ビートの余韻が教室の隅に溶けて消えたころ。
五条先生は「あとは若い子同士で仲良くね~」なんて軽いノリで手を振り、教室から出て行った。
俺たち四人が残された空間に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
スピーカーは消えた。あれはあくまで"術式"、歌唱呪法に発動時に姿を現すものだ。
まるでライブの後みたいな微妙に気まずい空気の中で、俺は一歩、教卓の前から下がって口を開く。
「そんじゃあ、改めて
俺の自己紹介に、真っ先に反応したのは黒白ボディの異形――パンダだった。
どこをどう見ても動物園案件な見た目なのに、普通に声を出して喋るし、仕草も人間臭い。
「おう、よろしく。俺はパンダだ」
「……まだ、よろしくするかは未定だがな」
少し棘を立てて返すと、パンダは軽く首を傾げて小首をかしげた。
「なんだ、人じゃないとよろしくできないってことか?」
「五条先生から呪術師は古臭い奴らの集まりだと聞いてるんでね。お前らのことを知るまでは、よろしくする気はないってことだ」
俺が肩をすくめてそう言うと、パンダは「悟の奴、偏見植え付けてんじゃねぇか」とボヤいた。
「つーと、あんたらは革新派だと?」
俺がそう問いかけると、ポニーテールにメガネの女が椅子に背を預けながら、やれやれと言いたげに息を吐く。
「革新派かどうかは知らないが、少なくとも保守派じゃねぇよ」
それに続いて、白髪でネックウォーマーの男が元気よく指を上げた。
「しゃけしゃけ!」
「しゃけ? なんだ、キャラ付けか? 尖ってんな、あんた。そういうやつは嫌いじゃねぇ」
パンダがクスクス笑いながら補足を入れる。
「棘は呪言師。言葉に呪いが乗るから喋る語彙を絞ってんだ。って、そういや、自己紹介がまだだったな」
そう言って、パンダは自分が仕切るように前に出て、両手を広げる。
「まず、こっちが呪具使いの禪院真希。呪いのこもった特殊な武具を扱う」
真希――ポニテ女の名前をここで知る。
彼女は「フン」と鼻を鳴らして軽く頷いた。
「んで、こっちは呪言師、狗巻棘。さっきも言ったが、術式の関係で喋る語彙をおにぎりの具にしてるんだ」
棘。しゃけの男。
名前を覚えるには、十分なインパクトだ。
「で、最後、俺がパンダだ」
「……オチ担当か? つーか、マジモンのパンダ?」
冗談半分で聞いたつもりだったが、パンダはニヤリと笑って返す。
「どうだと思う?」
「……」
怪訝な表情を浮かべ、パンタの言葉に思考を回す。
だが、そんな間もなく、真希がバサッと椅子を引いて立ち上がる。
「本物じゃねぇよ。呪骸っていってな、呪いのこもった人形みたいなもんだ」
「あっ、おい真希、勝手に説明するなよ。クイズにして場を盛り上げようとしてたのに!」
「馬鹿なことする暇があったら、さっさとグラウンド行くぞ」
そう言いながら、真希は教室のドアをすでに開けている。行動が早い。
だが、自習なのに勝手に外に出て良いのか?
そんなことを考えながら、俺は疑問を口にした。
「……あー? グラウンド?」
「互いを理解するなら、模擬戦で何ができるか見せ合うほうが早ぇ」
「……脳筋か?」
「うるせぇ、さっさといくぞ!」
鼻息荒くそう怒鳴って、ポニテ女――禪院真希は廊下に出た。
やれやれと頭をかいたパンダがこちらを向いてニカッと笑った。
「まあ、ああいうタイプだ。とりあえず行くか。待たせるとうるさいからな」
「――いいぜ、乗ってやるよ。見せてもらおうかよ"看板倒れの高専流"ってやつを」
わざとらしく鼻で笑って、肩をすくめる。
もちろん、挑発だ。煽って揺さぶる。
言葉の刃は、刺さってなんぼだ。
「こいつ口悪いな」
「しゃけ」
※ ※ ※
場所を移して、俺たちは呪術高専のグラウンドにやってきた。
広くて整備された土のフィールド。周囲は背の高い木々と結界の気配。
静かだが、どこか張り詰めた空気が漂っている。
模擬戦って言うから、何をするかと思えば──どうやら普通に殴り合いらしい。
どんな基準で"模擬"と呼んでるのか、正直ツッコミたいが、面倒くさいので黙っておく。
「とりあえず、玲がどれくらい動けるか見たいんだってよ」
パンダの言葉に、俺は小さく肩を回し、軽く足を蹴り出す。
準備運動代わりに動きを確かめると、関節の音がパキッと鳴った。
「ルールとして術式の使用はNGな」
パンダが手を挙げて審判宣言。
どうやら、俺と戦うのは真希らしい。
真希は既に手慣れた動きで棒術用の長棒を手に取り、軽く回して構えていた。
俺の方はというと、構えるのは拳のみ。
道場にも通ってねぇし、格闘技なんて触れてもない。
「おーい、玲は武器無しでいいのか?」
「女を相手に武器なんか卑怯だろ?」
挑発をいれるが、真希は我関せずと俺の発言を無視した。
こういうのはスルーできるタイプか。
まあ良い。
それに武器を使うノウハウねぇから、拳で戦うしか無い。
呪霊とやりあうときは術式ばっかり使ってきたしな。
格闘経験は喧嘩程度だ。
まあ、なんとかなるだろ──と、いつも通り楽観的に考える。
「それじゃあ、はじめ!」
パンダの合図と同時に、地面を蹴った。
一気に加速して、真希の懐に飛び込む。
「シッ!」
呪力で強化した拳が風を切る。
だが、俺のジャブは空を斬った。
「チッ、うまく避けんなぁ」
真希はほとんど身体を動かさず、足運びだけでヒョイとかわす。
一定の距離を保って、こっちを誘ってる──完全に間合い管理を意識した動きだ。
「クソ、棒と拳じゃ間合いが違ぇ……!」
分かっていたつもりだったが、それがこうも厳しいものだとは。
攻めるだけでジリ貧になるのが見えてる。
それでも俺はステップで詰めるしかない。
「フッ! シッ!」
リズムを刻むように、ジャブを何度も繰り出す。
でも、当たらない。真希はまるで最初から俺のリズムを見切ってるみたいだった。
これじゃあ、大技は愚かストレートすらも打つわけにはいかないな。
隙を晒すだけだ。
「玲の奴、結構動けるな」
「しゃけしゃけ」
パンダと棘が距離を取った場所から見守ってるのが視界の端に映る。
……余裕ぶってんな、こいつら。
真希は攻撃を仕掛けてこない。ただただ、こちらの動きを見極めるように目を光らせてる。
──いや、違う。もう見極め終わったんだ。
次の瞬間、棒がうねるように軌道を変えて俺の横腹へ。
「うぐっ!」
防げたかと思ったのに、棒の先が脇腹に食い込んだ。
「おおっ! ありゃ、良いのが入ったなぁ」
「しゃけ! すじこ!」
のけぞる俺に、真希が一気に詰めてくる。
さっきまでとは別人みたいな勢い。距離感と動きが一変する。
「くそっ……!」
受け流しても、弾いても、次の一撃がすぐに来る。
しだいに反応が追いつかなくなっていく。
「攻守逆転だな」
「チッ……だったら!」
このまま、消極的にやっても埒が明かねぇ。
だから、俺は防御を捨てた。
やばい攻撃だけをスレスレで躱す。
後は全部受ける勢いで、無理やり距離を詰める。
「ここぉっ!」
そうして棒の軌道が見えた瞬間、俺はそれを片脇に挟み込む。
そのまま強引に踏み込んで、真希の懐へ。
「らぁっ!」
そして振り抜いた前蹴りをぶち込む──はずだった。
「甘めぇよ」
真希はあっさりと棒を手放す。
次の瞬間、俺の突き出した脚を掴んで持ち上げると、そのまま俺の体勢を崩した。
「やばっ──!」
背中から地面に倒れると、すかさずマウントを取られる。
見上げた視界の中で、真希の拳が止まっていた。
「そこまで! 真希の勝ち!」
パンダの声に、真希が俺の顔すれすれにあった拳を引いた。
「真希お前、体術もいけんのかよ……」
「いつ私が出来ないなんて言ったよ」
「はぁ~、クソっ……俺の負けだ」
砂を払って立ち上がると、パンダがニッと笑った。
「やっぱり強いな、真希。玲もおつかれさん、かなり動けてたぞ」
「しゃけ!」
「はいよ、ありがとさん」
軽く手を振って礼を言う。
そのまま背中についた砂を払いながら、ぼそっと口にした。
「にしてもパンダだけじゃなく、ゴリラもいたとはな……」
――バキンッ。
次の瞬間、俺の後頭部に棒が叩きつけられた。
「痛ってぇ!!」
「誰がなんだって!?」
「ゴリラって言ってたな」
「おい、パンダ黙れ!」
獣畜生の口を塞ごうと、俺はパンダに掴みかかった。
だが、真希はそんな俺の首根っこをつかみ、パンダから無理やり剥がされた。
「そこまで口が回るなら、まだまだ元気だなぁ! おらぁ、もう一回やんぞ!」
「やんねぇよ! おい、パンダか棘、どっちか変われ!」
「俺パンダ、人の言葉わからない」
「おかか!」
「だぁあ! クソ! やるしかねぇのか! おい棘、そこの木刀よこせ!」
「しゃけ!」
──こうして、呪術高専の一日は、騒がしく、そして少しだけ楽しく幕を開けた。