十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十四話 文化ホールに 俺が通る

 

 静まり返った文化ホールの廊下を、俺たちは並んで歩いていた。

 照明は落とされ、外の光も帳によって遮られている。

 薄暗い空間に俺と乙骨の足音だけが、カツッ、コツッと床に残っては消えていく。

 

「そういえば術式でラップを歌うってことは、歌詞とか考えてきているの?」

 

 乙骨が不意に口を開いた。真面目なトーンだったが、どこか興味津々な色も混じっている。

 

「いや、基本即興だな。まあ、毎日リリック――歌詞を考えてメモっちゃいるが、基本はその時のノリだな」

 

 俺が肩をすくめると、乙骨は「へぇ~」と素直に感心したように頷いた。

 

「やっぱりラップを上手くなるには日々の練習が必要なの?」

 

「そうだな。乙骨も毎日体動かして、呪術師として鍛錬を積んでるだろ? そういう日々の積み重ねが、何事も重要なんだよ」

 

「……うん、なるほど。勉強になるなぁ、なんか」

 

 乙骨はまっすぐ俺を見ながら、ぽつりと呟く。

 その目が思いの外キラキラしてて、素直に何でも吸収しようとしてるのが分かる。

 そういうの、ちょっと眩しい。

 

「……真面目に語っちまったな。恥ずいから忘れてくれ」

 

 ごまかすように笑いながらそう言うと、目の前に目的地の扉が現れた。

 

「この先だな」

 

 両開きの扉に手をかけ、そっと押し開ける。

 ギィ……と軋む音がホールに響いた。

 

 中にはずらりと椅子が並び、ステージには舞台照明が当てられている。

 演者も観客もいない、無音の大ホール。

 だが、そこに漂う空気は、妙にざらついていた。

 ……いた。座席の影に黒い影が数体うごめいている。

 

「阿比留君、これ……」

 

「ああ、報告以上いるな。この分じゃあ、等級まで間違えているかもな」

 

 舌打ちを飲み込む。三体だと? 笑わせるな。見えてるだけで十体はくだらねぇ。

 まあ、3級が群れても雑魚には変わりねぇが──情報はちゃんと出せや、窓。

 

「んじゃあ、ぼちぼち祓うとするか」

 

 腰からマイクを取り出し、術式を発動。

 マイクのグリップに這う蛇が淡く光り、背後では呪力の渦が巻き上がる。

 そこからスピーカーが出現し、鋭く睨むように蛇の目が輝いた。

 

「ブリング・ザ・ビート! よっしゃあ、一気に――ああ、今日はサポートだったわ」

 

 ノリノリで入ろうとした勢いが、一瞬でしぼんだ。

 そうだった、今日のメインは乙骨。俺はあくまで補佐役だ。

 

「それが、阿比留君の歌唱呪法?」

 

「そっ、普通のは知らんが、俺の歌唱呪法はこれだ」

 

「かっこいいね!」

 

「だろ? 分かってるな、乙骨」

 

 思わず口元が緩む。よし、気分も戻ってきた。

 

「おら、行って来い。サポートはしてやる」

 

 乙骨は刀を取り出し、迷いなく走り出す。

 そのまま、一体、また一体と呪霊を斬り伏せていった。やるじゃねぇか。

 

 俺はというと、スピーカーに呪力を流し込み、指向性を持たせて音圧の弾を撃ち出す。

 乙骨の視界に入らない位置の敵や、背後に回り込もうとするやつを的確に撃ち抜いていく。

 

 たまに俺に突っ込んでくるやつもいるが、そいつらは素手でぶっ飛ばす。

 ラップがメインでも、フィジカルだって舐めるなよ。

 

「雑魚ばっかだが、数が多いな。なぎ倒せれば楽なんだがなぁ……」

 

 だが──倒しても倒しても、呪霊の数が減らない。

 変だ。いくら雑魚とはいえ、さすがにおかしい。

 

「これはいくらなんでも多すぎねぇか? どうなってんだ?」

 

「阿比留君、これはいくらなんでもおかしいよね」

 

「だなぁ……よし、それなら俺の術式で一気に――」

 

「それはだめだって言われたよね!?」

 

「しゃあねぇ、じゃあ地道に調べるか」

 

「地道にってどうするの?」

 

「とりあえず、ぶん殴る!」

 

「ええっ、作戦無し!?」

 

「とりま、俺が声を掛けるまで戦闘を続けとけ」

 

「わ、分かったよ!」

 

 素直すぎだろ。戦闘中でも即行動に移すあたり、こいつもやっぱ只者じゃねぇな。

 俺は戦っている最中に感じていた違和感を確かめるべく、呪霊に直接対峙する。

 

 ああ、やっぱりこいつ――さっき倒したやつと動きが……。

 

 殴れるし、実体もある。だが、どうも動きに"味"がない。

 ただのなぞりにしか見えねぇ。

 

 俺は一旦攻撃をやめ、身をひねって回避に専念する。

 攻撃のリズムをずらしながら、観察するように動いた。

 

 やっぱり、動きがパターン化されてる。

 決まった動作。決まったリズム。あらかじめ録画されてたかのような動き。

 

 ──これは"リプレイ"だ。

 

 思いつくまま呪霊の攻撃をいなし、足払いで転ばせる。

 勢いのまま足で抑え込むと、その呪霊はバチンと音を立てて霧散した。

 

 もがく動きすらなかった……次の動きが用意されていなかったのか。

 違和感が確信に変わった。

 

「乙骨! ちょっと俺の方を見てろ!」

 

「えっ、うん分かった!」

 

 乙骨が戦いながらも視線を向けてくる。

 俺は同じように、もう一体を転ばせ拘束。

 

 そして──パッ、と掻き消える幻影。

 

「見てたな! こいつらは術式で作られた偽物だ!」

 

「もしかして……!」

 

「術者が別にいる!」

 

 そう叫んだときには、もう全身にアドレナリンが回っていた。

 さて、幻影の元を探すとするか。

 

 乙骨は刀を振るいながらも、わずかな隙間を縫って周囲の様子を確認していた。

 だが、索敵に特化した術式を持たない奴には、あの呪霊の気配は掴みづらいだろう。

 

 俺は、マイクを握った手で軽く胸を叩いた。

 

 微弱な呪力を乗せた音波が、鼓膜じゃなく"場"に向かって放たれる。

 スピーカーに届き、その音が波紋のように拡がって舞台全体に微細な共鳴を起こす。

 

 見えねぇ、けど──"そこ"に確かにいる。

 壇上の中央。見た目にはただの、何もないステージの床。

 

 けれど俺の音波は、あそこだけ跳ね返り方が違っていた。

 音が沈む。濁る。捻れて返ってくる。

 

 そこに――呪力がある。つまり、実体がある。

 察しがついた。こいつの術式は"映像"に関するもんだ。

 過去の舞台上の映像──演劇、コンサート、失敗、歓声、泣き声。

 そういった記録を繰り返し投影して、実体のある幻影を操作してやがる。

 

 あの3級呪霊の群れも、リプレイってわけか。

 動きが似通ってたのは、過去の映像をそのままなぞってたからだ。

 なら──今、あのステージに"何もない"ように見えるのも、背景の映像で自身を覆ってんだ。

 

 ……甘ぇな。

 

「そこだろ!」

 

 叫ぶと同時に、俺はスピーカーに呪力をぶち込んだ。

 次の瞬間、紫がかった銀の音圧が、炸裂音と共にステージ中央へと放たれる。

 弾丸のように直線を描いて飛び、空間の一点を叩きつけるように貫いた。

 

 空気が歪み、そこにあった"透明な存在"が弾かれるように後退する。

 仄かに呪霊の醜悪な輪郭が見えた。

 

「ちっ、やっぱり威力不足か」

 

 ぶっ飛ばしたが、倒せるには程遠い。

 術式を使っていることから準1級は確定。

 スピーカー単体で潰すには火力が足りねぇな。

 

 だが、効いたことには違いない。奴は、バレたことを悟ったらしい。

 すぐさま幻影の3級呪霊たちを全て掻き消す。無駄な呪力は使わないつもりか。

 

 そして──動いた。

 乙骨がこちらの攻撃に気づき、即座に壇上へと飛び込む。

 鋭い剣戟が呪霊に迫るが、それをヌルリとかわし、奴は舞台から客席エリアへと跳躍した。

 

 その瞬間だった。

 奴の体が複数に割れ、無数の分身が空間に出現する。

 全部、過去の自身の映像だ。動きも違う、振る舞いも違う、仮面の表情すら──まるで、同じ呪霊が時間軸をズラして同時に存在してるかのよう。

 

 くそ、分かりづれぇ。

 

 幻影とはいえ、それぞれが実体を持っているからタチが悪い。

 乙骨も防戦一方に回っていた。さすがの奴でも、これじゃ手が出しづらい。

 数的不利だ。これじゃあ、もはや実体のある分身だ。

 

「乙骨、そのままヘイト集めとけ!」

 

 俺が叫ぶと、乙骨は迷いなく返した。

 

「任せて!」

 

 ──信じやがった。迷いもせずに。

 こっちは何の作戦も伝えてねぇってのに。

 呪力の操作も術式の応用も、全部話してないってのに。

 

 なのに、疑わず──俺を信じて、背中を預けた。

 ……ガッツがある。だけじゃねぇ。

 

 あいつの中には、ちゃんと"芯"がある。

 ぶれねぇ何かを信じて躊躇わず走れる奴、特有の真っ直ぐさがある。

 

 まだ出会って間もねぇ。だけど、あいつの軸は本物だ。

 

「その信頼に、応えねぇとな」

 

 俺はボソリと呟いた。

 乙骨が席側で呪霊と応酬を続けている。

 その様子を背に、俺はゆっくりとステージへ上がる。

 

 スピーカーが俺の背後にせり上がるように出現し、低く唸るような重低音を響かせる。

 マイクを口元へと運び、呪力を流し込む。

 

 さあ、見せてやるよ──

 

「《ラップスキル・デリート》!」

 

 俺がマイクを構え叫ぶと同時に、背後のスピーカーが咆哮した。

 紫と銀の円形スピーカー。蛇の目がぎらりと光り、ホール全体にビートを刻み出す。

 

 BPMは130。俺の心拍と、世界のノイズを同期させるような速さ。

 ホールの空間が震え、空気が音で塗り替わっていく。

 

 客席に並ぶ幻影ども──映像のコピーでできた呪霊たちが、まるで困惑したようにざわついた。

 

 そこへ、俺のリリックが突き刺さる。

 

『いつまですがんだ 過去の栄光

成長グラフは 平行

当然 すぎる 失敗

呆然続きは 呆れるねぇ

 

 音の波に乗せて、俺の言葉が"意味"を持つ。

 舞台袖、客席、天井スピーカー……呪力を帯びた音圧が無数に放たれた。

 

『オーバーアクトの 下手クソアクション

雑音だらけだ 嘘のリアクション

舞台に立っても、不甲斐ないスタイル』

フェードアウトで ゲームアウト

 

 呪霊の呪力に合わせた"周波数"を纏い、無音に向かってホールを塗り替える。

 観客席にうじゃうじゃいた幻影の呪霊たちが、黒いノイズのようにパラパラと消え始めた。

 形が崩れ、音に呑まれ、やがて存在の輪郭ごと消えていく。

 

 音に支配される舞台。

 その中心に立つ俺と、その波を切り裂くように駆け抜ける──乙骨憂太。

 

 幻影が崩壊してできた隙間から、本体の呪霊がうっすらと姿を見せた。

 黒幕を羽織り、顔に何枚もの感情の仮面を重ねた、不気味なヤツ。

 怒り、悲しみ、失敗、絶望──そうした負の感情が集まった呪霊。

 

「やっちまえ!」

 

 俺が一言、そう囁いた瞬間──

 

 乙骨の刀が閃き、黒の羽織ごと腕を両断。

 呻き声をあげる間もなく、返しの一撃で胴を横一文字に裂いた。

 

 仮面が崩れ、羽織がはらりと舞う。

 音も光も奪われたみてぇに、呪霊は静かに崩れ落ちて消えた。

 

「乙骨──いや、憂太。いいガッツだったぜ」

 

 俺はマイクを下ろし、スピーカーがゆっくりと闇に溶けて消えていくのを見届けながら言った。

 憂太がこちらを向き、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「すごかったよ、阿比留君! あんな術式、初めて見た!」

 

 ガキみたいに素直なその笑顔が、少し眩しい。

 拳を突き出すと、憂太も笑いながら拳を合わせてくる。

 こいつとは、まだ何度でも並んで戦える気がした。

 

 任務を終え、俺たちはホールの中を歩いていた。

 照明はそのまま、でも客席には誰一人いない。

 沈黙の舞台。ほんの数分前まで、呪霊とノイズで溢れてたとは思えねぇほど静かだった。

 

「阿比留君だったら、あの呪霊をどうやって倒してたの?」

 

 唐突に憂太が訊いてきた。

 

「術式で周囲ごとぶっ飛ばす」

 

「壊しちゃだめって言われてたよ!?」

 

 さすがにマジトーンでツッコミが飛んできた。

 俺は肩をすくめて笑う。

 

「バレなきゃ無問題(もうまんたい)。逃れる器物損壊罪」

 

「阿比留君ってかなり、愉快な人なんだね……」

 

 憂太は苦笑いを浮かべる。

 たぶん、呆れてる。

 

 でも、ちょっとだけ笑ってるその顔を見て──俺もつられて笑っちまった。

 ま、愉快かどうかは置いといてこういう任務なら、また一緒にやってもいい。

 

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