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「楽巌寺学長、見てるー?? 今から加茂の坊っちゃん、ボコボコにしちゃいまーーす!」
森を抜けた平地。近くには和風の木造建築がいくつも立ち並び、その中心に多宝塔が影を落としていた。
俺は、空に飛んでいた烏に向けて手を振りながら、ビデオレター風に挨拶してやる。
「これ、言葉は伝わってんのかね?」
振り向いて、目の前に立つ和装の男に顔を向けた。
「どう思うよ、加茂の坊っちゃん」
「坊っちゃんじゃない、加茂憲紀だ! 随分と見下してくれる」
からかわれていると理解したらしく、加茂は眉根を寄せ、怒気をはらんだ声を返す。
「ま、いっか。さあ、やろうぜ」
俺は戦闘前だってのに構えず、両手をだらりと広げた。挑発だ。
「聞いていた通り、随分と不遜な性格をしているな」
呆れるような声音のまま、加茂が懐から血液パックを取り出す。
確か、加茂家の相伝は血を使う術式だったか。
その瞬間、奴の右目に紅い――Xの血管が走った。
「あぁん?」
次の瞬間、加茂の身体が一気に加速。血液パックはフェイクか。
速い。だが――見えてる。
加茂の拳をかわし、逆にカウンターで拳を叩き込む。
加茂はそれを腕で受け止めたが、顔が僅かに歪んだ。
「オラァ!」
拳のラッシュを叩き込む。蹴り上げ、肘を叩き、膝を入れる。
応じる加茂も、なかなかにやるようだ。
体術の基礎がしっかりしている。だが、それだけだ。
こちらは軽い攻撃は貰っても、重い攻撃は流すか避けることが出来ている。
逆に、加茂が甘い体捌きを見せれば、そこへ俺の拳か足が突き刺さる。
「くっ!」
俺の拳をガードしたようだが、結構響くらしい。
今は単純な呪力強化しかしてねぇが、俺の打撃が重いらしい。
だが、戦いのていになっているだけ十分。
「それなりにできんじゃねぇか!」
素直に喜びを表す俺に、加茂は眉をひそめた。
「もっとBPM上げていこうぜ!」
身体強化に使う呪力を一段階、上げる。
次の瞬間には拳が数発、加茂のガードを貫いた。
「ぐぅ……!」
加茂は、俺が一段階呪力の強化をしただけで追いつけなくなった。
結局、少し強いくらいか。予想を超えるような強さはない。
俺がやる気を失いつつあると、加茂は口元の血を拭い、口を開く。
「……ならば」
加茂が再び血液パックを取り出す。
その中身がうねり、膨張し、縄のように編まれていく。
それがこちらへ向けて飛び出してきた。
「SMか? あいにく、その趣味はねぇんだ」
血の縄を横へ跳躍してかわし、即座に加茂の懐へ踏み込む。
だがあいつも、次の手を用意していた。
放られた血の塊が、円形状の刃に変化し空を切る。
「おっと、危ない」
「なっ…!?」
体勢を低く仰け反って、ギリギリでかわす。
「驚いている場合じゃないだろォ!」
体制を立て直すと残りの距離を詰め、ジャブを連続で放つ。
加茂はガードを上げて、顔を重点的に守っている。
「ボディがガラ空きィ! と見せかけて――足元がお留守だぜ!」
ボディブローのフェイントを掛け、ローキックを放つ。
それをまともに受けた加茂はガクッと、姿勢が下がる。
その隙へ、胴体へ拳を振り抜く。
「おっ? ナイスガード!」
俺の拳の前には血液パック。
広がった血液が俺の一撃を防ぎ、逆に縄状になって俺を捕まえようとする。
大きく後ろへ飛んで、血の縄を避ける。
「良いねぇ! まだなんかあんだろ! 出来ること、全部見せてみろ! 俺も新技を見せてやるからよォ!」
加茂は両手を構えて前に出す。何らかの技を放つための構えだ。
「《
合わせた両手から血液が溢れ出す。
それを確認した俺は、笑った。
「そんじゃあ、新技のお披露目と行こうか!」
――拡張術式《ビートコア》
ドクンッ、ドクンッ。心臓が高鳴る。
その鼓動に呪力を重ねると、体内に音が響く。
「さあ、ビートを刻んでいくぜ!」
「《穿血》!」
血液が赤黒くうねる。強く、重く、圧縮された血液。
――キュンッ!
矢のような血液が放たれる。瞬間、――ドンッ! 俺は足元を爆発させた。
「いやぁ、ビビったビビった! めっちゃ速ぇな!」
既に俺は身体は攻撃の軌道上にない。
「だが、出が早いだけだな。手の向きでどこを狙うか分かってたら、避けてくれって言ってるようなもんだろ」
先程まで俺がいた地面には、小さなクレーターが出来ている。俺の移動の跡。
その後ろの建物には加茂の血液ビームで風穴が空いていた。
かなり貫通力のある攻撃だ。
一歩踏み出す。同時に足元から振動が広がり、加茂の目が見開かれた。
「速ッ……!」
ガードを上げた加茂に拳を叩き込む。同時に振動が拳に乗る。
「ぐっ、重っ……!」
「どうしたどうしたぁ! 防いだのに、内に響くって様子だなぁ!」
俺は顎をしゃくって見下ろすように、術式を開示をした。
「《ビートコア》は俺自身をスピーカーに見立てる拡張術式だ。心音を呪力で増幅。それを打撃時に振動として放つことができるぜ」
心臓のビートを溜め込み、右手に集める。
「更に振動を内に溜めておくことも可能だ。当然、溜め込んだ振動のエネルギーは好きなタイミングで放つことが出来る。こんな風にな」
拳に溜めていた振動を、勢いよく地面に叩きつけた。
「インパクトォ!」
術式開示の縛りで増強された衝撃は、地面を揺らし砂煙を巻き上げる。
その隙に砂煙に隠れて、加茂に突っ込む。
相手の位置は、振動で感知できている。
マイクもスピーカーも要らねぇ。
今の俺は、生体マイクスピーカーだ。
「ア゛ア゛ア゛アアアアッ!!」
俺の絶叫が衝撃波となって空間を揺らす。
「うっ……くっ……!」
音圧によって平衡感覚を乱された加茂に、容赦なく蹴りを叩き込む。
「御三家つっても、大したことねぇなぁ!」
加茂の体が吹き飛び、地面を何度も転がった。
「なぁ、加茂某さんよぉ?」
体勢を立て直した加茂は、苦悶の表情で立ち上がった。
「……私は加茂憲紀。加茂家次代当主だ。君のような無礼な者にその様な呼ばれ方をされる筋合いはない」
「当主? お前が? 同じ御三家の五条先生とはかけ離れてんなぁ、色々と」
ふらつく足取りで再び突っ込んでくる。
「フラフラだなぁ、おい」
冗談交じりに言ってやると、加茂の身体がビクリと反応する。肩で息をしている。
顔をしかめ、血を吐きそうなほど奥歯を噛み締めながら、それでも構えは解かない。
プライドだけで立ってるようなもんだ。俺は少し眉を上げた。
「……御三家とは、呪術界の柱だ。秩序の象徴であり、重石である。君のような力だけで暴れ回る者を許してはならない!」
加茂の言葉は、まるで背負わされた看板をそのまま口にしてるみたいだった。
感情が、熱が、魂がない。ただの"使命感"だ。
「秩序ねぇ……あんた、自分でそう思ってんのか? それとも、そう"思わなきゃ"生きてこれなかっただけか?」
肩をすくめて答えた俺は、内心で呟く。
──東堂はいいのかよ。同じ京都校だろ。
「知ったような口を聞くなぁ!」
加茂が叫ぶ。声の裏に揺れる感情が、今にも崩れそうな心をかろうじて支えてる。
「てめぇの言葉、薄っぺらいんだよ。加茂家の当主としてじゃなく、ただの加茂憲紀としては何がしたいんだよ」
問いかけるように言いながら、一歩だけ、俺は加茂に歩み寄る。
真正面から目を見据えてやる。軽口でも煽りでもない。これは"問答"だ。
その瞬間、加茂の瞳が揺れた。
迷いが、苦しみが、目の奥に滲んでる。
「私は加茂家嫡男として、次代当主として振る舞わなければいかんのだ!」
握りしめた拳が震えていた。怒りじゃない。怖れでもない。
己の弱さと、抗いきれない現実への悔しさだ。
「私が当主としてふさわしくあれば、また母様と共に在れる!」
声が震えた。まるで、自分自身に言い聞かせてるように。
その言葉を口にした瞬間、加茂の肩が、ほんのわずかに落ちた。
重すぎる理想を自分に課して、足元が崩れていることにも気づけていない。
「そのために、阿比留玲! 貴様を倒す!」
決意を込めて叫ぶその声は、叫びというより祈りに近かった。
再び右目に血管が浮かび上がり、加茂は赤鱗躍動を再起動させる。
だが、その動きに、もう俺は驚かない。
何をどう足掻こうが、俺の優位は揺るがない。力の差も、立ち位置も。
……けどそれでも、こいつは足掻くんだな。
誰かのために、自分を捨ててでも。
加茂の打撃を躱し、前蹴りで距離を取らせる。
「《
次の瞬間、血液パックが開かれ、巨大な円形の血刃が俺へと飛んできた。
「《
――飛んだら着地時に撃たれるな。
円形状の血の刃が迫ってくる。
「ワンパターン過ぎんだよ!」
脚から振動を放ち、瞬時に加茂の背後へ回り込んだ。
「どこにっ……!」
悲鳴混じりの声が虚空に響く。加茂の視線が俺を捉えられなかった、その刹那。
俺の拳が背中に食い込んだ。
呪力と心音でチャージした振動ごと、肉を、骨を、魂を叩き落とすように。
ドンッ、ドンッ……と音を立てて、加茂の体が地面を数度バウンドする。
土煙が舞い、乾いた衝撃音が響くたびに、無様な音が身体から漏れ出ていた。
「かっ……ぁ……!」
呻き声が最後。加茂は仰向けに崩れ、そのまま沈黙した。
俺は息をひとつ吐き出しながら、その姿を見下ろす。
まだ意識はある。けど、もう立ち上がれる力は残っていねぇ。
「結局よ──お前の弱さが原因だろ」
吐き捨てるように言いながら、俺は手を軽く振って拳についた土を払った。
別に、見下してるわけじゃねぇ。むしろ──憐れだって思ったんだ。
全ては加茂の"覚悟の浅さ"と"願いの強さ"の齟齬。
願いは強いのに、足元が脆い。そのくせ、背負うものだけは人一倍でけぇ。
どうしても叶えたい夢があるなら、もっとがむしゃらにならなきゃなんねぇ。
「力さえあれば、全部ぶん殴って黙らせられる。そんで母ちゃんの前に、加茂家の奴ら土下座させて、縛りでも結べ」
俺の声に、もう怒気はなかった。
代わりに滲んでいたのは──乾いた現実と、それを知ってる者の"冷笑"だ。
ゆっくりと拳を開く。震えていない。
ただ、思い描いてみただけだ。
"もしも自分に、守りたい家族がまだ生きていたら"って。
「"家族に手ぇ出すなら、てめぇら全員、呪う"ってな」
それが"俺だったら"の答えだ。
加茂を見下ろす俺の目に宿っていたのは、怒りじゃない。
呪いに囚われた誰かへの──ただの、哀れみだった。
そのとき、地に伏したままの加茂が、絞り出すように呟いた。
「君が……羨ましいよ……」
かすかな声。
呪術師じゃなけりゃ、聞き取れねぇほど小さくて、脆い音だった。
「力だけあっても意味がねぇよ」
そして次の瞬間、加茂の身体から力が抜け完全に動かなくなった。
気を失ったらしい。
「……母親がいるだけマシだろうが。ボケ」
誰に言うでもなく、吐き捨てるように呟いた。
それは、言葉じゃなかった。
俺の"呪い"そのものだった。
背を向けると、もう何も言わず、静かにその場を歩き出す。
「……胸糞悪ぃ」
俺は呟きは誰の耳に届くこともなく、宙へ消えた。