十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二話 開戦、言霊点火、韻で限界突破

 

 夜の静寂を切り裂くように、俺の背後でスピーカーが唸りを上げる。

 

 マイクを構え、右足を一歩前へ。

 地を蹴る感覚と同時に、胸の奥でビートが鳴り始めた。

 

 呪術師――五条悟。何者なのかも分からない。

 けど、舐められたまま引き下がる気はない。

 

 目隠しの奥の目が、ふざけた笑みのまま俺を見据えてくるようだ。

 その余裕が鼻につく。だから、俺は宣言する。

 

「――よく耳の穴かっぽじって、俺の音を聞けぇ!」

 

 息を吸い込む。声帯に呪力が乗るのを感じた瞬間、マイクが熱を帯びる。

 スピーカーが地鳴りのようなベース音を響かせ、空気を揺らし始めた。

 

 ラップの第一音が空気を裂いた瞬間、呪力が音に変換されて地面を這い、五条へと迫っていく。

 リリックの波動が具現化し、刃のように空間を断ち、意味を帯びた"音"が現実を歪ませる。

 

『Check 1, 2 聞こえてるか?

『その姿 まさに変質者

『夜の路地裏、目隠しで登場

『警察案件、即通報

 

 声と共に、重低音の波動が五条の足元を叩く。地面が震え、音の圧で埃が舞った。

 フックのような一節が空気を裂いて走り、エネルギー化した音が鋭い閃光となって五条に向かう。

 言葉が放たれると同時に、スピーカーから指向性の高い高周波が解き放たれ、五条の鼓膜を撃ち抜くかのように狙う。

 

『はるばる来た? 東京からスカウト?』

『意味わからんからマジダウト

『こっちは呪術? なにそれ初耳

『知らねぇし信じねぇ 胡散臭すぎ

 

 音の衝撃波が真っ直ぐに放たれ、五条の目前で空気を爆ぜさせる。爆音の軌跡が、白い煙となって空間を曇らせた。

 

『いきなり、意味不明な言葉並べんなよ

『呪力?術式?笑わせんなよ

『だったら試せばいいよな、俺の""を』

『フロウで撃ち抜く思考の迷路を

 

 地を這うような低音が辺りを包み込み、呪力を纏った言葉が足元から五条を締め上げるように絡みつく。

 その瞬間、スピーカーがフルボリュームで爆ぜた。放たれた音の奔流は、風の刃のように五条を包囲する。

 

『背後で スピーカーが 吠え始める』

『この音波(ウェーブ)が 真実(リアル)を暴き出す』

『口だけ達者な 見知らぬおっさん

『試してやんよ 五条悟さん!』

 

 空気が圧縮され、次のリリックの前に鼓膜が悲鳴を上げる。

 最後の一撃が、まるで落雷のように重く、深く響き渡った。

 

 フロウに乗せた呪力が、一音ずつ五条へ叩きつけられる。

 ビートが跳ねるたびに、言葉の呪いが空間を削っていく。

 意味を持った詩(ことば)は現実に干渉する――これが俺の"攻撃"。

 

 ――けど。

 

 次の瞬間、そこに“壁”が現れたような感覚。

 俺の音は、確かに届いたはずだった。

 

「……効いてねぇ?」

 

 どうなっている?

 衝撃はあった。確かに俺の能力――術式は発動している。

 だが、五条の表情は一切変わらない。どころか、鼻歌すら聞こえてきそうな態度。

 

 俺は歯を食いしばった。

 この余裕、ふざけてんのか。それとも――

 

 思わず口から漏れた声が、空気に吸い込まれて消える。

 俺の放った言葉の呪いは、見えない"何か"に触れた瞬間、バラバラに砕けてそこから先に進めなかった。

 

 五条はその場で、まるで風に吹かれた草のように微動だにせず、ゆるく微笑んでいる。

 

「いやぁ……すごいすごい、本当にすごい」

 

 手を叩くような動作をしながら、五条が口を開いた。

 

「正直、呪術を知らないようだったから、そこまで期待してなかったけど……いや、これは驚いたよ」

 

 その目隠しの奥の視線が俺に向いていることが、なんとなく分かる。

 まるで見透かされているような感覚。

 

「君の術式――あれ、"狗巻家"の系譜にある歌唱呪法でしょ? 呪言を"音"で具現化して攻撃に変える……でも君はそれを"ラップ"っていう独自の縛りで再構築してる。」

 

 五条は腕を組み、興味深そうに俺を見つめる。

 軽く首を傾け、まるで珍しい道具でも観察するような視線だった。

 目隠し越しなのに、その視線の熱がはっきりとわかる。

 

「リズムと韻を刻むことで発動条件が厳しくなってる代わりに、効果の幅と強度が跳ね上がってる──もはや別物の術式として成立してるレベルだよ。そんな応用、聞いたことない」

 

 言いながら、五条は軽く口笛を吹いた。

 感嘆というより、もはや感心すら通り越した"お手上げ"のリアクションだった。

 俺は無意識に、マイクを握る手に力を込めていた。

 

「それにね、君の術式……結界術が混ざってる」

 

「……けっかい……?」

 

「術式に無意識のうちに結界の論理を織り込んでるんだ。ラップで詩を空間に刻む。呪力を言葉として配置する。これ、下手したら領域展開の初期形態に近い現象が起きてる。呪術を学んでない状態でここまで完成させてるとか、本当に信じられないよ」

 

 そんなことを言われても、俺には何がなんだかわからない。

 呪術? 術式? 結界? 領域?

 

「でもね――僕には効かないよ」

 

 笑いながら、五条が胸元に手を当てた。

 

「"無下限呪術"って知ってる? ま、今の君は知らないか。言葉や呪力が物理的に届かないように、僕の前には無限が張られてるんだ。君の攻撃も、残念だけど届く前に止まっちゃうんだよね」

 

 笑顔の奥にある"本物"の力の壁。

 まるで別次元の存在を前にしているようだった。

 

「でもさ。もし君がちゃんと呪術を学んでたら……僕の無下限にも、手が届いたかもしれない」

 

 ――挑発だった。

 明らかに余裕の態度。

 だけど、俺の中の何かが、それに呼応するように熱くなる。

 

 俺は舌打ちひとつ。マイクを構え直した。

 

「――まだ、終わってねぇぞ」

 

 ビートがまた鳴り出す。

 スピーカーの奥で火花が散り、音が空間を揺らす。

 

「もう一度、耳の穴かっぽじって聞けよ、五条悟!」

 

 第二のラップが、空を裂いて走り出す。

 

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