十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十五話 宣戦布告は全然不要 放つ俺のフロウ

 

 季節は巡り、暦は師走。吐いた息が白く霞む。

 早朝、教室へ向かう道。寮を出てすぐの石畳の通路を歩く俺たち。

 両脇には冬枯れの木々。風は冷たく、空気は乾いてる。ぶっちゃけ、眠い。テンションも低空飛行。

 

 そんな中、ぼそっと憂太が呟いた。

 

「えーっと……なんか、ちょっと嫌な感じが……」

 

 その視線は高専の結界の外。じっと遠くを見てやがる。

 

「どうした、憂太?」

 

 パンダが不思議そうに訊ねる。だが、返答を聞いた真希が即バッサリいった。

 

「気のせいだ」

 

「気のせいだな」

 

 パンダも乗っかるように続ける。

 

「おかか」

 

 棘も、否定の意味でおにぎりの具を呟いた。

 

「えぇ……ちょっと、みんなぁ……!」

 

 困ったような声の憂太に、パンダがひらひらと手を振って返す。

 

「だって憂太の呪力感知、超ザルじゃん。マジで」

 

「まあ、里香みたいなのが常に横にいりゃ、鈍くもなるわな」

 

 真希まで毒舌を乗っけてきた。俺は憂太の肩をぽんと叩きながら口を開く。

 

「ドンマイ憂太。お前は見えてるものだけ信じろ」

 

「フォローになってないよ阿比留くん!」

 

 そりゃそうか。けど──

 

「珍しいな」

 

「憂太の勘が、当たった」

 

 二人の言葉に、俺も眉をひそめる。……視界の上方。何かがいる。

 

 ……おいおい、マジかよ。

 

「……ペリカン?」

 

 いや、でけぇよ。どっからどう見ても呪霊。

 巨大な鳥型の呪いが、こっちに向かって突っ込んできている。数秒後には着地する位置。

 

 ──何の前触れもなしに、いきなりだ。

 

「とりま、撃ち落とす」

 

 腰のホルダーに手を伸ばす。指がそれに触れた瞬間、呪力を走らせた。

 マイクの形が変わる。蛇が這う灰紫のボディに、怪しく光る蛇眼。背後では空間が歪み、スピーカーが現れる。

 銀と紫のそれに巻きついた蛇が、威嚇するように首をもたげた。

 

 ――ドンッ!

 

 一発目。言葉はいらない。音圧で撃つ。

 空中の呪霊に向かって、呪力の衝撃波を叩き込んだ。

 スピーカーから放たれた低音が爆ぜ、空気ごとぶち抜く。

 

 だが、次の瞬間──

 

「随分なご挨拶だね」

 

 そんな言葉と共に男が降りてきた。

 そして、俺の音圧を──素手で払いやがった。

 まるでホコリでも払うかのように。信じられねぇ。

 

 鳥の背からふわりと降りたのは、黒い法衣──……いや、袈裟か? なんだこいつ、坊主か?

 

「関係者……じゃねぇよな」

 

「見ない呪いだしな」

 

「すじこ」

 

 真希は薙刀を構え、パンダは肩の関節を鳴らし、棘はネックウォーマーを下げて口を露出させる。俺も一歩前に出た。

 

「おい、憂太。ボケっとしてんなよ」

 

「え……あっ、ごめん!」

 

 ……憂太、お前、マジで油断しすぎだ。けど、無理もねぇか──

 

 目の前のそいつは、呪霊じゃねぇ。人間だ。けど──ただの人間じゃねぇ。

 前に立たれて伝わる実力差。直感が、やばいと囁く。

 

 風は止んだ。

 冬の空気は張り詰め、辺りは不自然なまでの静けさに包まれた。

 俺はマイクを構えたまま、目を細めて言った。

 

「……誰だ、てめぇ」

 

 オレが声をかけると、そいつは面倒くさそうに肩をすくめた。

 

「やれやれ、最近の子は血の気が多すぎやしないかい?」

 

 気取った口ぶりに、オレは鼻で笑う。

 

「最近の子ぉ? てめぇが古すぎんだよ、化石が喋ってんじゃねぇよ」

 

「フッ……口の悪い子だね」

 

 袈裟男が笑うと、呪霊の口がバクっと開いた。

 次々と人間が中から降りてくる。

 

「うぇ~夏油様ぁ、本当にココ東京ォ?? 田舎くさァ」

 

 ギャルが呟くと、ふいにオレの背後を指差した。

 

「えーなにあれ巨大スピーカー!?」

 

 スピーカーをまじまじと見つめて言いやがった。

 夏油とやらが、したり顔で説明を始める。

 

「歌唱呪法だね。彼はあれを使って、ラップをするんだよ」

 

 なんで、俺の術式名まで知っている?

 これを見て、歌唱呪法だと気づくやつはそういない。

 ほんと、なにもんだコイツ。

 

 夏油……もしや、夏油傑か!?

 特級呪術師、夏油傑。

 五条先生と同じ、特級呪術師。

 高専から離反して呪詛師になったという、あの。

 

 ヤバいな。今の俺が勝てるか? 俺一人だったなら時間稼ぎは出来るかもしれないが、今はパンダ達がいる。

 となると、五条先生を待たなくては行けない。

 

「へぇ~、ラップの術式ってこと~? 面白そう!」

 

 JKギャルが高いテンションで、俺の術式に反応した。

 気持ちを切り替えろ俺。

 今は何も気づいてない振りをして。ただの学生を演じるんだ。

 

「面白そうだぁ? てめぇみたいな、浅ぇ脳みそしたやつが出来るかよ。冗談はダセェ格好だけにしておけ! アウェーではしゃぐんじゃねぇよ、ボケ!」

 

 本能に従って口を動かす。だが、焦りからか呪詛師ってだけで反射的に言葉が尖る。

 

「おい、玲、踏んでる踏んでる」

 

 横からパンダの声がした。どこか楽しそうな声色で。

 

「あぁ? 何だ? 足?」

 

「いや、韻踏んでる」

 

「罵声で韻を踏むんじゃねぇよ」

 

 呆れたように真希が突っ込んでくる。

 

「はァぁ!? 何アンタ、マジむかつくんだけど!」

 

 さっきまで「ココ東京〜? 田舎くさァ〜」なんて、チャラついた口ぶりで笑ってたギャルが、急に顔色変えた。

 

「てかそのスピーカー、ダッサ! 何? 中二? 価値観中学で止まってんじゃね?」

 

 スマホをブンブン振り回して、ヒステリックに喚いてる。マジでうるせぇ。

 こっちは本気で言葉ぶつけただけだってのに──まさかマジでムッとしてくるとはな。

 

「おいおい、急に切れてどうしたよ? 早くも歳か? 語彙もだいぶ削れてんな。ゴミみたいな脳みそは哀れだぜ」

 

 苦笑しながら言い返すと、案の定、顔が真っ赤になってブチ切れてきた。

 

「な、夏油様ァ! このクソガキ、殺していい~!?」

 

 ──チッ、めんどくせぇ。つうか、てめぇもガキじゃねぇかよ。

 

 けどまぁ、時間は稼げてる。夏油傑が動く前に、できるだけ時間を稼ぐんだ。

 くそっ、五条先生はまだ来ないのか。

 

 内心で焦りながらも、ちらと横を見ると、パンダが「そりゃ怒るだろ……」と頭をかき、真希が小さく「口喧嘩で戦争始めんなよ」と吐き捨ててきた。

 悪いな、俺、言葉が武器でさ。

 と、そのとき。

 

「それくらいにして欲しいな。今日は喧嘩をしに来たわけじゃないんだよ」

 

 静かに、けれど通る声で夏油が言った。

 視線を向けると、いつの間にか奴は憂太の目の前に立っていて──その手を、取っていた。

 

 ──速い……!

 

 思わず心の中で舌を巻いた。あんな動き、こっちが警戒してても追えなかった。

 こっちが一歩間違えりゃ、もう刺されてたって距離感。背筋がじわりと冷える。

 

「はじめまして、乙骨君。私は夏油傑」

 

「えっ、あっ……はじめまして……」

 

 憂太の返事はぎこちない。無理もねぇ、いきなり目の前にあんな化物が現れりゃな。

 

「君はとても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大きなる目的のために使うべきだと考えているんだ」

 

 その口調は落ち着いていて、まるで教師のような諭し口。

 

「今の世界に、疑問はないかい?」

 

 けれど、そこに含まれる底知れない狂気が、背筋をひやりと撫でた。

 

「一般社会の秩序を守るため、呪術師が暗躍する世界さ。強者が弱者に適応する、そんな矛盾が許されているんだ」

 

 ふざけた話だ。あの落ち着き払った顔で、こんな話をまことしやかに語るこいつが、何より気味が悪い。

 

「なんって嘆かわしい!!」

 

「はぁ……」

 

 憂太は困惑気味に曖昧な返事を返す。

 俺も、真希も、パンダも、棘も、誰一人としてまともに動けない。

 

 夏油の間合い。下手に動けば、憂太が、誰かが死ぬ。

 嫌な汗が頬を伝った。

 

 ――最悪、俺が前に出る……俺なら、回復が出来る……!

 

 夏油は憂太の肩を掴みながら、さらに言葉を重ねた。

 

「万物の霊長が自らの進化を止めてるわけさ。ナンセンスだろ?」

 

 拳を握りしめ、語気を強める夏油。

 

「そろそろ、人類も生存戦略を見直すべきだ。だからね、君にも手伝ってほしいわけ」

 

「……? 何をですか?」

 

「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るんだ」

 

 ──は?

 

 その言葉に、全員が息を呑んだ。

 狂ってる。完全に。

 

「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか」

 

 聞き慣れた声が、空気を裂いた。ようやく来たか。

 

「悟ー! 久しいねー!」

 

 夏油は満面の笑みで手を振ってる。

 

「まず、その子達から離れろ」

 

 五条先生の後ろには、夜蛾学長や他の術師たちの姿もあった。

 それだけで、あの男がどれだけヤバいかが分かる。

 

「今年の一年は粒ぞろいと聞いたが、成る程、君の受け持ちか」

 

 夏油が口の端を吊り上げて言う。

 

「特級被呪者、突然変異呪骸、呪言師の末裔、歌唱呪法の使い手。そして──禪院家の落ちこぼれ」

 

 真希は目を見開き、肩がピクリと震えた。

 

「テメェ――」

 

「発言には気をつけろ。君のような猿は、私の世界にはいらないんだから」

 

 その瞬間。憂太が、肩に乗せられていた夏油の手を弾いた。

 

「……ごめんなさい。夏油さんが言ってることは、まだよく分かりません。けど――友達を侮辱する人の手伝いは、僕には出来ない!!」

 

 迷いのない目。憂太の声は、真っ直ぐで強かった。

 

「すまない、君を不快にさせるつもりはなかった」

 

 夏油は申し訳なさそうな顔で言った。

 だが──その柔らかな物腰の裏に潜む狂気の匂いは、消えちゃいなかった。

 

「じゃあ一体、どういうつもりでここに来た」

 

 五条先生が、間に割って入り、問いただす。

 

 ──夏油が、口角を上げた。

 

「宣戦布告さ」

 

 空気が、変わった。

 

「お集まりの皆々様! 耳の穴かっぽじって、よーく聞いて頂こう!」

 

 夏油の声が高専に響き渡る。

 

 ――来たる十二月二十四日! 日没と同時に! 我々は百鬼夜行を行う!

 

 ――場所は呪いの坩堝・東京新宿、呪術の聖地・京都!

 

 ――各地に千の呪いを放ち、下す命令は勿論──鏖殺だ。

 

 ――地獄絵図を描きたくなければ、死力を尽くして止めにこい!

 

 ――思う存分、呪い合おうじゃないか!

 

 夏油の宣戦布告。空気がピシピシと張り詰めていく。

 

 笑っていた。まるで子供がゲームのルールを宣言するみたいに。

 こいつ、マジで正気じゃねぇ。

 

「夏油様〜! お店閉まっちゃう〜!」

 

 さっきのギャルの声だ。

 夏油の意識がズレた。今しかねぇ。

 

 ──《ビートコア》!

 

 スピーカーが消え、俺の心音が、内側でビートを刻み始める。

 心拍を呪力で増幅。振動エネルギーへ変換し、内へ、内へと溜め込む。

 

「このまま行かせるとでも?」

 

 五条先生が静かに言う。

 

「やめとけよ。可愛い生徒が、私の間合いだよ」

 

 夏油の言葉と同時に、何十もの呪霊が空間を裂いて現れた。

 

「それでは、皆さん戦場で」

 

 そう言って、夏油はペリカン型の呪霊に乗り、飛び立っていった。

 

 ──チッ。夏油にはバレていたか。

 

 一瞥された視線が俺を射抜いていた。それはこちらを挑発するような視線。

 俺の動きは、完全に読まれてた。不意をついて夏油へ攻撃しようとしていたが、動けなかった。

 

 ――怖気付いたのか? この俺が?

 

 右手に込めた衝撃波をヤツに撃てない。仕方ねぇ……。

 俺は、一番厄介そうな巨大な一つ目の呪霊へ一瞬で距離を詰めた。

 

「お前で我慢だ」

 

 ──バァッン!!

 

 拳が呪霊の顔面に炸裂した瞬間、空間が爆ぜた。

 轟音と共に放たれた振動呪力が呪霊を一瞬で祓う。

 破裂の余波で、周囲にいた呪霊たちも吹き飛ばされていく。

 

「……チッ」

 

 夏油へ届かなかった拳を握り直し、俺は舌打ちを一つ。

 だけど、覚悟は決まった。

 

 来いよ、百鬼夜行。

 俺のビートで、全部叩き潰してやる。

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