十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十二話 拡張術式:ラップスキル、仲間と共に、この声響かせる

 

 旧中野鉱山社宅跡──そのさらに奥。

 

 四階建てのアパート棟のひとつ、奥まった位置にある角部屋の一室。

 この部屋だけ他の異なり、何故か広い。

 

 特別な一室とかだったのだろうか。この鉱山の責任者の部屋とか。

 隠れながら様子をうかがうように、部屋の中を覗き見る。

 

 朽ちかけたベランダには黒い染みがこびりつき、割れた窓の向こうから、ぬるりとした気配が漏れていた。

 

「……あそこだな」

 

 パンダが小さく呟いた。濁った風が吹き抜ける。

 部屋の奥から濃い気配が滲み出てる。

 呪霊の姿はまだ見えない。

 

 コンクリ壁に開いたドアは、すでに外れて傾いてる。

 足元には焦げたような跡。人間のものとは思えない、奇怪な爪痕。

 

 俺はマイクを握り直し、口角をあげた。

 

「先、行くか?」

 

「おう」

 

 パンダが先頭にして部屋へ踏み入る。

 俺はその背中を追いながら、気配に意識を集中させた。

 

 いる。一体……いや、違う。

 群れてやがるな。

 

 中心に、二級クラスの強い塊がある。

 そのまわりを、ちっせえ呪いが数匹……護衛でもしてんのか、それとも、あの二級に喰われるのを待ってるのか。

 

 呪霊のが居るであろう部屋。

 壊れかけた木製の扉を、パンダが片手で押し開けた。

 

 ──とたんに、空気が変わった。

 

 視界の奥に、異様な"塊"がいた。

 異形。そうとしか言いようがねぇ。

 

 人型……じゃない。

 ヒトの顔を複数、無理やり繋ぎ合わせたみたいな、膨れ上がった肉塊。

 手足のようなものはあるが、全部で七本あった。

 

 一本一本の関節が異様に膨れ、爪のようなものが何本も伸びてる。

 顔の位置には歪な目玉が無数に埋まっていて、なぜかこっちを"睨んでる"気がする。

 

 そいつの全身から立ち上る呪力は、濁って、歪んで、重い。

 

「……おいおい」

 

 俺は無意識に笑ってた。

 

「ずいぶんと"まとも"じゃねぇな……共食い、納得だ」

 

 部屋の奥には、干からびたような3級、4級クラスの呪霊が転がってた。

 骨が落ちているのも見て取れた。あれはここに来た人間のものか。

 

 この社宅の記憶が、そのままこの呪霊を形成したんだろう。

 押し込められた集合住宅。逃げ場のない空間。

 

 監視、妬み、密告、暴力──誰かが誰かを蹴落として生き残った、そんな地獄の残滓。

 ここに住んでた人間のどす黒い"生き様"の末路か。

 

 ぬるり、と呪霊が身じろぎした。

 それだけで部屋が大きく軋み、パラパラと天井から砂埃に混じって石の欠片がいくつも落ちていくのが見えた。

 

「……やべぇな、これ」

 

 思わず漏れたのは本音だった。

 

 こっちはマイク一振りで爆音叩き込む戦法だってのに、この距離、この密度。

 このボロい建物。ここで下手に戦ったら、呪霊より先に建物が崩れる。

 

 ここ来る途中で見た様子から、鉄骨なんてとっくに腐食してる。

 コンクリもひび割れてるし、階段なんてところどころ朽ちていた。

 

 部屋の天井に頭を擦るような巨躯が、俺たちの方向へ蠢く。

 巨体が壁に押し当たり、ドンッと音が響く。それに伴い、部屋が更にきしむ。

 

「誘き出すぞ、あの図体ならスピードはないはずだ」

 

 俺の言葉にパンダが頷き、それと同時に後退した。

 

 ──と、その瞬間。

 

 天井に貼り付いていた3級呪霊の一体が、俺の頭上に向かって飛びかかってきた。

 

「っとォ!」

 

 避ける暇も惜しい。

 腰を落として、マイクのグリップを掴んだまま、そのまま柄のナックルガードで殴り飛ばす。

 

 ぐしゃ、と嫌な感触とともにそいつは壁にぶち当たり、そのままペシャッと潰れた。

 

「群れの連中、こっちにも来てる!」

 

 振り返れば、パンダも2体ほど小型の呪霊を殴り潰していた。

 

「早く外に出るぞ! まとめて吹き飛ばした方が早ぇ!」

 

 呪力で脚を強化しながら部屋から出ると、通路からそのまま外へ飛び降りようとした。

 

「玲! ここはだめだ! 呪霊が多すぎる!」

 

 通路の外側には大量の呪霊が、通行止めをするように浮かんでいた。

 まるで、こちらの脚を引っ張っているかのようだ。

 邪魔くさいこと、この上ない。

 

「だぁっ、くそ! 出待ちって、芸能人じゃねぇんだからよぉ!」

 

「言ってる場合か! とりあえず階段だ!」

 

 無駄口を叩きながらも、俺達は階段の方へ駆けた。

 四階から三階へと駆け降り、続けて二階へ降りようとした所、大量の呪霊が壁を作るように先を塞いでいた。

 

「おいおい、階段すら足止めかよ! ぶち抜い――」

 

「おいやめろ! お前の術式だと周りもぶっ壊れるだろうが!?」

 

 苛立ちが募り、術式で攻撃しようとするところをパンダに止められる。

 

「三階だったら落ちても無事だと思わねぇ!?」

 

「上からの瓦礫はどうするんだよ! つーかそのまま、あの呪霊が降ってくるだろ!?」

 

「ちきしょー! 覚えてやがれよぉ!」

 

「三下みたいなセリフ言えるほど、余裕があって羨ましいな!」

 

 そんな事を言っていると、ズゥン! という重い音と共に、あの巨体呪霊が四階から床をぶち抜いて落ちてきた。

 おまけに、ちょろちょろとした3級や4級の呪霊も追随してくる。

 

「ッたく、更に団体様かよ……!」

 

「シメた! 玲 今のであそこが空いた!」

 

 巨体呪霊が落下してきたことで、通路脇の壁が衝撃で崩れているのが見えた。

 

「よっしゃ! 飛ぶぞパンダ!」

 

 呪力を脚に込めて崩れた壁へ向かい、俺はそのまま通路の縁から外へ跳んだ。

 パンダもすぐ後ろを飛び、空中で体を回転させながら着地。

 

 落ちた先は、建物の裏側に広がる、割れたアスファルトの広場。

 昔はゴミ捨て場か何かだったんだろう。今は雑草と瓦礫のブレンド場となっている。

 

 俺は地面を滑りながら膝をつき、体勢を立て直すと、すぐさまマイクを握った。

 

「おらぁ、歌唱呪法発動だ!」

 

 背後で呪力が渦を巻く。紫と銀の波紋が広がり、スピーカーが出現した。

 黒く渦巻く呪力の奥から、円形のスピーカーがゆっくりと顔を出す。

 そのスピーカーに蛇がとぐろを巻き、目を光らせた。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 まるで何かが暴れているような轟音が耳に届く。

 

「パンダ、離れろ!」

 

 ドン! と地面が鳴った。

 

 巨体呪霊が、俺達の飛んできた場所から大量のコンクリ割って突っ込んできた。

 その図体の重みで、俺達が先程までいた建物の一角が崩れ始める。

 

 砂埃が舞い、ガラスが砕け、鉄骨が悲鳴を上げる。

 俺はとっさにスピーカーへ呪力を回した。

 

「ブリング・ザ・ビート!」

 

 同時にバスドラムの低音が大きく、唸りを上げる。

 

「間に合ったか──」

 

 飛んでくる瓦礫やガラス片を、スピーカーから放たれる音圧だけで吹き飛すことに成功した。

 俺はマイクを握り直し、スピーカーの前に立つ。

 

「こっからは、俺達のターンだな!」

 

 握ったマイクに、ぐっと力がこもる。スピーカーの蛇の目が妖しく光り、紫と銀の波紋が空間に広がった。

 俺は隣のパンダに目をやる。

 

「パンダ、前にラップの仕方は教えたが、即興で行けるか?」

 

「ああ、一応行けるぞ」

 

「んじゃあ、試したいことがあるから合わせてくれ」

 

「合わせろったって、何するのか分かんねーんだが」

 

「前半4小節歌え。そのあとに、俺が続けて4小節歌う」

 

「ほう、チームでラップをするってことか」

 

「そういうことだ。いくぞ」

 

「おうよ!」

 

 術式を解放する。背後のスピーカーが共鳴し、紫の呪力がうねりながら空間を包み込む。

 次の瞬間、俺はマイクをもう一本、生み出した。

 グリップには白黒の縞模様。それをパンダに投げ渡す。

 

「《ラップスキル・ラリー》──始めるぜ」

 

 BPMは110。スピーカーがうねりを上げ、鼓膜にじわりと響くビートが刻まれる。

 パンダが一歩前へ出る。でかい図体に似合わぬ軽快な動きで、マイクを構える。

 

『俺は 高専の 素敵な パンダ

なんだ お前も 食うのか 

刺さらんように 気をつけろぉ よな

ほら お次にくるのは 毒舌 ラッパー

 

 ノリのいいバースを俺に繋いでくる。バトンは、確かに受け取った。

 

『ラリーを受けた ンダからのパス

『ぶちかますラップ 上野直伝の バース

代わるがわる 紡ぎ合うぜ ライム

バイブス 上げてけ、響き合うLIFE

 

 俺たちの声が、呪力になって弾けた。

 

 ──ドンッ!!

 

 スピーカーから放たれたのは、まるで二重の音塊だった。

 パンダの呪力と俺の呪力、それぞれ異なる色をした音のエフェクトが螺旋状に絡まり、前方へと打ち出される。

 

 紫と白、重なる波が回転しながら突進する。

 轟音を纏い、地を這う音圧が廃墟の空間を削りながら、一直線に──

 

「──ぶち抜けッ!!」

 

 2級呪霊の中心を直撃した。

 その図体がぐらつく。一瞬遅れて、爆ぜるような爆音が轟いた。

 

 紫の波動が胴体をねじり裂き、白の圧力が肉塊を粉砕する。

 鈍重な叫びも虚しく、呪霊の身体が内側から炸裂した。

 腐った肉のような呪力の残滓が空中で弾け、あっという間に塵へと還っていく。

 

 スピーカーの蛇が、ゆっくりと牙を引っ込めた。

 残ったのは、瓦礫と吹き荒れる風の音だけだった。

 

「……威力、過剰だったな」

 

 放たれた呪力砲は、巨体呪霊の後方にある建物までエグリ抜いた。

 遠くで未だに社宅が轟音を立てて崩壊していく。

 俺とパンダは顔を見合わせると、お互いに頷きあう。

 

 ――呪霊がやったことにしよう、と。

 

 この雰囲気を変えようと、パンダは言葉を紡ぐ。

 

「おいおい、今のもしかして……拡張術式か?」

 

「そういや、使えるって言ってなかったか」

 

 とぼけながら俺が言うと、パンダの表情がぴくりと引きつる。

 

「お前、いつのまに……」

 

「ここ最近使えるようになった。まだ不安定だけどな。今回はお前の呪力を借りる技、試してみた」

 

 そう言って俺はマイクの腰のホルダーにしまうと、スピーカーが静かに霧のように消え、風だけが残る。

 

 《ラップスキル・ラリー》は歌唱者の呪力の共鳴、呪力の合成を行う技だ。

 互いの周波数を合わせるみたいなノリ。そうして生まれた、合成呪力と言えるものを放つ。

 さらに、《ラリー》は一人では使えないという縛りを課しており、それによって威力増強を行っている。

 

 あと、異なる呪力同士を合わせたから、他に変な現象が起きているかもしれない。

 あれは、明らかに縛りだけで上昇させた威力じゃなかった。

 

 多分、なんかバグってる。

 

 ──単体じゃ使えない、けど合わせたら最強。そんな技だ。

 

「……なぁ、パンダ」

 

「ん?」

 

「バレたら、一緒に怒られような」

 

「何言ってんだ? やったのは呪霊だろ? あの巨体呪霊が暴れまわったからこうなったんだ」

 

「そうだよな! 怒られるとか、意味わかんねぇよな! 俺達はただ、呪霊を倒しただけだし!」

 

 二人して笑いながら、俺たちは瓦礫の上を歩いた。

 どこまでも続く砂埃と、響き渡る崩壊音を背にしながら。

 

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