ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第十一話 1

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「――飲め」

 

 差し出された炭酸水のボトルを受け取ったはいいものの、けれどクロカは飲む気にはなれなかった。

 

 喉奥が、ひりつくような感覚。それが未だ、抜けなくて。彼女はボトルの蓋を捻ることを、躊躇した。

 

 ところ変わって、室内。

 

 それは当然クロカの家――ではなく。

 

 古臭い、畳張りのワンルーム。

 

 ものの少ない、殺風景な安アパートの一室がこそ――六町らいかの自宅だった。

 

 クロカはそこに上げられて、けれど初めて踏み込んだらいかの住処を、観察する余裕もなく。

 

「……さっきの」

 

 視線を。

 雨に濡れた頭をタオルで拭う、六町らいか本人へと向ける。

 

()()は、なんだったの」

 

 窓の外では、まだ霧のような雨が降っている。

 

 らいかはタオルを首からかけたまま、どかりと畳に直接座り込んだ。クロカの尻に敷かれた座布団は、どうやら来客専用ということらしい。

 

 床に直置きされたちゃぶ台を挟んで、二人は向かい合う。

 

「怪人だ」

 

 らいかは言葉少なに言った。

 

 怪人。

 怪しき、人。

 

 あるいは、()()()()()()()()()()()

 

「人類の内側に入り込んだ、人類の敵さ」

 

 彼女は言う。

 それがいつから人類に混ざり込んだのか、それははっきりとはわからない。ただ一つわかるのは、それら怪人は、人間とは異なる姿形、そして能力を持ち――それを()()()()()()()()()()ということのみ。

 

「そして私は、そんな怪人を退治することを生業にしている」

 

 彼女は言った。

 

「……何、正義のヒーロー気取りってわけ?」

「そんなつもりはない。純粋に、金目当てさ」

 

 給料がいいんだ、と彼女は肩をすくめて言った。

 

「……そんな仕事、なんであんたがやってんのよ。あんた、まだ学生でしょ」

「ま、需要と供給ってところかな」

 

 怪人を倒せる人材は希少で。

 彼女には、その能力があった。

 それだけの話だ。

 

「怪人の厄介な点は、人間に擬態するところでね」

 

 あるいは、人間がある日突然怪人に()()とも聞くが――いずれにせよ。

 それはどちらもそう変わらないことで。

 

「結局のところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこが、最も厄介な点である、と彼女は言う。

 

「お前が言った、怪人は人間である、というのも、まあ、間違いではない」

 

 怪人は。

 怪人としてその姿を表すまでは、ただの人間なのだ。

 

 だからこそ、事前に対処することはできない。それこそ、なんの罪も犯していない人間を、怪人かもしれないからと殺すことはできないのだ。

 

 ()()()()()()()()

 

「だからこそ、私みたいな人間が役に立つのさ」

 

 仮にも正義であらねばならない公権力ではなく、()()()()()()()()()が実働を担う。

 

 怪人退治の、後ろ暗い実情だった。

 

「……それが、あんたのバイトだった、ってわけ」

「ああ」

 

 彼女は言う。

 

 冷蔵庫から取り出した発泡酒の缶を当然のように開け、それをごぶごぶと喉に流し込んだ。

 

「……ああいう怪人ってのは、よくいるものなの?」

「ああ」

 

 彼女の問いに、らいかは軽く頷く。

 怪人は、人類に対しては間違いなく少数派閥だ。そうでもなければ、人類はとっくに怪人に殺され尽くしている。怪人の絶対数は少ない。少ないが――しかし。

 

 少なすぎるということもない。

 

「昔」

 

 らいかは言った。

 

「怪人に家族を殺されたことがある」

 

 その言葉に、クロカは息を詰まらせた。

 

「弟がいてな。可愛がっていた」

 

 でも、死んだ。

 

 怪人に殺されて。

 

 その肉体を、尊厳を、魂を、陵辱され尽くして――死んだ。

 

「それからだ」

 

 それから――六町らいかは、戦う者になった。

 

 たった一人で、己の弟を殺した怪人に立ち向かい――そして、復讐を成し遂げた。

 

「そういう意味で、私の戦いは、多分もう終わってる」

 

 だから、今。

 彼女が戦っているのは、ただの惰性だ。

 あるいは未練か。

 言葉はどちらでもいいけれど。

 

「私には、()()()()がもうないのさ」

 

 それこそ、残っているのは金のため、くらいのもので。

 

 とてもじゃないが、褒められるようなモチベーションだとは口が裂けても言えない。

 

 だからこそ。

 

「だからこそ、多分、これはいい機会なんだろうな」

 

 彼女は言って――吠巻黒歌を見据える。

 その両目で、射抜くように。

 

「クロカ」

「……何よ」

「私は今から、お前に酷いことをする」

 

 そんなことを突然宣告されて、クロカは思わず身を庇いかけたけれど、どうやらそういう意味ではないらしいとわかったのは、らいかの目がこれまでになく真剣だったからだ。

 

 いつよりも、澄んだ瞳で。

 彼女は冷たく、吠巻黒歌を見つめている。

 

「獅子堂熟々丸の死を覚えているか」

「……忘れるわけがないでしょ」

「では、獅子堂熟々丸の死に様は覚えているか?」

 

 それだって――忘れるはずはない。

 彼女の死体を最初に見つけたのは、他の誰でもない、クロカ自身なのだから。

 

 彼女の痛ましい死に様は、今も脳裏に深々と焼き付いている。

 

 吊り下げられた首と――喉元を掻きむしるような、両手。

 

 その惨憺たる死は、今も克明に思い出せて――だからこそ。

 

「まさか……」

 

 彼女は、その両目を見開いた。

 

「結論から言おう」

 

 六町らいかは、そんな彼女へと、真実を告げる。

 

「獅子堂熟々丸こと師鬣未熟は――()()()()()()()

 

 その言葉に。

 吠巻黒歌は――魂が抜けるような衝撃を受けた。

 

「そ――ん、な」

 

 そんな、ことは。

 ()()()()()()()()()()()

 

「警察は、自殺だ、って」

 

 彼女は、記憶を思い出す。

 あのアトリエに、獅子堂熟々丸以外の人間が入り込んでいた形跡はなかったという。それこそ、いつも入り浸っていたライカーズの面々がいた形跡は残り過ぎるほどに残っていたわけだが――しかし、例えば獅子堂熟々丸が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 現場の縄にも、吊り下げられていた死体にも、指紋は当人のものしか残っておらず、他の誰かに無理やり吊るされたという可能性は絶無であるとされていた。

 

 だからこそ、熟々丸が、誰かに殺されただなんて、そんなことはありえないはずだ。

 

 しかし。

 

「怪人には」

 

 そんな彼女の、()()()()弁論を嘲笑うように――六町らいかは、具現化した非現実を語る。

 

「人智を超えた特殊能力を発現させるものもいる」

 

 たとえば今日出会った、あの昆虫怪人なんかは、純粋に肉体のカタチと性能が、人間のそれから外れていたタイプだったけれど。

 

 しかし怪人の持つ異形性は、フィジカルのそれのみにとどまらない。

 

「私の弟は――()()()()()()()に殺された」

 

 その能力によって、怪人を自分の友人だと誤認して。

 

 なんの疑いもなく、家の中に招き入れ。

 

 そして――当たり前のように殺された。

 

「おかしいとは思わなかったか、クロカ」

 

 彼女は詰めるように言う。

 

「獅子堂熟々丸に、自殺するような理由はなかったはずだ」

 

 彼女は、むしろ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 らいかは言う。

 

「お前と真の意味で仲を深め、ライカーズでイラストレーターという新たな役割を担い、MVのヒットにも貢献した」

 

 死んだのは、次のMVのための絵を書き下ろしている最中で、それはまさに『これから』の時だった。

 

 そんな時に――自殺なんて、するはずがない。

 

 少なくとも六町らいかにはそう見えた。

 

「お前から見て、獅子堂熟々丸に自殺する理由はあったと思うか?」

 

 クロカは問われる。

 そんなもの――

 

()()()()()()()()()()

 

 彼女は。

 自殺なんて、絶対にしないはずだ。

 それは、彼女の死体を見た時、クロカが最初に思ったことだった。

 

「あいつは――殺されたの?」

 

 震える声で、クロカは問う。

 思い出すのは、彼女の首にかかる縄に、必死に伸ばされていた、手。

 

 掻きむしるようにして、必死に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは――見た通りの抵抗だったのか。

 彼女は、自ら死を選んだのではなく。

 押し付けられた死に、最後まで抗おうとしていたのか?

 

「――おそらくは」

 

 控えめな肯首に、クロカはガンと拳をテーブルに叩きつける。

 

「……私が」

 

 クロカがもう少し、早く辿り着いていれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 死を選んだのではなく、死を押し付けられた彼女を。

 救い上げることが、出来ていたのか?

 

「……私のせいだ」

 

 誰のせいでもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()、獅子堂熟々丸は、死んだ。

 

 一人――孤独に。

 

 縄に括られ、苦しんで――死んだ。

 

「……それは違う、クロカ」

 

 らいかは言う。

 

「誰のせいだ、というのならば」

 

 それは。

 それは――

 

「それは私のせいなんだ」

 

 らいかは苦々しく、そう言った。

 

「……どういう意味よ」

「私は」

 

 まるで罪を告解するように、らいかは言う。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、怪人という概念を指しての意味ではなく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その上で――それを見つけられなかった。

 被害が出るよりも先に、対処できなかった。

 だから――

 

「だから熟々丸が死んだのは、私のせいなんだ」

 

 その言葉に――クロカは思わず、彼女の胸ぐらを掴み上げた。

 

 ちゃぶ台をひっくり返して詰め寄り、その襟口を両手で掴み上げる。

 

「……すまない」

 

 らいかは目を伏せる。何をされても、当然だという思いがあった。けれど――

 

「……こっちこそごめん」

 

 クロカはそれ以上何もせずに、手を離した。

 

「……怒らないのか」

「怒ってるわよ」

 

 でもそれは――

 

「あんたにじゃないわ」

 

 彼女は言った。

 

「……そもそも、あんたが満足に怪人退治をできなくしてたのは、きっと私のせいもある」

 

 ライカーズとしての仕事に、六町らいかを巻き込みすぎていた。

 

 彼女は今更に反省をする。

 

 そんなことはない、とらいかは言おうとしたけれど、口を開くよりも前に、クロカはそれを手で制した。

 

「だから、これは私のせいでもあるし、あんたのせいでもある」

 

 そして、その上で、誰よりも。

 

「あいつを殺した怪人にこそ、責任がある」

 

 クロカは務めて冷静に言った。荒ぶり、狂いそうになる感情を、押さえつけて。

 

「だから、怒るとしたら、そいつによ」

 

 私の友達を殺してくれたそいつにこそ、私が怒る。

 

 彼女は吠えた。気高くも、その名の通りに、猛々しく。

 

「なら――クロカ」

 

 もし。

 もしもその犯人を見つけることができたなら――

 

「お前はどうする?」

 

 問われて、クロカは。

 

「多分」

 

 ぽつりぽつりと、語りだす。

 

「怪人ってやつにも、色々あるんでしょうね」

 

 あるいは、あの昆虫の怪人にだって。

 

 ()()()()()()()()()()()()があったんだろう。

 

 吠巻黒歌はそう思う。

 

 本の一瞬、会話とも言えない、零れ落ちた言葉を聞いただけだけれど――それでも。

 

 その背景に、想いを馳せてしまう。

 

 彼女は、そういう人格をしていた。

 だからこそ、きっと。

 

「熟々丸を殺した怪人ってやつにも、きっと何かがあったんでしょう」

 

 人を殺すに足る、何かが。

 人を殺さなければいけない、何かが。

 きっとあったのだろう。

 

「なら――見逃すか?」

 

 らいかの問いに――クロカは。

 

「決まってんでしょ」

 

 歯を食いしばって、言う。

 

「殺すわよ」

 

 吠巻黒歌は。

 

 そこにどんな理由があったのだとしても――獅子堂熟々丸を殺した相手を、きっと決して許せない。

 

 どんな悲劇が、その背後にあったのだとしても。

 

 どんな痛みが、その背景にあったのだとしても。

 

 決してそれを、許せはしない。

 

 見つけたならば。

 絶対に――その報いを受けさせてやる。

 

「――そうか」

 

 らいかは頷き、そして、クロカの瞳を見る。

 

「それなら、クロカ。お前、私を雇わないか」

 

 らいかは言った。

 

「……なんのために?」

「お前の友達を殺した怪人に、そのツケを支払わせるために」

「……あんたには、それができるって?」

 

 らいかは頷く。神妙に。あるいは起きる悲劇を防ぐことはできなかったとしても。

 それならばせめて、仇討ちを。

 

「仇討ち、ね」

 

 クロカはその言葉に、へん、と鼻を鳴らす。

 

「いいわ。その話、乗ったげる」

 

 彼女は言う。

 

「私が、あんたの――力を振るう理由になってやるわ」

 

 だから――あんたは。

 

「私の手足として、馬車馬のように働きなさい」

 

 吠巻黒歌は、らいかに命ずる。焼け付くような眼差しで、熱を込めて。

 

 その視線を受けて、だかららいかは、跪く。

 

「合点、承知」

 

 かくして、これより。もう一つの物語が始まる。

 

 少女たちの青春は、陰惨なる血によって穢され、それが故に、その罪は必ず償わなければならない。

 

 耀き青春を取り戻すため、少女たちは血に塗れる。

 

 これより幕を上げるのは、だから陰惨なる復讐譚だ。

 

 これよりは地獄。この物語の果てに救いはなく、だから彼女らの道行に、きっと光が差しはしない。

 

 それを前置きとして、第二の幕を開けるとしよう。

 

 ロック・マッチ・ライカーズ――B面。

 

 始まり、始まり。

 





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