十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十一話 乙骨転入 パンダ達に天誅

 

 拡張術式を習得してから、数日が経った。

 

 あの廃工場での戦闘を経て、俺は確かな手応えを得た。

 けど──現実はそう甘くねぇ。

 

 結局、俺の等級は据え置き。依然として、三級のままだ。

 

 推定"準一級"の呪霊を一人で祓って、それでこれ。

 ……まあ、十中八九、保守派のせいだろうな。

 

 別に、等級そのものには大した興味はねぇ。

 けど、「あの程度じゃ昇格させる価値もねぇ」って評価を下されたってのは、腹の虫が治まらねぇ。

 俺の価値を相当低く見積もっているらしい。

 

 そういや、数カ月後に京都の奴らと戦える機会があったな。

 

 ──そん時にでも、京都の奴ら半殺しにしてやろうかな。

 

 そう思いながら、古びた石畳の通学路を歩いていると、不意に背後から聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「何、物騒なこと言ってんだ」

 

 声の主は、パンダ。 

 振り返って、軽く手を上げて返す。

 

「おう、おはよう、パンダ」

 

「おはよう、じゃねぇよ。聞こえたぞ、さっきの『半殺し』ってセリフ」

 

 どうやら、俺の口がマーライオンになっていたらしい。

 

「いやな、京都校の奴らを半殺しにすりゃ、さすがに等級も上がるかと思ってな。まだ俺3級、眼中にねぇんだと、連中」

 

 皮肉交じりに言ってやると、パンダは呆れたように肩をすくめる。

 

「マジで物騒だな、お前……。まぁ、気持ちは分かるけど」

 

 今年の九月、姉妹校交流会があると教えてくれたのはパンダだ。

 んで、そこに来る京都校の学長は保守派の筆頭らしい。

 なら話は早い。

 

 ガチガチの保守の奴らに、実力ってやつを見せてやるには、京都の連中を叩きのめすのが一番だ。

 

「そういや、京都には加茂家の坊っちゃんがいるんだってな……御三家の威光に泥、塗ってやるか」

 

「また不穏なこと考えてるな?」

 

 からかうように笑うパンダに、肩をすくめて返す。

 そんな他愛のないやりとりをしていると──

 

「おはよう」

 

「しゃけ」

 

 声がして、真希と棘が合流してきた。

 

 四人そろって、いつもの通学路を歩く。

 左右は古い木々が立ち並び、石畳が静かに足音を返してくる。

 寺院の参道みてぇな道。

 

 京都っぽい通学路ってやつだ。ここ、東京だけど。

 通い慣れた道なのに、誰かが加わるだけで、雰囲気は少し違って感じる。

 

「そういや、聞いたか? 今日来る転校生」

 

 そう言ったパンダの声に、俺たちはなんとなく耳を傾ける。

 

「同級生4人をロッカーに詰め込んだらしいぜ」

 

「やるねぇ」

 

 口笛を吹いて、俺は煽るように笑う。

 

「殺したの?」

 

 真希の問いは、まるで「天気は?」くらいの温度感。

 

「ツナマヨ」

 

 棘が呟く。あれは多分、驚きか、関心か……まあ、ツナマヨの意味で全部済ませられるのが、棘の面白いとこだ。

 

「いや、重傷らしい」

 

 パンダの言葉に真希が鼻を鳴らす。

 

「ふぅん。ま、生意気ならシメるまでよ」

 

 初っ端で上下関係を分からせようとしてるんだろうな。

 そういや、俺も自己紹介時に同じことやったわ。

 

「おかか」

 

 その「おかか」は、やめとけって意味か?

 おにぎりの語彙だけでも、棘の言葉を理解できるようになってきたな。

 

 そうして話しながら歩いていると、教室が近づいてきた。

 今日はちょっとした変化が待っているらしい。

 

 ※ ※ ※ 

 

 全員で教室に入ると、思ったより早く先生は来た。

 

「転校生を紹介しやす!! テンション上げてみんな!!」

 

 五条先生がドアを開け、顔の前でダブルピース。テンション全開だ。

 けど、教室の空気は氷点下。

 

「上げてよ……」

 

 ひとり浮いてる五条先生が、ボソッと漏らす。

 そんな空気に釘を刺すように、真希が低く言った。

 

「随分尖ったやつらしいじゃん。そんなやつのために空気作りなんてごめんだね」

 

 椅子に足を組んで座りながら、真希はそっけなくそう言った。

 パンダと棘は、特に反応なし。あくまで静観。

 

 俺はというと、足を組んで椅子に腰かけ、机に肘を突いてスマホを弄っていた。

 さっき思いついたリリックのメモ。

 

 ──韻が甘い。あとで練り直しだな。

 

 そんな俺らの雰囲気に、五条先生が小さくため息をついた。

 

「ま、いっか。入っといでーー!」

 

 そう言って教室の外に向かって声をかける。

 

 次の瞬間だった。

 

 ドッ……と、空気が変わった。

 

 言葉では言い表せない、凄まじい"呪いの気配"が教室に押し寄せる。

 それは異物。明らかに俺たちの持つ呪力の質とは違う。

 

 真希の背筋がピンと伸びたのが見えた。

 パンダが微かに目を細め、棘は椅子から静かに腰を浮かせる。

 

 俺の手も自然とスマホから離れ、ポケットに入っていたマイクへと伸びていた。

 あの転入生の後ろに──強烈すぎる呪いの気配が、付きまとっていた。

 

 こいつは呪術師じゃねぇ。

 明らかに、"何か"に呪われてる。

 俺たちは、全員反射的に動き出していた。

 

 ※ ※ ※

 

 結局、あの転入生──乙骨憂太ってやつは、折本里香って呪いに取り憑かれてるって話だった。

 けど、なんつーか、ただの"取り憑かれてる"ってわけじゃねぇ気がしたんだよな。

 

 マイクを構えた瞬間、直感がビリッと走った。

 あれは……守ってた。確かに呪われてはいたけど、それでも"護るためにそこにある"ような呪いだった。

 守る偽、なんにせよ、何かしら理由があって一緒にいる。ま、ただの直感だが。

 

 真希が薙刀を突きつけて、パンダが拳を構えて、棘がネックウォーマーを指先で引き下げたあの瞬間、俺だけは微動だにしなかった。

 

 そして、案の定、折本里香に軽く小突かれて、真希たちは派手に吹っ飛ばされてたけどな。

 真希がたんこぶ擦りながら「早く言えや」って五条先生に噛みついてたのは、ちょっとだけ笑った。

 

 ──で、午後。

 

 俺とパンダは、呪術実習で福島県の旧中野鉱山社宅跡地に派遣された。

 戦後に閉山した炭鉱の集合社宅跡、数十棟のアパートが山中にひっそり並ぶ、忘れ去られた場所。

 

 不法投棄と心霊スポットとして知られてるらしく、夜な夜な肝試しに来た学生が行方不明になるって通報が続いてるって話。

 その正体が、ここ数週間で発生した呪霊の群れ。

 

 補助監督が人払いを済ませてくれてるおかげで、今この敷地には、俺たちしかいない。

 静けさが逆に耳を刺す。

 

「外なのに風通し悪ぃな、ここ」 

 

 俺がそう言うと、パンダが苦笑した。

 

「そりゃあ、昭和の団地だし。風も空気も呪いも籠るってわけ」

 

 確かに、社宅の古ぼけた鉄の階段は今にも崩れそうだし、窓ガラスにはヒビが入り、コンクリ壁にはカビと落書きの痕跡。

 なのに、空間には確かに"生きてる"気配があった。

 何かいるって雰囲気だ。

 

 そんな社宅地の外を歩きながら、呪霊を探す。

 俺はマイクを握りながら、自分の胸元をトントンと軽く叩いた。

 マイクから俺を通り、微弱な呪力の音がスピーカーから周囲に広がっていく。

 

「ん、玲、何やってんだ?」

 

 隣から首をかしげた声。パンダが振り返って、俺の動作を怪訝そうに見てる。

 

「呪力探知てきなもん」

 

 さらっと返すと、パンダは目を丸くした。

 

「はぁ、お前、そんな事できたのか!?」

 

 その反応がちょっと面白くて、口元が緩む。

 

「突発で試してるだけだ。まあ、やってみた感じ成功してるが」

 

 我ながら適当な説明だが、それが事実だ。

 実際、マイクからスピーカーへ通った音を、微弱な呪力の波に変えて放ってるだけの話。

 

「何なんだよ、そのセンス力……」

 

 パンダは呆れたように目を細める。

 そんな姿を視界の端に映しながら、もう一度、マイクを持った手で胸を軽く叩く。

 

 微かな波動がコンクリの壁を通過し、スピーカーから流れる。

 今のところ、隣にいるパンダ以外に引っかかるものはない。

 つまり、敵影なし。

 

「それ、どういう理屈でやってんだ?」

 

 パンダが腕を組みながら、ゆっくりと歩を止めて訊ねてきた。見れば、表情は困惑と関心の中間。……多分、八割が困惑。

 

「あー、なんつうか呪力の音波を流して、俺以外の呪力に反応したのをキャッチする、みたいな? ノリでやってるから理屈とか知らん」

 

「センスの化け物め……」

 

 そう言いながら、パンダはわざとらしく天を仰ぎ、肩を落とした。

 演技くせぇ動きに思わず吹きそうになる。……が、そこに確かに、羨望の色があった。

 

 そりゃ、俺だってわかってる。普通、こんなこと思いついて即実行なんて、できるもんじゃねぇ。

 まあ、それを出来るのが俺なんだが。

 ラッパーは日々、進化していくものよ。

 

「それで、どうだ。このあたりに居そうか?」

 

 パンダが気を取り直して前方を睨むように訊ねてくる。

 

「いや、今んとこ、パンダ以外の呪力を感じないな」

 

 俺は周囲をぐるりと見渡す。高く積まれた雑草、崩れかけの塀、無数の空き部屋、割れたガラス。……呪霊が出るには十分すぎるほど不気味な場所だが、肝心の反応は、なし。

 

「探知っつっても、半径十か二十メートルくらいだからなぁ。今の練度じゃ、あんま意味なさそうだ」

 

 口にしながらも、マイクをそっと見下ろした。

 拡張術式を使えるようになってから、歌唱呪法の応用が出来るようになり、俺の呪力を響かせるだけじゃなくこうして"聞く"ことにも、少しずつ使えるようになってきた。

 

 といっても、精度は低い。

 だが、少なくとも敵が近くにいるかどうかは、大雑把にはわかる。

 それだけでも、現場じゃ充分使えるツールだ。

 

 ──自分でも、こういう形で呪術が進化してくのは、ちょっと面白ぇって思ってる。

 

 まあ、やってみたものの俺は索敵には向かんな。

 

 爆音で呪霊をおびき寄せるようがよっぽど楽だ

 それに、今は匂いで索敵ができるパンダが居る。

 こんな、言葉を使わん応用は性に合わないからやめるとしよう。

 

 そう考えると、俺は歌唱呪法を発動を止めた。

 マイクは元の持ち手が黒い一色のダイナミックマイクに戻り、スピーカーは消える。

 スピーカーに絡みついていた蛇が、寂しそうに「シャァァッ……」と声を出していたように感じた。

 

「よし、面倒な索敵はパンダに任せた」

 

「なんだよ、索敵飽きたのか?」

 

「いちいち探すとか性に合わん。というか、もう外は良いだろ。そろそろ建物の中にでも入ろうぜ」

 

「だな、そうするか」

 

 そうして、瓦礫やゴミが散乱している集合住宅地跡地を歩き回り、索敵を続けること十分ほど。

 

「呪霊の発生源、わかるか?」

 

 俺の問いにパンダが前に出て、匂いを嗅ぐように鼻先を動かす。

 

「数は多いけど、強いのは一体だけだ。群れの中心にいる奴……どうやら、共食いで成り上がったクチらしい」

 

「ほぉ……」

 

「今も周りの呪霊を食ってるな、どんどん周囲の呪霊が減っていってる」

 

 それは興味深い。呪霊が共食いをして強くなるとは知らなかった。怨嗟の濃度が違えば、呪力にも濃淡が生まれる。

 それを取り込めれば、より強くなれるってことか?

 

「けど社宅跡って……そんなに人の負の感情、溜まるか?」

 

 ふと浮かんだ疑問をパンダにぶつけてみる。

 

「競争、格差、孤独、暴力……戦後の労働者たちの集合住宅なんて、呪いのサラダボウルだったんだろうよ」

 

「……なるほど。足の引っ張り合いが、呪いのスープを煮詰めたってワケか」

 

 俺は唇を歪めた。

 この腐った場所から生まれた呪霊が、何を象ってるのか──それを見るのが、少しだけ楽しみだ。

 

 そうして俺たちは、ゆっくりと社宅の奥へ進んでいった。

 しばらくして、不意にパンダがぽつりと口を開いた。

 

「玲、お前、憂太についてどう思うよ」

 

「……あぁ? 乙骨? あーなんだ、別に真希じゃねぇけど、ありゃあ、虐められて当然だな」

 

「なんでだ?」

 

 足音と足音の隙間に、静かに返される問い。

 俺はホルダーからマイクを取り出して、親指で軽く回しながら答える。

 

「自分に自信がねぇからだ」

 

 パンダが片眉を上げた。

 そんなパンダを尻目に話を続ける。

 

「俺等ラッパーはよ、自分に自信を持ってる。芯があって、折れねぇ軸がある。じゃなきゃ、リリックで"自分語り"なんてしねぇだろ」

 

「それ、偏見じゃね?」

 

「経験だよ」

 

 即答した。

 俺はマイクを回す手を止め、ふと通路脇から空を見上げる。

 

「もしあいつに"尖ったもの"か"真っ直ぐとしたもの"があるなら……少しは気に入るかもしれねぇな」

 

「それがなきゃ?」

 

「見込みなしだ」

 

「……見込みって、何のだ?」

 

「ラッパー」

 

「馬鹿か?」

 

 そんな他愛ない掛け合いをしながら、俺たちは廃墟の闇の奥へと進んでいった。

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