十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十一話 交流会 団体戦3

 

「はぁ……」

 

 気づけば三度目のため息だった。

 

 ポケットに両手を突っ込み、だらしなく森を歩く。《ビートコア》は未だ展開中。

 心臓の鼓動に呪力を乗せて、微弱な振動として森全体に撒き散らす。

 流した俺の呪力波に俺以外の呪力が触れれば、それが呪力を持つ者の気配だ。

 

 とはいえ。

 

「……はぁ」

 

 溜息、四発目。

 

「あいつと戦うんじゃなかったな」

 

 独り言のような声が、鬱蒼とした森に溶けた。

 

 頭から離れねぇのは、さっきぶっ飛ばした加茂憲紀のことだ。

 加茂家の嫡男、次代当主、御三家。

 保守派の象徴みてぇな肩書を背負った、ガチガチの"正しさ"に縛られた術師。

 

 舐めてた。……つーか、意図的に舐めてみせた。

 俺の術式を、俺という存在を、旧時代の呪術師連中がどう扱ってるのか。

 それを体現するやつに、力で分からせるためだった。

 

 けど、どうにも後味が悪ぃ。

 

 願いの割に、力は大したことがなかった。

 けど、芯はあった。

 あいつは──人として、俺なんかよりよっぽどマシだった。

 

 問題はその「人としてのまともさ」だ。

 

 呪術師に必要なのは、願いと、それを"喰らう"飢餓感だ。

 満たされてちゃ、届かねぇ。

 あいつは、加茂家に縛られていたにもかかわらず、ずっと正常でありすぎた。

 

「俺の当初の目的は達したからいいだろうがよ……」

 

 呟いてみる。言い聞かせるように。

 

「……ああああぁぁぁ! 似合わねぇ!」

 

 勢いよく頭をかきむしった。

 ぐるぐると胸の奥に渦巻く、このわけのわからねぇ感情が、鬱陶しくて仕方がない。

 

 ……少しでも、あいつのことを認めちまったんだろうな。

 

 だったらもう、うじうじ悩むな。

 後で、俺が力のつけ方を見せてやりゃいい。

 そん時には、今日の借りも精算してやる。

 

 森を抜けかけたところで、微細な呪力の反響があった。

 距離にして二十数メートルほど先。三人分の気配。

 

 音を頼りに、俺はそちらへ向かって歩を進める。

 

 視界の開けた場所に、すでに倒れた二人の姿があった。

 うちの東京校の三年、二人だ。

 その前に立つ、肩で息をする男──京都校の三年。ひとりで三年二人を圧倒したってのか。

 

「……もしかして、2対1で負けたのか?」

 

 言葉に感情はこもってねぇ。

 ただ事実を口に出しただけ。

 ……まあ、ウチの三年がその程度ってことだな、ってくらいには軽く失望したけど。

 

 その俺の声に、相手の男がこちらを振り返った。

 

「っ! 阿比留玲(あびるれい)……加茂は負けたか……」

 

 ゼェゼェと浅い呼吸を繰り返すその顔には、確かな疲労の色。

 けど──目だけはギラついていやがった。

 

 やれやれ、まだやる気あんのかよ。

 

「どーも。ポイント渡すなら見逃すけど、どうする?」

 

 声色はいつもの調子だが、どこか熱を帯びていない。

 さっき加茂とのやり取りで、ちょっとだけテンションが落ちたままなんだ。

 

 それでも、相手は食ってかかってくる。

 

「ふん、馬鹿を言うな。お前ごとき、疲労していても戦える」

 

 ……ああ、はいはい。

 こういうやつか。

 

 声を聞いた瞬間にわかった。

 古臭い価値観をこじらせた、典型的な呪術界のクズ。

 血筋だの家柄だの、そんなもんしか拠り所がない連中。

 

 こういうのは──気兼ねなく、ブチのめせる。

 

 狩衣を現代風にアレンジしたようなヒラつく制服。

 一気に間合いを詰め、その袖を掴んで引き寄せ──ぶん殴った。

 

「おっ? 変な手応え。あまり効いてねぇな」

 

 胴体へ綺麗に拳が入ったし、呪力もそこそこ乗せた。

 けど、拳に返ってくる感触が妙に鈍い。粘土を叩いたような、重い緩衝感。

 衝撃は通っているようで、派手に吹っ飛んだがダメージとしては浅い。

 

「つうか、そんなヒラヒラした袖だと、掴んでくれって言ってるようなもんだぜ」

 

 相手はすぐに体勢を直し、立ち上がる。

 観察していると、服の内側からチラっと見えた黒い彫り物が、手の甲を伝って浮かび上がったのが見えた。

 

「なにそれ、タトゥー? 意外と現代チックじゃん」

 

「これは式紋だ! 下賤な彫り物と一緒にするな!」

 

 式紋、ねぇ。知らんが、要は身体に刻んだ呪紋か何か。

 術式の強化や媒介ってとこだろ。それとも、そういう術式か。

 

 そいつは懐から護符を引き抜くと、俺に向けて数枚を一気に投げつけてきた。

 

「落ちろォ!」

 

 言葉に呪力を乗せる。呪言じゃない。ただの一声。けど、それだけでいい。

 音が空気を裂き、衝撃を生んで護符を吹き飛ばす。

 

「古すぎてカビ生えてんじゃねぇか、その呪術。いや、まぁ……あんたにはお似合いだよ。前時代の亡霊って感じでさァ」

 

 皮肉を込めて口を歪めた瞬間──互いに地を蹴った。

 

 殴り合い。拳と拳のぶつかり合い。

 だが、圧倒的にこっちが上。相手の動きは読みやすく、動きも鈍重だ。工夫もねぇ。

 向こうも殴ってくるが、こちらの体勢を崩すほどじゃない。

 

 ただ、やけに"俺に触れよう"としてくる仕草が多い。

 

 ――触れたらなんかあんのか?

 

 護符とは別に、接触自体にも術式の起点があるんだろう。

 けど、肝心のその"触れる"って工程ができてねぇ。速度も間合いも、こっちが一枚も二枚も上。

 

 触れて、更に何らの条件を満たすことで術式が使えるんだろうが――遅すぎる。

 

「ぐっ……!」

 

 俺の拳が相手の肘に当たり、逆関節気味に入る。

 悲鳴とともに、腕がわずかに垂れる。

 

「調子はどうよ? 俺程度、疲れていても倒せるんじゃなかったか?」

 

 さらに逆の膝に蹴り。足が浮きかけてバランスを崩す。

 

「っ、……この成り上がりがッ!」

 

 おっと、まだ元気じゃん。

 そんな最中、男は無事な方の脚を力み、無理やり距離を取った。

 

 そして、懐から再び護符を数枚取り出し、まるで手裏剣のように散らして投げてくる。

 こいつ護符の操作もできるのか。

 

「チッ……!」

 

 近距離だったこともあり、すべてを避けきれない。

 肩と胸、それに脚の一部。ぺたぺたと紙が張り付き、身体が一瞬ビクッと強張った。

 

「油断したな!」

 

 勝ちを確信したような声。間髪入れず飛び込んでくる拳。

 

「遅ぇよ」

 

 その拳を、片手でパシィッと掴む。

 そして、相手の伸びた腕の下から勢いよく腕を打ち上げる。

 

「ゴッ……ホ!」

 

 顎に拳がめり込む。頭を仰け反らせた相手の腹に、すかさず前蹴り。

 数メートルは吹き飛んで、地面を転がった。

 

 張り付いた護符を剥がす。波打った文字と一緒に『封』や『縛』の字が見えた。

 

「ふーん、書かれた文字に効果を持たせるのか。ちょっと面白ぇな」

 

 要するに、書いた文字通りの縛り効果が発動するってことか。

 その割に、何枚も貼ってようやく一瞬だけ動きが止まる程度の効力。

 呪力を流してやれば、すぐにでも抵抗できる程度のものだ。

 

 ――札、近接、強化式紋……なるほどな。術式は面白い。けど、使ってる奴がクソ。

 

 相手は、口から血を流しながら立ち上がった。

 目には殺気というより、汚れたプライドの怒り。

 

「ッざけるなよ……! 貴様のような──汚れた血の成り上がり風情が……!」

 

「汚れた血? 頭マルフォイかよ」

 

 口から血を滲ませながら吐き捨てるその目に、理性の色はなかった。

 にじみ出るのはプライドでも信念でもなく、腐りきった"血統主義"ってやつ。

 生まれも、家柄も、何もかもを盾にして自分の価値を保ってきたような奴。

 

「生まれも知らぬ、家系も知らぬ、品格もない──そんなガキが呪術師ヅラしてんじゃねぇ……!」

 

 ああ、コイツ、本物だ。

 呪術の"古さ"の権化。

 

 時代に取り残され、腐臭を放ち、それでも自分を"伝統"と勘違いしてる化石。

 ポケットに手を突っ込んだまま、自然と口角が上がる。

 

「そんな俺に負けてるあんたは何なんだろうなぁ? 自称呪術師サマ?」

 

「キサマァァ!!」

 

 叫びと同時に飛び込んでくる3年。

 けどもう、俺の中で戦闘は終わってた。

 

 心音と共に生成される《ビートコア》の振動エネルギー。

 そいつを足元から放出。地面を跳ね、俺は一瞬で相手の背後に回っていた。

 

 更に右手に集中させた振動エネルギーが、俺の手のひらにうねりを伝える。

 振りかぶった拳に呪力と振動を載せ、迷わず振り抜く。

 

 ──その瞬間だった。

 

 ズガァァァァン!!!!

 

 轟音。ぶっ飛んできた"何か"を、そのまま殴り飛ばす感触。

 振動エネルギーごと吹き飛ばしたそれは、数本の木をへし折りながら森の奥へと消えていった。

 

「……今、なんかゴリラっぽいものが見えたような?」

 

 いや、気のせいか? 目の前にいた3年も、気づけばいない。

 周囲を見回していると、空から誰かが降ってきた。

 それは団体戦序盤から、戦闘を行っていた秤金次センパイ。

 

「おいおい、何してんだよ、金次センパイ! 邪魔しに来たのか!?」

 

「バカ言え! 絶賛、東堂と戦闘中だ!」

 

 どうやら、また東堂とやり合ってたらしい。

 というか頭から変な音楽流してるな。どうなってる?

 しかもその呪力量……憂太と張るか、それ以上。

 

 もしかして、領域展開中のボーナスか?

 こんな化け物と東堂は戦ってたのか。

 

 まぁ、それはいいとして。

 

「……その東堂はどこだよ」

 

「そりゃあ……あいつどこ行きやがった!?」

 

 どうやら、金次センパイも東堂を見失ってるらしい。

 おかしいな。さっき俺、3年を殴ったはずなのに、手応えがちょっと違ったんだよな……。

 

 思考と足が同時に動く。

 さっき俺が"吹っ飛ばした"方向へ向かうと、なぎ倒された木々の奥にそれはあった。

 

「……うわ」

 

「まじか、お前……」

 

 俺と金次センパイ、声を揃えて絶句。

 その場に倒れていたのは、東堂葵だった。

 

 頬がすごいことになってる。腫れあがり方が漫画だ。

 そのド真ん中に、俺の拳痕がくっきり残っていた。

 

「センパイ……狙ってやったのか?」

 

「バカ言え、俺が戦ってた場所からここまで、どれだけ距離があると思ってんだ」

 

「偶然にしては出来すぎでしょ」

 

 そして、その横では俺が戦っていた3年もぶっ倒れてる。

 おそらく、センパイにぶっ飛ばされた東堂が、俺と戦ってた3年に衝突。

 で、代わりに東堂が俺の拳と鉢合わせして、友情の強化パンチの出来上がりってわけだ。

 

「……まぁ、一応勝ちってことで」

 

 そう口にした俺だが、金次センパイは納得行かないようで、声を荒げて叫ぶ。

 

「不完全燃焼だぁ!!」

 

「それは個人戦で晴らせばいいんじゃねぇ?」

 

 気づけば、まわりは森の静けさを取り戻していた。

 

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