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「はぁ……」
気づけば三度目のため息だった。
ポケットに両手を突っ込み、だらしなく森を歩く。《ビートコア》は未だ展開中。
心臓の鼓動に呪力を乗せて、微弱な振動として森全体に撒き散らす。
流した俺の呪力波に俺以外の呪力が触れれば、それが呪力を持つ者の気配だ。
とはいえ。
「……はぁ」
溜息、四発目。
「あいつと戦うんじゃなかったな」
独り言のような声が、鬱蒼とした森に溶けた。
頭から離れねぇのは、さっきぶっ飛ばした加茂憲紀のことだ。
加茂家の嫡男、次代当主、御三家。
保守派の象徴みてぇな肩書を背負った、ガチガチの"正しさ"に縛られた術師。
舐めてた。……つーか、意図的に舐めてみせた。
俺の術式を、俺という存在を、旧時代の呪術師連中がどう扱ってるのか。
それを体現するやつに、力で分からせるためだった。
けど、どうにも後味が悪ぃ。
願いの割に、力は大したことがなかった。
けど、芯はあった。
あいつは──人として、俺なんかよりよっぽどマシだった。
問題はその「人としてのまともさ」だ。
呪術師に必要なのは、願いと、それを"喰らう"飢餓感だ。
満たされてちゃ、届かねぇ。
あいつは、加茂家に縛られていたにもかかわらず、ずっと正常でありすぎた。
「俺の当初の目的は達したからいいだろうがよ……」
呟いてみる。言い聞かせるように。
「……ああああぁぁぁ! 似合わねぇ!」
勢いよく頭をかきむしった。
ぐるぐると胸の奥に渦巻く、このわけのわからねぇ感情が、鬱陶しくて仕方がない。
……少しでも、あいつのことを認めちまったんだろうな。
だったらもう、うじうじ悩むな。
後で、俺が力のつけ方を見せてやりゃいい。
そん時には、今日の借りも精算してやる。
森を抜けかけたところで、微細な呪力の反響があった。
距離にして二十数メートルほど先。三人分の気配。
音を頼りに、俺はそちらへ向かって歩を進める。
視界の開けた場所に、すでに倒れた二人の姿があった。
うちの東京校の三年、二人だ。
その前に立つ、肩で息をする男──京都校の三年。ひとりで三年二人を圧倒したってのか。
「……もしかして、2対1で負けたのか?」
言葉に感情はこもってねぇ。
ただ事実を口に出しただけ。
……まあ、ウチの三年がその程度ってことだな、ってくらいには軽く失望したけど。
その俺の声に、相手の男がこちらを振り返った。
「っ!
ゼェゼェと浅い呼吸を繰り返すその顔には、確かな疲労の色。
けど──目だけはギラついていやがった。
やれやれ、まだやる気あんのかよ。
「どーも。ポイント渡すなら見逃すけど、どうする?」
声色はいつもの調子だが、どこか熱を帯びていない。
さっき加茂とのやり取りで、ちょっとだけテンションが落ちたままなんだ。
それでも、相手は食ってかかってくる。
「ふん、馬鹿を言うな。お前ごとき、疲労していても戦える」
……ああ、はいはい。
こういうやつか。
声を聞いた瞬間にわかった。
古臭い価値観をこじらせた、典型的な呪術界のクズ。
血筋だの家柄だの、そんなもんしか拠り所がない連中。
こういうのは──気兼ねなく、ブチのめせる。
狩衣を現代風にアレンジしたようなヒラつく制服。
一気に間合いを詰め、その袖を掴んで引き寄せ──ぶん殴った。
「おっ? 変な手応え。あまり効いてねぇな」
胴体へ綺麗に拳が入ったし、呪力もそこそこ乗せた。
けど、拳に返ってくる感触が妙に鈍い。粘土を叩いたような、重い緩衝感。
衝撃は通っているようで、派手に吹っ飛んだがダメージとしては浅い。
「つうか、そんなヒラヒラした袖だと、掴んでくれって言ってるようなもんだぜ」
相手はすぐに体勢を直し、立ち上がる。
観察していると、服の内側からチラっと見えた黒い彫り物が、手の甲を伝って浮かび上がったのが見えた。
「なにそれ、タトゥー? 意外と現代チックじゃん」
「これは式紋だ! 下賤な彫り物と一緒にするな!」
式紋、ねぇ。知らんが、要は身体に刻んだ呪紋か何か。
術式の強化や媒介ってとこだろ。それとも、そういう術式か。
そいつは懐から護符を引き抜くと、俺に向けて数枚を一気に投げつけてきた。
「落ちろォ!」
言葉に呪力を乗せる。呪言じゃない。ただの一声。けど、それだけでいい。
音が空気を裂き、衝撃を生んで護符を吹き飛ばす。
「古すぎてカビ生えてんじゃねぇか、その呪術。いや、まぁ……あんたにはお似合いだよ。前時代の亡霊って感じでさァ」
皮肉を込めて口を歪めた瞬間──互いに地を蹴った。
殴り合い。拳と拳のぶつかり合い。
だが、圧倒的にこっちが上。相手の動きは読みやすく、動きも鈍重だ。工夫もねぇ。
向こうも殴ってくるが、こちらの体勢を崩すほどじゃない。
ただ、やけに"俺に触れよう"としてくる仕草が多い。
――触れたらなんかあんのか?
護符とは別に、接触自体にも術式の起点があるんだろう。
けど、肝心のその"触れる"って工程ができてねぇ。速度も間合いも、こっちが一枚も二枚も上。
触れて、更に何らの条件を満たすことで術式が使えるんだろうが――遅すぎる。
「ぐっ……!」
俺の拳が相手の肘に当たり、逆関節気味に入る。
悲鳴とともに、腕がわずかに垂れる。
「調子はどうよ? 俺程度、疲れていても倒せるんじゃなかったか?」
さらに逆の膝に蹴り。足が浮きかけてバランスを崩す。
「っ、……この成り上がりがッ!」
おっと、まだ元気じゃん。
そんな最中、男は無事な方の脚を力み、無理やり距離を取った。
そして、懐から再び護符を数枚取り出し、まるで手裏剣のように散らして投げてくる。
こいつ護符の操作もできるのか。
「チッ……!」
近距離だったこともあり、すべてを避けきれない。
肩と胸、それに脚の一部。ぺたぺたと紙が張り付き、身体が一瞬ビクッと強張った。
「油断したな!」
勝ちを確信したような声。間髪入れず飛び込んでくる拳。
「遅ぇよ」
その拳を、片手でパシィッと掴む。
そして、相手の伸びた腕の下から勢いよく腕を打ち上げる。
「ゴッ……ホ!」
顎に拳がめり込む。頭を仰け反らせた相手の腹に、すかさず前蹴り。
数メートルは吹き飛んで、地面を転がった。
張り付いた護符を剥がす。波打った文字と一緒に『封』や『縛』の字が見えた。
「ふーん、書かれた文字に効果を持たせるのか。ちょっと面白ぇな」
要するに、書いた文字通りの縛り効果が発動するってことか。
その割に、何枚も貼ってようやく一瞬だけ動きが止まる程度の効力。
呪力を流してやれば、すぐにでも抵抗できる程度のものだ。
――札、近接、強化式紋……なるほどな。術式は面白い。けど、使ってる奴がクソ。
相手は、口から血を流しながら立ち上がった。
目には殺気というより、汚れたプライドの怒り。
「ッざけるなよ……! 貴様のような──汚れた血の成り上がり風情が……!」
「汚れた血? 頭マルフォイかよ」
口から血を滲ませながら吐き捨てるその目に、理性の色はなかった。
にじみ出るのはプライドでも信念でもなく、腐りきった"血統主義"ってやつ。
生まれも、家柄も、何もかもを盾にして自分の価値を保ってきたような奴。
「生まれも知らぬ、家系も知らぬ、品格もない──そんなガキが呪術師ヅラしてんじゃねぇ……!」
ああ、コイツ、本物だ。
呪術の"古さ"の権化。
時代に取り残され、腐臭を放ち、それでも自分を"伝統"と勘違いしてる化石。
ポケットに手を突っ込んだまま、自然と口角が上がる。
「そんな俺に負けてるあんたは何なんだろうなぁ? 自称呪術師サマ?」
「キサマァァ!!」
叫びと同時に飛び込んでくる3年。
けどもう、俺の中で戦闘は終わってた。
心音と共に生成される《ビートコア》の振動エネルギー。
そいつを足元から放出。地面を跳ね、俺は一瞬で相手の背後に回っていた。
更に右手に集中させた振動エネルギーが、俺の手のひらにうねりを伝える。
振りかぶった拳に呪力と振動を載せ、迷わず振り抜く。
──その瞬間だった。
ズガァァァァン!!!!
轟音。ぶっ飛んできた"何か"を、そのまま殴り飛ばす感触。
振動エネルギーごと吹き飛ばしたそれは、数本の木をへし折りながら森の奥へと消えていった。
「……今、なんかゴリラっぽいものが見えたような?」
いや、気のせいか? 目の前にいた3年も、気づけばいない。
周囲を見回していると、空から誰かが降ってきた。
それは団体戦序盤から、戦闘を行っていた秤金次センパイ。
「おいおい、何してんだよ、金次センパイ! 邪魔しに来たのか!?」
「バカ言え! 絶賛、東堂と戦闘中だ!」
どうやら、また東堂とやり合ってたらしい。
というか頭から変な音楽流してるな。どうなってる?
しかもその呪力量……憂太と張るか、それ以上。
もしかして、領域展開中のボーナスか?
こんな化け物と東堂は戦ってたのか。
まぁ、それはいいとして。
「……その東堂はどこだよ」
「そりゃあ……あいつどこ行きやがった!?」
どうやら、金次センパイも東堂を見失ってるらしい。
おかしいな。さっき俺、3年を殴ったはずなのに、手応えがちょっと違ったんだよな……。
思考と足が同時に動く。
さっき俺が"吹っ飛ばした"方向へ向かうと、なぎ倒された木々の奥にそれはあった。
「……うわ」
「まじか、お前……」
俺と金次センパイ、声を揃えて絶句。
その場に倒れていたのは、東堂葵だった。
頬がすごいことになってる。腫れあがり方が漫画だ。
そのド真ん中に、俺の拳痕がくっきり残っていた。
「センパイ……狙ってやったのか?」
「バカ言え、俺が戦ってた場所からここまで、どれだけ距離があると思ってんだ」
「偶然にしては出来すぎでしょ」
そして、その横では俺が戦っていた3年もぶっ倒れてる。
おそらく、センパイにぶっ飛ばされた東堂が、俺と戦ってた3年に衝突。
で、代わりに東堂が俺の拳と鉢合わせして、友情の強化パンチの出来上がりってわけだ。
「……まぁ、一応勝ちってことで」
そう口にした俺だが、金次センパイは納得行かないようで、声を荒げて叫ぶ。
「不完全燃焼だぁ!!」
「それは個人戦で晴らせばいいんじゃねぇ?」
気づけば、まわりは森の静けさを取り戻していた。