ロック・マッチ・ライカーズ!   作:忘旗かんばせ

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第四話 1

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『――はぁ? 描けない? 何言ってんのよ。()()()()()()()()()?』

 

 声を潜めて、けれども苛立つように囁かれたクロカの声が、頭の中でこだまする。

 

 覚めやらぬ昨日の記憶が頭を満たして、六町らいかは思わず懐を探ろうとしたが、またしてもドツボ。そこに煙管はないし、あってもいけないのだ。

 

 学校、である。

 

 六町らいか。これにて三日連続登校。

 それが天変地異の前触れの如くにクラスメイトたちに騒がれてしまうほどなのだから、普段の彼女がいかに不真面目な学生であるのかよくわかる。

 

 だが、そのような喧騒も今はらいかの耳には入らない。それは彼女の将来の、()()()()()()()()の賜物、というわけではなく、むしろその逆。

 

 ()()()()()()()()()()()()、周りの音が聞こえないのだ。

 

 ――()()()

 

 そう。あるいは自分にとって、訪れることが非日常にさえなりうるほどに、学校という場所に親しみがなくなってしまった不良少女であるところの六町らいかであるからして、すっかり頭の中から抜け落ちて久しかった概念であるのだけれど。

 

 学校には、部活がある。

 

 六町らいか。十七歳。花をも恥じらう女子高生。

 

 もはやその立場は彼女にとって本来の居場所ではなくなっているとさえ言えるけれど、だからと言って、捨て去ったというわけでもない。

 彼女なりに、女子高生らしく、青春を楽しもうという気持ちもまた、決してないわけではないのだ。

 

 特に――高校に上がってすぐの頃は、まだしも今に比べれば、溢れていたとさえ言っていい。

 元々の器の小ささは無視するとして。

 なみなみと。

 こんこんと。

 溢れかえって、結局は流れ落ちてしまったのかもしれないけれど。

 

 それでも、だからこそ。

 過去には、六町らいかにも、普通の女子高生らしく、部活動に精を出してみようか、なんて考えていた日々も、確かに一度はあったのだ。

 

 三日坊主で終わったとしても。

 その三日だけは本気だった。

 

 今の自分は――すでに忘れてしまっていても。

 六町らいかは、確かに美術部に参加していた。

 

「あああああああああ…………」

 

 珍しく。

 本当に珍しく。

 彼女は頭を抱えていた。

 二日酔いでもないというのに。

 

 六町らいか。美術部。

 とは言え――幽霊部員、だ。

 

 彼女に、絵の才能はなかった。

 いやもしかすれば、根気よく磨き続ければ、眠っていた才能を輝かせることも、決して不可能ではなかったかもしれない。いつの日か努力が実って、大輪の花を咲かせる未来も、決して絶無というわけではなかったのかもしれない。

 

 しかし、である。

 

 六町らいか。彼女は――飽き性なのだ。短気。奔放。根無草。自覚していて、それを改めるつもりがないタイプの。

 

 必然として、筆をとり、キャンバスにそれを触れさせて――一週間。

 

 ああ、これは私には無理だ、なんて、キッパリと諦めてしまうまでに、彼女がかけた時間だった。

 

 絵を、見るのは好きだ。描けるやつは尊敬する。だから自分もそれを描けるようになれば、何かが変わるかもしれない、なんて思いを淡く抱いて美術部に入ってみたものの、やはり。

 

 あるいは必然。

 

 彼女は挫折と名付けることさえも憚られるような、あっけない諦観と共に、筆を折ることさえもせず、中途半端に投げ出した。

 

「あああああああああ…………」

 

 その因果が巡り巡って――今、らいかの臓腑を抉り、彼女は苦悶の声をあげていた。

 

『ね。私、ファーストキスだったのよ』

 

 責め立てるようなクロカの声が、らいかの脳裏にこだまする。

 

『ちょっといいな、って。素敵だなって。思ってる人だっていたのよ、私ね』

 

 じくりじくりと、罪悪感がらいかの心を刺激する。あるいはそれをまだ感じられることだけは、一つ救いであるとも言える。

 

 そんなことは、被害者(クロカ)の知ったことではないだろうが。

 

『だけどね? どこかの誰かさんが、どうしようもなくお猿さんだったせいで、私の初めての青春は、始まる前に終わってしまったのよ』

 

 淡々と、冷静に。声を荒げず。

 

 真綿で首を絞めるように、罪を自覚させられる。

 

『責任、取ってくれるわよね?』

 

 ()()()()と。

 微笑まれて、らいかに逃げ場はなかった。

 

 なんとしても、クロカの願いを叶えなければいけない義務が、自分にはある。

 

 だが、しかし。

 六町らいかは、絵が描けないのだ。

 

「あああああああああ……」

 

 慟哭は止まず。

 その姿を見てクラスメイトの面々はすわこれが終末の喇叭かと戦々恐々しているのだけれど、当のらいかは知りもしないことである。

 

 ちなみに言えば。

 彼女がそうして唸りを上げる理由となった吠巻黒歌の方はといえば、本日、休み。

 

 理由は単純。

 あの後。

 ()()()()()()()()()()()、と。そんな事実誤認を前提に、これで新しいMVができるんだ、と。ライカーズもマイナーバンドから一気にメジャーへ駆け上がれるんだ、と。誰がどう見ても空回りであろうけれど、少なくとも当人たちにとっては舞い降りた希望に浮かれて、ライカーズのメンバーは、それはもうはしゃいだ。

 

 特に、括野完全子(ぱふぇこ)のはしゃぎようは凄まじかった。最終的には優勝してもいないのにビール掛けを決行し、らいか以外のほぼ全員から鉄拳制裁を受けるほどに。

 

 それに巻き込まれて――というより、神輿よろしく持ち上げられて、勝手に天へと祭り上げられるが如くに持ち上げられて、よかったよかったと騒がれて――クロカは浮かれた。

 

 浮かれに浮かれて――彼女はとうとう()()()()()

 おそらくは、人生初めて。

 

 結果として――今日。

 吠巻黒歌、撃沈。

 無断欠席――である。

 

 その理由を知っているらいかとしては、心苦しい限りであるのだけれど、しかしこうして臆面なく、自分が悩んでいるということを隠さずいられることだけはありがたかった。

 

 完全子に感謝したい。

 

 特に、自分もしこたまただ酒のご相伴に預かった身としては、あらゆる意味で。

 

「どうしよう……」

 

 猶予は一日、である。

 いくら初めての酒とはいえ、一日もあればアルコールは抜ける。

 明日には、クロカも登校するだろう。

 

 今日一日のうちに、どうにかして、らいかはライカーズのMVに使うイラスト、その都合をつけなければいけない。

 

 それも――それを自分が描いた、ということにして。

 

 なぜ、そのような工作が必要なのか。素直に人を連れてくる、ではダメなのか。

 

 無論、ダメなのだ。

 なぜって、もし仮に。

 あるいは一応なりとも籍を置いているという縁を利用して、美術部から誰かしら、協力者を呼び寄せたとするとしよう。

 

 そうすると、その人物は当然、ライカーズの面々と接することになる。

 

 彼女たちの曲のMVを作るのだ。そこできちんと意思共有ができていなければ、チグハグなものが出来上がってしまう。

 

 しかし――である。

 

 そうすると、問題が二つ浮かび上がる。

 

 一つは――吠巻黒歌。

 彼女の正体が、バレる。

 いくら別人のように変装したとて、らいかが気付いたのだ。よほど鈍感でない限りは、よく見れば、それが学友であることに気付いてしまうだろう。

 

 そして、もう一つ。

 らいかの年齢が、バレる。

 彼女は、ライカーズの面々の前で堂々と酒を飲んでいる。ついでに言えば、クロカも。それは彼女が二十二歳として扱われていたからであって――もしもそのヴェールが剥がれれば、それは立派な犯罪なのだ。

 

 それが明るみになることは――非常にまずい。

 

 だから後、彼女に残された手段としては、もはや完全な外部から人を雇う、くらいになるのだけれど――

 

「金が、ない……」

 

 その日暮らしの風来坊。宵越しの銭は持たぬだなんて、無頼漢を気取っていた過去の自分を、思い切り殴りつけてやりたい。

 

 人を雇えるほどの金は、今の彼女にはない。あるいは三途の川の渡賃くらいが、手元に残された全てと言える。

 

 八方塞がり。

 四面楚歌。

 二者択一でさえもない。

 

 いよいよ進退維谷まって、けれどらいかは顔を上げた。

 

「……修行だ」

 

 修行をするしかない。

 彼女はそう結論付けた。

 

 そう、かつてらいかは、自分には絵の才能はないと、一週間で筆を放り捨ててしまった。

 

 しかし。

 しかしである。

 

 六町らいか。自他共に認める、不真面目な女。

 

 夏休みの宿題は、最終日の期限を過ぎて、教師の怒りを買いまくってからやるタイプ。

 

 追い詰められなければ、本気を出せないのが六町らいかという女だ。

 

 ならば逆説、追い詰められた今ならば、限界を超えた本気が出せる。

 

 猶予がたった一日であっても、本気の本気で挑んでみれば、眠っていた自分の画才を、掘り起こすことが出来るかもしれない。

 

 そのような、取らぬ狸の皮算用をもとに作った空手形で投資を募るような、寝言は寝て言えと言われそうなほどの夢物語を、けれど現実にして見せると、らいかは爛々と闘志を燃やし、事情など何も知らぬクラスメイトを散々に怯えさせて――放課後。

 

 らいかは美術部の部室にやってきた。

 

 部室、というか、単純に美術室が、そのまま美術部の部室として使われているだけのことなのだけれど。

 

 ともかく。

 

 六町らいかはその扉を開けた。

 

「頼もう」

 

 なんてさながら道場破りのように現れたらいかだけれど、しかし同情して欲しいのは彼女の方だ。

 

 同情するなら画才をくれ。

 

 無理なら金でもいい。

 

 意味不明な強欲を胸に、彼女は堂々と美術室に踏み込んだ。

 

 部員たちは、驚愕に目を見開く。

 六町らいかが現れた。

 あるいはそれは、嵐のように。

 

 ごくりと生唾を飲み込む音がして、にわかに空気が張り詰めるけれど――しかし。

 

 あるいは、やはり。

 

 その時、一番驚いていたのは――何を隠そう、六町らいかその人だった。

 

 例によって例の如く、表情にこそ、出なかったけれど。

 

 遥か一年以上ぶりに、美術室に一歩踏み込み、そこで彼女は、固まった。

 

 一人の少女を目の当たりにして。

 

 視線の先。見つめられた少女の方は、そんならいかとはまるで真逆に、全てを表情に出していた。

 

 らいかと同じく、その場の誰よりも驚きに身を打ち震わせて、まるで死神と鉢合わせたかのような、絶望の表情をありありと浮かべ。

 

 片手には筆。もう片手にはプラスチックのパレット。制服の上からエプロンを下げて、長い髪は今は三つ編み。顔には眼鏡と、多大な冷や汗。昨日は――どちらもなかったもので。

 

 そのレンズの向こうに覗く瞳は、やはり昨日とは打って変わって、荒波に落とされた遭難者のように、ざっぱんざっぱんと狂ったように、泳ぐどころか溺れている。

 

 そんなふうに動揺に動揺を重ねて――けれどそれでもその端正な顔立ちばかりは、いかに揺れ動こうとも隠し切れるものではなく。

 

「――――熟々丸?」

 

 思わず。

 らいかが呼べば。

 

 彼女――獅子堂熟々丸は、音なくも『終わった』と目と顔色にて絶叫し、諦めたように乾いた笑みを儚く浮かべて、その手から絵筆を取り落とした。

 





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