十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十三話 乙骨と任務、呪いの女王 宿すこいつは呪いのキング

 

 校舎の外、湿気を帯びた夏の空気がアスファルトの匂いを濃くしていた。

 自販機の前で、俺は缶ジュースを片手に壁に背を預けて立っている。

 青と白の自販機が低く唸る音だけが、耳にうるさいくらいに響いていた。

 

「んー、まだ拡張術式、色々ある気がするんだよなぁ」

 

 小さく独りごちて、缶を軽く振る。中身はもう残っていない。

 ぬるくなった炭酸の甘さが、喉の奥に残っていた。

 思考は、自然と手札の整理へと移る。

 

 今のところ使える《ラップスキル》は四つ。

 《クリティカル》──呪力を通常よりも多く消費する代わりに、数倍の威力を引き出す単発火力特化。

 《ラリー》──協力者と共にラップを刻み、互いの呪力を共鳴・合成して放つ。タイマン向きじゃねぇが、組めば強い。

 《プリズン》──呪力の特性を重さに変えて、動きを止める拘束技。文字通り、踏み込んできた奴をその場で“刑務所送り”だ。

 《メディケーション》──反転術式。回復手段。たぶん、他人にも使える。試してねぇけど。

 

 ……まあ、今はこの四つってだけで、もっとある気はしてんだよな。

 直感ってやつだ。呪術ってのは、理屈とノリで出来てる。で、俺はノリの側。

 そのうち「これだ」って閃く時が来る。多分、またラップを吐いてる最中にでも――。

 

 ――と、そんなことを考えてると、校舎の方から足音が聞こえてきた。

 

「ごめん、阿比留(あびる)君! 待たせたよね!?」

 

 目の前に現れた乙骨は、額にうっすら汗を浮かべていて、焦ったように駆け寄ってくる。

 声の調子も、目線の動かし方も俺の見た目をちょっと警戒してるのがわかる。

 まあ、俺の第一印象ってのは大体そんなもんだ。

 

「よう、乙骨。別に待っちゃいねぇよ、俺が早く来ただけだ」

 

 口元を緩めながら、飲み終えた缶をひょいとゴミ箱へ放る。

 ──ガコンッ。

 小気味よい音と共に、缶はぴたりと収まった。

 

「それなら良かったよ。ええっと、今日はよろしくね」

 

「ああ」

 

 軽く頷くだけに留める。よろしくされるほどの関係じゃない。

 それは、見極めてからだ。

 

「そういや、棘との任務どうだったよ?」

 

「狗巻君との任務? どうって……えっと?」

 

 俺の問いに、乙骨は戸惑ったように眉を下げ、指先で手の甲を擦ったり、無意識に竹刀袋を握ったりたりしている。

 口の動きだけが空回りしてる。言葉を探してるが、脳が追いついてねぇって感じだ。

 

「呪言について、よく知ることが出来たかって意味だ」

 

「あっ、うん、狗巻君とは一緒に呪霊も祓ったし、よく知ることが出来たと思うよ!」

 

 顔をぱっと明るくして、乙骨が答える。その目に嘘はなさそうだった。

 俺は軽く鼻を鳴らす。

 

「んで、今回は俺の祓い方や術式ってことだろ?」

 

「うん、五条先生からそう聞いてるよ」

 

 そのまま、乙骨は何かを訊ねようと口を開くが、俺はそれを遮った。

 

「とりま、後のことは現地に着いてから話そうぜ」

 

 俺はその言葉を遮るように言い、親指で自販機の裏手を指した。

 すでに、補助監督がこっちに歩いてきていた。

 車の準備ができたらしい。

 

「あっ、そ、そうだよね!」

 

 乙骨が慌てて頷き、俺のあとに続いた。

 高専の外に俺たちは並んで、後部座席に乗り込む。

 

 扉が閉まり、視界がトーンダウンした車内。

 エンジンが低く唸り、じわりと動き出した車に揺られながら車は高専を出発した。

 

 ※ ※ ※

 

 運転席には補助監督、俺と乙骨は後部座席。

 エンジン音とたまにウインカーが鳴る音だけが、車内にリズムを刻んでいた。

 

 助手席に置かれた分厚いファイルを一瞥して、補助監督が口を開いた。

 

「今回の任務内容だが……場所は、市内の文化ホールだ。数日前、"窓"からの通報が入った。舞台袖で数体の呪霊が視認できたとの報告だ」

 

 窓――呪術高専に所属する、呪いを"視る"ことができるだけの非術師。

 呪霊はあちこちに居るため、呪術師の仕事にはこういう数による観測が必要になる。

 

「場所の性質としては、繰り返し人が集まり、記憶に残る感情が多く発生する空間だ。演劇、ダンス、コンサート……当然、失敗やトラブルの記憶もある。成功も、悔しさも、喪失も──」

 

 なるほど。学校や病院と並んで、負の感情の受け皿になるには十分な条件だ。

 誰かの後悔が重なって、そこに呪霊が湧いたってワケか。

 

「確認された呪霊の数は、3級相当が3体。これ以上は居ると思ってくれ。人払いは既に済ませてある。祓い終わり次第、連絡をくれ。施設自体は明日から通常通り使用する予定だ。くれぐれも、破壊しないように」

 

 一呼吸おいて、補助監督は言葉を続けた。

 

「特に阿比留(あびる)3級術師」

 

 ……わざわざ俺だけに念を押された。

 

「チッ……反省してまーす」

 

 視線を窓の外に向け、舌打ちを鳴らす。

 

「えっ? 阿比留君、なにかしたの?」

 

「あー……建物を数棟ぶち壊した」

 

「ええっ!?」

 

「既に廃棄されて何十年も経ってたやつだ! むしろ解体費用が浮いたと思ってほしいね!」

 

 前回パンダと一緒に行った旧鉱山社宅跡地の任務で、社宅を軒並みぶち壊したのがバレて、夜蛾学長にバチクソに怒られた。

 

 あれはパンダと一緒に壊したようなもんだが、まあ俺の術式だし、俺の責任だ。

 あいつを巻き込むのは悪いと思い、俺が単独でやらかしたってことにして通した。

 おかげで、今回の任務では"破壊するなよ枠"に完全に指定されてる。クソが。

 

 そのためか、今回は基本的に乙骨のサポート役。

 ──実質、同行してるがメインアタッカーは乙骨ってわけだ。これもまあ、たまには悪くないか。

 

 そんなことを考えていると、窓の外の景色が都市部から少しずつ文化施設の多いエリアに変わっていく。

 数分後、目当てのホールに到着。重厚な造りの建物の前で、車は静かに止まった。

 

 補助監督が先に車を降りて、任務の最終確認を行う。

 周囲には数人の補助監督がすでに到着しており、周囲の監視、行動規制や野次馬への説明を行っていた。

 

 そうして補助監督によって帳が張られ、俺と乙骨は文化ホールへと足を踏み入れた。

 建物の中はまだ照明が残っていたが、人の気配は一切ない。無音。無人。無感情──いや、違う。

 重たく滞留する気配が、舞台の奥から伝わってくる。

 

 足音を忍ばせてホールの入口を進みながら、乙骨がぽつりと口を開いた。

 

「阿比留君の術式って、どんなものなの?」

 

 まあ、今日同行する意味を考えれば当然の質問か。

 

「俺の術式は、歌唱呪法。狗巻家の系譜にある術式らしい」

 

「へぇー……!」

 

 乙骨は素直に感心したような声を上げた。

 

「歌唱呪法は歌に呪力を乗せて呪力自体に何らかの意味や効果、形を付与する術式だな……呪言の歌版だと思え」

 

「呪言は言葉を操って、歌唱呪法は呪力そのものを操るんだね」

 

「まあ、そんな認識でいいんじゃね? んで、歌唱呪法は呪言とは違い、普通に言葉を口にできる。言葉自体には呪いは乗らねぇわけだ」

 

 俺の言葉を聞いて、乙骨はそういえばと思い至る。

 

「あっ、そういえば普通に会話できてるね」

 

「だろ? まあその分、歌唱呪法は呪言よりも自由度が高い代わりに、呪力操作の難易度が跳ね上がる。そのくせ、呪言と同じく喉への反動もある……らしい。俺は経験してねぇが」

 

「えっ、それって、どういう……」

 

「さあ、知らね? もしかしたら歌の失敗でもしたら反動来るんじゃね? まあ、俺はラップでトチったことねぇから知らねぇが」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「ともかく、歌唱呪法ってのは、まともに運用する方がおかしいってくらいクセが強ぇ。だから俺は、歌をラップに限定する縛りを用いて術式を使ってる」

 

「そんな難しい術式、よく使いこなせるね」

 

 乙骨が素直なトーンで言ってくる。言葉だけじゃなく、目もそう言ってた。

 俺のこと、チャラそうだとか見た目で判断してたくせに、今は明らかに目つきが変わってる。

 

「……五条先生が言ってたよ。阿比留君は、術式の使い方が特に上手いって」

 

「ああ?」

 

 俺は足を止め、乙骨の方を振り返った。

 

「拡張術式については教えてねぇけど……まさかバレてんのか、アイツの目で」

 

 そうじゃなきゃ、術式の使い方云々は言わねぇと思うが……。

 五条先生のあの眼――六眼、呪力の性質から操作の癖まで、すべて"見えてる"って話だからな。

 俺が術式を隠してたつもりでも、見抜いてたってわけか。

 

 再戦に備えていたってのによ。

 

 案外、俺の基本的な術式の使い方を見てってこともあり得るな。

 拡張術式を得てから、呪力操作も出力とかもろもろ向上したし。

 

 まあ、いい。

 今は目の前の任務のことだ、と気を取り直して口を開いた。

 

「乙骨、今日の任務ちゃんと見てろよ。ラップってのは、ただの音楽じゃねぇ。呪いも、祓いも、言葉に宿る」

 

 ふっと笑い、俺は舞台の奥へと足を向けた。

 

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