所変わって、東京都立呪術高等専門学校。
表向きは宗教系の教育機関。だがその実態は"呪術師"とやらの育成や任務の斡旋などをする異端の学校らしい。
ちなみに夜蛾学長との面談は、とっくに終わっている。
「呪術高専に何しに来た?」
そう聞かれたとき、俺は迷いもなく答えた。
「五条悟を倒しに来た」
真顔でハッキリと、まるで挨拶のように。
あのときの学長の反応は……まあ、なんというか、ポーカーフェイスを崩すまでもなかったけど、どこか納得したように頷いてた。
どうやら呪術師ってやつは、多少ブッ飛んでるくらいじゃ驚かないらしい。
そんなこんなで、俺の入学は即決だった。
今は五条先生が寮の案内をしてくれている。
なんていうか、白髪にサングラスでスタイル抜群、教師というよりは芸能人崩れみたいな外見だが……こいつ、マジで強い。
「そういえばさ、君の術式だけど」
廊下を歩きながら、五条先生が思い出したように口を開いた。
「アレ、元は"狗巻家"の系譜にある歌唱呪法でしょ。呪力を"音"に乗せて具現化して、攻撃に転じる……けど、君のは少し特殊だね」
「狗巻? 誰だそいつ」
正直、聞き覚えのない名前だった。
俺が首を傾げると、五条先生は少し目を見開いた――まあ目隠しで見えないが、なんとなくそんな感じだった。
「え、知らないの?」
まるで俺が知ってる風だが、俺の術式と関係あるからか?
だがあいにくと、聞いたことはなかった
「まあいいや。君の術式は、元々の"歌唱呪法"をベースにしてはいるけど、ラップっていう独自のスタイルで再構築してる。リズムと韻で条件が絞られる分、精度と威力が格段に上がってる。縛りをかけることで性能を引き上げる、呪術の基本だね」
「ほーん。で、その術式持ってたらなんかヤバいとかあるのか?」
壁に背を預けながら、俺は軽く聞いてみた。
すると五条先生は肩をすくめて口を開く。
「狗巻家なら問題ないよ。でも……他の家だったら、ちょっと揉めるかもね」
意味深に笑う。
「揉めるって?」
「呪術界には"保守派"って呼ばれてる人たちがいてね。あの人たち、古臭いものが大好きなんだ。"伝統こそ正義"ってスタンスでさ。逆に、新しい発想や、君みたいに既存の術式を再構築するような術式は――嫌われる」
五条先生の口調は軽いが、言っている内容はだいぶ面倒そうだった。
「嫌がらせをされるほどに、ね」
「価値観のアップデートが遅い連中だな。まさか、呪術師ってのはそういう古臭い奴らの集まりかよ」
思わず吐き捨てるように言った。
すると五条先生は、廊下の窓から外を眺めながら肩を落とした。
「まあ、呪術そのものが何百年も前からあるもんだからね。長く続いてるものほど、変化を嫌うのは仕方ないさ。だから、目をつけられたら結構面倒だよ~?」
そう言いつつも、最後はにやけた声でこう付け足した。
「……ま、僕がいるから問題ないけどね」
へらっと笑うその横顔は、ふざけたように見えて、どこか"本物"の余裕があった。
──とはいえ。
やっぱり、呪術師って奴は基本的に面倒くせぇんだな。
そう思った瞬間、五条先生が立ち止まった。
「ここが君の部屋」
指さしたのは、寮の一室。
無骨な木製の扉が一枚、静かに佇んでいた。
「家具とか諸々はもう届いてるはず。荷解きは自分でよろしく」
すでに準備万端らしい。早い話だ。
「それと――明日から、同級生たちと顔合わせがあるから。いきなりバトル吹っかけたりしないでね?」
俺の方を見ながら、軽口混じりに言う。
「……さあ、どうだかね」
「ま、やるなら穏便にね」
五条先生は笑いながら、ヒラヒラと手を振って部屋から去っていった。
その背中を見送ってから、俺は部屋の扉をゆっくりと開いた。
新しい匂いと、まだ使われていない家具たちの静けさ。
ここが、俺の新しい"戦場"ってわけか。
「……ま、楽しませてもらうぜ。呪術高専」
次の日。朝から天気は快晴。
こんな日に新しい環境へ飛び込むってのも、何かの巡り合わせかもしれない。
俺は今、教室の前で待機していた。
今日はいよいよ、昨日五条先生から言われていた同級生たちとの顔合わせを行う。
転入したのは東京都立呪術高等専門学校、一年。
同級生は、俺以外に3人だけらしい。
正直少ないと思った。
事前に五条先生から「呪術師はマイナー職」だってのは聞いていたが、まさかここまでとは。
ド田舎の学校だって、もうちょい生徒いるだろ。
廊下に漂う空気はどこか湿り気を含んでいて、建物は古びた宗教施設のような重厚さがある。
その向こう、教室の扉越しに、気配が揺れる。
そんな中、教室の中から軽い調子の声が響いた。
「入っといでー!!」
五条の声だった。
まるで遊園地のアトラクションへ案内するような軽さ。
俺は一度、深く息を吐いてから、扉を開いた。
――ガラッ。
中にいたのは、3人の人影。
ひとりは、ポニーテールにメガネをかけたキリッとした女。
もうひとりは、白髪にネックウォーマーを巻いた、何を考えてるか分からねぇ無表情な男。
そして、最後のひとり――明らかに人間じゃねぇ。
……パンダ!?
一瞬、俺の目がバグったのかと思った。
が、パンダは自然体でそこにいた。しかも、座ってる。
キグルミかと思ったが……どう見てもガチ。
尖ってんな。でも、嫌いじゃねぇ。
俺が呆気に取られていると、教室の奥から五条がニッと笑って声をかけてきた。
「はいはーい、それじゃ自己紹介どうぞー」
促され、俺は無言で教卓の前へと進む。
3人の視線が集まる中、俺はゆっくりと懐へ手を差し入れた。
取り出したのは、黒光りするナックル型のダイナミックマイク。
「……おっと、まさか」
五条先生のつぶやきが教室の奥で聞こえた。
口元は笑っているが、目元は真剣そのもの。
俺は何も言わず、足元に一歩下がる。
その瞬間、パキィンと空気がひび割れた。
ヘビがとぐろを巻いたようなスピーカーが出現する。
場所が教室だからか、いつもよりコンパクトなサイズになっていたが、存在感は変わらない。
術式の発動に伴い、マイクの姿が変化する。
黒色だったマイクは灰色と紫を基調とし、グリップに沿ってヘビが這い、指を通すナックルガードのリング部分はヘビの形に置き換わる。
最後に蛇の目と牙の模様が、マイクに浮かび上がると同時に怪しく光った。
スピーカーが唸りを上げ、次の瞬間――ビートが鳴り出した。
重低音とリズムが空間を揺らす。
3人の同級生は、目を見開き、軽くのけぞった。パンダは「うおっ」と両腕を上げ、白髪の男はネックウォーマーの下で眉をひそめる。
メガネの女は反射的に椅子を蹴って立ち上がりそうな勢いだった。
そんな中、五条先生だけが腕を組み、口元を吊り上げていた。
「やると思った」
どこか楽しそうに、嬉しそうに。
俺はマイクを構え、口角を上げて言う。
「挨拶代わりだ。バトろうぜ、俺の同級生」
その瞬間、教室の空気が張りつめる――。
スピーカーから、ビートが弾ける。
低く唸るような重低音に、教室がビリついた。
その音圧に、ポニテ眼鏡の女は眉をひそめ、ネックウォーマーの白髪男はピクリと肩を動かした。
そしてパンダは小さく「おいおい、マジでやんのか」とでも言いたげに首を傾げる。
してやるよ、俺の自己紹介。
呪術師は古臭い価値観の奴らばっかりなんだろ。
だったら、いきなり度肝を抜いてやる。
そして、理解しな。
古臭い価値観を持ってない俺のほうが上だってな!
『俺の名前は
『知識、ゼロでも ステージで吠える "呪術"も知らずに この道に乗れる』
ラップの一節が放たれるたび、教室の空間に光の帯が走る。
リリックの余韻が空気を這い、ビートに合わせて黒板が震えた。
ポニテ女が目を細め、椅子にぐっと重心をかける。
『高一デビューで恥をかく? いや"教室"より"韻"で踏み込む大音楽』
『言葉が術だ、俺には武器さ 毒舌フロウでお前らと
机の上を滑るように、言葉が形を持って浮かび上がる。
"BoogieDown"の節で、床の板が波打つように動き、ネオン風のエフェクトが一瞬、壁に踊った。
パンダは「……パリピか?」とぼそっと呟き、ポニテ女はあきれ顔で肩をすくめる。
『歌唱呪法? それに夢想する無能ども だが 今は ラップで、術式 アプデ』
その瞬間、白髪男が小さく反応した。
歌唱呪法の単語に目を見開き、驚きと興奮が混ざったような表情になる。
『音に呪力、ビートに乗せる 古臭ぇルールは全部潰せる』
浮かび上がったリリックの一部が、数式のように空中で回転する。
幾何学模様がビートに合わせて崩れ、再構築されていく。
まるで術式を上書きしているかのようなアニメーション。
『目立ってナンボ、黙ってらんねぇ 俺は革命の"蛇"、牙を隠さねぇ』
『そっちの3人、名前は知らねぇ――とりあえず、一発、かましに来たぜ!』
最後の一行と同時に、スピーカーの口が開き、牙のエフェクトが空を裂いた。
ラップに合わせて斬撃のような演出がバシッと走る――だが、そこに攻撃性はない。
ただ"ここにいる"という爪痕を、空間に刻むような視覚的インパクトだけが残った。
音が止む。
振動が静まり、余韻だけが教室の空気を満たす。
パンダが耳を抑えながら「うるせぇな、朝からロックすぎるだろ」とぼやき、
ポニテ女は「……変なのが来たな」とつぶやいた。
白髪男は、にこりともせず、ただじっと俺を見ている。
その目に宿るのは──興味と、警戒か?
3人の様子を俺が見ていると、教壇の横で腕を組んでいた五条先生が楽しげに口を開いた。
「いやぁ、やっぱやると思ってたよ。というわけで、毒舌ラッパーの
俺はマイクを手元でクルリと回し、口を開いた。
「よろしくさん、具だくさん」
「ジョ◯マンじゃねぇか!?」
パンダのツッコミが教室に鳴り響いた。