ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第十話 2

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 葬式から三日の時が経っても、クロカは何にも手がつかなかった。

 

『黒姫』は、デモテープのまま放置されている。もう一生、それを完成させられる日も来ないんじゃないか、なんてさえ、思う。

 

 学校にも、行っていなかった。それどころか、外にも出れていない。部屋の中で、ただ茫然と、時が過ぎるままに任せる。それ以外に、できることがなかった。

 

 ライカーズの面々とも、当然出会ってない。火葬場で、後味の悪い別れとなってしまったらいかとも、連絡さえとっていなかった。

 

「よくない、わよね」

 

 このままでは、いけない。

 

 それはわかっている。しかしならば、どうすればいいのか?

 

 吠巻黒歌は、何をすればいいというのか。

 吠巻黒歌に、何ができるというのか。

 

「……外、出るか」

 

 特に、目的があってというわけではないが。

 しかしこれ以上、部屋の中に閉じこもっていることが、何かを解決するとも思えなかった。

 

 もう夕方を通り越して、夜に近い時間だったけれど、適当に着替えて、外へ向かう。両親は今は、家にはいない。しかしなんとなく、口を履くときに「行ってきます」と言ってしまう。誰に対して言っているのか。多分だけど、きっと、自分自身の心にではあるまいか。どこかに行きたい。ここではないどこかへ、行きたい。そんな思いが、自然と口をつくのだろう。

 

 これは、逃避なのかな、と歩きながら思う。

 頭がぼうっとして、何をしようにもまともにできない。これはショックゆえのことだろう、と思う。

 

 友達が、死んだのだ。

 

 それがショックじゃないというのなら、吠巻黒歌はヒトデナシだ。そうでなかったことは、一つ安心材料ではあるけれど、しかし、だからこそ。

 

 そのショックを、和らげようとしている自分が、何かとても悪いことをしているみたいに思える。

 

 友達が死んだ悲しみを、和らげようとする。

 それは、悲しみから逃げているのと何が違うのだろう。

 

 それは、友達の死から――師鬣未熟の死から逃げているのと、何が違うんだろう。

 

 彼女のことを、思うのならば。

 

 あるいはもっと、傷付くべきなんじゃないだろうか。

 

 傷付いて、腐って、どうしようもなくなって。

 

 泣き喚き続けるべきなんじゃないだろうか。

 

 そんなことを思う。

 それはきっと、自分がそうして欲しいからなのだろうけれど。

 自分が死んだら、周りの人間に悲しんで欲しいと思う、浅ましい自分だからそう思うんだろうけれど。

 

 しかし、彼女が。

 

 師鬣未熟が――獅子堂熟々丸がそう思っていないとは限らない。

 

 それを確かめる術もないけれど。

 

「私はどうしたらいいのかしらね」

 

 彼女は呟く。

 

『黒姫』のデモテープが気になった。

 あれを、どうするべきなのか。

 完成させる、べきなのか。

 

 ――熟々丸を、抜きにして?

 

 彼女は立ち止まる。

 

 そこなのだ。

 ライカーズは、欠けてしまった。

 これからどんな作ったとしても――そこのは一つ、必ず、足りていないピースがある。

 獅子堂熟々丸の奏でるギターは、永久に欠けたままなのだ。

 

「……これからってときなのにさ」

 

 ライカーズは、これからだった。

 ここからだった。

 スターダムを上り詰めて、羽ばたく時が来るはずだった。

 ここからがサビの始まりのはずだった。

 

 頂の景色を。

 みんなで見られるはずだった。

 

 でもそれが出来る日は、もう永久に来ない。

 

「……私は」

 

 私はなんのために、音楽をやっているんだろう?

 

 ふ、と。

 足を止める。

 気が付けば――彼女の足は、いつもライカーズとして舞台に上がっていた、ライブハウスへと辿り着いていた。

 そこでちょうど――ぽつり、ぽつりと。

 雨が降り出し。

 

「……ああ、もう、最悪」

 

 悪態を吐きながら、彼女はライブハウスの入り口へと、降りていく。

 

 客として入るのは、初めてだ。

 

 入場料プラス、ワンドリンク制だったか? あのバー、ソフトドリンクは置いてるんだっけ……などとくだらないことを考えつつ、中に入る。

 

 ドアを開けると、わ、と音の波が押し寄せる。外の静けさとのギャップに顔を顰めつつ、入場料を払って、さらに奥へ。

 

 バーカウンターに訪れ、店員に話しかける。

 じゃらじゃらと、金色のアクセサリーをたくさん身に付けた、クロカの嫌いそうなタイプの男だった。

 

「ノンアルのメニュー、ある?」

「ああ。あるぜ――って、あんた……」

「何?」

「……いや、なんでもない」

 

 男は首を振って、クロカにノンアルコールのメニューを見せてきた。と言っても、あるのは三種類。ペリエとコーラとオレンジジュース。

 

「コーラ」

「あいよ」

 

 金を払えば、冷蔵庫から瓶のそれが取り出され、目の前で栓が抜かれる。パフォーマンスだな、と思う。自販機で買う数倍の値段なのは、これゆえだろう。つまり、ショービジネスなのだ。

 

「……新曲」

「は?」

「めちゃくちゃ良かったぜ」

「……そう」

 

 主語を欠いた会話。多分、気遣いなのだろう。しかしそれをするなら、完全に黙っていて欲しかったな、とも思う。

 

 グラスも一緒に差し出されたが、特に使う理由も見出せず、クロカは瓶に直接口をつけてコーラを飲んだ。

 

 壇上では、男五人のバンドが煩いだけの音楽を奏でている。ちょうど演奏の終わりのようで、ボーカルが獣の鳴き声みたいに不愉快なシャウトを決めて、幕を閉じた。

 

「今の連中はちょいとアレだったが、この次の奴らは期待できるぜ」

「へえ。どんな奴ら?」

「ガールズバンドだ。つい最近出てきた、あんたらの後追いさ」

 

 後追い、か。追われるほど、先にいるというわけでもないだろうが。しかしまあ、後輩ということにはなるのだろう。

 

「始まるぞ」

 

 機材の換装に時間をかけてから、壇上に三人の女性たちが現れる。

 

 ……見た目は負けているな、となんとなく思う。この時点ですでに、心象はマイナスポイントだ。

 

 さてさて、可愛いだけの連中にまともな音楽が奏でられるものかしら? 彼女は半目になって壇上を見下すという器用な真似をした。

 

 マイク越しに、息を吸うブレス音が聞こえた。始まる。クロカは耳に意識を集中させた。

 歌い出しは、アカペラ。音程は悪くない。声も、綺麗だ。声量も十分。ただ、迫力にはややかける。悪く言えば、アイドルっぽい歌い方。ただ、それから脱しようとしている気配は感じる。

 

 演奏はおおよそ凡庸。背後のベースとキーボードは、素人同然とさえ言っていい。ただ――一つ、目を見張るのが、ボーカルが兼任しているギターだった。

 

 巧くはない。

 だが、熱意がある。

 

 そのギターに、己の全てを賭けようとする熱意。演奏から、それを感じるのだ。

 

 荒削りで、テクニックは並。されど、エネルギーは十分以上。

 

 曲を聴き終わった時、確かに。不思議とクォリティ以上の満足感を与えられる。

 

 男が期待できる、と言った意味もわかった。

 壇上の三人は二曲目までを演奏し終わり、次の――三曲目。

 

 演奏が始まる前に、センターに立つボーカルギターの少女が、マイクに向かって呟く。

 

「次の曲は、私が心のそこから憧れて、尊敬するバンドの曲です」

 

 そんな前置きをして、彼女はギターに手をかけた。

 始まる演奏。流れるイントロは――

 

「え……」

 

 聞き覚えがある。

 

 それは。

 それは『ストレイガールズ』のイントロだ。

 歌い出す。お世辞にも、巧いとは言えないだろう。作曲者のクロカから言わせてみれば、そんなに力んで歌う曲ではない。音楽というのは、演奏する側が感情を乗せすぎてはいけないのだ。それでは、聞き手が感情を乗せる余地がなくなってしまう。

 

 しかし――その歌声は。

 そんな理屈が吹き飛ぶくらい、『好き』の感情で溢れていた。

 

 この歌が好きだ。私は、この歌が好きなんだ。そんな声が、聞こえてきそうなくらい。激しく、強く、歌われる『ストレイガールズ』。元の曲とは、もはや別物に等しく、その魅力で言うならば間違いなく落ちていて、けれどそれでも、不思議と。

 

 不快ではない。

 

 二番が終わり、Cメロ。変調が入って、ラスサビ。ほんの一瞬、息を吸う。ラストランへの助走。瞬間――

 

 ぱちり、と。

 

 目があった。

 

 ボーカルの少女は、一瞬、息を呑む。

 そのせいでラスサビの入りを歌い損ね、慌てて、先を行くベースとキーボードを追う羽目になる。最後の最後にケチがついたはものの、すぐにリカバリーして歌い上げ、彼女たちは演奏を終えた。

 

 控えめに拍手が起こる中、彼女たちは舞台を去り、そして――

 

「あのっ!」

 

 バーカウンターにいた、クロカの元に。

 息を切らしたボーカルの少女が、やってくる。

 

 年齢は、二十代前半だろうか。十代、ではないと思うが、かと言って老けて見えるわけでもない。大学生くらい、という感じだ。茶髪で、カールの効いたショートボブ。綺麗系というより可愛い系の顔立ち。それを有利に働かせる髪型をわかっている、という感じ。いけすかない。

 彼女はクロカの前に進み出て、名乗る。

 

「私、今様(いまさま)流桟(るたな)、って言います」

「はあ」

 

 クロカは気のない返事をした。なんだか、嫌な予感がする。

 

「あの、ライカーズのクロカさんじゃないですか」

 

 クロカは舌打ちがしたくなった。まさか眼前のふざけた格好のバーテンダーより、気遣いのできない女が現れるとは思わなかった。

 

「……人違いです」

「でも、そうですよねっ!?」

 

 何が「でも」だ。

 人違いだと言ってるだろうか。

 

「……あー、お客さん。ちょっと落ち着いたらどうだ」

 

 間に入ったのはバーテンダーだった。こいつ、意外と役に立つな、とクロカは思った。

 

「あ、すいません、つい……」

 

 ボーカル女こと、今様流桟は声を落とす。第三者からの指摘に、流石に恥の概念を思い出したらしい。

 

「……私がそうだとしたら、なんだっての?」

 

 これは、以前のクロカだったら絶対に言わなかった一言だった。

 

 オフの自分と、ライカーズのクロカを同一だと示す。それも、無遠慮にずけずけと現れた初対面の相手に。そんなことは、絶対にしなかっただろう。

 

 なのに今は、した。

 自分でも、なぜだかわからないままに。

 

「あのっ」

 

 彼女はクロカの言葉に再び目を輝かせ、小声で声を跳ねさせる。

 

「ファンです!」

「……そ」

 

 クロカはそっけなく返した。まあ、わざわざ来るんだから、そうだろうなとは思っていた。逆にこれで、「あなたのこと嫌いなんです」なんて言われたらびっくりだ。

 

「あ、握手してもらえませんか」

「握手ね」

 

 なんかこいつ、格好良くないらいかみたいだな、と思った。彼女が手を差し出せば、まるで壊れ物を触るようにそっとそれを握り返される。

 

「ありがとうございます……!」

 

 彼女は目を輝かせて言う。

 

「もう気は済んだ?」

 

 雨はもう止んでるかな、とクロカはもうさっさと帰る気満々だったが、しかし彼女はそう簡単に逃してはくれないらしい。

 

「あの」

「何?」

「新曲の、『ストレイガールズ』好きです」

「さっきも歌ってたもんね」

「あ、はい!」

 

 本当は無許可での演奏はやめて欲しいんだけど、まあ、それが言える立場でもない。尊敬するバンドだ、なんてリップサービスを添えてくれているだけ、礼儀正しい方だ。

 

「あの、ストレイガールズだけじゃなくて、『シーグラス』も、『雨のうらぶれ』も、『屍フェイスフェスティバル』も、好きです! あ、あと、『霹靂の肖像』も! あ、それから、『ラブラドール』と、『あくなき』と、『花束の幽霊』と――」

「わかったわかったわかった」

 

 堰を切ったように、ライカーズの楽曲タイトルを唱え始めた彼女に、クロカは両掌を向ける。

 

「あんたがうちらのファンだってことはよく伝わったから」

 

 だからもう黙れ、とばかりに言えば、彼女はか、と顔を赤くした。

 

「あ、す、すいません興奮しちゃって」

 

 えへへ、と彼女は後ろ頭に手をやる。

 

「あの、それで」

 

 それで、その――と彼女はもじもじ体をくねらせる。なんだ、求愛ダンスか?

 

「さっきの『ストレイガールズ』、どうでしたか!?」

 

 マジか、こいつ。

 

 クロカは目を見張った。

 状況的には、ご本人登場だぞ。

 作曲者を前にして、コピーバンドが感想を聞こうなんて、なかなかできないことだ。肝が太すぎる。クロカは戦慄しつつ――しかし答えてやることにした。

 

「そうね」

 

 一言で言うなら――

 

「全っ然ダメだったわ」

 

 一刀両断。

 切られた流桟は、ピシリと顔を固まらせる。

 

「まず、キーボードとベースが全然ダメ。ギターも熱意はあるけど、まだ練習不足って感じ。途中ちょっととちってたし。勢いはいいけど、それだけね」

 

 グサグサと、言葉のナイフで切り付けていく。一言ごとに、流桟は身を捩って苦しんだ。

 

「んで、ボーカル。歌い方がなってない」

「はい、すいませんっ!」

 

 目をぎゅっと閉じて、流桟は頭を下げる。完全に、叱られるモードに入ったらしい。

 

「あの曲は、あんなに強く歌っちゃダメなわけ。もちろん、棒で歌えって意味じゃないわよ。テーマがテーマだし、感情はこもってなきゃいけない。だけど、叩きつけちゃダメなのよ」

 

 それでは、客に響かない。

 

「引き込まないといけないの」

 

 こちらの世界の引き込んで、魂を共振させる。そのためには、ある程度の()()も必要なのだ。

 

「あんたの歌は、ただ叫んでるだけに等しいわ。それじゃあんたの感情は表現できても、客の心が揺れてくれない」

 

 だから、採点するなら〇点だ、と彼女は結ぶ。

 

「う――すいません。あなたの曲を、穢してしまって――」

「でも」

 

 頭を深々と下げて謝罪し出した流桟の言葉を遮って、クロカは言う。

 

「逆に言えば、あんたの感情はよく伝わったわ」

 

 この曲が、好きだ。

 誰かにこの好きを、伝えたい。

 その思いは、よくわかった。

 

「だからま。点数で言えば落第だけど、ファンとしちゃ、及第点よ」

 

 クロカが言えば、彼女は。

 

「く、クロカさん……」

 

 なんて声を震わしながら、目を潤ませる。

 

「一生、一生ついていきます……」

「言ったわね。一生ちゃんと応援しなさいよ」

「っ! はい! 絶対します! 死ぬまで、ずっと、もう、全部のライブいきます! CDも、グッズも、出たら全部買います、あ、買うんで、出してください! あ、あと、ライブも、またやって欲しくて……!」

「わかったわかったわかったから」

 

 すぐにスイッチが入る。

 めんどくせぇオタクだな、とクロカは思った。

 

「もう、本当に、ライカーズが……クロカさんの歌が、好きで――」

 

 クロカさんの作る曲は、全部『本当』を歌ってると思うんです――なんて彼女は言う。

 

「あの、クロカさんはどうして、あんなにも、人間の深い部分を、本当の心の痛みと、傷と、輝きを、あんなに丁寧に、綺麗に、曲にできるんですか!?」

「……別に、それを曲にしようって思いがあるわけじゃないわよ。ただ、普段思ってることを、音楽にしてるだけっていうか」

「ふわ~……」

 

 ふわーってなんだ、ふわーって。

 

「クロカさんは、天才ですね……」

「知ってる」

 

 いい加減、鬱陶しくなってきた。

 

「私、そろそろいくから」

「あ、はい! あの、つ、次のライブいつですか!」

「そのうち」

 

 クロカは振り向かずに言って、出口へと向かった。

 

 外に出ると、雨はもう、上がっている。

 地面に、わずかの水溜りが残っていて――クロカは、それを踏みつけた。

 

「ファンです、ね」

 

 水溜まりに浮かぶ波紋が、映るクロカの顔を乱している。

 

 ライカーズを取り巻く環境は、変わった。

 

 自分は、なんのために音楽をやっていたのか。

 

「……馬鹿らしい」

 

 彼女は言って、歩き出す。

 全てが気に食わなくて、吐き気がした。

 





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