十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十三話 交流会 個人戦1

 

 個人戦が始まった。

 会場となったのは、京都高専の敷地内にある、広々とした土のグラウンド。

 整備されているとは言いがたいが、呪術戦闘にはうってつけだ。

 場所の四方には堅牢な結界が張られ、呪力の流出や攻撃の逸れが外部に漏れないようにされている。

 

 生徒たちは、結界から少し離れた位置に設置された簡易スタンドに腰掛け、戦況を見守っていた。

 俺もそのひとり。星センパイの隣に座りながら、戦いの流れを目で追っていた。

 

 順調に試合は進んでいき、ここまで東京校は三戦二勝。

 秤センパイは相変わらずの強さで京都校のモブ三年をねじ伏せ、乙骨は言うまでもなく西宮を退けた。

 

 そして、続く第四試合。

 今、結界内で対峙しているのは加茂だった。

 

「四番手は加茂か」

 

 相手は東京校(うち)の三年、男の方。名前は知らねぇ。

 聞く気もなかった。まあ、俺と同じで、呪術師としては一般の出で後発組らしい。

 強さは二級術師。術式は……やけに地味だ。

 

 右手をかざすと、彼の足元からぼこりと黒い杭のようなものが現れた。

 呪力を凝縮して実体化させた"杭"を生成し、それを相手の体に打ち込むことで、呪力の流れを乱す術式。

 刺さった部位の制御が一時的に効かなくなり、相手の術式発動や動作を鈍らせる効果があるらしい。

 

 ただし、杭を刺すってことは、そもそも接近しなきゃいけない。

 もしくは、杭を遠距離で射出する。まあ、術者が雑魚なので命中率が低い。

 そのくせ、硬度も破壊力も中途半端。

 ──なにより、地味。

 

 一度に生成できる杭の数も多くない。

 それでも三年は地を這うように動きながら、杭を生成しては投げ、生成しては突き立てていく。

 手際と慣れはある。それは確かだ。

 

 対する加茂。

 ……明らかに、以前より強くなっている。

 

 団体戦が終わってから――この短時間で習得したであろう"血の凝固化"。

 足の一部や手の一部だけを盾と化した血で覆い、杭を弾く。

 要所要所を固めた血で覆い、攻撃と防御の両方に活かしていた。

 

 さらに"血による目潰し"、血を飛沫のように霧状にして視界を奪う。

 覚えたばかりで制御は粗いが、実戦でちゃんと使えているあたり、実践形式の組手は間違ってなかったようだ。

 

 そのうえで、赤鱗躍動を基盤にした体術の鋭さが際立つ。

 動きが前よりも、明らかに速い。重い。

 

 三年が杭を打ち込もうと飛び込んだ瞬間、加茂は身体を捻りながら掌底で杭の軌道をそらし、肘打ちを叩き込んだ。

 咄嗟に杭を生み出そうとした三年に、加茂は休みなく間合いを詰める。

 

 ──読まれてる。完全に、リズムを。

 

 次の瞬間、加茂の足が滑るように地を駆け、同時に懐から取り出した血液パックが放たれた。

 血が広がる。目潰しか。三年が目を瞑った瞬間、腹に脚がめり込んだ。

 

 鈍い音と共に、三年の体がよろけて膝をつく。

 杭は手から滑り落ち、もう再生成する余裕もなさそうだった。

 

 最後は、手の甲に纏わせた血を鋭利に固め、そのまま渾身の裏拳。

 ……バシィッ! と小気味よい音が結界内に響いた。

 三年が、崩れるように地に伏する。

 

「未熟だが、出来るじゃねぇか」

 

 思わず、声に出ていた。

 団体戦のときより、明らかに動きのキレが良かった。

 終始自分のペースで動け、近接での戦いかたも以前より向上している。

 

 なにより、この戦いで赤鱗躍動と基本的な血の操作以外に、術式を使っていなかった。

 俺が指摘したフィジカル面だけで、ウチの3年を圧倒してみせた。

 これはまだまだ、鍛えがいがありそうだ。

 

 続く5試合目。

 京都の3年は星センパイの術式を理解できずに、全てが後手後手。

 戦いを完全に自分のペースに持っていき、対した苦労もなく星センパイが勝利をした。

 

 センパイが勝利を決め、グラウンドから出てくる。

 

「お疲れ、星センパイ」

 

 俺はねぎらいの言葉とともに、冷たいペットボトルを片手で放る。

 星センパイはにこりと笑って、それを受け取った。

 

「術式も戦い方も、めっちゃクールだったぜ」

 

「ありがと。この後、葵ちゃんとでしょ? 玲ちゃんも頑張ってね」

 

「ああ、任せてくれ。団体戦も個人戦もウチの勝ちで飾るさ」

 

「頼もしい~!」

 

 星センパイの明るい声を背に、俺は一歩ずつフィールドへ歩を進める。

 芝の匂い。張り詰めた空気。巨大な結界の内側、そこはまさに"試合"という名の戦場だった。

 

 中央には、既に東堂が待っていた。

 いつもの派手な上半身に、己の肉体への自信がにじみ出てるような立ち姿。

 俺を期待を込めた目で睨みつけていた。

 

 東堂葵。

 

 正式な対峙はこれが初めてだろう。

 構えすらとっていないその姿でも、威圧感があった。

 結界の外、夜蛾学長の声が響く。

 

「第六試合──開始!」

 

 合図と同時、まるで弾かれるように、俺たちは動いた。

 

 ──速い。

 

 東堂の踏み込み、わずか一歩で間合いを詰めてきた。

 腕が唸りを上げる。防御よりも先に、直感が体を動かしていた。

 拳と拳がぶつかる。爆ぜるような衝撃。

 

 ――硬ぇ……!

 

 素の強化術が上手い。俺も即座に呪力を更に重ねるが、重さが違う。

 圧が違う。足元が軋む。

 

 東堂は喋らない。ただ、笑っていた。

 本気で殴り合いを楽しむように、獣じみた目をしていた。

 

 右からの打ち下ろし。避けきれず、腕でガード。だけどその瞬間、体が浮く。

 地面に落ちる寸前、身をひねって受け身を取った。

 

「ッ……!」

 

 痛みはある。でも──致命傷じゃない。呪力で骨は守った。

 

 ――フィジカルじゃ、完全に俺が劣ってる……!

 

 殴っても殴っても、有効打が通らない。

 逆に、東堂の一撃は一発一発が重い。見切れても、削られる。

 

 ――運動神経じゃあっちが上。格闘センスも……!

 

 東堂の肘打ちを滑るように避けて、瞬間的に間合いを離す。

 

「単純な殴り合いでは俺に勝ち目はねぇ」

 

 口の端から血を拭って、立て直す。

 

「業腹だが、ここからは術式を使わせてもらうぜ」

 

 すると、東堂が唇の端を持ち上げた。ニヤリと笑って、低い声を漏らす。

 

「いい判断だ。俺は強い奴との"語らい"がしたい」

 

 “語らい”──たぶん、東堂にとっての会話は拳だ。なら、俺にとっての拳を――言葉をぶつけるまで。

 

「阿比留玲、退屈させてくれるなよ?」

 

 腰のホルダーからマイクを引き抜く。

 指がそれに触れた瞬間、呪力が走る。

 形が変わる。灰と紫のメタリックボディ、柄には蛇が這い、眼がぎらりと光を放つ。

 

 同時に、背後の空間が歪んだ。

 黒い渦が広がり、そこから紫と銀のスピーカーが出現。

 巻きついた蛇がゆらりと首をもたげた。

 

「ブリング・ザ・ビートォ!」

 

 叫ぶと同時、呪力をスピーカーに流し込む。空間が震え、音が爆ぜる。

 

 ドン、ドドド、ドン──!

 

 音の圧が弾丸のように放たれる。正面から迫る東堂に向けて、マシンガンのように連打を浴びせる。

 飽和攻撃。威力で倒すんじゃない。近づけさせないための"壁"だ。

 

 東堂の巨体が弾かれる。手でガードしながら突っ込んでくるも、足が止まった。

 音圧で、地面が削れ、砂塵が舞う。

 

「ここからは俺のステージだぁああ!」

 

 吠えるように叫び、マイクを振り下ろす。瞬間、背後のスピーカーが咆哮した。

 轟く音圧。俺の呪力がビートと化し、爆音と共に空間を裂いた。

 

「ラップスキル・《クリティカル》!」

 

 ――ここで一気に削る!

 

 拡張術式――ラップスキル《クリティカル》を発動。

 呪力出力が増加し、大量の呪力がスピーカーに流れる。

 

 地鳴りのような重低音が地面を叩き、空気を震わせる。

 その瞬間、俺の足元から紫銀のラインが広がった。

 BPMは140。8小節、戦場にリリックが刻まれる。

 

『端からブッ放 すバース

カじゃ踏めねぇ場数 Aye(エイ)!』

『俺はフロア 沸かす

振るうバール 潰すアイツ

 

 俺の声が空を裂くたび、スピーカーの蛇が咆え、波紋のように音の衝撃が地面を穿つ。

 その波が、突進していた東堂を真正面から撃ち抜いた。

 

「ぐっ──!」

 

 巨体がのけぞる。だが倒れない。踏みとどまった。さすがだ。

 だが、まだ終わっちゃいねぇ。

 

マイクLIFEに刻むライム

『ちょっとタイム?これはLIVE!』

『俺のスタイルは核ミサイル

後にるか? 愚者リライブ(追体験)!』

 

 ラストの小節と同時、俺は音に呪力を込め、拳を強く握りしめた。

 

「……ぐあっ!」

 

 東堂の腹部を中心に、爆音が炸裂。

 鼓膜を破壊するほどの圧に包まれたその瞬間、彼の身体が後ろへと弾かれた。

 砂塵を巻き上げて転倒。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 一気に呪力を出力したから、身体が軋む。やっぱり、身体が大量の呪力出力に耐えきれてない。

 だが、それをアドレナリンが疲労を打ち消していく。

 

 肉体に、魂に、言葉が、音が喰らいつく。

 音が止む。残響だけが、戦場に漂っていた。

 東堂がゆっくりと起き上がる。肩で息をしながら、口元の血をぬぐった。

 

「……はっ。いいバースだった」

 

 にやりと笑う。まだ戦える。さすが東堂葵ってとこか。

 だが俺は、マイクを構えたまま問う。

 

「さあ、アンサー返してみな?」

 

 東堂の目が細められた。

 術式の縛りに則った確認──先攻の俺のターンに対して、相手がアンサーを返せるかどうか。

 それを訊いた――と同時に、俺は動き出していた。

 

「返せるもんならなぁ!」

 

 答えを聞く前に詰める。

 俺のリズムを崩させない。アンサーを返す隙を与えない。

 

 東堂との距離を一気に詰め、殴る、蹴る、肘を入れる、膝を撃ち込む。

 今の状況――俺はスピーカーを操れない。

 現在、攻撃権は東堂にある。

 

 だから、俺のフィジカルだけで東堂のアンサーをひたすら妨害する。

 

「ぐっ……! ほう……これは……!」

 

 東堂は応戦しようとするも、一瞬遅れる。俺のバースが直撃したんだ。

 そうとうダメージを負っている。

 

「俺の攻撃は内に響くだろ?」

 

 スピーカーから放たれた音の呪力攻撃は、東堂の内蔵に大きくダメージを与えていた。

 これは僥倖。東堂の動きが少しでも鈍れば、俺でも戦える。

 

「歌う……隙が……ないな!」

 

 東堂が嬉しそうに叫ぶ。

 

「どうだぁ東堂! 今は退屈かぁ!?」

 

「素晴らしい! 滾ってくるぞ! 阿比留玲!」

 

 踏み込もうとした足を刈り取り、胴への一撃を打ち込み押し返す。

 そのお返しか、俺が呼吸を整えようとした瞬間、腹に一撃をもらってしまった。

 

「くっ……!」

 

 さっきのラップには相当呪力を込めた。

 しかも呪力消費は多いが、威力を倍増させる《クリティカル》だ。

 それも8小節。威力は普段の3倍相当。

 

 《クリティカル》によって超圧縮された呪力の音圧、音波が直撃していた。

 動くたびに内蔵が悲鳴を上げているはずだ。

 だというのに、こちらに反撃を放てるほどに東堂は動けていた。

 

 強い。だからこそ面白い!

 気がつけば、反撃を食らったというのに、俺の口角はつり上がっていた。

 

「……一定時間アンサーが出来なければ、後攻を放棄したと見なされ、順番が戻るのか」

 

 東堂が呟いた。

 顔をしかめながら紡がれたそれは、皮肉でも怒りでもなかった。

 ただ、状況を的確に把握した冷静な一言だった。

 

「これはいわば──縛りのメリットだけを享受する行為!」

 

 東堂の頭上に、"失敗"と文字が浮かび上がる。

 アンサー出来なければ、判定の文字が出るのか。初めて知った。

 ターンが、再び俺に返ってくる。

 

「──さあ、もう一度俺のステージだなぁ!」

 

 スピーカーが唸る。俺の心音が高鳴る。

 戦場が、また“俺のビート”で支配される。

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