十中八九、術式「ラップ」   作:らいこう

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第二十七話 百鬼夜行2

 

 あの、呪力が黒く光った現象。

 たしか、あれは黒閃という名前だったはず。

 打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。

 それが黒閃。

 

 ゲームで例えるなら会心の一撃。

 あれが決まった瞬間、すこぶる調子が良い。

 

 久しぶりの感覚だった。

 前に"聞か猿"とやり合って、死の淵をのぞいた時と――いや、それ以上だ。

 これは、完全に"乗ってる"。

 

 ――俺は今、呪力の核心に触れている!

 

 全身にみなぎる力。

 頭が冴えて、景色の輪郭が際立って視える。

 まるで、世界の全てがリズムに乗って揺れているようだ。

 言葉ひとつで、すべてを斬れる気がした。

 

 高鳴る心拍。

 脈動が、ビートになる。

 足の裏から伝わってくる震えさえ、俺の音楽の一部だ。

 

 京都の街を駆ける。

 瓦礫を跳び、屋根を蹴って、呪力の濃度が異様に高い一点へと向かう。

 

 ドン、と。

 着地と同時に、胸に響くほどの"音"を感じた。

 

 見下ろした先。

 黒い塊――いや、"気配"の塊が蠢いていた。

 

 呪力の質量が違う。

 これは、特級。

 

「こいつはもらってくぜ」

 

 そう口にした瞬間には、もう身体が勝手に前へ出ていた。

 

 崩れかけた寺の境内。

 そこに立っていたのは、ひときわ異様な"人影"だった。

 

 背丈はゆうに三メートルを超える。

 手足は細長く、骨と皮を無理やり繋いだような不気味なシルエット。

 顔には真っ白な能面のような仮面――いや、あれが"顔"か。

 口はなく、空洞の目が俺を覗いていた。

 

 その手には、ぐったりした術師。

 ……まだ息はある。が、次の瞬間には――

 

 ぶん、と音を立てて、術師の体が放り投げられた。

 代わりに、空洞の目が、俺を見据える。

 

「今日はたくさんの人が来てくれて嬉しいよ」

 

 細く、乾いた声だった。

 鼓膜の奥を指で押されるような、不快感を伴って響く。

 

「余は寂仄(せきそく)。孤独から生まれた呪霊だよ。ああ、余を知ってもらえる喜び……! 孤独が癒やされるよ!」

 

 それは自己紹介というには、あまりに歪な感情の吐露だった。

 

「孤独は好きさ。静寂は心を落ち着かせてくれる」

 

 ヤツは口がないにも関わらず、どうやってか言葉を紡いでいる。

 

「でもね、時には人肌が恋しくなることもあるんだ」

 

 無表情な顔とは違い、声は随分と感情的だ。

 

「そういう時はね、こうして無聊(ぶりょう)を慰めるんだ」

 

 寂仄(せきそく)の背後で、黒いマントのような影が蠢く。

 そこから生える無数の"手"。

 

 うめき声と、骨が軋む音。

 影に掴まれた術師たちが、握り潰されていく。

 

「ああっ……人の悲鳴! これを聞くと、余は独りじゃないと実感できるよ」

 

「やけに独り言が多いなぁ」

 

 呆れた声が自然と口から漏れた。

 

「孤独なのはお前の性格が原因じゃねぇの。まあ、戦陣で対話は厳禁ってな」

 

 自然と韻が踏めていた。

 乗りに乗っているのが分かる。

 

「独り言で繋がった気になってんじゃねぇよ。喋ってんのは空虚な自己愛二の舞いにならないよう、オレも気をつけるぜ」

 

 寂仄(せきそく)の能面の奥に、わずかな"怒気"を感じた。

 

「黙れ……!」

 

 低く唸るような声とともに、空間が揺れた。

 

 ――見えねぇ。聞こえねぇ。呪力を感じねぇ。

 

 これがこいつの術式か。

 ただ、俺の脳内だけがやたらとうるせぇ。

 思考が、どこまでも冴え渡っていく。

 

 皮膚で感じる風、空気の匂い、そして俺の直感。

 術式で音や視界を消しているわけじゃない。消されているのは俺の感覚の方か。

 

 風が動く。そして、直感に従って拳を振り抜いた。

 

「ぐっ、なぜ……!?」

 

 俺の拳がヤツの腕を、そらすように殴り抜いた。

 おびただしい血の匂い。蠢く空気の流れ。

 直感に従って、前進。

 

 ――ああ……分かる。

 

 ヤツの骨ばった細腕が振るわれる。

 

 外側に避けるように一回転。

 その回転を利用して脚を振るった。

 

「うぐっ……!」

 

 回し蹴りが、寂仄の顔に当たったのが分かる。

 その時、空気が動く。

 ノリで俺に向かってくる何かを迎撃する。

 

「これは――ああ、あの影の腕か」

 

 皮膚で感じる音の触感から、言葉を出せているのが分かった。

 

 ――1つ2つ――10以上は腕があるな。

 

 片っ端から撃ち落とし、合間に襲いかかってくる寂仄を蹴り飛ばした。

 

「くっ、なぜ! なぜ分かるんだ! 余の術式は間違いなく発動しているはずだ!」

 

「なぜ分かるか? 封じられているのは精々、視覚と聴覚、あとは呪力感知くらいか?」

 

 言葉を口にしながら、寂仄のボディへ脚を振り上げる。

 足裏からの反動で上手く攻撃が入ったのを感じる。

 

「なぜその程度で俺に勝てると思った? 逆に聞きてぇな!」

 

 蹴り飛ばした寂仄へ追いつき、苦し紛れの影の手を捌き、拳を振り下ろす。

 

「ごぉあっ……!」

 

 寂仄の身体が地面に突き刺さる。

 

「見猿、言わ猿といい、感覚を封じてくるやつと縁があるなぁ、俺メタか? どう思うよ、二番煎じ野郎?」

 

 五感――いやこの場合はニ感(・・)か――も呪力感知も奪われたまま、俺は目の前の特級呪霊と拳を交えていた。

 だが、臆することはない。

 黒閃で呪力の核心に触れた俺は、いま――全能感のただ中にいる。

 

 嗅覚、触覚、そして直感。

 その全てをセンサーにする。そして、たえず微弱な呪力の音波を放ち続ける。

 音の反響が皮膚から俺に伝わる。

 

 視えないが――全て視える。

 

 肉薄する敵の動き、無数の影の手。

 俺の拳が、寂仄の左フックに被せるように衝突し、音のない火花が散った。

 

 歪む重圧。弾ける感覚。普通なら拳が砕けてもおかしくない打ち合い。

 だが、こちとら《ビートコア》を発動中だ。

 

 肉弾戦どんとこいだ。

 心音を増幅した打撃の反動に、さらに呪力のリズムを乗せてやる。

 

 ――どっちが"音の主"か、教えてやるよ。

 

 寂仄の背中から生えた影の手が、間断なく俺の四方を突く。

 だが、そのたびに俺は拳と脚で迎撃しては払い、間合いを潰して接近する。

 

 脇腹にフック、影の手に蹴り上げ、頭部に肘打ちを叩き込み。

 そして口を開き、耳が使えない中、俺の感覚、経験を信じてリリックを紡ぐ。

 

『哀れな化けもん 声デカいだけ

『いつまで戯言 空回りバレバレ

『悲鳴で埋めた その穴は虚ろ

中途半端だ、心はうつろう

 

 ラップが空間を震わせ、音の衝撃波を生む。

 俺を中心として無差別な音の衝撃波が周囲へ襲いかかる。

 更に《ビートコア》で生み出した振動エネルギーを加えて、衝撃波の破壊力を増加させた。

 

 影の手を裂き、寂仄の"白い仮面顔"の奥に響く。

 相手の影の手が防御に回った瞬間、俺は距離を詰めて腹に脚を叩き込んだ。

 

 鈍い手応えとともに、空間に走っていた静寂の膜が破れたように感じる。

 

 ――視界が、戻った。

 

 破裂するように、色と音が戻る。

 そして俺は理解した。こいつの術式は――

 

「なるほどな、結界内での五感と呪力感知の剥奪か。しかも全方位に影の手で対応。器用なもんだ」

 

 それでも遅ぇんだよ。

 

「《ラップスキル・デリート》」

 

『俺が ラップで 黙らせる

浅はかな お前 アマガエル

『ゲコゲコ言って 笑われるーだけ』

『術式 (さまた)げる 悪ふざけ

 

 放たれた呪力が歪み始め、波のようなノイズエフェクトを形作ると寂仄へ襲いかかる。

 呪力で守りを固めたようだが、それは悪手だ。

 

「くっ、こ、これは……!?」

 

 そのノイズに攻撃はない。一度喰らえば術式に侵食し、発動を妨害する。

 白面の隙間に走った動揺。それに被せるように、さらに宣言する。

 

「スキルチェンジ――《ダズル》」

 

『幻想の中へ 導くフロウ

『意識の奥で 囁くトーン

トントン拍子だ この勝負

とことんやろうぜ 送る恐怖

 

 薄紫の風とともに、不快な音波が寂仄に降り注ぐ。

 耳を塞いだようだが、音は身体からも伝わる。

 寂仄は耐えきれず、脳へ揺らす音波で顔を歪めた。

 

「余の……静寂を……妨げるなぁ!」

 

「良かったじゃねぇか。音があれば、孤独は感じねぇだろ?」

 

 《デリート》で一定時間の術式封じ。

 《ダズル》の精神干渉で、術式への妨害。

 これで、寂仄が術式を使えてもまともに作用しないだろう。

 

 影の手が揺らぎ、制御すらままならないようだ。寂仄の動きが乱れた。

 俺は一気に間合いを詰める。

 

 右アッパーで顎を跳ね上げ、左膝で胸板を潰し、振動波を練り込んだ肘で背を打つ。

 

「アアアアアアッ!」

 

 相手が前かがみで頭を前に出してきたタイミングで、喉から呪力の衝撃波を浴びせる。

 更に頭、目掛けて脚を振り上げた。

 

「がっ……!」

 

 寂仄は身体が浮き上がるほどのけぞり、立っているのがギリギリで放心状態になっている。

 顔は天を見上げ、フラフラと揺れていた。

 

「そろそろ終いにすっか」

 

 心臓の鼓動とともに、高まる音と力。

 俺は振動を体内で一気にチャージし、全身の呪力を拳に集める。

 

「インパクトォ!」

 

 一歩踏み込んで、拳を勢いよく突き出した。

 寂仄の胸板に拳が刺さるように炸裂した瞬間――世界が、黒く、光った。

 

 ――黒閃。

 

 二発目。

 衝撃と呪力の同期が、空間を揺らがせる。

 

 寂仄の巨体が一瞬で吹っ飛び、背後のビルを三棟まとめて巻き込んで激突した。

 爆ぜる瓦礫、舞う煙塵、残響だけがその場に残る。

 

「クククッ……吹っ飛ばしたら、祓えたか解んねぇな! しゃあねぇ、見に行くか~!」

 

 二度目の黒閃。俺のテンションが振り切れるのを感じる。

 ボルテージは最高潮だ。

 

 俺は拳を振り払って、風穴の空いたビルの間を駆け抜けた。

 

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