古民家の柱にもたれて、じっと外の空気を感じていた。京都はまだ蒸す。
九月の半ばとはいえ、日差しは容赦なく、どこか夏の名残を引きずっている。
「まだ少し暑いな」
ふと漏れた声に、隣で憂太が相槌を打つ。
「うん……風があっても、日差しが強いからね」
憂太が縁側に腰を下ろし、汗を拭いながら言った。
でも少し疲れた顔をしてる。
本人はあまり気にしてなさそうだが、緊張感が肌に張りついてるようだ。
「にしても、京都まで来る羽目になるとはな」
「しょうがないよ。交流会は、去年勝った方の学校で行うって決まりらしいから」
なるほどな、と頷きつつも、やっぱり俺は腑に落ちねぇ。
敵のホームでバトるってだけでもやりづらいのに──今回は、もっと面倒な話が絡んでる。
「よし、そんじゃあ、ぼちぼちミーティング始めっか」
そう言って、金次センパイが手をパンと鳴らして皆の注意を引いた。
各々、古民家の中、好きな場所でセンパイの話を聞く。
交流戦の直前、もうすぐで姉妹校交流会が始まる。
今は、そのための最終ミーティングってわけだ。
東京校のメンバーは、3年が2人、2年が金次センパイと星センパイ、1年が俺と憂太──計6人。
対して、京都校は3年3人、2年が3人の計6人となっている。
指揮を執るのは、当然、一番等級の高い術師である金次センパイだ。
「とりあえず、全員に聞くが──この交流会で何をしたい?」
センパイが見回す。この交流会で各々の目標をセンパイは問う。
だがその質問に、俺は軽く手を挙げて待ったをかけた。
「あー、ちょっとその前に一つ、言いたいことがある」
俺は軽く手を挙げ、周囲の視線を集める。
「あ? どうした?」
「……なあ、これって"交流"会、だよな?」
ぽつりと口にした俺の言葉に、皆が視線を寄せる。
「ああ?」
金次センパイは眉をひそめた。
「いやさ、京都に来た時、出迎えに出てきた奴ら……目がマジだったろ? ありゃあ"挨拶"の目じゃなかった。俺と目が合ったときはまだマシだったが、乙骨の方に向いたときは……明確に殺気があった」
「えっ、僕?」
乙骨が自分を指差し、間の抜けた声を上げた。
「気づいてねぇのかよ……お前に向けられてた視線、ヤバかったぜ?」
そんな俺の言葉に、3年の一人が言葉を漏らす。
「……そういえば、確かに」
「俺は見た。あれは──"狩る"目だった」
その場が静まり返る。
全員が、頭の中でそれぞれの"予感"と"映像"を照らし合わせていた。
そこで俺は一呼吸置いて、声を低く落とす。
「この交流会で、京都校の奴らは──乙骨を殺すつもりだ」
「ええっ!? 僕、殺されるの!?」
乙骨が目を丸くして、驚きの声を上げる。
完全に寝耳に水って反応だった。
「全員見たっしょ? 京都校の奴らの陰気で陰湿な顔」
俺は皆の顔を見る。金次センパイも星センパイも、どこか思い当たる様子だった。
「明らかに、数人……憂太に良からぬ気配を向けてたよ」
「全然気が付かなかった……」
「なんで、お前は気がついてねぇんだよ」
呆れたように、金次センパイがボソッとツッコミを入れる。
「十中八九、この交流会で憂太が狙われる。そもそも、お前に憑いてるのは"特級過呪怨霊"だぞ。それに秘匿死刑のはずだった。そのこと忘れてるのか?」
乙骨は少し口を開いたまま、固まる。
「そして、ここは保守派筆頭、楽巌寺の老いぼれが学長を務める京都校」
俺は続ける。言葉に力を込めて。
「更に呪術界御三家――加茂家の人間もいる。事故を装うにしろ何にしろ、憂太は狙われる」
「ど、ど、ど、どうしよう!?」
憂太の声が裏返った。目が泳ぎ、動揺を隠せていない。マジで焦ってる。
「この中で一番強いのはお前だろうが。ドンと構えとけや!」
俺の言葉を聞いても、憂太は不安そうな表情で竹刀袋を握っていた。
そして、金次センパイが顎に手をやりながら俺を見る。
「だが、狙われたとしても、折本里香が返り討ちにするだろ?」
「それだと、交流会が速攻で終わっちまう!」
つい本音が漏れた。
室内の空気が一瞬止まる。他の奴らが、目を見開いてこちらを見る。
「ちょ、阿比留君!? 僕の心配は!?」
「お前が負けるわけねぇだろうが! この呪力お化けが!」
「褒められてるの? けなされてるの?」
俺は憂太が一方的に勝つことを信じていた。
それは一緒に同級生として過ごしてきたから、一番よく知っている。
「憂太によって、折本里香によって京都校の奴らがボコされたら、団体戦はおろか、その後にやる個人戦もできなくなる!」
言いながら俺は、思わず頭をかきむしった。
俺の本音はもうバレてるなら、もうぶっちゃけちまおう。
「それだと面白くねぇ!」
せっかく"合法的"に京都校の奴らをブン殴っていい舞台が整ってるのに、憂太が全部片付けたら意味がない。
俺の拳を、俺の実力を、俺のラップをぶつけられない。
そんなことを考えていた俺に、金次センパイが目を細め、苦笑した。
「それが本音かよ……」
「金次センパイも戦いがすぐ終わっちゃ、興ざめでしょ?」
「まあ、分からんでもないな」
そこで秤が小さく笑った。
「それで、阿比留。お前はどうしたい?」
「どうせ、殺しに来るなら──憂太を囮にすりゃあ、好きなやつとバトれるんじゃないか、ってね」
そこには俺自身の欲も混じってる。
強いやつと戦いたいってのはもちろんだが。
京都校で、京都の学長が見てる中で、京都の生徒、それも御三家の一角の加茂
保守と革新の格付けをしたら、どんなに面白いか。
「乙骨を囮か……確かに、乙骨が狙われるならそこが逆に狙い目か」
金次センパイが納得したように頷くと、星センパイもその横で口を開いた。
「憂ちゃんは狩られる側じゃなくて、狩る側って感じだけどね」
「乙骨が囮になるなら、自然と向こうの本気も引きずり出せる。面白ぇじゃん」
金次センパイも笑っている。どこか楽しげに。
緊張感よりも、戦いを楽しむ空気が強くなってきていた。
「安心しろって、憂太。俺がガッチガチにバフ掛けてやるからよ」
「囮は……既定路線なんだね……」
「男なら、腹くくれ」
俺の言葉に憂太が小さく息をついたあと、やれやれといった風に笑った。
「うん、わかった。頑張るよ」
その返事を聞いて、金次センパイが最後にもう一度問いかける。
「──それじゃあ、改めて、聞くぜ。交流会で
静かだった空気が、少しずつ熱を帯びていく。
戦いの火蓋は、もうすぐ切って落とされる。