのがさ、怖くなるんだよ」

 

 背筋にぞわぞわした怖気が走って、まるで自分が立っているのが、地獄への門の前みたいな気分になってくる。

 

 一歩、踏み出せば。

 

 世界の全てが、己を傷付ける。

 

 そんな恐怖に、耐えきれなくなる。

 

「そんで、外に出れなくなって――」

 

 高校で、()()()()()()()のだという。

 

「いわゆる、高校デビューってやつ」

 

 だから今のキャラは、その時に作ったものなのだ、と彼女は言う。

 

「喧嘩っ早くて、乱暴者で、反骨心に溢れたヤンキー――そういう鎧を作って、身を守ろうとしたのさ」

 

 つっても、今じゃもう、すっかりそれが素になっちまったけど。彼女はけらけらと笑う。

 

「自分は強いんだ、強くなるんだって、意地張って」

 

 張り通して。ここまで来た。

 来てしまった、と彼女は語る。

 

「だからさ――自分の弱さとちゃんと向き合えたあいつが、羨ましかった」

 

 心に構えた太刀を、納めて。

 

 己の強さも、弱さも、全てを曝け出してみせた獅子堂熟々丸が――師鬣未熟が、羨ましかった。

 

「……私ってさ、嫌なやつだったと思うんだよ」

 

 己自身が、選んでそうしたわけだけれど――乱暴で、粗忽で、暴力的。

 

 たとえ相手にそのつもりがなかったのだとしても――()()()()()ということに耐えられない。

 

 それはきっと、過去のトラウマゆえの防衛反応でもあったのだろう。一度、他人に舐められれば、()()()()()とみなされ――いじめられる。いじめても、抵抗しないやつだ、と。問題にはならないやつだ、と。そんなふうに思われてしまう。そんな恐怖が、きっと心の奥底に、抜けない釘みたいに刺さったままで。

 

 不汲身虎兎は、喧嘩っ早くなるしかなかった。

 乱暴な言葉遣いをして。

 高圧的な態度をとって。

 他人の言葉尻を捕まえては、舐めてんじゃねえぞと威圧する。

 そんなコミュニケーションの取り方しかできなかった。

 

「だからまあ、熟々丸にとっては――未熟にとってはさ。ほんと、()()()()だっただろうな、と思うんだ」

 

 彼女にとって。

 他人を恐れ、必死になって、慣れない太刀を振り翳していた彼女にとって。

 それに真っ向から噛みついてくる不汲身虎兎は、不倶戴天の敵ですらあっただろう、と思う。

 

「でもさ、本当は違うんだよ」

 

 本当は。

 虎兎は、彼女の敵になりたいわけじゃなかった。

 噛みつきたいわけではなかった。

 

「仲良くしたかったんだ」

 

 本当は。

 ちゃんと、友達になりたかった。

 

「……俺も一緒なんだって、言いたかった」

 

 獅子堂熟々丸が、師鬣未熟だったことを、告白した時。

 不汲身虎兎は、彼女にシンパシーを感じた。

 

「俺も同じだったんだよって」

 

 外の世界が怖くて。

 心に鎧を纏うしかなくって。

 そんなやつは、この世界に意外といるんだぜって。

 そんなことを言いたかった。

 

「でも、言えなかったんだ」

 

 格好をつけてしまって。

 格好をつけるしかなくなるくらい、その鎧は肌と癒着してしまっていて。

 今更曝け出すことなど、できなかった。

 

「言えばよかった」

 

 言って、ちゃんと。

 

「謝ればよかった」

 

 これまでのこと。

 怖がらせてしまったこと。

 喧嘩してしまったこと。

 全部ちゃんと、謝りたかった。

 

 だけど、もう。

 

 そのチャンスは、ない。

 

 そのチャンスは二度と、来ない。

 

 師鬣未熟は死んで。

 

 彼女には、もう不汲身虎兎の言葉は届かない。

 

 届かないのだ。

 

「……きっと」

 

 クロカは、彼女の隣に腰を下ろす。

 

「あいつはあんたのこと、嫌いじゃなかったと思うわよ」

 

 涙をこぼす、虎兎の背を撫でる。

 

「そうかなぁ……」

「そうよ」

 

 あいつはあんたのこと、ちゃんと仲間だと思ってたわ。

 クロカは言う。

 

 でも――

 

「でも、それももう、聞けないんだ」

 

 本当は、虎兎のことを、どんなふうに思ってたかなんて。

 

「そんなことももう、聞けないんだよ」

 

 その言葉に、クロカは何も言えなかった。

 

 彼女の気持ちが、痛いほどわかって。

 だから彼女にできることは、ただそっと、傷を舐め合うように、惨めに寄り添うことだけだった。

 





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