グラウンドでの模擬戦を終え、俺たちは教室へ戻っていた。
さすがに汗も引いて、体は落ち着いてきたけど、気分のほうはまだ戦闘の余韻を引きずっている。
……なんというか、悪くなかった。
真希、パンダ、棘。
最初はどんなもんかと半信半疑だったけど、模擬戦で拳を交えたことで、なんとなく分かった。
こいつら、ちゃんと"本物"だ。
口じゃ毒を吐いたが今はもう、こいつらを同級生として認めている。
それくらいには、いい戦いだった。悪くない出会い方だ。
で、教室に戻ってからは、なんとなく俺の"入学前日譚"みたいな話になっていた。
術式が発現してから、五条先生と出会って、呪術師なんて単語を知ったこと。
そんでもって、不審者扱いした相手にスカウトされたこと。
「――まあ、そんな感じで不審者然とした五条先生にスカウトされたわけだ」
俺が軽く笑いながらそう締めると、パンダが「マジで不審者じゃねぇか」と肩を揺らして笑った。
真希は呆れ顔で「悟のやることは相変わらずだな」とぼやき。
棘は「しゃけ」とだけ一言。
……その「しゃけ」は同意の「しゃけ」なんだろうか。
「そういやさ」
と、パンダが唐突に切り出す。
「玲の術式、歌唱呪法って言ってたけど……あれ、狗巻家の術式だったよな?」
そう口にしたパンダだが、ん、と首をかしげ、自分の言葉に疑問符を浮かべた。
「玲って狗巻家の関係者だったりするのか? ……あ、いや、玲って一般だったか」
「ああ、一般だな。呪術って言葉を初めて聞いたの、五条先生に会った日だしな」
そう答えると、棘がこちらを見て「しゃけ」と頷いた。
なんか、その顔、少しだけ親近感があるように見えたのは気のせいか。
「でもさ、そもそも狗巻家ってなんなんだ? お前らも五条先生も普通に知ってる感じだったけど」
そう尋ねると、棘が「しゃけ、すじこ!」と乗り出してきた。
説明しようとしてるっぽいが、当然俺には意味不明。
「いや、それじゃ伝わらんだろ」
とパンダが棘の肩を軽く叩く。
「代わりに説明するわ。いいよな、棘?」
「しゃけ」
「んじゃ、ざっくり言うと――」
パンダは腕を組み、教室の窓のほうをちらと見てから、語り出す。
「歌唱呪法ってのは、狗巻家に伝わる術式だ。……けど、現代で使い手がいるかって言われると、ほぼいない。てか、お前以外にいない可能性も高い」
「なんでだよ。普通に使えるだろ? 俺、使ってるし」
俺が首を傾げながら問い返すと、パンダは少し困ったように笑った。
「いやいや、お前のは"普通に使えてる"ってレベルじゃねぇからな。本来の歌唱呪法ってのは、ただ歌に呪力を乗せるだけの術式のはずだ……で、合ってるよな?」
「しゃけ」
棘が手で大きく○を描いて、正解のサインを出す。
──なるほど。
つまり、俺の術式は"本来"の歌唱呪法とは、ちょっと違うってわけか。
曰く、歌唱呪法は本来、歌詞を現実に反映させることまでできるらしい。
そう説明されて、俺はふと少し前にした自己紹介のラップを思い出す。
俺はラップに合わせて、蛇のスピーカーから斬撃のアニメーションを放った。
あの、視覚的な演出。
ノリでやったけど、もしかして、あれも術式の応用ってやつだったのか?
パンダの説明は続く。
歌唱呪法は呪言と違って、言葉そのものに呪いは乗らない。
そのため、普通に喋れるし、制約も少ない。
けど、そのぶん呪力操作が極端に難しい術式だという。
加えて、呪力も大量に消費する。
応用となる"現実への歌詞の反映"には、実力と集中力が必要不可欠。
それどころか、自身の実力以上の歌を歌えば、喉への反動まであるらしい。
だから、仮に現実へ歌詞の反映をした所で、効果も控えめ。
一人で音楽と歌と術式を全部こなすのは至難の業。
そもそも歌いながら戦うなんて、動きに制限が出まくる。
つまり歌唱呪法ってのは総じて、使いこなすのがクソ難しい術式ってことだ。
過去の術者も、ほとんど固定砲台のように動かず術式を展開するしかなかったらしい。
現実に干渉するような高度な応用なんて、夢のまた夢。
「……ほ~ん」
俺は鼻を鳴らして、あくび混じりにそう答えた。
正直、そこまで興味はない。俺が使えてるなら、それでよくね?ってスタンスだ。
「おいおい……」
パンダが苦笑いを浮かべる。
「玲、お前がなにげにやってることはな、今まで誰にもできなかったことなんだよ」
「――そういうこと」
真希がそこで口を挟んだ。
「歌って、呪力乗せて、現象に反映させて、なおかつ戦闘もこなす。普通は絶対に無理だ。玲、お前の術式マジでイカれてるよ。いい意味でな」
その言葉に、俺は口の端を少しだけ持ち上げた。
そうか。俺の術式は"イカれてる"のか、上等じゃん。
パンダの解説と真希の補足で、どうやら俺の術式がかなり特殊らしいということがわかった。
普通の術師にはできないことを、俺は自然とやってるらしい。
……まぁ、俺としては"できたからやった"だけなんだが。
「なあ、玲」
そう言って、真希が腕を組みながらじろっと俺を見る。
「お前、どうやって歌唱呪法を今の形に作り変えたんだ? っていうか、いつ気づいたんだよ。あんな応用できるって。お前、ここに来るまでパンピーだったんだろ?」
「んー?」
俺は背もたれに体を預け、椅子を少し傾けた。
その問いに特に身構えるでもなく、鼻を鳴らして言ってやる。
「さあ? ノリでやったら出来たって感じ。あとはビート流せば自然とインスピレーションが湧いてくるってだけ」
真希が「は?」って顔をした。パンダは「マジかこいつ……」と呆れ笑い。
棘は「ツナマヨ」とだけ呟いた。多分、それも驚きの表現なんだろう。
俺は机に肘をつき、指を鳴らす。
「まあ、言うだけじゃ伝わんねーだろ。実際、試してみるか?」
そう言うと、マイクを引き抜いた。
その瞬間、教室の空気がほんの少しだけ変わった。
俺の足元から呪力が立ち上がり、床を這うように蠢く。
まるで地面そのものが、音を欲してうずいてるみたいだった。
小さく呟いた呪文と共に、術式が発動する。
持っていたマイクの姿が変化していく。
黒色だったマイクは灰色と紫を基調とし、グリップに沿ってヘビが這い、指を通すナックルガードのリング部分はヘビの形に置き換わる。
最後に蛇の目と牙の模様、がマイクに浮かび上がると同時に怪しく光った。
教室の俺の背後、ちょうど黒板と窓の間あたりに、黒い渦のような呪力が巻き起こる。
そこから現れたのは、蛇がとぐろを巻いた紫と銀色を基調とした円形スピーカー。
その時、いつもと異なり、スピーカーに巻き付いていたヘビが口を開いた。
「――シャァアアッ!」
蛇が喉を鳴らすように、スピーカーがうなる。
床の上に低く鳴るベース音のような振動が伝わり、机の脚がかすかに揺れた。
「っぉ……!」
と真希が椅子を引く。
そんな様子にパンダはニヤつきながら口を開く。
「ははっ、びびってやんの」
「あ゛あ゛っ!?」
蛇に睨まれた蛙かのように、パンダは真希に睨まれていた。
棘はというとスピーカーをじっと見つめたあと「しゃけ……!」と目を輝かせていた。
「棘、テンション上がってるな」
楽しそうな様子の棘を見て、パンダが笑う。
「なぁ、棘。お前さ」
俺はちょっとニヤリとして、棘に向き直った。
「俺のビートに乗って、ラップやってみないか?」
棘は目をパッと開いて、俺を見る。
しばしの間のあと、右手を勢いよく上へ挙げ口を開くと。
「しゃけっ!」
と力強く答えた。
「おお、やる気満々だな」
俺はマイクを握りしめ、ニッと笑った。
「いいぜ、棘。こっちはいつでもウェルカムだ」
「さあて、"呪言"と"ラップ"が交差するバトル――その実力、俺のビートで測ってやるよ」
教室の空気が、またひとつ、熱を帯びた。