十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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 座席争奪通勤リーチの演出はオリジナルです。



第十七話 坐殺博徒 コンプラ的にアウト

 

 その瞬間、世界がねじ曲がった。

 耳鳴りのような金属音とともに、視界が一変する。

 

 気づけば、俺は円形に配置された改札機にぐるりと囲まれた空間の中に立っていた。

 広くも狭くもない構造。まるで、閉鎖された駅構内。

 いや──これは、領域展開の内部だ。

 

 改札機のLEDがピコンピコンと不気味に点滅している。

 それ以外は全て真っ白の無機質な場所。

 

 瞬間、脳内に何かが流れ込んでくる感覚があった。

 

 ──演出は金が大チャンス、1回以上能力を使えばリーチに発展、リーチアクションは4種類、大当たり確率は1/239──

 

 はぁ? なに言ってんだコイツ、と思った瞬間、その情報が"術式の開示"だと直感した。

 

 ――クソッ、ゴミみたいな情報が脳に詰め込まれる……!

 

 けどそれすら、理に適ってやがる。

 この領域は、情報の洪水そのものが"揺さぶり"なんだ。

 狙いは混乱。そして、時間稼ぎ。

 

 つまり、当たりが出る前に殴るしかねぇ!

 

「さぁて……始めようか」

 

 秤が、軽く肩を鳴らした。

 

 次の瞬間、秤の手元に現れたのは小さなパチンコ玉。

 それを無造作に指先で弾き飛ばす。

 

「保留玉かッ!」

 

 弾かれた玉が、軌道を描いて俺の顔面めがけて飛んできた。

 しかも──玉が"金色"に輝いてやがる!

 

 ――おい、いきなり大チャンスってやつかよ!?

 

 すぐに身を引き、ぎりぎりのところで回避。

 

「次は──シャッターッ!」

 

 今度は、俺の背後に電車のドアが出現。

 

 ――俺の回避に合わせやがった!

 

 無理やり体を動かし、バク宙の要領で避ける。

 赤色のドアは、ガシャン! と音を立てて閉まった。

 

「っち、速ぇな……!」

 

 相手の攻撃そのものが、演出──それも、期待度付きの演出ってわけか。

 秤がポケットに手を入れ、前髪をかき上げながら、口角を上げる。

 

「リーチ!」

 

 その声と同時に、秤の背後に「3」の数字が書かれたメインヒロインの図柄が2つ、秤の後ろに現れる。

 

 ――奇数図柄はまずい!

 

 奇数図柄で揃えば、最低でも連続で大当たりになる。

 思った時にはもう、風景が切り替わっていた。

 

 改札機に囲まれていた空間が、まるでレールの上を走る列車の中にスライドするように。

 景色ごと、すっと変化した。

 

 ――外れろ!

 

 気が散って、秤との戦闘に身が入らない。

 防御一辺倒でリーチアクションが進んでいく。

 

 そこは、満員の車内。

 吊革が揺れ、社畜たちの憂鬱を乗せたような空気が充満している。

 ぎゅうぎゅう詰めの中、登場人物──男、夕輝が登場する。

 

『夕輝「あっ、あそこ空いている──」』

 

 ネクタイを締めた彼は、開いた座席を目ざとく見つけて、駆け込む──!

 ――だが、別の客が滑り込み、その座席は奪われた。

 

『夕輝「マジか……だめだったか~」』

 

 彼は落ち込んだように笑い、吊革を掴んだ。

 

 リーチアクションは──座席争奪通勤リーチ。

 夕輝が無事に座れば大当たりだったが、どうやら今回は空振りってことらしい。

 

 ――よし、外れた!

 

 風景がスライドするように戻っていき、またあの改札が円形に並ぶ最初のステージに切り替わる。

 

「残念、外れたか」

 

 秤の声が響く。が、その口ぶりには一欠片も残念さは感じられねぇ。

 

 ──そして、次の瞬間にはもう殴り合いが始まっていた。

 

 拳が飛ぶ。蹴りが飛ぶ。

 間合いを読み合い、避け、いなし、受ける。

 拳と拳が交錯するたびに、俺の腹の奥が火照っていく。

 

 面白いな、秤金次。

 この状況すら、遊び倒してやるってワケかよ。

 

 俺の拳が秤の胸を捉える……が、ガードの上。

 しかも手応えが薄い。

 

「おっ? どうやらコピーの効果が切れたらしいな」

 

 秤が腕を振って防ぎながら言う。

 その通り──さっきまでコピーしてた呪力特性のザラつきが、今は拳に感じられない。

 

 ――4小節じゃやっぱ短すぎたか。

 

 こいつの呪力特性があってこそ、殴り合いで互角に渡り合えてたんだ。

 その補正が切れた今、徐々に押されるのは俺の方。

 

 そして秤が、不意に両手を横に閉じる。

 その動作に合わせて、電車のドアが俺の胴体を挟むように現れた。

 

 ――チッ、金シャッターか。

 

 金色は大チャンスの予告。そんな状況に一瞬の動揺してしまった。

 回避時に体勢が崩れ、秤の拳が俺のボディに一閃──!

 鈍い衝撃が腹に刺さる。

 

「うぐっ……!」

 

「リーチ!」

 

 秤の声と同時に、背景がまた切り替わった。

 今度は──改札口の前。

 

『夕輝「遅刻遅刻~~!!」』

 

 俺の目の前を、スーツ姿の夕輝が全力で駆けていく。

 

 これは──ICカードリーチ。

 星1の低期待度演出。ここで当たる確率は低い、ハズだ。

 

『夕輝「おっとっと!!」』

 

 ガタン、と。

 改札にICカードをかざそうとした夕輝は、残高不足か、何かで通れず立ち止まる。

 

 ――よし、外れた!

 

 そしてまた、世界が戻ってくる。

 改札が円形に並ぶ、あの無機質な空間だ。

 

「おっと、また外れたか」

 

 秤がニヤリと笑う。

 だが、こっちは笑っていられない。

 このままじゃ、ジリ貧だ

 

 勝負を引き延ばせば、そのうちあいつが大当たりを引く。

 ボーナスがどういうものかは分からないが、絶対に負けることになる。

 今ここで、なんとしても叩き潰す。

 

 だが、ラップを歌う"時間"がない。

 8小節なんて論外。ギリギリで4小節。しかし、4小節では威力不足だ。

 

 ダズルで視界と精神を撹乱する……? でも4小節じゃ抜けられるかもしれねぇ。

 エンチャントで操作……いや、耐えられるか。

 脳内で思考を高速回転させた末、ひとつの結論に辿り着く。

 

 ――だったら……デリートで、領域ごと壊すしかねぇ!

 

 必中でも必殺でも無い、比較的脅威度の低い領域。

 その分、領域強度は高いが、俺のラップスキルなら破壊できるはずだ。

 少しでも穴を開ければそこから脱出できる。

 

 だが、領域を破壊するほどの威力を出すには16小節も必要。

 歌いきるには、時間がいる。だからその前に、まず防御を固める。

 

「《ラップスキル・シェルター》」

 

 マイクを握り直し、スピーカーへと声をぶつける。

 その隙を秤は見逃さない。

 奴は突貫してくるが俺は《ブリング・ザ・ビート》で迎撃しながら、呪力で全身を覆って防御しつつラップを歌い切る構えだ。

 

『鋼の 呪力で 包むブロック

『俺の ラップは 守護のロック

『フローで生み出す 呪力の装甲

保護する姿は まさに堅牢

 

 背後のスピーカーが低く唸る。

 紫と銀の蛇を纏ったボディが、鼓動のように震えたかと思えば──

 

 ドン、と。俺の背中に向けて音圧が撃ち出された。

 

 それは一瞬で俺の全身を包み込む。

 硬質な呪力の膜が肌の表面に展開され、まるで鎧のように俺の身体に張りついた。

 重く、分厚く、けれど馴染む──それが《シェルター》。

 

 視覚的にも、俺の体表にはまるで金属の波紋のような呪力のエフェクトが広がり、鈍い輝きを放つ。

 

 ――よし、防壁は張った。これなら……!

 

 次の瞬間、秤の拳が飛んできた。

 鋭い。重い。だが──届かない。

 ギン、と火花が散ったような音がして、秤の拳が俺の呪力に弾かれる。

 

「チッ、やるじゃねえか」

 

 にやりと笑ったその顔に、俺は応じるように深く息を吸った。

 ここからが本番だ。

 

「《スキルチェンジ・デリート》!」

 

 地を這うような重低音が鳴り響く。

 そのリズムに乗せて──俺は16小節を叩きつけた。

 

『領域展開を 壊す展開

先輩相手に かますラップサイン

『エンジン全開 で飛ばすかい?』

『奇想天外で もはや限界

 

『領域名は 坐殺博徒

邪悪なるものは まさに悪党

『ここを壊すのは このラップで楽勝

圧勝を飾る この俺に脱帽

 

『未成年でハマる パチスロ

ワイルドだが、お前はまだチャイルド

『ヴォーカリストの 俺から 言わせると

『社会へのリスペクト 足りねぇんじゃねえの?』

 

『違法行為の オンパレード

『犯罪経歴を アップデート

エスカレート、上がる 犯罪係数

壊滅、領域は マイクでかき消す

 

 16小節の言霊が、スピーカーから放たれる。

 

 そこから広がったのは──耳をつんざくノイズ音と、空間全体を震わせる破裂音。

 音波が放射状に広がり、白い空間を包む改札が軋みを上げてひび割れていく。

 

 視界がバグったように、グリッチノイズが走る。

 風景そのものが崩れていく様は、まるで構造そのものが分解されていくようだった。

 

 金属が砕ける音。

 ガラスが割れる音。

 鼓膜を揺らす高周波──。

 

 その全てが、領域そのものに突き刺さる。

 

 バチンッ!!

 最後の改札が崩れ落ち、音もなく白の空間が剥がれていく。

 まるで、夢から覚める瞬間のように。

 

「おいおい……マジかよ!?」

 

 秤が目を見開いて呟いた。

 その声色には、今までの軽口とは違う、本物の驚愕が滲んでいた。

 

 強制的にぶち壊した。

 俺のラップで、音で、言霊で──領域を喰った。

 

 視界に広がるのは、もう煌びやかな演出の世界じゃない。

 ただのグラウンド。焼けた土の匂いと、まとわりつく夏の空気。

 

「さあ、締めと行こうぜ、センパイ!」

 

 そう言って、マイクをホルダー仕舞った。

 

「良い熱だぁ、1年!」

 

 秤の拳がうなる。俺も構えを取る。

 肉体同士がぶつかり合う。

 

 俺の体には《シェルター》で硬質化した呪力がまだ残っている。

 対する秤は、領域を破壊された影響で術式が焼き切れている。

 理屈で言えば、完全に俺の有利――だった。

 

 ……ぐらり。

 

「……あぁ?」

 

 視界が(かし)いだ。

 立ったまま、地面に吸い込まれるような感覚。慌てて踏みとどまる。

 

「おいおい、どうした、もう熱が冷めたか?」

 

「馬鹿言うなよ、ただの貧血だ」

 

 口では強がるが、自分でも分かってた。

 《デリート》を無理やり16小節ぶち込んだせいで、呪力を絞りすぎた。

 

 領域を壊すため、蛇口を最大に捻って呪力を限界まで出した反動が、今、ガタになって返ってきた。

 だが、倒れるわけにはいかない。

 気合で足に力を込めて──吠えるように踏み込む。

 

 ──再び、拳が交差する。

 

 秤の拳が俺の頬をかすめる。だが、その拳に以前の重みはない。

 逆に俺の拳が秤の肩口を抉るように入った。

 

「くっそ、硬すぎんだろ!」

 

 怒鳴るように叫びながら、秤が蹴りを放つ。

 俺は半歩引いて躱し、返すように前蹴りを腹に叩き込む。

 

 互いに呪力で肉体を補強し、ガードし、ぶつかり合う。

 拳と拳、膝と肘、肩と頭──ありとあらゆる打撃を繰り返す。

 

 秤の攻撃は速い。力強い。

 だが、俺の硬質化した呪力がそれを受け止める。

 これなら行ける。ノーガードで前に出るべきだ。

 

 ――殴られる覚悟で、一発を打ち込む!

 

 拳が吼える。顎を撃つ。腹をえぐる。

 蹴りを軸足で受け止めて、カウンターを放つ。

 限界の肉体が、徐々に痛みに慣れていく。

 

 ――このまま押し切れる!

 

 そう思った瞬間。

 

 ──ガツンッ!!

 

 拳が同時に伸びた。

 互いの顔面に、同時にクリーンヒット。

 クロスカウンター。

 

 次の瞬間、視界が弾けた。

 

 ――こんなタイミングで《シェルター》の効果が切れたのか……。

 

 重力に負けるように、俺の身体が後ろに倒れ込む。

 

 地面が遠ざかり、次の瞬間には──空があった。

 

 灼けるような夏の青と、太陽の白。

 隣に、同じようにぶっ倒れてるやつがいた。

 

「お前、名前は?」

 

 隣から聞こえてきた声は、どこか楽しそうだった。

 

阿比留玲(あびるれい)

 

「俺は秤金次だ。金ちゃんって呼んでも良いぜ」

 

「あいよ、金次センパイ」

 

「はっ、可愛げのない後輩だ」

 

 並んで寝転びながら、視線だけで空を見上げた。

 面白い先輩もいたものだ。

 

 打倒呪術界最強。俺のラップを呪術界に刻む。

 それを目指すのに、ここは良い環境だ。

 グラウンドに寝そべりながら、ひとつだけ確信する。

 

 ここにはまだまだ、面白ぇ奴らがいる。

 俺のラップは、まだ──止まらねぇ。

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