個人戦が始まった。
会場となったのは、京都高専の敷地内にある、広々とした土のグラウンド。
整備されているとは言いがたいが、呪術戦闘にはうってつけだ。
場所の四方には堅牢な結界が張られ、呪力の流出や攻撃の逸れが外部に漏れないようにされている。
生徒たちは、結界から少し離れた位置に設置された簡易スタンドに腰掛け、戦況を見守っていた。
俺もそのひとり。星センパイの隣に座りながら、戦いの流れを目で追っていた。
順調に試合は進んでいき、ここまで東京校は三戦二勝。
秤センパイは相変わらずの強さで京都校のモブ三年をねじ伏せ、乙骨は言うまでもなく西宮を退けた。
そして、続く第四試合。
今、結界内で対峙しているのは加茂だった。
「四番手は加茂か」
相手は
聞く気もなかった。まあ、俺と同じで、呪術師としては一般の出で後発組らしい。
強さは二級術師。術式は……やけに地味だ。
右手をかざすと、彼の足元からぼこりと黒い杭のようなものが現れた。
呪力を凝縮して実体化させた"杭"を生成し、それを相手の体に打ち込むことで、呪力の流れを乱す術式。
刺さった部位の制御が一時的に効かなくなり、相手の術式発動や動作を鈍らせる効果があるらしい。
ただし、杭を刺すってことは、そもそも接近しなきゃいけない。
もしくは、杭を遠距離で射出する。まあ、術者が雑魚なので命中率が低い。
そのくせ、硬度も破壊力も中途半端。
──なにより、地味。
一度に生成できる杭の数も多くない。
それでも三年は地を這うように動きながら、杭を生成しては投げ、生成しては突き立てていく。
手際と慣れはある。それは確かだ。
対する加茂。
……明らかに、以前より強くなっている。
団体戦が終わってから――この短時間で習得したであろう"血の凝固化"。
足の一部や手の一部だけを盾と化した血で覆い、杭を弾く。
要所要所を固めた血で覆い、攻撃と防御の両方に活かしていた。
さらに"血による目潰し"、血を飛沫のように霧状にして視界を奪う。
覚えたばかりで制御は粗いが、実戦でちゃんと使えているあたり、実践形式の組手は間違ってなかったようだ。
そのうえで、赤鱗躍動を基盤にした体術の鋭さが際立つ。
動きが前よりも、明らかに速い。重い。
三年が杭を打ち込もうと飛び込んだ瞬間、加茂は身体を捻りながら掌底で杭の軌道をそらし、肘打ちを叩き込んだ。
咄嗟に杭を生み出そうとした三年に、加茂は休みなく間合いを詰める。
──読まれてる。完全に、リズムを。
次の瞬間、加茂の足が滑るように地を駆け、同時に懐から取り出した血液パックが放たれた。
血が広がる。目潰しか。三年が目を瞑った瞬間、腹に脚がめり込んだ。
鈍い音と共に、三年の体がよろけて膝をつく。
杭は手から滑り落ち、もう再生成する余裕もなさそうだった。
最後は、手の甲に纏わせた血を鋭利に固め、そのまま渾身の裏拳。
……バシィッ! と小気味よい音が結界内に響いた。
三年が、崩れるように地に伏する。
「未熟だが、出来るじゃねぇか」
思わず、声に出ていた。
団体戦のときより、明らかに動きのキレが良かった。
終始自分のペースで動け、近接での戦いかたも以前より向上している。
なにより、この戦いで赤鱗躍動と基本的な血の操作以外に、術式を使っていなかった。
俺が指摘したフィジカル面だけで、ウチの3年を圧倒してみせた。
これはまだまだ、鍛えがいがありそうだ。
続く5試合目。
京都の3年は星センパイの術式を理解できずに、全てが後手後手。
戦いを完全に自分のペースに持っていき、対した苦労もなく星センパイが勝利をした。
センパイが勝利を決め、グラウンドから出てくる。
「お疲れ、星センパイ」
俺はねぎらいの言葉とともに、冷たいペットボトルを片手で放る。
星センパイはにこりと笑って、それを受け取った。
「術式も戦い方も、めっちゃクールだったぜ」
「ありがと。この後、葵ちゃんとでしょ? 玲ちゃんも頑張ってね」
「ああ、任せてくれ。団体戦も個人戦もウチの勝ちで飾るさ」
「頼もしい~!」
星センパイの明るい声を背に、俺は一歩ずつフィールドへ歩を進める。
芝の匂い。張り詰めた空気。巨大な結界の内側、そこはまさに"試合"という名の戦場だった。
中央には、既に東堂が待っていた。
いつもの派手な上半身に、己の肉体への自信がにじみ出てるような立ち姿。
俺を期待を込めた目で睨みつけていた。
東堂葵。
正式な対峙はこれが初めてだろう。
構えすらとっていないその姿でも、威圧感があった。
結界の外、夜蛾学長の声が響く。
「第六試合──開始!」
合図と同時、まるで弾かれるように、俺たちは動いた。
──速い。
東堂の踏み込み、わずか一歩で間合いを詰めてきた。
腕が唸りを上げる。防御よりも先に、直感が体を動かしていた。
拳と拳がぶつかる。爆ぜるような衝撃。
――硬ぇ……!
素の強化術が上手い。俺も即座に呪力を更に重ねるが、重さが違う。
圧が違う。足元が軋む。
東堂は喋らない。ただ、笑っていた。
本気で殴り合いを楽しむように、獣じみた目をしていた。
右からの打ち下ろし。避けきれず、腕でガード。だけどその瞬間、体が浮く。
地面に落ちる寸前、身をひねって受け身を取った。
「ッ……!」
痛みはある。でも──致命傷じゃない。呪力で骨は守った。
――フィジカルじゃ、完全に俺が劣ってる……!
殴っても殴っても、有効打が通らない。
逆に、東堂の一撃は一発一発が重い。見切れても、削られる。
――運動神経じゃあっちが上。格闘センスも……!
東堂の肘打ちを滑るように避けて、瞬間的に間合いを離す。
「単純な殴り合いでは俺に勝ち目はねぇ」
口の端から血を拭って、立て直す。
「業腹だが、ここからは術式を使わせてもらうぜ」
すると、東堂が唇の端を持ち上げた。ニヤリと笑って、低い声を漏らす。
「いい判断だ。俺は強い奴との"語らい"がしたい」
“語らい”──たぶん、東堂にとっての会話は拳だ。なら、俺にとっての拳を――言葉をぶつけるまで。
「阿比留玲、退屈させてくれるなよ?」
腰のホルダーからマイクを引き抜く。
指がそれに触れた瞬間、呪力が走る。
形が変わる。灰と紫のメタリックボディ、柄には蛇が這い、眼がぎらりと光を放つ。
同時に、背後の空間が歪んだ。
黒い渦が広がり、そこから紫と銀のスピーカーが出現。
巻きついた蛇がゆらりと首をもたげた。
「ブリング・ザ・ビートォ!」
叫ぶと同時、呪力をスピーカーに流し込む。空間が震え、音が爆ぜる。
ドン、ドドド、ドン──!
音の圧が弾丸のように放たれる。正面から迫る東堂に向けて、マシンガンのように連打を浴びせる。
飽和攻撃。威力で倒すんじゃない。近づけさせないための"壁"だ。
東堂の巨体が弾かれる。手でガードしながら突っ込んでくるも、足が止まった。
音圧で、地面が削れ、砂塵が舞う。
「ここからは俺のステージだぁああ!」
吠えるように叫び、マイクを振り下ろす。瞬間、背後のスピーカーが咆哮した。
轟く音圧。俺の呪力がビートと化し、爆音と共に空間を裂いた。
「ラップスキル・《クリティカル》!」
――ここで一気に削る!
拡張術式――ラップスキル《クリティカル》を発動。
呪力出力が増加し、大量の呪力がスピーカーに流れる。
地鳴りのような重低音が地面を叩き、空気を震わせる。
その瞬間、俺の足元から紫銀のラインが広がった。
BPMは140。8小節、戦場にリリックが刻まれる。
『端からブッ放 すバース』
『バカじゃ踏めねぇ場数
『俺はフロア 沸かす』
『振るうバール 潰すアイツ』
俺の声が空を裂くたび、スピーカーの蛇が咆え、波紋のように音の衝撃が地面を穿つ。
その波が、突進していた東堂を真正面から撃ち抜いた。
「ぐっ──!」
巨体がのけぞる。だが倒れない。踏みとどまった。さすがだ。
だが、まだ終わっちゃいねぇ。
『マイクでLIFEに刻むライム』
『ちょっとタイム?これはLIVE!』
『俺のスタイルは核ミサイル』
『死後に知るか? 愚者の
ラストの小節と同時、俺は音に呪力を込め、拳を強く握りしめた。
「……ぐあっ!」
東堂の腹部を中心に、爆音が炸裂。
鼓膜を破壊するほどの圧に包まれたその瞬間、彼の身体が後ろへと弾かれた。
砂塵を巻き上げて転倒。
「はぁ……はぁ……」
一気に呪力を出力したから、身体が軋む。やっぱり、身体が大量の呪力出力に耐えきれてない。
だが、それをアドレナリンが疲労を打ち消していく。
肉体に、魂に、言葉が、音が喰らいつく。
音が止む。残響だけが、戦場に漂っていた。
東堂がゆっくりと起き上がる。肩で息をしながら、口元の血をぬぐった。
「……はっ。いいバースだった」
にやりと笑う。まだ戦える。さすが東堂葵ってとこか。
だが俺は、マイクを構えたまま問う。
「さあ、アンサー返してみな?」
東堂の目が細められた。
術式の縛りに則った確認──先攻の俺のターンに対して、相手がアンサーを返せるかどうか。
それを訊いた――と同時に、俺は動き出していた。
「返せるもんならなぁ!」
答えを聞く前に詰める。
俺のリズムを崩させない。アンサーを返す隙を与えない。
東堂との距離を一気に詰め、殴る、蹴る、肘を入れる、膝を撃ち込む。
今の状況――俺はスピーカーを操れない。
現在、攻撃権は東堂にある。
だから、俺のフィジカルだけで東堂のアンサーをひたすら妨害する。
「ぐっ……! ほう……これは……!」
東堂は応戦しようとするも、一瞬遅れる。俺のバースが直撃したんだ。
そうとうダメージを負っている。
「俺の攻撃は内に響くだろ?」
スピーカーから放たれた音の呪力攻撃は、東堂の内蔵に大きくダメージを与えていた。
これは僥倖。東堂の動きが少しでも鈍れば、俺でも戦える。
「歌う……隙が……ないな!」
東堂が嬉しそうに叫ぶ。
「どうだぁ東堂! 今は退屈かぁ!?」
「素晴らしい! 滾ってくるぞ! 阿比留玲!」
踏み込もうとした足を刈り取り、胴への一撃を打ち込み押し返す。
そのお返しか、俺が呼吸を整えようとした瞬間、腹に一撃をもらってしまった。
「くっ……!」
さっきのラップには相当呪力を込めた。
しかも呪力消費は多いが、威力を倍増させる《クリティカル》だ。
それも8小節。威力は普段の3倍相当。
《クリティカル》によって超圧縮された呪力の音圧、音波が直撃していた。
動くたびに内蔵が悲鳴を上げているはずだ。
だというのに、こちらに反撃を放てるほどに東堂は動けていた。
強い。だからこそ面白い!
気がつけば、反撃を食らったというのに、俺の口角はつり上がっていた。
「……一定時間アンサーが出来なければ、後攻を放棄したと見なされ、順番が戻るのか」
東堂が呟いた。
顔をしかめながら紡がれたそれは、皮肉でも怒りでもなかった。
ただ、状況を的確に把握した冷静な一言だった。
「これはいわば──縛りのメリットだけを享受する行為!」
東堂の頭上に、"失敗"と文字が浮かび上がる。
アンサー出来なければ、判定の文字が出るのか。初めて知った。
ターンが、再び俺に返ってくる。
「──さあ、もう一度俺のステージだなぁ!」
スピーカーが唸る。俺の心音が高鳴る。
戦場が、また“俺のビート”で支配される。