9月。日差しはまだ強いが、風には夏の終わりが漂っていた。
ここは呪術高専、東京校のグラウンド。
その中央に、6人の術師たちが集まっていた。
姉妹校交流会に向けた顔合わせ──京都校との対抗戦のために、東京校の代表が選抜された。
……のだが。
「な・ぜ・か・人数不足だそうなので、俺も人数合わせで入ることになりました~」
そう軽口を叩いて手を挙げたのは、俺──阿比留 玲。
本来、俺は交流戦に出る予定なんてなかった。
東京校の交流戦メンバーは6人──3年が3人、2年が2人、そして数合わせとして1年の憂太。
ちゃんと、定員は埋まっていた。
だが──その数日前、事件が起きた。
事の発端は、グラウンドでの術式訓練中だった。
他の連中は任務で外していて、俺は一人、拡張術式の練習に打ち込んでいた。
そこへ、3年の一人がのこのこやってきて、いきなり俺に難癖をつけてきたんだ。
どうやら、今の今までろくに挨拶がなかったことが気に入らなかったらしい。
いろいろ言ってたが、要は「先輩なんだから敬え」ってこと。
つまりは、上下関係を叩き込みに来たってわけだ。
で、まあ。
見るからにそこまで強そうでもなかったし、軽く煽ってやることにした。
こっちはラッパーだ、口で勝負するのが流儀ってもんだろ。
もちろん、その時は術式は使ってねぇ。素のリリックで応戦だ。
『誇れるの 等級だけ 準1級?』
『だが眼中にないんだよ、所詮は三流』
『上下関係、そんなに大事?』
『ライミングで魅せる 韻のラビリンス』
……とかなんとか、火種にしてやったら、
3年は案の定、顔真っ赤にして俺に殴りかかってきた。
それならそれで、とことんやってやろうと思ったが──
相手、術式まで使ってきてな。
だから俺も、ちょうど練習してた拡張術式をそのままぶち込んでやった。
結果は、まあ……ご想像の通りってやつだ。
精神をやられたらしくて、そいつはいまだに療養中。
肉体は無傷。反転術式でも直せない、ガチの"心の傷"ってやつ。
プライドだけ強い雑魚に、現実を叩きつけちまった。
──というわけで。
予定外の人数不足が発生し、俺は交流戦の人数合わせとして、しれっとメンバーに追加された……ってわけさ。
「3年は骨がねぇなぁ……2年のあんたらはどうよ」
ちょいと煽り気味にそう言えば、隣の乙骨が焦ったように俺の腕を引っ張る。
「ちょ、阿比留君!? 喧嘩腰すぎるよ!?」
憂太は相変わらず真っ直ぐで、気遣いができて、こういう空気にも敏感だ。
この中で一番強いだろうに、もっと胸を張ってもいいと思うがな。
すると、2年の一人──ドレッドヘアに片耳ピアス、眉を三分割した厳つい顔の男が口を開く。
「今年の一年は随分と調子こいてんな……」
こいつが
熱を愛する男。その視線は鋭く、だがどこか楽しんでるようにも見えた。
もう一人の2年生、
「ま~た金ちゃんが熱くなってる~。ま、阿比留ちゃん、ちょっと派手すぎるとは思うケドね~」
ギャル風なファッションに、口元の南十字星ピアス。男のはずなのに妙に色っぽい。
「いい感じにザワつくぜ。こんなにザワつくのは……元カノがリボ払いしまくってた時以来だ」
秤がポツリと呟いた。
周囲の空気が一気にピリつく。けど、その中にあるのは敵意だけじゃない。
どこか、期待めいたものが混じってる。
……この空気、嫌いじゃないな。
「熱は熱いうちに ……だ」
秤の目が俺を試すように見据える。
面白ぇ。だったら、交流会前にしっかり"顔"を見せてやるよ。
──今度のバトル、“熱く”なりそうだ。
秤が、ぐいっと首を回してグラウンドを見渡した。
「ちょうどいい。顔合わせがてら、実力を見てやる。やろうぜ」
唐突だが、嫌いじゃない展開だ。
「いいねぇ。術式、どうする? ありかなしか、選ばせてやるよ」
「当然、ありだ。そうじゃねぇと、お前の"熱"が見れねぇからな!」
そう言って、秤がにやりと笑い構えを取る。
その姿勢に、ただの気まぐれでも、舐めてかかっている感じは微塵もない。
マジだ、こいつ──。
お互い、間合いを詰めたと思った瞬間、拳が飛ぶ。
殴る、蹴る。術式の前に、まずは拳での意思疎通。
グラウンドに重たい衝突音が連続して響く。
「次は髪を紫にしようと思っていてなあ! お前とかぶるんだ! だから別色に染めろ! 先輩命令だ!」
「あ゛あ゛ぁ? てめぇの事情なんか知るかよ! そんなら、髪染めれねぇように全部剥いでやるよ!」
「てめぇは羅生門のババアか!」
「羅生門のババアは死人から剥いでんだよ! 羅生門ニワカか!?」
「知識マウント取ってんじゃねぇよ! つうか、比喩だよ比喩!!」
殴り合いながら口論って何だよ。
もう、漫才かってレベルだが、勢いが止まらねぇ。
と、その瞬間──秤の術式が発動した。
秤の動きを模倣するように、電車のドアが出現した。
俺の胴体を挟もうと、ガコンと閉まってくる。
「おっとぉ!」
寸前で跳び上がる。足元からドアが空を切り、だがそのまま、秤が飛び蹴りで突っ込んできた!
両手でガード、空中での対応。
踏ん張りは効かねぇ。吹き飛ぶ形になってしまう。
「ちっ……!」
だが、のけぞりながらも、地面に片膝でしっかり着地した。
さっきから食らって思ってたが──こいつの呪力、ザラザラしてやがる。
ただ触れただけで、
ヤスリかよ。厄介な呪力特性だな。
それなら、こっちもそろそろ本気を見せてやるか。
腰のホルダーに手を伸ばし、マイクを引き抜く。
秤は構えを取りながらも、俺の様子に疑問を口にした。
「あぁ? なんだ、マイク?」
俺の背後に、渦巻く呪力の中からスピーカーが顕現する。
紫と銀を基調としたボディ。巻きつくように蛇の装飾。
目と牙が光り、狗巻家の呪印がゆらりと浮かぶ。
異様の気配に、秤の目が細められる。
「ほう……面白い術式だな」
感嘆でも、警戒でもない。
好奇──それに近い色を帯びた声だった。
「お前どこの系譜の奴だ?」
「一応、狗巻家だ。一般の出だがな」
「呪言じゃねぇとすると……歌唱呪法か! そいつが!?」
「俺専用に、全部作り変えてんだよ。"型破り"ってやつだ」
その言葉を聞いた瞬間、秤の目が見開かれる。
そして──豪快に笑った。
「ハハッ、良いなぁお前! それが、お前の"熱"か!」
何が面白いのか俺の術式を知った秤は、さっき以上にテンションが上った。
俺はもう一度、仕切り直すように距離を取ろうとする。
だが、そこへ礫が飛んできた。
「鉛玉?」
「いや、パチンコ玉だよ!」
俺がパチンコ玉を躱し、その隙に秤が一気に距離を詰めてくる。
こいつ、基礎的な強化術が上手いな。
威力もさることながら、速度が特に早い。
「甘めぇよ! ブリング・ザ・ビートォ!」
距離を詰めてくる秤の攻撃に合わせて、カウンターで呪力の音圧を飛ばす。
ビートが重低音で轟き、スピーカーから放たれる音圧が、直線状に秤を吹き飛ばす。
彼の足が土を削り、後退する。が──
「いい音してんじゃねぇか……!」
吹っ飛ばされながらも、笑ってやがる。
距離は取れたが、この程度ならすぐに距離が詰められる。
「手短に、4小節でいくか」
俺はマイクを構えて、呟いた。
「《ラップスキル・コピー》」
『ざらつくお前の 呪力特性』
『普通をあざむく ヤスリの証明』
『共鳴 して写し取るトリック』
『衝撃受けるな? そういうロジック』
リリックと同時に、俺の背後のスピーカーが低く唸るように鳴動する。
紫がかった呪力が蛇のように渦巻き、スピーカーの円形ドライバーがぐわんと歪む。
そして――一瞬、空気が張り詰めた。
刹那、光のビートが爆ぜた。
ビジュアライザーのように、無数の音階の線が縦横に重なりながら空間を駆け抜ける。
それは一筋の閃光のように、秤に向けて射出された。
呪力の奔流は、まるで相手の情報をスキャンするレーザーのように秤を貫く。
だが、攻撃性は皆無。
ビジュアルは鮮烈。
まるで秤の輪郭が一瞬、音波のラインでなぞられたような残像を描き、ディスプレイに転写されたかのように浮かぶ。
秤の肩が、ぐらりと揺れる。
「うおっ……!? 何だ今の、速っ……!」
音すら置き去りにするような速度だった。
だがダメージは一切ない。痛みも、衝撃もない。
「……は? 食らったのに、ノーダメ?」
困惑した表情で自分の体を確認する秤。
だけど、俺はもう笑ってる。
「どうしたよ、さあ殴り合おうぜ!」
マイクを腰に戻しながら煽ってやると、秤が舌打ちをひとつ。
「ちっ、不気味な攻撃だなぁ!」
呟きと同時に、秤が飛び込んできた。
俺も構えを取る。拳と拳のやり取りが再開。
突き出された右のストレートを、肩を落として外す。
そのまま脇に潜り込み、ガードの上から拳を叩き込んだ。
「てめぇ……俺の呪力特性、パクりやがったな……!」
拳を受けた秤の目が見開かれる。
「さあ、どうだかな」
にやつきを浮かべながら、わざとらしく肩をグルリと回す。
それだけで分かれと言わんばかりに、もう一発、勢いを乗せた拳を振るう。
拳と拳が正面から激突──ッ!
「……いってぇ!? これ、俺の呪力ってこんなザラついてんのかよ!」
秤が痛みに眉をしかめる。拳を握り直しながら呻いた。
どうやら、自分自身の呪力特性を味わう機会ってのは、案外ないもんらしいな。
「教えてやったんだよ、サービスだ」
「クソがッ! 俺に俺の呪力食らわすとか、どんな性癖だよてめぇは!!」
「新しい呪術、体験できてよかったな、センパイ」
ニヤニヤ笑いながら軽口を叩く俺の前で、秤の表情が変わる。
笑みが消え、代わりに、妙な静けさが張りついたような顔。
「後輩相手に使いたくなかったが……しゃあねぇ」
その言葉に、思わず本能が警鐘を鳴らした。
次の瞬間、秤が構えた両手が、弁財天の印を結ぶ。
──やばい。
言葉にするより先に、直感が叫んでいた。
空気が変わる。呪力の密度が、急激に高まる。
そして、視界がぶれる。世界が──塗り替えられていく。
「領域展開」
その言葉と同時に、景色が一変した。
――『坐殺博徒』
領域が、音もなく俺を飲み込んでいく。
――まさか……学生で、領域展開を……!?
頭が混乱する。焦燥が喉を締め上げる。
けど、目の前の秤金次は、紛れもなくそれを"やってのけた"。
こいつ……本当に、只者じゃねぇ。
緊張が背筋を走る。
だが、ここでビビるような俺じゃない。
面白ぇじゃねぇか。
そう、思った時にはもう──世界は、変わっていた。