十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第十六話 交流戦前の顔合わせ 彼我の実力はすぐにわかれ

 

 9月。日差しはまだ強いが、風には夏の終わりが漂っていた。

 

 ここは呪術高専、東京校のグラウンド。

 その中央に、6人の術師たちが集まっていた。

 

 姉妹校交流会に向けた顔合わせ──京都校との対抗戦のために、東京校の代表が選抜された。

 

 ……のだが。

 

「な・ぜ・か・人数不足だそうなので、俺も人数合わせで入ることになりました~」

 

 そう軽口を叩いて手を挙げたのは、俺──阿比留 玲。

 

 本来、俺は交流戦に出る予定なんてなかった。

 東京校の交流戦メンバーは6人──3年が3人、2年が2人、そして数合わせとして1年の憂太。

 ちゃんと、定員は埋まっていた。

 

 だが──その数日前、事件が起きた。

 

 事の発端は、グラウンドでの術式訓練中だった。

 他の連中は任務で外していて、俺は一人、拡張術式の練習に打ち込んでいた。

 

 そこへ、3年の一人がのこのこやってきて、いきなり俺に難癖をつけてきたんだ。

 

 どうやら、今の今までろくに挨拶がなかったことが気に入らなかったらしい。

 いろいろ言ってたが、要は「先輩なんだから敬え」ってこと。

 つまりは、上下関係を叩き込みに来たってわけだ。

 

 で、まあ。

 見るからにそこまで強そうでもなかったし、軽く煽ってやることにした。

 こっちはラッパーだ、口で勝負するのが流儀ってもんだろ。

 もちろん、その時は術式は使ってねぇ。素のリリックで応戦だ。

 

『誇れるの 等級だけ 準1?』

『だが眼中にないんだよ、所詮は三流

『上下関係、そんなに大事?』

ライミングで魅せる 韻のラビリンス

 

 ……とかなんとか、火種にしてやったら、

 3年は案の定、顔真っ赤にして俺に殴りかかってきた。

 

 それならそれで、とことんやってやろうと思ったが──

 相手、術式まで使ってきてな。

 

 だから俺も、ちょうど練習してた拡張術式をそのままぶち込んでやった。

 結果は、まあ……ご想像の通りってやつだ。

 

 精神をやられたらしくて、そいつはいまだに療養中。

 肉体は無傷。反転術式でも直せない、ガチの"心の傷"ってやつ。

 プライドだけ強い雑魚に、現実を叩きつけちまった。

 

 ──というわけで。

 

 予定外の人数不足が発生し、俺は交流戦の人数合わせとして、しれっとメンバーに追加された……ってわけさ。

 

「3年は骨がねぇなぁ……2年のあんたらはどうよ」

 

 ちょいと煽り気味にそう言えば、隣の乙骨が焦ったように俺の腕を引っ張る。

 

「ちょ、阿比留君!? 喧嘩腰すぎるよ!?」

 

 憂太は相変わらず真っ直ぐで、気遣いができて、こういう空気にも敏感だ。

 この中で一番強いだろうに、もっと胸を張ってもいいと思うがな。

 

 すると、2年の一人──ドレッドヘアに片耳ピアス、眉を三分割した厳つい顔の男が口を開く。

 

「今年の一年は随分と調子こいてんな……」

 

 こいつが秤金次(はかりきんじ)か。五条先生が強い奴ってことで、名前を上げていた2年。

 熱を愛する男。その視線は鋭く、だがどこか楽しんでるようにも見えた。

 

 もう一人の2年生、星綺羅羅(ほしきらら)が、隣で腰に手を当てながら口元に笑みを浮かべる。

 

「ま~た金ちゃんが熱くなってる~。ま、阿比留ちゃん、ちょっと派手すぎるとは思うケドね~」

 

 ギャル風なファッションに、口元の南十字星ピアス。男のはずなのに妙に色っぽい。

 

「いい感じにザワつくぜ。こんなにザワつくのは……元カノがリボ払いしまくってた時以来だ」

 

 秤がポツリと呟いた。

 周囲の空気が一気にピリつく。けど、その中にあるのは敵意だけじゃない。

 どこか、期待めいたものが混じってる。

 

 ……この空気、嫌いじゃないな。

 

「熱は熱いうちに ……だ」

 

 秤の目が俺を試すように見据える。

 面白ぇ。だったら、交流会前にしっかり"顔"を見せてやるよ。

 

 ──今度のバトル、“熱く”なりそうだ。

 

 秤が、ぐいっと首を回してグラウンドを見渡した。

 

「ちょうどいい。顔合わせがてら、実力を見てやる。やろうぜ」

 

 唐突だが、嫌いじゃない展開だ。

 

「いいねぇ。術式、どうする? ありかなしか、選ばせてやるよ」

 

「当然、ありだ。そうじゃねぇと、お前の"熱"が見れねぇからな!」

 

 そう言って、秤がにやりと笑い構えを取る。

 その姿勢に、ただの気まぐれでも、舐めてかかっている感じは微塵もない。

 マジだ、こいつ──。

 

 お互い、間合いを詰めたと思った瞬間、拳が飛ぶ。

 殴る、蹴る。術式の前に、まずは拳での意思疎通。

 グラウンドに重たい衝突音が連続して響く。

 

「次は髪を紫にしようと思っていてなあ! お前とかぶるんだ! だから別色に染めろ! 先輩命令だ!」

 

「あ゛あ゛ぁ? てめぇの事情なんか知るかよ! そんなら、髪染めれねぇように全部剥いでやるよ!」

 

「てめぇは羅生門のババアか!」

 

「羅生門のババアは死人から剥いでんだよ! 羅生門ニワカか!?」

 

「知識マウント取ってんじゃねぇよ! つうか、比喩だよ比喩!!」

 

 殴り合いながら口論って何だよ。

 もう、漫才かってレベルだが、勢いが止まらねぇ。

 

 と、その瞬間──秤の術式が発動した。

 

 秤の動きを模倣するように、電車のドアが出現した。

 俺の胴体を挟もうと、ガコンと閉まってくる。

 

「おっとぉ!」

 

 寸前で跳び上がる。足元からドアが空を切り、だがそのまま、秤が飛び蹴りで突っ込んできた!

 

 両手でガード、空中での対応。

 踏ん張りは効かねぇ。吹き飛ぶ形になってしまう。

 

「ちっ……!」

 

 だが、のけぞりながらも、地面に片膝でしっかり着地した。

 さっきから食らって思ってたが──こいつの呪力、ザラザラしてやがる。

 

 ただ触れただけで、擦過傷(さっかしょう)みてぇな痛みが走る。

 ヤスリかよ。厄介な呪力特性だな。

 

 それなら、こっちもそろそろ本気を見せてやるか。

 腰のホルダーに手を伸ばし、マイクを引き抜く。

 秤は構えを取りながらも、俺の様子に疑問を口にした。

 

「あぁ? なんだ、マイク?」

 

 俺の背後に、渦巻く呪力の中からスピーカーが顕現する。

 

 紫と銀を基調としたボディ。巻きつくように蛇の装飾。

 目と牙が光り、狗巻家の呪印がゆらりと浮かぶ。

 

 異様の気配に、秤の目が細められる。

 

「ほう……面白い術式だな」

 

 感嘆でも、警戒でもない。

 好奇──それに近い色を帯びた声だった。

 

「お前どこの系譜の奴だ?」

 

「一応、狗巻家だ。一般の出だがな」

 

「呪言じゃねぇとすると……歌唱呪法か! そいつが!?」

 

「俺専用に、全部作り変えてんだよ。"型破り"ってやつだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、秤の目が見開かれる。

 そして──豪快に笑った。

 

「ハハッ、良いなぁお前! それが、お前の"熱"か!」

 

 何が面白いのか俺の術式を知った秤は、さっき以上にテンションが上った。

 俺はもう一度、仕切り直すように距離を取ろうとする。

 

 だが、そこへ礫が飛んできた。

 

「鉛玉?」

 

「いや、パチンコ玉だよ!」

 

 俺がパチンコ玉を躱し、その隙に秤が一気に距離を詰めてくる。

 こいつ、基礎的な強化術が上手いな。

 威力もさることながら、速度が特に早い。

 

「甘めぇよ! ブリング・ザ・ビートォ!」 

 

 距離を詰めてくる秤の攻撃に合わせて、カウンターで呪力の音圧を飛ばす。

 

 ビートが重低音で轟き、スピーカーから放たれる音圧が、直線状に秤を吹き飛ばす。

 彼の足が土を削り、後退する。が──

 

「いい音してんじゃねぇか……!」

 

 吹っ飛ばされながらも、笑ってやがる。

 距離は取れたが、この程度ならすぐに距離が詰められる。

 

「手短に、4小節でいくか」

 

 俺はマイクを構えて、呟いた。

 

「《ラップスキル・コピー》」

 

ざらつくお前の 呪力特性』 

『普通をあざむく ヤスリの証明

共鳴 して写し取るトリック

衝撃受けるな? そういうロジック

 

 リリックと同時に、俺の背後のスピーカーが低く唸るように鳴動する。

 紫がかった呪力が蛇のように渦巻き、スピーカーの円形ドライバーがぐわんと歪む。

 そして――一瞬、空気が張り詰めた。

 

 刹那、光のビートが爆ぜた。

 ビジュアライザーのように、無数の音階の線が縦横に重なりながら空間を駆け抜ける。

 それは一筋の閃光のように、秤に向けて射出された。

 

 呪力の奔流は、まるで相手の情報をスキャンするレーザーのように秤を貫く。

 だが、攻撃性は皆無。

 

 ビジュアルは鮮烈。

 まるで秤の輪郭が一瞬、音波のラインでなぞられたような残像を描き、ディスプレイに転写されたかのように浮かぶ。

 

 秤の肩が、ぐらりと揺れる。

 

「うおっ……!? 何だ今の、速っ……!」

 

 音すら置き去りにするような速度だった。

 だがダメージは一切ない。痛みも、衝撃もない。

 

「……は? 食らったのに、ノーダメ?」

 

 困惑した表情で自分の体を確認する秤。

 だけど、俺はもう笑ってる。

 

「どうしたよ、さあ殴り合おうぜ!」

 

 マイクを腰に戻しながら煽ってやると、秤が舌打ちをひとつ。

 

「ちっ、不気味な攻撃だなぁ!」

 

 呟きと同時に、秤が飛び込んできた。

 俺も構えを取る。拳と拳のやり取りが再開。

 

 突き出された右のストレートを、肩を落として外す。

 そのまま脇に潜り込み、ガードの上から拳を叩き込んだ。

 

「てめぇ……俺の呪力特性、パクりやがったな……!」

 

 拳を受けた秤の目が見開かれる。

 

「さあ、どうだかな」

 

 にやつきを浮かべながら、わざとらしく肩をグルリと回す。

 それだけで分かれと言わんばかりに、もう一発、勢いを乗せた拳を振るう。

 

 拳と拳が正面から激突──ッ!

 

「……いってぇ!? これ、俺の呪力ってこんなザラついてんのかよ!」

 

 秤が痛みに眉をしかめる。拳を握り直しながら呻いた。

 どうやら、自分自身の呪力特性を味わう機会ってのは、案外ないもんらしいな。

 

「教えてやったんだよ、サービスだ」

 

「クソがッ! 俺に俺の呪力食らわすとか、どんな性癖だよてめぇは!!」

 

「新しい呪術、体験できてよかったな、センパイ」

 

 ニヤニヤ笑いながら軽口を叩く俺の前で、秤の表情が変わる。

 笑みが消え、代わりに、妙な静けさが張りついたような顔。

 

「後輩相手に使いたくなかったが……しゃあねぇ」

 

 その言葉に、思わず本能が警鐘を鳴らした。

 次の瞬間、秤が構えた両手が、弁財天の印を結ぶ。

 

 ──やばい。

 

 言葉にするより先に、直感が叫んでいた。

 空気が変わる。呪力の密度が、急激に高まる。

 そして、視界がぶれる。世界が──塗り替えられていく。

 

「領域展開」

 

 その言葉と同時に、景色が一変した。

 

 ――『坐殺博徒』

 

 領域が、音もなく俺を飲み込んでいく。

 

 ――まさか……学生で、領域展開を……!?

 

 頭が混乱する。焦燥が喉を締め上げる。

 けど、目の前の秤金次は、紛れもなくそれを"やってのけた"。

 

 こいつ……本当に、只者じゃねぇ。

 緊張が背筋を走る。

 だが、ここでビビるような俺じゃない。

 

 面白ぇじゃねぇか。

 そう、思った時にはもう──世界は、変わっていた。

 

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