十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十話 交流会 団体戦2

 

「楽巌寺学長、見てるー?? 今から加茂の坊っちゃん、ボコボコにしちゃいまーーす!」

 

 森を抜けた平地。近くには和風の木造建築がいくつも立ち並び、その中心に多宝塔が影を落としていた。

 俺は、空に飛んでいた烏に向けて手を振りながら、ビデオレター風に挨拶してやる。

 

「これ、言葉は伝わってんのかね?」

 

 振り向いて、目の前に立つ和装の男に顔を向けた。

 

「どう思うよ、加茂の坊っちゃん」

 

「坊っちゃんじゃない、加茂憲紀だ! 随分と見下してくれる」

 

 からかわれていると理解したらしく、加茂は眉根を寄せ、怒気をはらんだ声を返す。

 

「ま、いっか。さあ、やろうぜ」

 

 俺は戦闘前だってのに構えず、両手をだらりと広げた。挑発だ。

 

「聞いていた通り、随分と不遜な性格をしているな」

 

 呆れるような声音のまま、加茂が懐から血液パックを取り出す。

 確か、加茂家の相伝は血を使う術式だったか。

 その瞬間、奴の右目に紅い――Xの血管が走った。

 

「あぁん?」

 

 次の瞬間、加茂の身体が一気に加速。血液パックはフェイクか。

 速い。だが――見えてる。

 

 加茂の拳をかわし、逆にカウンターで拳を叩き込む。

 加茂はそれを腕で受け止めたが、顔が僅かに歪んだ。

 

「オラァ!」

 

 拳のラッシュを叩き込む。蹴り上げ、肘を叩き、膝を入れる。

 応じる加茂も、なかなかにやるようだ。

 体術の基礎がしっかりしている。だが、それだけだ。

 

 こちらは軽い攻撃は貰っても、重い攻撃は流すか避けることが出来ている。

 逆に、加茂が甘い体捌きを見せれば、そこへ俺の拳か足が突き刺さる。

 

「くっ!」

 

 俺の拳をガードしたようだが、結構響くらしい。

 今は単純な呪力強化しかしてねぇが、俺の打撃が重いらしい。

 だが、戦いのていになっているだけ十分。

 

「それなりにできんじゃねぇか!」

 

 素直に喜びを表す俺に、加茂は眉をひそめた。

 

「もっとBPM上げていこうぜ!」

 

 身体強化に使う呪力を一段階、上げる。

 次の瞬間には拳が数発、加茂のガードを貫いた。

 

「ぐぅ……!」

 

 加茂は、俺が一段階呪力の強化をしただけで追いつけなくなった。

 結局、少し強いくらいか。予想を超えるような強さはない。

 俺がやる気を失いつつあると、加茂は口元の血を拭い、口を開く。

 

「……ならば」

 

 加茂が再び血液パックを取り出す。

 その中身がうねり、膨張し、縄のように編まれていく。

 それがこちらへ向けて飛び出してきた。

 

「SMか? あいにく、その趣味はねぇんだ」

 

 血の縄を横へ跳躍してかわし、即座に加茂の懐へ踏み込む。

 

 だがあいつも、次の手を用意していた。

 放られた血の塊が、円形状の刃に変化し空を切る。

 

「おっと、危ない」

 

「なっ…!?」

 

 体勢を低く仰け反って、ギリギリでかわす。

 

「驚いている場合じゃないだろォ!」

 

 体制を立て直すと残りの距離を詰め、ジャブを連続で放つ。

 加茂はガードを上げて、顔を重点的に守っている。

 

「ボディがガラ空きィ! と見せかけて――足元がお留守だぜ!」

 

 ボディブローのフェイントを掛け、ローキックを放つ。

 それをまともに受けた加茂はガクッと、姿勢が下がる。

 その隙へ、胴体へ拳を振り抜く。

 

「おっ? ナイスガード!」 

 

 俺の拳の前には血液パック。

 広がった血液が俺の一撃を防ぎ、逆に縄状になって俺を捕まえようとする。

 大きく後ろへ飛んで、血の縄を避ける。

 

「良いねぇ! まだなんかあんだろ! 出来ること、全部見せてみろ! 俺も新技を見せてやるからよォ!」

 

 加茂は両手を構えて前に出す。何らかの技を放つための構えだ。

 

「《百斂(びゃくれん)》!」

 

 合わせた両手から血液が溢れ出す。

 それを確認した俺は、笑った。

 

「そんじゃあ、新技のお披露目と行こうか!」

 

 ――拡張術式《ビートコア》

 

 ドクンッ、ドクンッ。心臓が高鳴る。

 その鼓動に呪力を重ねると、体内に音が響く。

 

「さあ、ビートを刻んでいくぜ!」

 

「《穿血》!」

 

 血液が赤黒くうねる。強く、重く、圧縮された血液。

 

 ――キュンッ!

 

 矢のような血液が放たれる。瞬間、――ドンッ! 俺は足元を爆発させた。

 

「いやぁ、ビビったビビった! めっちゃ速ぇな!」

 

 既に俺は身体は攻撃の軌道上にない。

 

「だが、出が早いだけだな。手の向きでどこを狙うか分かってたら、避けてくれって言ってるようなもんだろ」

 

 先程まで俺がいた地面には、小さなクレーターが出来ている。俺の移動の跡。

 その後ろの建物には加茂の血液ビームで風穴が空いていた。

 かなり貫通力のある攻撃だ。

 

 一歩踏み出す。同時に足元から振動が広がり、加茂の目が見開かれた。

 

「速ッ……!」

 

 ガードを上げた加茂に拳を叩き込む。同時に振動が拳に乗る。

 

「ぐっ、重っ……!」

 

「どうしたどうしたぁ! 防いだのに、内に響くって様子だなぁ!」

 

 俺は顎をしゃくって見下ろすように、術式を開示をした。

 

「《ビートコア》は俺自身をスピーカーに見立てる拡張術式だ。心音を呪力で増幅。それを打撃時に振動として放つことができるぜ」

 

 心臓のビートを溜め込み、右手に集める。

 

「更に振動を内に溜めておくことも可能だ。当然、溜め込んだ振動のエネルギーは好きなタイミングで放つことが出来る。こんな風にな」

 

 拳に溜めていた振動を、勢いよく地面に叩きつけた。

 

「インパクトォ!」

 

 術式開示の縛りで増強された衝撃は、地面を揺らし砂煙を巻き上げる。

 

 その隙に砂煙に隠れて、加茂に突っ込む。

 相手の位置は、振動で感知できている。

 

 マイクもスピーカーも要らねぇ。

 今の俺は、生体マイクスピーカーだ。

 

「ア゛ア゛ア゛アアアアッ!!」

 

 俺の絶叫が衝撃波となって空間を揺らす。

 

「うっ……くっ……!」

 

 音圧によって平衡感覚を乱された加茂に、容赦なく蹴りを叩き込む。

 

「御三家つっても、大したことねぇなぁ!」

 

 加茂の体が吹き飛び、地面を何度も転がった。

 

「なぁ、加茂某さんよぉ?」

 

 体勢を立て直した加茂は、苦悶の表情で立ち上がった。

 

「……私は加茂憲紀。加茂家次代当主だ。君のような無礼な者にその様な呼ばれ方をされる筋合いはない」

 

「当主? お前が? 同じ御三家の五条先生とはかけ離れてんなぁ、色々と」

 

 ふらつく足取りで再び突っ込んでくる。

 

「フラフラだなぁ、おい」

 

 冗談交じりに言ってやると、加茂の身体がビクリと反応する。肩で息をしている。

 顔をしかめ、血を吐きそうなほど奥歯を噛み締めながら、それでも構えは解かない。

 プライドだけで立ってるようなもんだ。俺は少し眉を上げた。

 

「……御三家とは、呪術界の柱だ。秩序の象徴であり、重石である。君のような力だけで暴れ回る者を許してはならない!」

 

 加茂の言葉は、まるで背負わされた看板をそのまま口にしてるみたいだった。

 感情が、熱が、魂がない。ただの"使命感"だ。

 

「秩序ねぇ……あんた、自分でそう思ってんのか? それとも、そう"思わなきゃ"生きてこれなかっただけか?」

 

 肩をすくめて答えた俺は、内心で呟く。

 ──東堂はいいのかよ。同じ京都校だろ。

 

「知ったような口を聞くなぁ!」

 

 加茂が叫ぶ。声の裏に揺れる感情が、今にも崩れそうな心をかろうじて支えてる。

 

「てめぇの言葉、薄っぺらいんだよ。加茂家の当主としてじゃなく、ただの加茂憲紀としては何がしたいんだよ」

 

 問いかけるように言いながら、一歩だけ、俺は加茂に歩み寄る。

 真正面から目を見据えてやる。軽口でも煽りでもない。これは"問答"だ。

 

 その瞬間、加茂の瞳が揺れた。

 迷いが、苦しみが、目の奥に滲んでる。

 

「私は加茂家嫡男として、次代当主として振る舞わなければいかんのだ!」

 

 握りしめた拳が震えていた。怒りじゃない。怖れでもない。

 己の弱さと、抗いきれない現実への悔しさだ。

 

「私が当主としてふさわしくあれば、また母様と共に在れる!」

 

 声が震えた。まるで、自分自身に言い聞かせてるように。

 その言葉を口にした瞬間、加茂の肩が、ほんのわずかに落ちた。

 重すぎる理想を自分に課して、足元が崩れていることにも気づけていない。

 

「そのために、阿比留玲! 貴様を倒す!」

 

 決意を込めて叫ぶその声は、叫びというより祈りに近かった。

 再び右目に血管が浮かび上がり、加茂は赤鱗躍動を再起動させる。

 だが、その動きに、もう俺は驚かない。

 

 何をどう足掻こうが、俺の優位は揺るがない。力の差も、立ち位置も。

 ……けどそれでも、こいつは足掻くんだな。

 誰かのために、自分を捨ててでも。

 

 加茂の打撃を躱し、前蹴りで距離を取らせる。

 

「《苅祓(かりばらい)》!」

 

 次の瞬間、血液パックが開かれ、巨大な円形の血刃が俺へと飛んできた。

 

「《百歛(びゃくれん)》!」

 

 ――飛んだら着地時に撃たれるな。

 

 円形状の血の刃が迫ってくる。

 

「ワンパターン過ぎんだよ!」

 

 脚から振動を放ち、瞬時に加茂の背後へ回り込んだ。

 

「どこにっ……!」

 

 悲鳴混じりの声が虚空に響く。加茂の視線が俺を捉えられなかった、その刹那。

 

 俺の拳が背中に食い込んだ。

 呪力と心音でチャージした振動ごと、肉を、骨を、魂を叩き落とすように。

 

 ドンッ、ドンッ……と音を立てて、加茂の体が地面を数度バウンドする。

 土煙が舞い、乾いた衝撃音が響くたびに、無様な音が身体から漏れ出ていた。

 

「かっ……ぁ……!」

 

 呻き声が最後。加茂は仰向けに崩れ、そのまま沈黙した。

 

 俺は息をひとつ吐き出しながら、その姿を見下ろす。

 まだ意識はある。けど、もう立ち上がれる力は残っていねぇ。

 

「結局よ──お前の弱さが原因だろ」

 

 吐き捨てるように言いながら、俺は手を軽く振って拳についた土を払った。

 別に、見下してるわけじゃねぇ。むしろ──憐れだって思ったんだ。

 

 全ては加茂の"覚悟の浅さ"と"願いの強さ"の齟齬。

 願いは強いのに、足元が脆い。そのくせ、背負うものだけは人一倍でけぇ。

 どうしても叶えたい夢があるなら、もっとがむしゃらにならなきゃなんねぇ。

 

「力さえあれば、全部ぶん殴って黙らせられる。そんで母ちゃんの前に、加茂家の奴ら土下座させて、縛りでも結べ」

 

 俺の声に、もう怒気はなかった。

 代わりに滲んでいたのは──乾いた現実と、それを知ってる者の"冷笑"だ。

 

 ゆっくりと拳を開く。震えていない。

 ただ、思い描いてみただけだ。

 "もしも自分に、守りたい家族がまだ生きていたら"って。

 

「"家族に手ぇ出すなら、てめぇら全員、呪う"ってな」

 

 それが"俺だったら"の答えだ。

 

 加茂を見下ろす俺の目に宿っていたのは、怒りじゃない。

 呪いに囚われた誰かへの──ただの、哀れみだった。

 

 そのとき、地に伏したままの加茂が、絞り出すように呟いた。

 

「君が……羨ましいよ……」

 

 かすかな声。

 呪術師じゃなけりゃ、聞き取れねぇほど小さくて、脆い音だった。

 

「力だけあっても意味がねぇよ」

 

 そして次の瞬間、加茂の身体から力が抜け完全に動かなくなった。

 気を失ったらしい。

 

「……母親がいるだけマシだろうが。ボケ」

 

 誰に言うでもなく、吐き捨てるように呟いた。

 それは、言葉じゃなかった。

 俺の"呪い"そのものだった。

 

 背を向けると、もう何も言わず、静かにその場を歩き出す。

 

「……胸糞悪ぃ」

 

 俺は呟きは誰の耳に届くこともなく、宙へ消えた。

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