十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十六話 百鬼夜行1

 

 夜の京都は、まるで幕が降りきらない舞台のようだった。

 暮れ切らぬ空の下、建物の影が伸び、冷気が石畳を這う。

 

 時計の針は午後六時を指しているが、陽はとうに沈みかけている。

 だがそれは、単に時刻のせいではない。

 

 百鬼夜行の影響か、あるいは京都全土に張られた結界の作用か。

 辺りは不穏な気配に包まれていた。目に映る光景は、かつての古都ではない。

 

 俺は、その変貌した京都の片隅に立っていた。

 配置されたのは町外れの商業区、コンビニやカフェが連なる、今朝まで平穏だったエリア。

 

 けれど今は違う。目の前の通りを、無数の呪霊が這いずっている。

 人の形を模したもの、獣のような四足歩行のもの、異様に膨れ上がった顔面だけのやつ──異形のオンパレードだ。

 どれもこれも、視覚に訴える不快さの極みってやつだ。

 

 だが、怖気はない。というより──退屈だ。

 

「面白みがねぇな」

 

 腰のホルダーからマイクを取りだすと、術式を発動した。

 背後の空間に渦が巻き、黒と銀のスピーカーが出現する。

 蛇がとぐろを巻いた意匠のそれは、ゆらりと揺れながら俺の背を支配する。

 

「ブリング・ザ・ビート」

 

 次の瞬間、呟きとともに呪力が音に変わり、空気が裂けた。

 

 ――ズガァンッ!!!

 

 その一発で、通りを埋め尽くしていた呪霊たちが弾け飛んだ。

 三級以下は音圧だけで十分。肉体の耐久なんざ、考慮する必要もねぇ。

 

「弱ぇ……」

 

 呻くように呟いた言葉が、虚空に消える。

 二級程度の呪霊もいた。図体だけはやたらデカい、建物の二階ほどもあるようなやつが唸りながら俺に向かってきたが──

 

「よっ……と」

 

 軽度の強化術で一気に距離を詰めて、腹に拳をぶち込む。

 

 ――ドゴッ!!

 

 肉が潰れる鈍い音とともに、巨体が吹き飛んだ。

 十数メートル向こうの駐車場の壁にめり込む音が聞こえる。

 

「つまんねぇ」

 

 俺は額をかき上げ、うんざりしたように息を吐いた。

 視線を横にやれば、すぐ近くのビルの影に術師が数人いた。

 

 京都高専のモンだろう。さっきから、一度も手を動かしてねぇ。

 呆気に取られたように、ただこちらを見てやがる。

 

「……俺一人で良かったじゃねぇか」

 

 呟いたつもりが、皮肉が漏れた。

 呪霊はもう、寄ってこねぇ。数だけはいたが、威圧感もなければ歯応えもない。

 

 なら、探しに行くしかないだろ。

 俺はゆっくりと歩き出した。

 

「っ……! 阿比留三級、どこへ行く気だ!」

 

 背後から声が飛ぶ。さっきまで突っ立ってた京都高専のモブ術師の一人だ。

 

「あぁ? ここにいてもしょうがねぇから、こっちから呪霊を探しに行くんだよ」

 

「君の配置はここだと決められている。場を乱すようなことは謹んでもらおう」

 

 どこか上から目線な声音。舐めた言い草に、イラッとくる。

 

「なんで俺がてめぇの指示に従わなければなんねぇんだ?」

 

 振り返ると、いつのまにか数人が集まっていた。

 年齢バラバラ、京都高専に所属している男ども、三人──いや、四人か。

 

「やはり言葉が通じんな。術式の軽薄さも含めて──君のような術師は、呪術の品位を貶める」

 

「派手に音を鳴らすだけの術式で、調子に乗るな。現代の呪術は、もっと格式を重んじるものだ」

 

「東京の高専も、こんなパフォーマンス優先の術式を認めるとはな」

 

 見下したような目線と、鼻で笑うような態度。

 

 保守派か──クソが。

 俺は、鬱陶しげにスピーカーを解除した。

 

「いいぜ。じゃあ、お前らが俺と遊んでくれよ」

 

 肩をすくめて言ったその直後、俺の呪力が脚へと集中する。

 

「──ビートコア」

 

 刹那、脚の裏から集圧された振動が発生し、一気に地面を蹴って間合いを詰めた。

 

「うおっ──!?」

 

 保守派の一人が声を上げるより早く、俺は喉奥から声を叩きつける。

 

「うぜぇんだよ!!」

 

 その叫びに乗った呪力が空気を震わせ、連中の鼓膜と脳を揺らす。

 続けざま、拳に振動エネルギーを溜め、足元のアスファルトへ叩きつけた。

 

「インパクト!」

 

 ――ドオオォン!!!

 

 地面を中心に衝撃波が放たれ、保守派の術師たちが一斉に吹き飛ぶ。

 建物の壁に激突し、呻き声と瓦礫の音が重なる。

 

「……はぁ。つまんねぇ」

 

 肩を落とし、俺は踵を返す。

 こんなんじゃ、気晴らしにもなりゃしねぇ。

 

 ※ ※ ※

 

 静かだった。いや──静かすぎた。

 

 街には警報もサイレンもない。吹き抜ける風が、どこか乾いた匂いを運んでくる。

 血と焦げと、鉄。人間の生臭さだ。俺はビルの屋上に立っていた。微かに呪力の音波を流しながら、索敵を開始する。

 

 心拍を落とし、鼓動に呪力を乗せて、音のように周囲へ飛ばす。

 目に見えないビートは空気を揺らし、建物の隙間を縫いながら、俺の耳へと戻ってくる。

 音の反響で"何か"がいる方向を捉えた。

 

 ──いた。

 

 呪力の塊が、2つ。

 ビルを飛び降り、駆ける。瓦礫を跳び越え、舗装の割れた道路を滑るように滑空して──

 

 そこにいたのは、2体の異形。

 一体は、まるで顔に巨大な単眼だけを埋め込んだかのような猿の呪霊だった。

 口も耳もない。脂ぎった皮膚に、膨れた筋肉。肌はただれ、指は異様に長くて鋭い。

 

 もう一体は、逆だ。目も耳も潰れており、顔全体が“口”だった。

 幾重にも並ぶ歯列、唇は裂けて垂れ下がり、黒い舌が地を這うほど長く突き出していた。

 うねる毛むくじゃらの体躯、鼻はぬめり、牙には血がこびりついていた。

 

 身長は、どちらも成人男よりやや大きいくらい。

 周囲には数人の術師の姿が横たわっていた。

 この呪霊と戦って殺されたのだろう。

 

 2体のさる呪霊を視界に抑えて観察していると、俺の胸が一瞬、ざらついた。

 

 こいつら、見たことがある──。

 いや、思い出した。昔、あの時に出会った、耳しか顔についていない呪霊。あれは聞か猿という寓話をもとにした呪霊だった。

 

「ってことは……」

 

 目を見せず、口を持たないこの2体。そうだ。

 こいつらもその“続き”だ。見猿──そして言わ猿。

 

 あの時の聞か猿は偶然じゃなかった。夏油……あいつが差し向けた呪霊だったってことか。

 2体の猿が、俺に向かって突っ込んでくる。

 

「――ッ!」

 

 ……声が出ない。喉が詰まったような感覚。

 それに──視界が、暗転する。

 見えない。完全に、真っ黒だ。

 

 こいつらの術式か。

 聞か猿と同じとするなら、あいつらを中心にして術式効果がある。

 

 見猿の範囲内では、視覚を封じられる。

 言わ猿の術式では、発声が封じられる。

 つまり、俺は今、目も、口も、封じられている。

 

 ――舐めてんのか?

 

 怒りが燃え上がる。けど、頭は冷えていた。

 

 別に、言葉が出せなくても。目が見えなくても。

 そんなもん、今の俺には何の問題もない。

 

 静かに、心の中で術式を起動する。

 

 ――《ビートコア》

 

 ズンッ! と、心臓が一度、重く打った。

 

 全身を呪力が巡り、身体の内側から響くように、ビートが刻まれていく。

 俺の心音が、周囲へ広がっていく。空間が波打ち、鼓膜に、皮膚に、反響が返ってくる。

 音で、すべてが見える。

 

 足に力を込め、踏み出す。見えないはずの敵の気配が、空気の歪みとして感じ取れる。

 襲いかかってきた腕をかわし、カウンターで拳を叩き込んだ。

 

 硬い手応えとともに、何かが吹っ飛んだ。

 一瞬で、目が戻る。

 

 ──見猿、撃破。

 

 言わ猿が距離を詰めようとするより速く、俺は踏み込み、回し蹴りを叩き込んだ。

 顎ごと吹っ飛んで、地面に転がる。

 

「弱ぇな。他に何かできるか?」

 

 だが、ここで終わりじゃなかった。

 倒れた2体が、ゆっくりと立ち上がり……互いに向かって歩き出した。

 

 皮膚がうねる。骨が砕けて再構築されるような音。筋肉が融合し、肉が蠢き、血が弾ける。

 

 2体は──融合した。

 

 新たな呪霊が、そこに立っていた。

 目と口が、顔中に無秩序に配置されている。声も視線も、どこから出てくるのか分からない。

 身体はさっきの倍以上に膨れ上がり、全身が鋼のような筋繊維で覆われている。

 

「なるほどな」

 

 呪力量も、段違いに増している。

 融合したことで、術式も変化したらしい。

 視覚封印、発声封印──それに加えて、もう一つ。

 

 突然、俺の"耳"が狂った。

 

 鼓膜に異常なノイズが走る。内耳が痙攣して、バランスが崩れた。

 

 ──聴覚まで、封じてくるのか。

 

 これがこいつの新たな術式。

 だが、聴覚の封印は完璧じゃない。

 

 常に頭の中にノイズが流れているようで、頭痛がする。

 平衡感覚もおかしくなっている。だが、それだけだ。

 

 聞か猿無しでそれなりに出来ているようだが、少しは音が入る。

 まあ、まともに機能しないがな。

 ただ、この程度なら音による把握は問題ない。

 

 融合によって広がった効果範囲。目、耳、口の感覚へ妨害。さらに、単純な肉体の強化。

 なるほど。ようやく少し、楽しくなってきた。

 

 拳を構え、地を蹴る。

 

 格闘戦──開始。

 

 一進一退。攻防の一つ一つが重く、速く、激しい。

 鋼のような剛腕が俺の目の前を薙ぐ。

 わずかに遅れれば肋骨ごと吹き飛ぶだろう一撃を、ギリギリで軸をずらして回避。

 猿の呪霊特有の筋肉の膨張、膂力の異常性。まともに受ければタダじゃ済まねぇ。

 

 横合いから俺の脚が唸りを上げる。振り抜いた回し蹴りが、奴の脇腹にクリーンヒット。

 

 ――バシンッ!

 

 乾いた破裂音とともに、重く硬質な反応が返ってくる。

 効いてはいるが、まだ踏ん張りやがる。

 

 即座にバックステップ。

 空気を裂いて迫る腕の薙ぎ払いを、顔面すれすれで回避。

 

 顔を撫でる風圧だけで、ヤベェ威力ってのが分かる。

 俺の蹴りでよろけたのに、それでもこの出力かよ。上等だ。

 

 次の拳を受け流す──が、予想以上に重い。

 反応が遅れ、左の拳が脇腹に食い込んだ。

 

「ぐっ──!」

 

 空気ごと吹き飛ばされる。

 だが、空中でひねって身体を起こす。

 足を地面に滑り込ませて、摩擦でそのまま着地。

 

 ……とはいえ、肋に一撃もらった。ちょいヒビ入ったか?

 

 攻撃箇所を触って確かめる。

 

 ――問題ねぇな。

 

 わざとらしく笑みを浮かべる。

 これくらい戦えるなら、一段階呪力出力増やすか。 

 

 ギギ……と、音を立てて足元の地面が軋む。

 呪力の出力を一段階、引き上げた。

 

 心拍が跳ね上がり、肉体の隅々まで響く。

 皮膚の下で脈動するビートが、熱とともに呪力へと変換される。

 掌に、拳に、踵に、響く。

 

「……こっからが本番だろ、オイ」

 

 踏み込み、正面から突っ込む。

 

 猿呪霊の豪腕がうなりを上げる。

 それを──正面から叩き潰すように、拳と拳をぶつける。

 

 ガンッ!! と、爆ぜるような衝撃音。

 

 力負けなどしない。

 拳が押し返し、呪霊の腕が仰け反った。

 

「っらぁあ!!」

 

 そこから一気に連打──!

 

 左拳をボディへ。右膝で顎を打ち上げ、バランスが浮いたところへ、

 跳び込みの左回し蹴りが側頭部を抉るように命中。

 

 ――ドゴォンッ!!

 

 猿呪霊の巨体が、何メートルも吹っ飛ぶ。

 そのまま遠くのコンクリ壁に叩きつけられ、粉塵が舞い上がる。

 だが、止まらない。

 

「──逃がすかよッ!」

 

 即座に跳び込み、壁にめり込んだ呪霊の胸倉に拳を叩き込む。

 更に顔面に拳をめり込ませ、反動で背中側の壁ごと呪霊を引き剥がす。

 

 呪霊が呻くより早く、俺はそのまま、

 巨体をぶん回すように振り上げ──

 

「おら、戻ってろ、戦場に!」

 

 叫びとともに、遠心力を乗せて地面へ投げ飛ばした。

 猿呪霊の身体が宙を回転しながら吹っ飛び、地面をえぐりながら数十メートル滑走。

 着地など許さず、土煙の中に俺も跳び込む。

 

「はははっ! どうしたどうした! 術式が発動してねぇぞ!? 呪力が惜しいってか!?」

 

 気がつけば、猿呪霊の術式は効果を発揮してなかった。

 俺には大した意味がないことを悟ったのかその分、強化に呪力を回しているようだ。

 まあ、その程度で意味はないがな。

 

 投げ飛ばした場所へ瓦礫をぶん投げ、その後に俺も突っ込む。

 そして、飛び蹴りが猿呪霊の腹部へめり込んだ。

 

 この呪霊、1級相当の強さはあると思うが、まあこの程度だ。

 術式もそれなりに面白いし、並の術師なら太刀打ち出来なかったかもな。

 

「……ま、そろそろ終わらせっか」

 

 拳に呪力を込める。右手に集中する振動エネルギー。

 呪力量をさらに跳ね上げる。

 

「終幕だ」

 

 呪力の奔流が拳に集まり、瞬間――黒い稲妻のように揺らいだ。

 拳を叩き込む。

 

 ――黒閃!

 

 衝撃が地面を裂き、爆風のようなエネルギーが空間を焼く。

 融合猿呪霊は、爆発するようにして粉砕され、肉片すら残さず、チリになって霧散した。

 俺は息を吐いた。

 

「次は聞か猿も、もってこい。……まあ、3体揃っても雑魚にゃ変わんねぇがな」

 

 残骸を一瞥し、次の呪力反応を捉える。

 俺の足は、すでに次の現場へと向かっていた。

 

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