十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十五話 東堂葵 堂々登場

 

 九月。夏の焼け残りみたいな熱気が、まだ少しグラウンドに残ってる。

 けど、空気は確実に変わってきた。

 ジメついた風じゃなくて、少し乾いた風が汗を拭ってくれるようになってきた。

 

 そんな中、俺とパンダは術式無しの組み手中だ。

 派手に呪力をぶつけ合うでもなく、あくまで基礎的な体術の練習。

 だが、それでも油断したら簡単にやられる。それが呪術高専。

 

 パンダの拳を横にそらし、空いた脇腹に一発カウンター。直後、足払い。

 バランスを崩したパンダが地面に崩れ落ちる前に、その顔の前に俺の拳をピタリと止めた。

 

「……うっし、俺の勝ち」

 

「ちきしょー! まだ呪術学んで四ヶ月のペーペーのはずだろ!」

 

 地面をバンバン叩きながら悔しがるパンダを見て、俺はニヤリと口角を上げた。

 

「それを言ったら憂太も三ヶ月で、術式無しで真希に勝ってたろ」

 

「この天才どもめ!」

 

 うるせぇなと肩を竦めながら、拳を胸に当ててラップっぽく返してやる。

 

「日々進化する最強のラッパー 残念、はなから格が違ったー!*1

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 パンダの唸り声をBGMに、汗を拭いて石階段に座る。喉が渇いた。

 ジュースの缶を開けてグビッと流し込みながら、パンダがぽつりと呟いた。

 

「そういやさ、今日って交流戦の件で京都から誰か来てるらしいぞ? 昨日、正道から聞いた」

 

「正道って……学長か。なら間違いねぇな。なんか、俺らに関係あったりするか」

 

 京都の奴らとは初対面だし、顔合わせとかあるかもなと考えながら、パンダに聞く。

 

「ないとは思うが、京都のバカ筆頭が絡んでこないかどうか……」

 

 その"バカ筆頭"ってのが誰か聞こうとした瞬間、背中にビリッと来るような気配を感じた。

 俺は缶を握ったまま、すぐに首だけ後ろに向けた。

 

 ──でかい。

 

 筋肉の塊みたいな男が、グラウンドの出入口に立っていた。

 ドレッドヘアに鋭い目つき。見たことねぇツラ。でかすぎて建物の柱と見間違うレベル。

 

「紫髪にピアス……お前、阿比留玲(あびるれい)だな! どんな女がタイプだ!」

 

 ……は?

 

「あ? なんだいきなり。てか、てめぇ誰だよ」

 

 思わず口が悪くなる。

 俺の一言に、パンダがうめくように声を漏らす。

 

「げっ、東堂……」

 

「知ってる奴?」

 

「……話してたバカ筆頭」

 

 なるほど、こいつか。

 男は満足そうに腕を組むと、胸を張って言い放った。

 

「俺は京都校二年、東堂葵。これでお友達だな。さあ答えろ。ああ、男でもいいぞ!」

 

 開幕からこのテンション。頭どうなってんだコイツ。

 

 ──つーか、京都にもゴリラがいたのか。

 

 いや、動物がいるのは東京もか。

 パンダいるし、真希もゴリラ枠だし。

 ……うん、あまりおかしなことでもないか。

 

「性癖にはそいつのすべてが反映される。女の趣味がつまらん奴は、そいつ自身もつまらん。俺は、つまらん男が大嫌いだ」

 

 イカレてんな。初対面で語る内容じゃねぇだろそれ。

 尖ってるやつは嫌いじゃねぇが、こういうのはちょっと違げぇな。

 東堂は体勢を低くし、まるでいつでも飛びかかれる体勢のまま、じりじりと詰めてくる。

 

「答えろ、どんな奴がタイプだ?」

 

「……んだこいつ。引くわ」

 

「イカレ対決で玲のやつが負けた……」

 

「うっせぇぞパンダ!」

 

 こっちもボケにツッコミ入れてる場合じゃねぇ。

 このまま無視しても余計面倒になりそうだし、とりあえず返してやるか。

 舌打ちひとつして、俺は腰のホルダーに手を伸ばす。

 

「あー、まあ……ノリが良い奴だな。強けりゃなお良し」

 

 ホルダーから黒いダイナミックマイクを抜き出し、構える。

 

「つまり、俺を楽しませてくれるなら誰でも大歓迎ってわけだ。てめぇはどうだ、京都ゴリラ……!」

 

 術式を発動する。

 背後に呪力の渦が巻き起こり、そこから円形スピーカーが出現。

 紫と銀のツートンに、蛇がとぐろを巻くような意匠。目が妖しく光り、威嚇するようにわずかに動く。

 

「東京ゴリラって俺と真希、どっちだ?」

 

 パンダがぼそっと呟いた。

 俺が言うのもアレだが、それ真希に聞かれたら殴られるぞ。

 

「ほう……知らない術式だな」

 

 スピーカーを見て、東堂が目を輝かせる。

 

「てめぇがモグリなだけだろ」

 

「いや、お前の術式が特殊すぎるんだって」

 

 パンダのツッコミを聞きながら、俺は目の前のバカデカいゴリラ──じゃなかった、東堂を睨み返す。

 

「……あと、俺はゴリラではない」

 

「お前はゴリラだ。俺がそう決めた」

 

「なんなんだ、こいつら……」

 

 パンダの溜め息交じりの呟きが空気に混ざる。

 そうして、にらみ合い。

 

 次の瞬間──動いたのは東堂だった。

 巨体が一直線に突っ込んでくる。正面から、躊躇なく。

 

「ブリング・ザ・ビート!」

 

 スピーカーに呪力を込め、音圧を撃ち放つ。

 

 空気が唸りをあげ、衝撃波が直線状に炸裂。

 真正面から受けた東堂は一瞬のけぞり、地面を引きずりながら後退する。

 

「まともに近寄らせてはくれないか」

 

 それでも止まらず、笑ってる。口角をぐいっと吊り上げて。

 

「……へっ、やる気みてぇだな。なら、俺も本気で"奏で"てやるよ」

 

 マイクを構える。

 ビートが鳴る。音が高まり、言葉が呪力を帯びる。

 

「棘ー! 真希! 憂太! 早く帰ってきてくれー!」

 

 そんな俺達の様子に、パンダが叫び声を上げる。

 だが、3人は任務中だからまだ帰ってこない。

 

 俺はマイクを構えて一歩前に踏み出した。

 

『いきなり突撃 京都ゴリラ

『お前は暴徒ゴミだ 雑魚はしりぞきな

『俺の名前は 阿比留玲

『お前の行動原理を 理解不明

 

『もしや、生まれ 体外受精

『イカレタ 様子に 俺は憂い

『覚えておきな、阿比留玲

『アンサー 聞かせろ rhyme say

 

 マイクに呪力が乗ると同時に、スピーカーが唸る。

 ラップに込めた言葉が、呪力に変換され、音波となって放たれる。

 空気を裂くような低音と、腹に響く重低音が混ざり合い、真っ向から突っ込んできた東堂にぶち当たった。

 

 まるで爆風だ。

 グラウンドの砂埃が舞い、近くの建物が大きく軋む。

 普通の奴なら、その場で吹っ飛んで壁にでも埋まってるはずだ。

 

 だが──

 

「良い一撃だったぞ!」

 

 東堂は呪力を全身に纏い、その場に踏みとどまっていた。

 衝撃を受けながらも、一歩も退かず、逆に満足げな笑みを浮かべてる。

 

「おら、アンサーだ。お前も自己紹介がてら、聞かせてみな」

 

 マイクを手元で回しながら挑発すると、東堂はニヤリと口を吊り上げた。

 

「ほう、相手にも効力を及ぼす縛りか……なるほど、面白い術式だ」

 

 スピーカーから放たれた呪力の中に、強制力を感じ取ったらしい。

 術式の縛りを嗅ぎ分ける嗅覚、バカにしてたけど……侮れねぇな。

 

「いいだろう、俺のことをよく知ってもらおうじゃないか!」

 

 東堂の声が、まるで会場のマイクを通して響くように鮮明に届く。

 ラップなんて興味ねぇタイプだと思ってたが──

 

『東堂葵 京都のジョーカー

『この言葉 届いてるんだろうか

『好きなタイプ この場で発射

タッパとケツがでかい

 

高身長アイドル 高田ちゃん

等身大バイブス 理想郷(アガルタ)

『握手 会は 欠かさない

『俺を語るなら、この娘は はずせない

 

 東堂が吠えると、俺の背後のスピーカーが再び震え始めた。

 そう──俺の術式には、縛りがある。

 言葉を力に変える、この歌唱呪法は相手のリリックにも反応する。

 

 放たれた言葉が、呪力に変換されていく。

 たとえ意味がイカれていても、心から吐いた言葉なら、それは力になる。

 東堂のラップが進むごとに、空気が唸る。スピーカーが震える。

 

 「高田ちゃん」の名が出た瞬間、音の奔流が東堂自身の周囲から、俺へ(・・)向けて炸裂した。

 低く、重く、しかし妙に優美な響き。

 まるで、推しアイドルに全呪力を捧げる信者の熱が、音圧になって弾けたかのようだった。

 

「くっ! 痛ってぇな!」

 

 呪力を全身に集め、耐久力を強化する。

 東堂によって放たれた呪力の音圧を受けながら、両足をしっかり地面につけて耐える。

 

 あいつが「理想郷《アガルタ》」と踏んだその時、地面がびりっと震えた。

 無数の小さな振動が波のように拡がる。

 幻の握手会が空間に浮かび上がるような、奇妙な残響が走る。

 呪力の音波があいつから放たれるが、全てを俺も耐えきった。

 

「くっくっくっ……いいねぇ!」

 

 これは、まぎれもなく、東堂葵という男の魂から生まれたリリックだ。

 バカみてぇな内容なのに、言葉に芯がある。

 くだらねぇのに、熱くて正直、痺れた。

 

 ――こいつ、ラップ上手ぇじゃねぇか!

 

 思わず、口角が上がる。頬の筋肉が緩むのを止められなかった。

 ふざけた内容なのに、語彙と熱量が突き抜けてて、俺のスピーカーがしっかり反応してやがる。

 

 呪力が音に変わり、音が意味を帯びる。

 「好き」を叫んだその一言へ、俺の術式が力を与える。

 ……皮肉なもんだな。あんなに意味不明なのに、システムとしては合格ってわけだ。

 

 だけど、俺は認める。

 この一発で、東堂って男の"核"が見えた気がした。

 

 しっかりビートに乗れて、発声もはっきりとしている。

 こいつ、見た目に合わず、頭の回転が早いタイプか。

 

「……良いリリックだったぜ」

 

 こういう癖が強いリリックは、審査員からも面白がってもらえる。

 バトルなら、1回目は俺の負けかもな。

 滾るぜ。すぐに、俺も返してやる。

 

「《ラップスキル・カウンターブロー》!」

 

 叫ぶと同時にマイクに呪力を込め直す。

 カウンター型のラップスキル。相手のワードを利用し、より強い韻で殴り返す。

 その起点となる1小節目を吐き出そうとした、まさにその時──

 

「待て!」

 

 割って入ったのは、パンダだった。

 

「これ以上はマジでやばいって! 周りの建物がぶっ壊れる! 交流戦前に壊し合うなバカども!」

 

 その声に、東堂が肩をすくめた。

 

「……フン、残念だな。もっとお前の言葉を聞いていたかった」

 

 呪力の熱を収め、スッと後ろへ引く。

 俺も同様にスピーカーを消し、マイクを腰のホルダーに戻す。

 

「阿比留玲か。交流会が楽しみだ」

 

 東堂はそれだけ言い残すと、ゆっくりとその場を後にした。

 

 ──背中に、圧がある。

 

 おそらく、またすぐに戦うことになる。その時は、真正面からぶつけてやる。

 ラップで、拳で、呪力で、魂で。

 

「交流会か……面白くなってきたじゃねぇか」

 

 缶ジュースをもう一度ひと口。ぬるくなった炭酸が、喉を焼いた。

 

*1
【ラップバトル】MCトウヤVS葛葉のライム

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