2
「まずは、本当に現場には誰も入り込んでいなかったのか、を調査するべきだろう」
翌朝、六町らいかはそう言った。
本来なら。昨日の夜からでも、怪人探しを始めたかったのだけれど、流石に、夜も遅くになりすぎていた。
仕方なく、クロカはらいかの家にて泊まり、翌朝となる今日。
本格的な捜索を、始めることとなった。
「……そうね」
あの時。
熟々丸の死んでいたガレージには、鍵がかかっていた。シャッターも閉じっぱなしで、開閉した記録もなかった。
普通に考えるのならば、状況的には密室であり、外部からの介入はなかった――自殺だったと考えるのが自然となる情報だが――しかし。
あのガレージに限っては、むしろ逆になる。
ライカーズの面々には、基本的にあのガレージに鍵をかける習慣はなかったのだ。
特に、あの時は、獅子堂熟々丸直々に、クロカは呼び出されており、そんな状況で、彼女が自分から鍵をかけるはずがない。
あの鍵は――犯人によってかけられたのだ。
二人はガレージにやってきていた。あの日以降、そこに人が集まることはなくなっている。今もそこに人気はなく、鍵は、今日もかかったままだった。
「完全子に知らせなくていいのか?」
「怪人の話を?」
あれ以来、完全子は部屋に閉じこもっているらしい。火葬場で、あれほど感情を乱れさせていた彼女に、今、こんな話を持っていけば、間違いなく冷静ではいられなくしてしまうだろう。それは、クロカの望むところではなかった。
「他のメンツに、知らせるつもりはないわ」
危険を被るのは、自分一人で十分だ。そこまでは口に出さず、彼女は言葉を切った。
ガレージの中に入る。
中は暗い。電気をつければ、すぐにいつもの風景が浮かび上がってくる。死体の跡は、もう綺麗に片付けられているけれど、なぜだか少し、血の匂いがするような錯覚がした。
「指紋は出なかったんだったな?」
「ええ。指紋も靴の跡も、なにも。それが拭き取られた、なんてこともなかったらしいわ。少なくとも
それは確定している。とクロカは言う。
らいかは目を細めた。
「となると、犯人は
クロカは顎に手を置いた。
怪人としての姿で入り込んだ――か。
しかし――それにしては。
「現場が荒れてないわよね」
犯人は怪人としての姿を晒しておきながら、丁寧にドアを開け、中のものは何も壊さず、熟々丸だけを殺してひっそりと去っていった。
やっていることは、まるで暗殺者だ。
「……そこまでして、あいつを殺す意味、って何かしら」
通り魔的な犯行であるなら、もっと殺しやすい相手がいたはずだ。
確かに、入り口の鍵が空いていたなら侵入は容易かっただろうが、そもそも
それに――
「……鍵」
鍵が、閉まっていたのだ。
犯人は、
「……ねえ、あんたから見て、ここに怪人が入り込んだ痕跡、って、ある?」
「……少なくとも入り口付近には、見当たらない」
数多くの怪人を相手にしてきたらいかから見ても、怪人の痕跡を見つけることはできなかった。たとえば怪人は、昨日戦った昆虫型の怪人のように、鋭い爪や棘を持つもの、あるいは体表に獣のような体毛を持つものや、粘膜状の皮膚から粘液を分泌しするものなど、人間とは大きく異なる特徴を持つことが多い。
だからこそ、
クロカは彼女に背を向けたまま声をかける。
「……ねえ」
「なんだ?」
「精神を操る怪人がいる、って話だったけれど、それって、どのくらいの程度で相手を操れるものなの?」
クロカは問うた。
「……たとえば私の弟を狙った怪人の場合は、声を聞かせることで、
らいか自身、その能力を食らったからこそ、それはよく覚えている。
「なんというか、警戒心が無くなるんだ。ああ、こいつは友達だ、と。絶対に違うと分かっているのに、心が安心してしまう。安心して、気を許して、心を許して、委ねてしまう」
「……それ、どうやって倒したわけ?」
「怪人が操るのは、精神だけだった」
つまり、
どれほど大切な友人であろうとも――弟の仇であることを、彼女の頭は覚えていた。
だから、ケジメをつけさせた。
彼女の心は、それができる構造をしていた。
「なるほどね。つまり――精神を操る能力も、万能ってわけじゃないわけだ」
クロカはため息を吐く。
「そうだな。他にも、粘膜接触をすることで相手に強制的に愛情を抱かせる能力や、向かい合うことで自分と相手の痛みを共有させる能力、あるいは視線をキーとして幻覚を見せる能力なんかを相手にしたことはあるが、どれもこれも、なんでもできるというわけじゃあなかった」
怪人の異能にも法則性はあり、その力はあくまでも限定的だった。
「声を聞かせるとか粘膜接触とか、そういう、条件みたいなものは、必ずあるものなの?」
「少なくとも私が戦った相手はそうだったな」
いくら怪人といえど、完全な無条件で他者に干渉できるような力を持つものはいない。それができるのなら、人類はとっくに滅ぼされている。
「なら、さ」
クロカは問う。
「
それはどういう意味だろうか? 質問の意図を測りかねたらいかが、クロカへと問い直そうとして――
がちゃり、と。
ドアの開く音が、聞こえた。
「あら、鍵開いてらあ」
ヘラヘラとした、どこまでも軽い声色で、侵入者はそんな言葉を白々しく宣った。
「嫌だねえ、不用心でさあ。こんなんじゃ、入ってくれって言ってるようなもんだぜ」
背の低い男だった。
身長はせいぜいが百五十センチといったところだろうか? しかし、子供、というわけではない。年齢はおそらく、二十代前半だろう。初めたのであろう茶髪に、マーブル柄のウェリントン型メガネ。半袖の白シャツに、腰履きにした緑色のニッカボッカ。靴はサンダルで、素足でそれを履いていた。
「――何奴」
「クカカ、何奴、ね。時代掛かった言い回しじゃねぇかよ、
男は髪をかきあげながら言う。その瞳が、らいかを見つめて――笑う。
「俺様の名前は、
瞬間――男の体が
その頭頂から、二つの獣の耳が生え、その瞳が、黒々とした真珠のようなそれに変わる。
両腕の肘から下には、針のように鋭い銀色の毛が生え揃い、その先端の手指には、鋭い爪が並ぶ。最後に――腰のあたりから、鼠のような長いしっぽがするりと伸びた。
半人半獣。
変わり果てた男の姿を表現するのならば、それこそが相応しかった。
「なるほどな、犯人は現場に戻ってくる、というわけか」
探す手間が省けた。らいかは言って、獰猛に笑う。彼女は昨日と同じく、羽織に高下駄の戦衣装。争うに一切の不足はなし。
獣国は肩をすくめる。
「……ま、そういうことさ。あんたらにゃ悪いが、色々と嗅ぎ回られるのは困るんでね」
ここで死んでもらう――なんて、獣国の一方的な言葉に、クロカは歯をギシリと鳴らした。
「……あんたが、熟々丸を殺したの?」
「熟々丸?」
「あんたが殺した女の子よ」
「……ああ、なるほどね。差し詰め、あんたの友達だったってとこか」
獣国は後ろ頭をかいて、ため息をついた。
「そうだよ、俺殺した」
それを聞いた瞬間、クロカは自分の精神が沸騰するのを感じた。
「どうして――!」
反射的に、クロカは獣国に詰め寄ろうとする。それを諌めたのはらいかだった。
「クロカ、前に出るな」
腕を掴まれ、けれどクロカは止まらない。
「うっさい、あんたは黙ってろ!」
「……あんたさ、お友達の忠告には従った方がいいと思うぜ」
クロカは獣国を睨みつける。
「どの口で――!」
「逆にさ、どうしてだと思う?」
虚を突くように放たれた質問が、クロカの心に冷や水をかける。
「はぁ?」
「なんで怪人は人間を殺すと思う?」
獣国の眼差しは真剣だった。
「……知らないわよ、そんなの。本能なんじゃなくて?」
「本能ね。それは確かに、間違っちゃいないと思う。本質的なところで、怪人は人間を殺したがる」
けれど――
「それってのは、怪人が
男は言う。
「怪人は、ある日突然怪人としての衝動に襲われる。――それを怪人に
なぜかって言えば――
「怪人に
この社会に対して――この世界に対して、漠然と感じる
「な、あんた」
「……何よ」
「あんたさ、
ちなみに言うと。
「俺は、あるぜ」
彼は笑って言った。
「昔は、怪人として目覚める前は、毎日のように思っていた」
どうして俺は。
「世間で『当たり前』って言われてるようなことにさ、耐えられないんだ」
人と話を合わせることが、難しい。
他人の欠点を論って、見下す、下劣な言論を、冗談と呼んで笑い合う。そんな文化に辟易する。
自分を正義だと信じ込んで、一方的なポジショントークで他人を断罪しようとする、そんな風潮に耳を塞ぎたくなる。
テレビのニュースで犯罪を取り扱う時に、
犯罪を、当人だけの責任のように語ることが、本当に正しいのか?
周囲の環境が、心無い言葉が、下卑た冷笑が、犯人にその道を
人間は。
他人の痛みに、あまりにも無関心だ。
「昨日の夜、見ず知らずの怪人の命を助けてくれたあんたなら、わかってくれるんじゃないか」
己の醜さに、耐えかねて。
人を殺すしかなかったあの人に同情してくれた、あんたにならば。
縋るような眼差しに、クロカは――
「……怪人ってやつの境遇に、同情をしないと言えば、嘘になるわよ」
多分。
クロカも、きっと『そっち側』の人間だ。
怪人が、ある日突然
だが――それでも。
「私は――熟々丸を殺した相手を、許すことはできないわ」
そこにどんな理由があったとしても。
「あの時、あの虫野郎を見逃したのは、別に確固たる理屈があったわけじゃない。単純に私が、らいかが人を殺すところを見たくなかったからよ」
だから――
「あんたのことは、私がこの手で直々にトドメを刺して、ぶっ殺してやるわ」
それで、おあいこよ。
へん、と。
彼女は鼻を強く鳴らした。
「……そうか」
そうだよなあ、なんて、どこか寂しげに呟いて――彼は。
「それじゃあ悪いけど――あんたら二人とも、死んでくれ」
言った――瞬間。
部屋の奥で――がたりと。何かが倒れる音がする。
それは。
その口が、開いて。
しゅうしゅうと、ガスが漏れている。
その側には――数匹の鼠が這い回っていた。
「俺の怪人としての能力は、
お世辞にも強力な能力とは言えないが――
「しかし、馬鹿と鋏も使いよう、だ」
聞いてるぜ――
「あんた、『ガンマン』なんだってな」
六町らいかへと、不敵に笑いかける。
「私も有名になったものだ」
らいかは肩を竦めて言う。もちろん冗談だ。おそらくは、あの昆虫型の怪人との戦いの時、どこから聞き耳を立てられていたのだろう。
「銃を使えば、ガスに引火する。あんた自身も、後ろのお友達も、まとめてドカンだ」
だからこそ――あんたはもう、銃を使うことは出来ない。
「悪いが、嬲り殺しになってもらうぜ」
言いながら、彼はポケットから手を引き抜いた。そこには、一本のナイフが握られている。
刃渡はせいぜいが十センチ程度といったところ。果物ナイフのような、チャチな作りだ。しかし――それは無手で相手をするには、あまりにも危険すぎる凶器。らいかは咄嗟に、クロカを背後に庇う。
獣国は順手に握ったそれを、先端を振りかざすように構えた。鋒が電球の明かりをぎらりと跳ね返し、その凶暴性を知らしめる。
刹那の睨み合い。後――
「――シャアッ!」
威嚇するように乾性の叫びを上げて、獣国は飛びかかった。
「っ、らいか!」
思わず名を呼ぶ。クロカの声に――しかしらいかは。
「心配無用」
一言、呟き。
ダァ――――ン、と。
雷鳴が、鳴り響く。
見れば――天間獣国は、
「ぶっ――は……」
鼻から血を吹き流し、痛みに呻きながら、獣国は床に広がる。
爆発はなく。らいかの手には――ただ、
雷火の如き銃声は――
そう、らいかは眼前の怪人のその顔面を、拳によって
「っ、てめぇ――『ガンマン』じゃねぇのかよ!」
血の滴る鼻を片手で押さえながら、獣国は叫ぶ。
それに対し、らいかは不思議そうに言った。
「ああとも、私は『ガンマン』さ」
よく言うだろう――彼女は手をピストルの形にした。
「『拳』銃ってな」
私の拳は、銃並みさ――
冗談めかして言われた言葉に、獣国は奥歯を噛み締める。
違う。
絶対に違う。
拳銃というのは、そういう銃の種類を指す言葉であって、断じて
「そういうわけだ。私の銃は、火花を散らしはしなくてね」
お前の対策は、大失敗というわけだ。
たった今、身をもって思い知ったそれを改めて言葉で告げられて、獣国は冷や汗を流す。
拳一発で人間大の生き物を吹き飛ばすような規格外の拳士相手に、ナイフ一本で対抗するなど不可能に近い。それこそ、こちらが銃を使いたいくらいだ。
「チィッ!」
獣国は盛大に舌打ちをして、手中のナイフを投げつけた。それは当たり前のように拳で弾かれるが――その一瞬の時間が欲しかった。
「――鼠ども、襲えっ!」
うぞ、うぞ、
ガレージのどこに、それだけの鼠が潜んでいたというのだろう? 数十匹を超える鼠の大群が部屋の各所から這い出し、らいかたちを襲う。
「っ、き、気色悪い!」
身を掻き抱いて、クロカは悲鳴を上げる。
「気色悪いだけじゃあないぜぇ。鼠の牙ってのは、意外と鋭いんだよぉ!」
穴だらけのチーズになりな――なんて、その声に呼応するように一斉に飛びかかった鼠が、らいかの体を覆う。
が。
「微温い」
全身を鼠に集られたまま、らいかはその場で足を踏み込んだ。
発勁、という技術がある。
中国武術における基本にして奥義ともされる概念であり、その根幹は
運動によって発生するエネルギーを、体内にて自在に移動させ、望む場所にて発露させる。それこそが発勁の極意であり――たった今、らいかが活用した技術であった。
その踏み込みは――しかし雷鳴の如き音色を奏でることはなく。
代わりに――ぱん、と。
まるで風船が弾けるような高い音色が響き――らいかの体に集っていた鼠たちが
ぼとぼとと地面に落ちた鼠たちは、その尽くが意識を失い、目を回していた。
踏み込みによる運動エネルギー。それを発勁により
結果として、踏み込みによって本来発生したはずのエネルギーをその身に直撃させられた鼠たちはその肌から弾き飛ばされ、あまつさえその意識を失うほどの衝撃を受けることとなった。
自由の身になったらいかは――鋭い眼差しで、獣国を見つめる。
「さて、次はどうする?」
――次なんてねぇよ。
そう言えれば、どれほど良かっただろう。
獣国にとって、取れる手段は今のが最後だった。もうこれ以上は何もない。切り札も隠し札も、すでに切った後だった。
どうする、どうすればいい。
獣国は背筋に冷や汗を掻いた。
「そちらから来ないのなら、こちらから行かせてもらうぞ」
一歩。雷鳴の拳士が、その足を踏み出す。
ぞっとするような破滅の予感。獣国は己の死を覚悟して――
「もういいわ」
ため息と共に、クロカは肩を落とした。
「クロカ?」
「多分だけど――そいつ、
その言葉に、獣国はびくりと肩を跳ね上げさせる。
「こいつは――熟々丸を殺した犯人じゃない」
クロカは、冷めた目で獣国を見下していた。
「どういうことだ?」
「どういうことだも何もないでしょ。こいつの能力で、
天間獣国。
彼の怪人としての能力は――鼠を操ること。
断じて、人を操ることでは、ない。
クロカはらいかの背から出て、へたり込む獣国の眼前へ立つ。
「ねえ、あんた――なんで嘘をついたの?」
自分が熟々丸を殺した犯人だなんて――すぐバレる嘘を。
その言葉に――彼は、両手を上げた。
「降参だ」
全てを話す。
「だから――殺さないでくれ」
獣国は、跪いたまま腰を折り、頭と両手を地面につけた。
つまりは、土下座の姿勢。
二人の少女は軽く目を見合わせ――
「いいからとっとと話しなさい」
その頭を蹴っ飛ばした。
3
「何から話そうか。まずだけど――俺は、ここでジョシコーセーが死んだっつー事件には関わってない」
天間獣国は白状した。
彼はすでに、人間の姿に戻っている。今は申し訳程度に両手を縄で縛られて、椅子に座らされていた。
「じゃあ、なんでここに来たわけ?」
腕を組んでクロカが問えば、獣国はふ、と小さく笑う。
「それはあんたらと一緒だよ」
つまり――
「その事件の『犯人』を、探していたのさ」
事件の犯人――それは、つまり。
「怪人を、探していた」
自分と同じ怪人を――探していたのだ、と彼は言った。
「……なんのために?」
「匿うためだよ」
当たり前のことのように、獣国は言った。
「どうも、この辺りで新しい怪人が発生したっぽいってのは、わかってた情報だからな。そいつが、おたくらみたいな
ま、失敗しちまったけどな。
彼は言って、肩をすくめる。
「そのために、自分が熟々丸殺しの犯人だなんて言ってたわけ」
「ま、そーゆーこと。最悪あんたらを排除するのは無理でも、俺がうまく逃げられりゃ、新人くんの存在は隠せるんじゃねーかと思ってな」
結果は散々だったわけだが、と彼は肩をすくめる。
「……なんでそこまでして、庇おうと思ったわけ? 顔も名前も知らない相手でしょう」
クロカの疑問に、獣国は寂しげに微笑んだ。
「怪人ってのは、孤独だ」
その異形性ゆえに。
その異常性ゆえに。
怪人は決して、人と生きてはいけない。
「だからこそ、せめて、怪人同士でつるめたらな、なんて思ってんだがよ」
なかなか、うまく行かねーもんでな。
彼は言った。
「……ねえ、あんた」
「なんだい、おねーさん」
クロカは獣国に向けて、問いを投げかける。
「あんたさ、これまで人を殺したこと、ある?」
その問いに。獣国は。
「あるよ」
ある、と答えた。
「これまで、二人殺したことがある」
特に気負うこともなく、獣国はそれを答える。
「父親と、母親だ」
その答えに――クロカは。
「そう」
ただ、そう、と。
それだけを、答えた。
「らいか」
「なんだ?」
「こいつ、警察まで持ってって」
もう、全てに興味をなくしたように。クロカは言った。
「……俺のことを殺さないのかい」
それが気に入らないみたいに、獣国は言葉を投げかける。
「俺は人を殺してんだぜ」
「知らないわよ」
クロカは冷たく言った。突き放すように。あるいは、己の心を守るように。けれど――その甘えを、天間獣国は許さない。
「二人殺した俺を生かすのに、あんたのお友達を一人殺した誰かは殺すのか?」
その問いに――クロカは。
「そうよ」
頷く。
「復讐って、そういうもんでしょ」
正義でなく。
理屈でなく。
感情で行うのが、復讐だろう、と。
「そーかよ」
言われた獣国は、諦めたようにぶっきらぼうに答えた。
「じゃあさ、あんたに特別、スペシャルな情報をプレゼントしてやるぜ」
口ぶりとは裏腹に、その言葉はまるで親切とは程遠く紡がれた。
「基本的に、人間の精神を操作するような能力者ってのは、他人に対して、そう複雑な命令を出すことはできない」
たとえば、相手に自分を友人だ、と信じ込ませることはできても、
精神を操る能力は、決して万能ではない。
「――仮に、壁越しに人を自殺させるような力を持っている奴がいたとしても、
獣国のその言葉に、クロカは。
「そう」
と。
ただそれだけを、返事にした。
大方のところ、予想はついていたことだ。
確証が得られたという、それだけのこと。
「じゃーな、おねーさん。あんたとは多分、もう二度と会わねーだろうけど」
元気でな。
それが、吠巻黒歌と天間獣国の、最後の会話となった。
「……元気でなんて、いられるかっての」
らいかが獣国を連れて出た後。ガレージの中で一人、クロカはため息をつく。
そして――携帯電話を取り出した。
かける番号は、もはやどれでもよかった。数回のコールの後、ぷつりと、通話の繋がる音。彼女は小さく息を吸う。
「――もしもし?」
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